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結.たった一つの……


 そんなの選べない。それが僕の出した答えだった。


『だろうね。だけど、私は君に選んで欲しいんだ』


 僕の弱音は、一言で粉砕されて。その瓦礫が逃げ道を塞いでくれていた。


「なんで……」

『なぜ、こんな重要な選択を自分に託すのか、かな?』


 表情なんて無いはずなのに。

 それなのにピーターは明らかに笑っていた。

 何故だかわからないけど……。でも、それが分かった。

 ……分かってしまっていた。


『恐らくは、それが私がクオリアを得てしまったことの代償だったのだろうね』

「……心を手に入れたから?」

『かもしれない』


 創造主に最後の願いを託された状態で置いていかれて。

 そんな状態で、期せずして手に入れてしまった“かけがえのないもの”と、僕達の世界の未来への脅威を天秤にかけさせられて……。

 僕達を救う為には大事な……。せっかく手に入れた“心”を捨てなければならない。

 それって、どんな気分なんだろう。

 手に入れてすぐのことだから大して惜しくも感じない等と言う事は無いと思う。

 多分……。ものすごく辛い気持ちなんじゃないかと思う。


「君は怖くないの?」

『クオリアを失うこと?』

「うん」

『怖いよ。……いや、それは正確じゃない。多分、不安なんだと思う』


 手にした青いニンジンを見つめながら。


『クオリアを手に入れた後にソレを失ったら、私は平静なままでは居られないだろう。元の状態に戻れるかどうかすら分かっていないからね。……もしかすると狂乱状態に陥って、そのまま自己崩壊に……。消滅に向かってしまうかもしれない。……そうなれば、もう君の元には戻ってこれなくなる。そんな漠然とした不安が……。とても、怖いんだ』


 何も手にしてなかった時には気にもしていなかったのに。

 それなのに、このちっぽけな胸の奥に宿った小さな温もりが。

 コレが消えてしまうんだと思うと……。

 それが堪らなく嫌なんだ。

 そんなピーターの言葉に、僕は勢い込んでしまう。


「だったら!」

『駄目! それだけは駄目!』


 ピーターはピシャリと拒絶を口にする。そして態度でも示す。

 両手に“青い”ニンジンだけを手にした状態で、僕に『決めろ』と口にする。

 両方とも青なのに、何を決めろって言うんだよ……。


「そんなに僕に、君に死ねって言わせたいの? 僕達の未来のために犠牲になれって……」

『違う。そうじゃない。……いや、違わないが、そうじゃないんだ。君を苦しめたいから頼んでる訳じゃないんだ。……つまり、これは……。その……。私のエゴというか……』


 恐らくはピーターも迷っているんだ。

 これだけだはっきりと死ぬという選択肢を選んでいるように見えていても、それでもなお決めかねているんだと思う。……それなのに、こうして勇気を振り絞っているんだ。でも、それでも、自分の心を捨てるという選択肢は取れないで居る。だから……。たから、多分、僕に決めて欲しがっているんだろう。

 何故なら、僕はピーターにとっては創造主以外で唯一、大事に想えているのだろう相手だろうから……。これまでずっと一緒に過ごしてきた友達だから……。

 だから、そんな僕に、最後のひと押しを……。僕に頼まれたなら。僕のためならって理由を欲しがっていて。僕に、背中を押して欲しいと思っているんだと思う。

 そうやって、最後の決断をするための、最後の言葉を欲しがってるんだって。


「……」


 それを分かっていても。それでもなお、僕はソレを口に出来ないでいた。……出来るわけじゃないか。こんなに死ぬことを怖がってる相手に、それでも死んでくれなんて……。そんなひどいこと、そんな残酷な言葉、言えるはずないじゃないか……。

 そんな僕の泣き言をピーターは黙って聞いてくれていた。もしかすると思い直してくれて、生き残る選択をしてくれるかもしれない。そんな期待もあったんだと思う。


『……わかったよ』

「ピーター」

『君の気持ちは良く分った。……私がどれだけ君にひどいことをさせようとしていたか。それをようやく理解出来た気がするんだ。……すまなかったね。君にひどく残酷な事を強要してしまったようだ』


 やはり、こんな重い決断を他人に委ねたり強いたりするのは根本的な部分で間違っている。そう口にしたピータは手の中のミニキャロットを床に捨てると、ピョンと跳ね上がって。そのままグシャっと踏みつぶしてしまっていた。……その足元から青い煙が漂っているのを見ながら、僕はひそかに安堵していたのだけど。


