表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大宋英雄譚 ――借金まみれの農民が、腐った貴族どもをぶっ飛ばして皇帝になった件――  作者: ブキ
大宋英雄譚 ――借金まみれの農民が、腐った貴族どもをぶっ飛ばして皇帝になった件――

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/19

第十九話「黄河の対決」

黄河を渡った北伐軍は、滑台を皮切りに、北魏の前線基地を次々と攻略していった。


滑台の守将は、わずか三日の包囲で城を明け渡した。続く枋頭、黎陽も同様だった。北魏は広大な領土を持つがゆえに、国境線の隅々まで大軍を配置することができなかったのだ。


「このまま一気に鄴まで抜くぞ」

「鄴? 鄴って、あの曹操が都にしたって言う——」

「そうだ。河北最大の都市だ。あそこを落とせば、北魏の背骨を折れる」


曹操——かつて三国時代に魏の基礎を築いた英雄。その男が選んだ都は、今も河北の要衝として輝いているという。


「大将、曹操と自分、どっちが上だと思う?」

「知らん。俺は俺だ」

「ははっ、それでいいや」


鄴への進軍は、驚くほど順調だった。滑台から鄴までは本来なら数週間かかる行程だが、途中の城や関所は次々と降伏。北伐軍はほとんど戦わずして河北の中心部へと迫った。


鄴の城壁が見えた時、さすがの俺も息をのんだ。長安にも劣らぬ巨城。城壁は高く、堀は深く、守備兵は二万を超えると聞く。


「これは骨が折れるな」

檀がつぶやく。

「嫌か?」

「まさか。燃えてきた」


攻城戦は熾烈を極めるかと思われた。


しかし——鄴は、あっけなく門を開いた。


「鄴の守将・拓跋屈たくばつくつが、城ごと降伏を申し出ております」

「何だと?」

「は、はい。城内で内紛が起きた模様で——」


詳細はこうだった。鄴を守る拓跋屈は、もともと先帝・拓跋珪の弟で、現帝・拓跋嗣とは確執があった。そこを劉穆之が事前に調べ上げ、密かに調略の手を伸ばしていたのだ。穆之は建康にいながらにして、すでに鄴の内情を掌握していた。


「穆之のやつ、またか」

「あの男、ほんとに文官かよ」

「少なくとも、俺よりよっぽど始末が悪い」


鄴の開城は、北伐の行方を決定的に変えた。

北魏の威信は大きく揺らぎ、周辺の豪族たちは次々と北伐軍に合流した。河北の地は雪崩を打って動こうとしていた。


そして——


「平城から、拓跋嗣自らが出陣した」


知らせを受けたのは、鄴に入城してから三日後だった。

北魏皇帝・拓跋嗣は、残る全軍を率いて南下し、決戦を挑もうとしている。数は五万——対する北伐軍は三万。


「ついに来たか」

「今度こそ、正真正銘の決戦だな」

「ああ。ここで勝てば——河北は終わる」


決戦の地は、鄴の北、漳水のほとり。広大な平原が広がり、騎馬戦に適した地形だ。北魏の騎馬軍団にとっては理想的な戦場。だが、俺たちにとっても——勝算はあった。


漳水の戦いは、早朝から始まった。


拓跋嗣は、正面からの騎馬突撃を仕掛けてきた。数万の騎馬が一斉に駆け出す光景は、まさに圧巻。地響きが平原を揺らし、砂塵が空を覆う。


「却月陣!!」


号令一下、北伐軍は漳水を背に陣形を組む。淮水で、黄河で、渭水で——何度も鍛え上げてきた鉄壁の陣が、再びその姿を現した。


鮮卑の騎馬が、怒涛のように押し寄せる。槍衾に突っ込んでは倒れ、それでも後続がさらに突っ込む。かつてない激しさだった。


「くそ、数が違う——!!」

檀が叫ぶ。

「耐えろ!! まだだ!!」


敵の波が、却月陣を押し込もうとする。中央がわずかに歪み、兵たちの足が後退し始めた。


その時——


ドドドドドドドドッ!!


