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54.男一人、国都へ

※リシテル帝国では無い為、帝都という表現がおかしいかと思われましたので作中の表現を国都と修正させて頂きます。悪しからずご了承お願い致します。

 舞台は変わり……リシテル国の国都()()()()。ややこしいのでもっぱら国都と呼ばれる、国のやや東部に位置した巨大都市に今、彼は辿り着いていた。


 体を反らすようにして高い城壁を見上げているのは、冒険者オルベウである。門前で止まった馬車から降り、数個に別れた衛兵による検閲待ちの列に彼は並んでいるところである。


 面白いのは、どこの店から出ているのか売り子が列を縫うように歩いていることだ。弁当や飲み物を求める人々の求めに愛想よく答えている。先が遅々として進んでいないのを見ると余程時間がかかるのだろう。今のうちに腹ごしらえでもしておこうと、オルベウもその中の一人に手を振って呼ぶ。


「おーい、姉ちゃん、こっちもいいか?」

「はぁいよ、ちょっと待っててね」


 しばしして駆け寄って来た愛嬌のある丸顔の娘が、背負った四角い行李を下ろす。箱を開こうと俯く彼女の側面に着けられた髪留めが前方に垂れて箱の外にぶつかり、コトコトと音を立てた。あまりこの国では見かけない装飾品の類だ。


「お兄さんは何が欲しいんだい。弁当、お茶、お菓子、国都の地図や、腹痛の薬なんてのもあるよ」


 行李に貼られた価格表は存外良心的で、オルベウは少しほっとした。大体が相場より一、二割ほど高い位で、これ位ならまあ手間賃として許せる範囲だろう。弁当に入っているのは簡単に食べられるような、棒状のパンに具材を包んだ物や串焼きの類で、これなら列に並びながら食べるのにも困るまい。


「弁当を二つと水筒を一つ。あ~それと、その地図をちょっと見せて貰えるか? 目当ての場所が乗ってるか見たいんだ」

「そんならあたしに言ってくれりゃ探してあげるけど……何て場所? 流石に人探しまでは手に負えないけど」


 確か、国都リシテル魔核総合製作所……だったか。オグという男から貰った名刺をそのまま彼女に見てもらう。


「へぇ……お兄さんすっごいねぇ、あたしも外から見たことあるけど、この辺りじゃ、お城の次の次位におっきい建物なんだよ。ええと、地図で言うとねぇ……ほら、この辺り。ちょっとだけ見せたげる」


 広げた地図には、数区画をごっそりぶち抜いたような巨大な敷地が存在していた。思ったより大きな規模の工房なのかも知れない。相手の立場を考えると、このまま行っても速やかに取り次いでもらえるのか疑問ではあったが、取りあえず試してみるしかない。


「……ありがとうよ、その地図も貰おうか。いくらだい?」

「合計で15Cだよぉ、でもお兄さん男前だから12Cに負けてあげる。その代わり、良かったら夜ご飯でも食べにうちの店においでよ」


 彼女が指差した地図の一点にはご丁寧なことに赤い点で強調された一軒の居酒屋があった。成程、日中はこうやって仕出しをして、夜は居酒屋で稼いでいるという業態なのかも知れない。


「わかった。暇があったら行くよ。俺はオルベウ・レイドって言う冒険者なんだが、あんた名前は?」

「ふふ、来てくれたら教えたげる。あっと、お客さんに呼ばれてるからもう行くね! お買い上げありがとうございましたっ」


 言うが早いが彼女は慌ただしく去って行った。中々可愛らしい子だったとオルベウが鼻を膨らませている内にもじわじわと列は進んだようで、後ろの人間が迷惑そうに見つめている。彼は慌てて荷物を抱え、空いた間を詰めるのだった。




