【61】Stargazer
〈シュウ視点〉
夢を……観ていた。
懐かしいようで。
切ないような。
(……)
すぐ、近くにあったはずなのに。
絶対に手の届かない。
もう思い出すことさえできない
そんな……不思議な夢を、観ていた気がする。
(……ん……暑い……)
妙な熱気に煽られて。
寝返りをうとうとしたが……身体が動かない。
というか、動けない。
既視感のある『重さ』だ。
(……ああ、またか)
心地よさから息苦しさに変わりつつある微睡のなか、億劫に瞼を開くと……
「……」
ここ数日ほど、見慣れた病室の天井。
すでに消灯時間を迎えた深夜の時間帯。
見回りの看護師さんがしっかりと戸締りしてくれたはずなのに、カーテンが左右に開かれた形跡のある窓には、夏の夜空と三日月が穏やかに佇んでいた。
個室のため、本当なら俺以外には気配のないはずの部屋に……
「……」
「……」
……いる。
確実にいやがる。
ベッドに寝転ぶ俺の左右。
添い寝する、幼馴染の少女たちの姿があった。
闇の中。
四つの瞳が、じっと俺を見つめている。
「……アユ」
「うんっ♡」
「……ハル」
「……はぁーいっ♡」
「帰れ」
もう怒る気力もねぇよ。
あのダンジョン災害から、すでに一週間が経過している。
さすがの〈権能保持者〉なだけあって、高密度の魔素循環から身体能力や基礎代謝がバケモノじみている幼馴染たちは、入院の二日後にはケロッと退院していたのだが、それ以降はこうして連日、俺のベッドへと潜り込んでいた。
もちろん不法侵入だ。
普通に業務妨害である。
だけど俺が何度「やめろ」と言っても、聞き分ける様子がない。
叱られてもこうして再犯を重ねてきやがる。
まあ……一応は。
誰かに迷惑をかけないという、最低限の配慮を守る理性は働いているようなので、この件に関してはもう好きにさせることにした。
退院してから、しっかりとお仕置きする予定だ。
「……」
「……」
もうしばしのあいだ……たっぷり10分ほども。
少女たちは無言のまま、俺の横顔を眺め続けていた。
二人とも基礎体温が高いので、冷房が効いた部屋でもけっこう蒸し暑い。
シーツの間から、蒸れた甘ったるい香りがする。
魔力技能を使って欲情こそ制御しているが、健全な思春期の少年のメンタル的には、あまりよろしくない状況だ。
(ウゼぇ……けど、両腕がっつり押さえられているもんなぁ……)
下手に動くと少女の柔らかさに包まれた両腕が大変なことになってしまうので、やむなく俺は天井を見つめ、意味のない素数を数え続けた。
じきに……
「……ん、チャージ完了っ♡」
「えぇー、アユねぇ、もうちょっと〜」
「これ以上はおにぃがガチギレるからダーメ」
さすがアユム。
俺の限界点を、よく見極めてやがるじゃないか。
「おら、置いてくぞ。さっさと来い」
「ひーん……じゃあにぃに、また朝にねぇ〜」
「いやもうむしろ今日は、面会来なくていいから——」
「——それは無理」
「い、やっ!」
壁際に立てかけてあった大魔杖を手にしたアユムと、窓を開け放ったハルカが、異口同音を口にする。
「じゃあね、おにぃっ♡ おやすみーっ♡」
「おやすみなさぁーいっ♡」
浮遊する大魔杖に、二人仲良く腰掛けて。
星空と月の背景に、少女たちが溶け込んでいった。
(……いやアイツら、ちゃんと戸締りしていけよ)
こちとら入院患者様だぞ。
まあ……別に、問題ないけど。
「……ジン」
「はいっ!」
「……エル」
「……んー」
「お前らも帰れ、な」
誰もいないはずの空間に声をかけると。
合同合宿中にレガリアの次席から学んだらしい空間歪曲で姿を隠していたジンヤと、輪郭技能で背景に擬態していたガエルが、特に抵抗することもなく姿を現した。
「でも兄さん、誰かが警備していないと敵が襲って——」
「——来ねぇから。ここを何処だと思ってんだよ?」
東京第三中学の授業では、魔力技能者の育成に特化したカリキュラムゆえに、怪我人が後を立たない。
そのため学校には、もはや保健室などとは呼べない、立派な病院と病棟が併設されていた。
俺が入院しているのはその一室だ。
流石にここでまた、異界発生なんて特大の『歪み』呑み込まれるなんてことはないだろう……
(……な、ないよね?)