左右の丘陵から、伏兵が一斉に飛び出した。

率いるのは——檀だ。いや、檀はここにいる。では、誰が——


「あの旗は——!!」


左翼から現れた軍勢の旗印。それは——劉穆之が建康で温存していた予備の軍団だった。穆之は、建康から密かに兵を動かし、この決戦に間に合わせたのだ。


「あの男、本当に文官か——」

檀が呆れたようにつぶやく。


伏兵の出現で、北魏軍の側面が崩れる。すかさず俺は、刀を掲げた。


「全軍、反転攻勢!! 俺に続け!!」


俺は自ら馬を駆り、敵の本陣へと突き進んだ。

死線の予見。戦場の悪鬼。体の奥底から、限界を超える力が溢れ出る。


目の前には、北魏の皇帝・拓跋嗣がいる。若き皇帝は、近衛兵に守られながらも、自ら剣を抜いて立っていた。


「鮮卑の王よ——!!」

「漢の英雄か——!!」


刀と剣が、火花を散らす。

一合——互角。

二合——鍔迫り合い。拓跋嗣の力は、これまでのどの敵よりも強かった。

だが——


「——うおおおおおおおおっ!!」


三合目——俺の刀が、拓跋嗣の剣を打ち砕いた。

若き皇帝は馬上から転がり落ち、地面に仰向けに倒れる。


「……降伏しろ、拓跋嗣」

「——いやだ」


彼は、それでも笑っていた。


「私は鮮卑の王だ。降伏はしない。だが——頼みがある」

「何だ」

「我が民を——虐げないでほしい。漢も鮮卑も、同じ人間だ」

「……約束する」


拓跋嗣は、満足そうにうなずくと、自らの短剣で喉を突いた。

俺はその死を、黙って見届けた。


漳水の戦いは、北伐軍の完勝に終わった。

北魏の皇帝は死に、残された軍は降伏した。河北の地は、ついに晋の手に戻った。


鄴に凱旋した俺を待っていたのは、またしても劉穆之からの書簡だった。


「——大将、今度は何だ」

「穆之からだ。『建康に戻れ』と」

「またかよ。せっかく河北を取ったばかりなのに」

「今回は——多分、最後だ」


書簡には、こう記されていた。


『禅譲の準備、整いました』


「……ついに来たか」

檀が静かにつぶやく。

「ああ」

「大将——いや、これからは、なんて呼べばいいんだ」

「まだ何も決まっていない。だが——」


俺は南の空を見つめて言った。


「京口の借金まみれの農民が、どこまで行けるか——最後まで見ていてくれ」

「言われなくても、ついてくよ」


建康への帰路——俺の胸には、これまでの戦いが走馬灯のように甦っていた。


淮水のほとりで初めて却月陣を敷いた日。桓玄を討ち、盧循を破り、劉毅と戦った日。南燕を滅ぼし、後秦を滅ぼし、長安の城門をくぐった日。そして今、北魏さえも倒した。


俺は、曾祖父が逃げ出した北の地を、この手で取り戻した。それだけで十分だと思っていた。だが——違った。


俺が本当に変えたかったのは、土地ではなく、仕組みだった。生まれで全てが決まるこの国を、根本から変えたかった。そのために、俺はここまで来たのだ。


建康の城壁が見えてきた。

かつて、初めてこの都に来た時は、ただの一兵卒だった。今は——この国そのものを背負っている。


「大将、緊張してるか」

「してない」

「嘘つけ。目が笑ってるぜ」


檀の言葉に、俺は思わず笑った。そうだ、俺は笑っている。これから成し遂げることを思うと、武者震いが止まらなかった。


——京口の狂犬よ、いま新たな時代の幕が開く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