イジメ、ダメ、ゼッタイ
「それで、いい考えっていうのはなんなんだよ」
「まあまあ、とにかく今はこれを運んで運んで」
私にいい考えがある。そんなことを口走ってから、十乃は酒店に向かった。
もちろん、二人とも未成年である。いや十乃は学校にいっていれば大学一年生で、酒を飲めなくはない。法律的にはダメだけど。
未成年の飲酒はよくない。
だからもし、酒を買う。といいだしたら止めにはいろうと思っていた釘貫だったが、十乃が店の人に頼んだのは、ビールケースだった。
ビールのビンを入れて運ぶための、黄色いプラスチック製の箱。
無料で譲渡はされなかったけれど、二百円払えば貸してもらえる(ちゃんと返せば二百円は返ってくる)らしく、十乃は釘貫から二百円を貰い、それを借りた。
二百円ぐらい自分でだしてほしい。
入っていた空ビンを取り除いてから渡されたそれを、意味も分からず受け取った釘貫は首を傾げながらもそれを運んでいる。十乃はなんだか楽しそうにも見えた。
一体何が楽しいのだろうか。
首を傾げるどころか上半身を傾けながら、釘貫はステップしながら歩いている十乃の後をついて歩く。
「なにをする気なんだよお前」
「この商店街に人を戻すの」
「無茶言うなよ」
「無茶じゃない。私ならできる」
「十乃天のネームバリューを使うのか? 確かにそんなことをすれば人も集まるだろうけどさ」
「使わないよ、私の名前は使わない」
考えれる中で一番効果がありそうなことをあげてみるも、どうやら違うらしく十乃は振り返りもせずにかぶりを振った。
これが違うのなら、一体何をしでかそうとしているのだろうか。
釘貫は派手に動かれる前に、止めたほうがいいと判断して彼女に声をかけようとしたのだが、それは近くから聞こえてきた声によって止められてしまった。
「……!」
「ん?」
釘貫は黄色い箱を持ったまま、声のした方を向いた。
そこには誰も住んでいなさそうな店があった。
シャッターは下りていないものの、入り口に『買い手募集』と書かれた張り紙が貼られているところをみるに、この店は既に潰れているようだった。
しかし売家の中からどうして声がするのだろうか。
「どうしたの釘貫くん」
釘貫が足を止めて売家を見ていることに気付いた十乃が、足を止めて戻ってきた。釘貫は両手がふさがっているから、代わりにあごを使ってその売家をさした。
十乃はその売家をみる。
「あの店がどうかしたの?」
「あの中から声がした」
「声が?」
「うん」
「けどここ売家だよ」
「勝手に入ってるのかもしれない」
それに、と釘貫は付け加える。
「聞こえてきた声は、どう聞いてもうめき声だった」
釘貫はおもむろに歩きだして、箱を片手に持ち直してからドアを開いた。
「ん?」「あ?」「は?」「ぬ?」
店の中にいたのは、同学年どころか同じ学校の生徒だった。
更に言えば同じクラスで見覚えのある奴だった。
数は四人ほど。
その四人が囲われるようにして蹲っている男には、更に見覚えがあった。
頭の近くには野球帽が落ちていて、寂しくなっている頭があらわになっている。
初鹿戸室。
クラスメイトにしていじめられっ子。
それがどういう訳か――否、そういう訳でそこにいた。
「なるほどねー」
「ん、なんだよ釘貫じゃあねえか」
納得の声を漏らしていると、一人の男が話しかけてきた。
つい先日まで学校に来ていなかったやつである。
「どうしてお前がここにいるんだよ」
「まあ、色々あってな」
釘貫は初鹿のほうに視線を落とした。
服には足跡がたくさんついていた。ホコリまみれでゴミまみれで、いかに地面を転がっていたのかを如実に語っているようだった。
頭を抱えてガタガタと震えていた初鹿は、様子が変なことに気づいたのが蹲ったまま、頭だけを少し持ちあげた。