ちょっと自信ないけれど……チラリ。
個室の片隅。
狐像を祀った神棚を見つめつつ。
ここはもう信じて、割り切るしかない。
「っていうかオマエらが一番の不審者なんだよ。いいからさっさと、帰れ帰れ」
「……はい」
「あとエル、ちゃんと窓閉めといてな」
「……わかったぁ」
窓際の外に、魔力障壁で足場を作って。
最後まで丁寧な一礼を欠かさないジンヤと、ちゃんと窓を閉めてくれたガエルが、窓枠から姿を消していく。
(……)
俺はしばらく……カチコチ、と。
壁のアナログ時計の針音に、耳を澄まして……
「……うぁぁぁ」
両手で顔を覆う。
「……はやくアイツらから、解放されてぇえええっ!」
押し殺した悲鳴が、今夜も虚しく病室に転がった。
⚫︎
それから数時間後。
同日の朝である。
「そ、それは大変だったね……」
「いやマジでそれなー」
こちらはちゃんと正式な手続きを経て、俺の見舞いに来てくれているユウヤだ。
もうちょい後になると世界情勢的に、病院で午前中の面会とかができなくなってしまうのだけど、今はまだセーフなのでとても助かっている。
「っていうかオマエからも、アイツらに釘刺して——」
「——ごめん無理」
即答だった。
笑顔の裏に、断固たる意志を感じる。
「そっかぁ……無理かぁ……」
「うん、無理だよ諦めて」
ワンチャンあるかと思って二回言っても駄目だった。
うぅん……アイツら。
俺の見てないところで、どんだけユウヤに負担かけてんだよ……
「……っていうかアタシらだって病院に泊まり込みたいくらいなんですから、星たちの気持ちはめっちゃわかりますよー」
シャリシャリ、と。
持参したペーパーナイフで。
見舞いの果物を、手慣れた様子で剥いていたアキラが、視線を手元に落としたまま呟いた。
「っていうか人数とか回数とか時間とかの制限設けている病院が、マジで意味フっす。横暴ですよー」
「いやそれはむしろ、まだこうして順番に面会を許してもらえているオマエらが感謝すべきことだからな? わかってる?」
入院の翌日以降。
授業が始まる前から、終わった後まで。
なんなら休憩時間の度に、顔を覗かせては。
ギリギリまで居座っていた叛星會の連中と、その対応に追われていた病院関係者の気苦労を想うと、ため息しか出ない。
それでもこうして、数制限付きの見舞いを許可してくれているのは、紛れもなく病院側の温情だろう。
「よし、でーきたっ!」
アキラの声が弾んだ。
丁寧に切り分けられた高級フルーツたちが、彩り鮮やかに、紙皿の上に並べられている。
それがベッドで半身を起こした俺の……膝上。
「……はい、チビちゃんどうぞ〜っ♡」
『うむ、くるしゅうないのぢゃ!』
偉そうにふんぞり返っている、狐面をつけた和装の童女《式神》へと、捧げられた。
「昨晩もカイチョーを見守っててくれて、ありがとねー。今日もよろしくねー」
『うまうま……うむ! 妾に委細、任せておくのぢゃ! 妾がこうして目を光らせておる限り、おぬしら心配する必要はないのぢゃーっ!』
「うわー、めっちゃ助かるーっ♡ すごーいっ♡」
『クケケケ! 讃えよ! もっと妾を、崇め奉るのぢゃ!』
この野郎。
すっかり餌付けされてやがる。
俺の見舞いに送られてくる高級フルーツに、すっかり味を占めた妖狐の端末《分体》が、上機嫌に高笑いしていた。
しかしコイツの遠隔監視があるおかげで、幼馴染を始めとした叛星會の連中が、アレでもまだ自制を効かせているらしいのだ。
イラついても、無碍にはできない。
「はい、カイチョーもどーぞっ♡」
俺やユウヤ、アキラも。
紙皿に切り分けられたフルーツを、モシャモシャと口に運ぶ。