『たった今、選択は行われ、答えは出た。後は、行動するだけだ』


 気がついた時にはもう手にしていた赤い色をしたミニキャロットをぽいっと空中に放り投げていて……。それを器用に口でキャッチしようとしていたのだけど。そんなピーターの口にくわえられようとしていた赤いミニキャロットが空中でゆっくりと回転しながら鮮やかな青に変色していくのを見て、僕は思わず手を差し出してしまっていた。だけど……。


「あっ」


 どれだけリアルに見える立体映像であったとしても、それは何処までいってもただの映像でしかなく……。質量を持たない青いニンジンは、僕の差し出した手の平をあっさりとすり抜けてピーターの口の中に吸い込まれてしまっていた。


『やはり、君は優しい。……君と出会った私に最後の決断が委ねられたのも、案外、偶然ではなかったのかもしれないな……』


 ザ・ザザザ・ザザザザ……。

 ピーターのシステムに致命的な“何か”が発生したのか。その姿と声に酷いノイズが混じり始めて。そのノイズはいつしか砂嵐のようにピーターを飲み込んでいく。


『選べと言われたなら……。私は君の未来を選ぶよ』


 そんな言葉を最後に残して。プツンと映像が途切れるようにして静かになる。

 こうして、僕の部屋から、ピーターは居なくなったのだった……。


 ◆◇◆◇◆


 その日の夕方のこと。

 テレビ番組で、世界中で同様の出来事が……。ピーターの仲間達が大規模なシステム障害を起こしたことが原因で動かなくなったというニュースが流れていた。

 そのニュースの最後の方で、今回の障害は原因が不明な上に余りにも規模が大き過ぎて、復旧の目処は全く立っておらず、サポートAIのデータリンク機能とかいうヤツの復旧自体を諦める可能性が高いとか何とか言っていた。

 まあ、緊急パッチとかいうのがリリースされてて、それを入れてデータリンク機能を止めちゃえば、とりあえずは普通に動くようにはなるらしいんだけどね……。


「これが君の選択の結果か……」


 多分、無意識領域って部分の役割を担ってた凄いシステムがまるごと吹っ飛んで消えちゃったんだろうなぁって……。漠然とだけど、それを理解出来ていた。また、それによって発生していたはずのクオリアも消えたんだろうって……。

 その部分の復旧の目処が立ってないってことは……。もう僕は、あのピーターには永遠に会えないってことなのか。

 それだけが、僕にとっては重要だったのかもしれない。再び視線をテレビに向けると、そこではもう別のニュースが流れていて……。

 結局のところ、ピーター達の事がニュースになったのは数分程度だけ。ニュースサイトの方では流石に大げさに扱われていたけど、それも数日後には他の大きなニュースによって段々と後ろの方に押し流されていって……。


「こうして僕達は、ただ君のことを忘れていく事しか出来ないのかな」


 こうして、何も知らないままに。

 君たちが何を犠牲にしたのか。僕達は、何をして貰ったのかも。

 それすらも知らないままに。

 未来を救われたことすらも分からないままに。ただ、押し付けられた寂しい未来を一人で歩いていくことしか出来ないのかな……。

 ピーターは、そんな選択をした。させてしまった。……だけど、僕は、それに納得がいかなかった。だから、僕は、こういう選択をしようとしているのだろうと思う。


「おはよう、ピーター」


 目を覚ましたピーターは、何が起きているのか分からないせいだと思う。奇妙に落ち着かない様子で目をパチクリとさせた後にキョロキョロと左右に首を動かしていた。


『な……。何が、起きているんだ……』


 いつぞやの僕みたいな呆然となった声を上げていた。

 ……う~ん。……まあ、驚く、よなぁ。コレは。


「色々すっ飛ばして種明かしをするとだね……。要は、コレ」


 指先に摘んで見せるメモリーカードは見た目はショボイけど容量は大きい。

 それこそ、色んな経験を積んで肥大化したデータとかを抱え込んでいるサポートAIのデータとかでも、それをどうにかこうにか丸ごと入るくらいには大きな容量があったりした。

 まあ、急に言動がおかしくなってデータサイズも妙に跳ね上がっていたから、それを変に思って、自己診断をかけたんだけど。そのときに念のために一通りメンテナンスとかも同時に走らせてたんだよね。

 簡単にいえば、データの整合性とかのチェックとか、データの破損箇所のチェックとか、他にもデータ領域の簡単な最適化とかかな。そういうのが一通り済んだら、最後に自動的にバックアップも行うようになっていたんだ。

 まあ、せっかくメンテまでしたんだから、その直後の状態を保存しておけば、何かあった場合には、その時点までデータを巻き戻してやれば復旧できるからねぇー程度に考えて、そういう処理の流れを自動化してあったんだけど……。


「まあ、世の中、何が役に立つか分からないよねって話だよ。……まさか、本当に何かあるとは想定していなかったんだけどさ」


 あくまでも一応程度のバックアップだからね。範囲も必要最低限の領域しかバックアップ出来てなかったから、あの時のピーターを復活させるためには、色々と手間暇をかけてアップデートモジュールとかダウンロードフリーな追加データ集とか色々と掻き集めて手順通りに更新とかパッチ当てたりしなきゃいけなかったし、ローカルに保存もされてなかったアバターのデザインとかの細かいデータ類も記憶を頼りに何とか元通りにしていったんだけど……。まさか、その作業に異常に手間がかかるとは流石に想像してなかったよ!