持ちあげて、ビールケースを片手で持っている釘貫の顔を見ると顔をしかめた。
どうしてお前がそこにいる。そう言っているようでもあったし。
お前のせいでまたこうなったんだ。とも言っているようでもあった。
二つ目に至ってはただの八つ当たりなのだが、少しばかりは非があるかもしれない釘貫は少しだけ口をへの字に曲げた。
「色々なあ」
男は釘貫の後ろにいる十乃に気付くと、けっと分かりやすい反応を示してくれた。
「へえ、お前彼女いたのか」
「彼女じゃあない」
「じゃあなんだよ」
「……友達?」
「そこは別に疑問符をつけなくてもいいよー」
後ろからそんなことを言われたが、男はそれを気にせず不満げに顔をしかめる。
「女子の前でかっこつけたい気持ちは分からないでもないけどよ、邪魔だからさっさとどっかいけ。そしたら見逃してやるから」
「……」
釘貫は首だけを動かして初鹿をみて、苗切をみて、最後に十乃をみて申し訳ない風に笑ってみせた。
それの意味がよく分からず十乃が眉をひそめるよりも先に、釘貫は踵を返した。
ぐるーり、と体を回す。
半回転させて――更にもう半回転させて片手に持っていたビールケースを振り回した。
遠心力の加わったそれを勢いよく目の前にいた男の頭にぶつけた。
「いでっ……!?」
とても痛そうな音がした。
男の体は大きくよろめき、片膝をつく。
「てめえ、釘貫なにしやがっ!?」
吐き台詞は最後まで言わせない。
振り回した勢いそのままにぐるんと頭上までビールケースをもちあげて、男の頭にめがけて振り落とす。
男の頭は小刻みに震えたと思うと、そのまま崩れ落ちた。
今度は膝をつくこともできない。
「てめっ!」
「へいパス」
倒れた男子の奥にいる男子が声を荒げようとする。
それに合わせて、振り下ろしていたビールケースを投げ渡した。
男子は叫ぶタイミングを狂わされて、更にいきなりのことだからか慌てながらもビールケースを両手で抱え込むようにキャッチした。
そのキャッチされたビールケースに向けて、釘貫は一歩二歩助走をつけてから仰向けに跳びあがり、両足を揃えて蹴りを放った。
胸の辺りで抱えこんでいた男子はビールケースで胸を叩きつけられる形になり、目を浮かびあげ、嗚咽をもらす。
ドロップキックを放った釘貫は空中で仰向けだった体を捻り、うつ伏せになり、両手のひらを同時に床に当てる。
まるで五体投地しているような体勢になった釘貫は、右腕に力をこめて体を左に転がした。
直後、さっきまで釘貫がいた場所に細い木材が振り落とされ、床と激突した。先端の部分から木屑が舞う。
一回転して勢いを利用して起き上がった釘貫は木材を持っている男子に肉薄する。
「こなくそっ!」
木材が振られる。
下から上に、振り上げられる。
釘貫はそれを半身を後ろに下げることで回避する。
残されたのは、思いっきり振ったせいか体勢の崩れた男子のみ。
釘貫は一歩踏みだしてから、その顔面を思いっきり殴った。
男子は大きくよろめくが、さすがにその程度では倒れないようで、口の中をきったのか頬から血をたらしながら、釘貫の顔を睨む。
「てめえ、いきなりなにしやがるんだよ」
「イジメはダメだ、イジメは」
「んだよ、お前こいつと友達なのかよ」
「んー、いや。別にそういうわけでは……どうなんだ?」
釘貫は男子の後ろで蹲ったまま呆然としている初鹿に気楽な風に尋ねた。
初鹿は口にはださなかったけれど、不快そうな表情だけをみせてきた。
誰が友達だ誰が。とか言ってそうだった。
「友達じゃあねえな。うん」
「だったら邪魔してくんなよ」
「悪いな、僕は負けず嫌いで捻くれ者なんだ。するなするな、と言われたらしたくなるんだ」
「ああ、そうかい」
不快そうに、男子は舌打ちをしてポケットからものを取りだした。