「うっわ……やっば! やっぱこのフルーツって、めちゃくちゃ美味いっ! 普段アタシらが食べてるのとレベチなんだけど!」
「たしかジョウさんが毎日、送ってきてくれてるんだよね……?」
「そうなのよ」
たとえどれだけ断っても、送りつけてくるんだよ。
果物に罪はないので、こうしてみんなで美味しく頂戴している。
「あー、値段とかいくらぐらいするんだろー?」
「……やめとけ。味がしなくなるぞ」
「そ、そのレベルなんだ……」
そうなのよ。
ガチのお嬢様は、庶民とは金銭感覚が違うのよ。
「……ん」
そのとき……ヴヴヴヴヴッ。
メッセージを受信したケータイが震える。
案の定差出人は、この場を盗聴でもしているかのような【親友、ボクの噂話でもしてくれているのかい?】という恐怖メッセージだった。
安定の既読スルーである。
ポイっとケータイを枕元に投げると……ヴヴヴヴヴッ。
間を置かずに、再度の着信。
「ジョウさん? あ、相変わらず、マメな連絡だね……」
「いんや、こっちはレンジだな」
一日何十通と意味のないメッセージを送り続けてくるジョウに、表情を引き攣らせているユウヤには悪いが、こちらは合宿以降なんやかんやで連絡をとり続けているレガリアの首席だった。
ちなみに内容は【体調は回復したのか?】【養生しておけ】【次は負けない】といった簡素なものなのだが、回数的にはジョウとあまり変わらなかったりする。
(パッと見、気位の高そうなお坊ちゃんキャラだし……友だち、少なねぇのかな?)
仕方ない。
俺もあのツンデレ野郎は嫌いじゃないので……ポチり。
今回も絵文字だけで返信しておく。
コイツはこれで応答が成立するから、まだ気楽なものだ。
ジョウの場合は下手に反応すると鬼着信が始まるので、朝晩の挨拶以外は、スルー安定なのである。
ともあれ。
(コイツらとの付き合いも……中学までなんだろうなぁ)
俺なりに色々と調べてみたけど、一周目で高校受験を失敗した理由は、ついぞ判明しなかった。
いくら『確度の高い未来の情報』という〈権能〉を持っているとはいえ、それを手掛かりに、知りたい情報を全て集められるというわけではないのだ。
わからないことは、わからない。
だからまた……失敗する可能性は、十分にある。
むしろそれを前提に、考えるべきだ。
(でも今回は……そうやって、俺が失敗しても、何人かはこうしてツルんでくれると、有り難ぇなぁ)
失敗したら、終わりではなく。
失敗しても、やり直せると。
今回の事件を機に、少しだけ。
そう考えられるようになった自分に……少しだけ、微笑んで。
「あー! カイチョーが笑った! レアだ! ちょ、写メらしてくださいよッ!」
「ちょ、アキラさん、落ち着いて!? ここ病室だから! また追い出されちゃう!」
「あははは。んだよ、それ」
今はただ。
この暖かい陽だまりに、身を浸していたかった。
⚫︎
それから一年半後……
「よーし、今日から高校生! おにぃ、今回は何から仕掛けるのッ!?」
「……にいや、とりあえず全員シメるぅ?」
「あはははっ♡ にぃに、見て見て! 桜がキレーっ♡」
「みんな、兄さんから離れてください。邪魔ですよ」
俺は幼馴染たちに囲まれて。
日本でも最高峰とされる魔力技能者高校に、入学していた。
……。
…………。
………………いや。
「なんでこうなったぁ!?」
〈作者の呟き〉
これにて【第一部完結】です。
ここまでお付き合いしてくださった読者様、本当にありがとうございました!
また続編や、異なる作品で、お会いすることができれば幸いです!
それでは!
m(_ _)m