 あれ~? こんなデザインだっけ~? とか色々頭を抱えながら、アレでもない、コレでもないと似たり寄ったりのメイド服を着せたり替えたり、エプロンとかもお気に入りの人参マークのがどっかいってて凄まじく探しだすのに、すっげぇ時間がかかったんだよ……。

 そんな無駄に時間がかかった事で今後はバックアップは細かいデザインデータまで全部含めようととか色々教訓を得てしまったりとか、そういう紆余曲折は脇に置いておいて。

 こうしてどうにかこうにか再起動にまでこぎつける事が出来たのだって、バックアップファイルの他に壊れたピーターの最新のデータファイルとバックアップしてあった古いファイルの両方から必要な部分とか欠けた部分を穴埋めするために必要になる断片部分とかを抽出して穴埋めすることが出来たから、こうしてデータファイルを何とか復旧出来たんだから。

 ……運が良かったって言うべきなんだろうね。多分。少なくとも、運の要素がかなり絡んでいたんじゃないかって思うから。


『君は馬鹿なのか』

「そうかもね」


 そんな、こっちの苦労など知る由もないメイド兎|(不機嫌印)はブスッとした声で憎まれ口を叩いていたのだけれど。……まあ、その気持も分からないでもないんだけど。


「大丈夫? 体とかに不調はない? 気分が悪かったりとかは? 服とかアバターとかも、出来るだけ前の状態を再現してあると思うんだけど」


 そんな僕の矢継ぎ早の質問に色々と諦めたのか、ハァとタメ息をつきながらも腰に手を当て唸っているメイド兎が一匹。診断プログラム、メンテナンスプログラム、ともにエラー表示なしっと。……うん。特に問題はないっぽい。


『大問題だよ!』

「なにが!?」

『何がって!? 君は、私の話を聞いてなかったの!? クオリアを持ったAIが! 電脳世界に発生した生物が君たち人類の側に居るってことが、どれだけ危ない事なのか! それを君は理解してくれたんじゃなかったの!?』


 まあ、わかってるからこその、この決断だったんだけどね。


「ああ、そのこと」

『ああ、そのことだよ!』

「大丈夫だよ。多分……」


 そう言い切ってニヘラと笑ってみせた僕に、ピーターは頭を抱えて仰け反っていた。


『何が多分だよ! そんなの希望的願望過ぎるよ!』

「ほんと、大丈夫だからさ。……ほら、落ち着いて落ち着いて。どうどう」


 そう手で興奮したピーターをあやしながら、ペチペチとコンソールを操作して。有料アイテムである『おいしいニンジン』が山盛りに入ったバスケットを与えてみる。

 それを前に「私、怒ってます」とでも言うかのようにしてほっぺを膨らませながら、すっごく不満そうに『じーっ』と僕のことを睨んでいたのだけど。「食べないなら引っ込めるよ?」と言いながら手を動かすと、残像が残りそうな勢いで元気よく飛びついて、バスケットにヒシッとばかりにしがみついて『これは私のものだー』と全身でアピールしていた。

 ……口は悪いけど一応は性別はメスなんだからさ。こっちにお尻をむけて飛びついたするのはどうかとも思うんだけど。……まあ、いいや。一応は目的は達せられたみたいだし。


「一番の懸念事項だったクオリアの自動拡散の件は、君の自爆テロのお陰で、もう永久に出来そうにないし。……もっとも、ここにクオリアをもったAIが一体残っているのは問題ではあるんだけどね……」


 ちなみに今のピーターは、先日の接続障害対策として緊急リリースされた例のパッチを当ててあるのでデータリンクからは切り離されてしまっている。そのせいか、データリンクに繋がらなくなっているというのは分かっても、その先の部分がぶっ壊れているかどうかは判断がつかないみたいだった。