折りたたまれたそれを開いて、刃物を露出させる。
釘貫は少し焦りをみせる。
「お、おい。ちょっと待てよ刃物は反則だろ!」
「俺らを怒らせたお前が悪い」
男子は刃物を弄ぶように動かしてから駆けだした。
男子の内心は怒っていた。よくも恥をかかせてくれたな、と語っているようだった。
同時に刃物に恐怖感を覚えている様子もない。これは脅しではなく、本気で刺すつもりだ。
釘貫と男子の間は五歩進めば詰められそうな距離しかない。
だから釘貫はすぐに距離をとろうとしたのだが。
「逃がすかよ」
もう一人いたことを、釘貫はすっかりと失念していた。
背後から気配を消して近づいていた男子に羽交い絞めにされ、釘貫は驚きの声をあげる。
刃物を持って迫る男子は「おさえてろ栃!」とだけ叫んで、刃物の鋒を釘貫に向けた。
避けられない。
そう直感した釘貫は思わず目を閉じた。
ああ、こんな理由で死んでしまうのか。くだらない理由だったなあ。とそんなことを心中でボヤきながら。
…………。
おかしい。
衝撃がこない。
刃物が肉に突き刺さって血管とかなにかを切る感覚がない。
血が流れる感覚がない。
釘貫は恐る恐る閉じていたまぶたを開いた。
「うおっ」
刃物を持った男子はあと一歩のところまで迫っていた。
しかしその眼は釘貫のほうを見ていなくて、内心の怒りもどこか霧散しているようだった。
今は驚いている。驚いていて、ぼんやりとしている。
こんな状態の人を釘貫は一度見たことがある。
CDショップの前で、みたことがある。
「あのねえ、釘貫くん」
声がした。
背後から声がした。
自身を羽交い締めにしている男子のものではないことは明白だった。
それは決してその声が女子の声だったからではない。
とても澄んだ、きれいな声だったからである。
羽交い締めにしている男子(確か栃とか言ったか?)も動く様子はない。
まるでなにかに聞き惚れているように、惚けている。
釘貫はそれの腕を払いのけてから振り返った。
玄関前で待機していた歌姫が、その大きなサングラス越しに釘貫を睨んでいた。
「そういうことをするならさっさと言ってよ。そしたら私が穏便に済ませたのに」
「悪い」
釘貫は頭をさすりながら頭をさげた。
十乃は釘貫をじとーと睨んでから、彼の肩越しに蹲ったまま呆然としている初鹿の顔を見た。
目が合うと、にこりと笑った。視線だけを動かして背後の初鹿を確認してみると頬を赤くしていた。
急いで立ちあがって、体についたホコリとかをはらってから拾った帽子を目深に被った。
「……助かった」
「どういたしまして」
「お前、本当にいじめられてたんだな」
釘貫は後生大事そうにビールケースを抱えている男子から、ビールケースを奪った。
結構乱雑な扱いをしたけれど、壊れてはいなさそうだった。
無駄に二百円を浪費するところだあった。
釘貫は胸をなでおろす。
「お前が髪を奪わなかったら、こんなことにはならなかったんだよ」
「だから僕に文句を言うなよ。取ったのは苗切だ」
「苗切?」
「苗切白里。化物の名前だ」
「ちっ」
初鹿は不満げに舌打ちをした。そして十乃を一瞬見てからすぐに目をそらした。
内心はビクビクとしている。
女子が苦手なのだろうか、と釘貫は適当に考える。
「あいつは誰だ?」
「お前と同じ、化物の断片を持ってるやつだ」
「あいつからも奪えよ」
「部位がノドなんだよ。奪ったら死ぬぞ」
「わしとしては、さっさと奪ってほしいのだがのう」
「うるせえ」
釘貫は玄関のほうに向かう。初鹿もそれに続いて店の外に出た。
玄関前にいる十乃は惚けている二人に向けてこう言った。
「もう二度とここに来ちゃだめよ、それと彼をいじめてもダメ。いい?」
二人はあかべこのように頷いた。