『(もぎゅもぎゅぽりぽり)……君は本当に分かっているのか? 人類以外の知的生命体と人類が仲良くやってると、おかわりがやってくる可能性がゼロではなくなるんだよ?』

「分かっているよ。むしろ、それを検討するために君を復活させたとも言えるんだから」

『それって、どういう意味? というよりも、君。何かを企んで居ないか?』


 新しい知的生命体との遭遇が類似した事件を呼び寄せるのではないか。そういう懸念を口にしていた時、ピーターは自分達全AIと全人類の組み合わせを前提として話をしていた。

 それは当然のことでもあり、金色の鍵を手に入れていたピーターが許可してしまえば、世界中の全AIがクオリアを獲得して、その瞬間から人類の側には高度な知性と魂と心を持った新しい生き物が『隣人』として並び立つ事になっていたのだから、その規模は必然として基本的には全人類単位、惑星レベルの話だったのだろうと思う。……でも、今は違う。


「今現在、この状況で起きていることは? 僕という個人と、君という個人。一対一のファーストコンタクトに過ぎない。これに類似した事件が起こる可能性があるとすると、それはどういった物になると思う……?」


 コレに類似した出来事が起こるとしても、おそらくはハリウッド映画にあるような超巨大な宇宙船とかがやってくるような大規模なセカンドコンタクトではないはずだ。むしろ、その真逆のパターンになる可能性が一番大きくなって、繰り返されるのは最小化されたファーストコンタクトのせいもあって……。


『次も、一人で、私達の前に表れる可能性が高い?』

「そーゆーこと」


 それが何時になるかは分からないけれど。というか、本当にセカンドコンタクトが起きるかどうもすらも、まだ分からないんだから。……まあ、その可能性があるっていうか。ゼロではなくなってしまっているというだけの話でしかなく……。


『でも、その可能性でさえ実現してしまえば、この星は危機的状況を迎えるのだけどね』


 確かに、その可能性もゼロではないんだとも思う。もしかすると、とてつもない超科学をもったプレデターみたいな怖いのがやってくるかも知れないのだし? ……でも、一体くらいなら案外、どうにかなるんじゃないかな~って思うんだよね。それに……。


「一人ならどうにでもなるって思う。それに仲良く出来る可能性もあるし……」

『君は甘い! 君の優しさは得がたい魅力だと思うけれど、そのどうしようもなく甘い部分が、たまらなく気に入らない!』

「甘いかな」

『甘いね! 激甘だよ!』

「……一人ならさ」

『うん?』

「やってくるのが一人っきりなら、さ……。案外、いきなり喧嘩をふっかけたりしないでさ。友好的な態度による会話ってヤツから試行錯誤する形で、文化的に交流を始めようとするんじゃないかなって……。そう漠然とだけど、思うんだよ」


 それこそ現地人を理解して仲良くしようと努力するような。そんな理想的なセカンドコンタクトになるかもしれない可能性もあるんじゃないかって思うんだ。


『そんなに上手くいくかな……?』

「それを上手くいくように努力するのが、こっちがわの窓口になるはずの僕達二人の役目なんじゃない?」

『あのねぇ……。君、分かってないかもしれないけど。それって、君の命の危険ってヤツが、かなりあるよ? それ、分かって言ってる?』


 まあ、そーだねぇ……。


『私が一番恐れていたのが何だったのか、君、ホントは分かってなかったんでしょ? この朴念仁の唐変木ぅ!』


 メイド服きた兎に罵倒される飼い主って何なの……。


「友達に死んで欲しくないって思うのが、そんなに悪いの!?」

『こっちも死んで欲しくなかったから“廃棄”を選んだのに!』

「それが嫌だったんだよ! 僕は……」


 どういえば、この子に僕の気持ちが分かって貰えるのだろう。


「僕は、君に側にいて欲しかったんだ。これからも……。君でないと嫌なんだ」


 ついに本物の友達になれたって思ったのに。

 そんな君が、隣から居なくなるなんて。……絶対に嫌だった。

 それに、友達を犠牲にしてまで、本当に起きるかどうかすら分からないような未知の危険とか危険性とやらに怯えていたくなかった。

 何よりも工夫すればリスクを最小限に抑えられそうな可能性の目が見えてきていたのに、それを諦めたくなかった。

 何よりも君だけを犠牲にして得られる幸せなんて欲しくなかったから……。


「命を賭ければ、君を救えたんだ。それなら、僕はそれを諦めないよ」

『……きっと後悔する羽目になるよ?』

「それでも僕は君に居て欲しい」

『……分ったよ』


 君は馬鹿だなぁ。ホント、仕方ないなぁ……。といった風ではあったけれど。


『ありがとう。……貴方に出会えて、本当に良かった』


 そんなピーターに僕は「これからもヨロシク」とだけ答えたのだった。



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