 それから数時間、弁当二つはとっくに平らげ、やっとこさオルベウの番が回る頃には陽も沈みそうな具合だった。何か身元を証明するようなものがあるか提示を求められ、オルベウは冒険者章とスクロールを提示する。鎧を脱ぎ、身体検査をされて、一応荷物にも怪しいものが無いか探られた後、通常の冒険者の装備の範疇内であると判断され無事中に通された頃にはもう日は沈み切ってしまっていた。


 どうやら、収納箱を持つ者達は別口の検査を受けるようだ。大量の危険物や武器を所持して街に入るには、公的な販売許可証などが必要になるのだろう。商売人もこの街では色々と苦労が多そうである。


「……中に入れたはいいんだが、時間が時間だ。早く宿を探さねえと」


 静けさに包まれた夜の街へと解放されたオルベウは、地図を見ようとしたが、暗闇で目が効かない。周辺の街灯を頼りにしようと近づいていく。


 そんな彼の様子をどこから見ていたのか、三人程の汚い格好をした男達がオルベウを取り囲み、癇に障る笑い声を発した。


「何だお前ら……道案内でもしてくれんのか?」

「別に構わねえぜ……ただし、代金としてその高そうな鎧か、それとも金か、よこしやがれ」

「どこのお貴族様か知らねえが……護衛もつけねえで歩いていると危ねえって教わらなかったか? ……夜は俺達みたいなのがいるからなぁ」


 頭を布で覆ったならず者達は、刃先の鋭く尖った短剣を抜き、目の前にちらつかせる。


 オルベウは眉をひそめ呆れた。こんな時間帯とは言え国都にまでこういったならず者が出没しているとは……軍は何をしているのだ。


 仕方なく彼は剣を抜く。長槍はこの間の戦闘で紛失してしまい、仕方なくフェロンで見繕ったこの剣はまだ手に馴染んでいるとは言い難い。とはいえ、オルベウとて生家にて正式な剣術を叩きこまれた身だ。たとえ数年程扱わなくとも、技は体が覚えている。


 「なっ、テメェ、抵抗する気か!」


 多勢で掛かれば命惜しさに降参するとでも思っていたのか、たじろぐ男にオルベウは苦笑を向けた。先に抜いたのはお前では無いか……そう思いながら空いた側の手で挑発すると、男は猛然と突きかかって来た。


 突き出されたナイフを半身でかわし、上段からの斬撃で柄の元を叩く。手から離れた短剣が石畳の上を滑ってゆき、視線でそれを追った男のこめかみに彼は遠慮なく柄尻をねじ込んだ。瞬く間に一人がやられ、男達が浮足立つ。


「これ以上やるってんなら、腕や足の一本、二本は覚悟しろよ?」

「く、くそが……!」

 

 中腰になって剣先をちらつかせたるオルベウに、やがて男達は命を懸ける覚悟までは無かったのか、舌打ちと共に仲間を放ったまま闇に消えて行った。


 鼻を鳴らして剣を鞘に納め、何でも無かったかのように地図を広げた時……頭上から拍手の音が降るように響き出す。


 いつからそこにいたのか、金髪を短く刈り込んだ少年が屋敷の塀に腰掛け、足を揺らしている。人の背の倍近くもあるそれから飛び降りると、彼は音も無く地に足を付けた。


「兄ちゃんなかなかやるじゃんか……間に入ってやろうかと思ったけど、必要なかったな」

「何だお前……小僧はもう家に帰って寝る時間だぞ」

「まあそう言うなって……宿を探しているんだろ? どうせこの時間帯じゃ、中々空いてるとこも見つからねえんだし、ちょっと付き合えよ」


 少年の瞳に害意が見られないのを感じつつも、オルベウはついてゆくか迷う。しかし、そんな彼の意思を挫くように冷たい風が肌をなぶり、路上で夜を越すよりかはましだと、彼は少年について歩いて行った。




「どこに行くんだ?」

「こんな時間に空いてるとこつったら、一つしかねえだろ。あ、娼館とかは無しな」


 大体予想がついた通り、連れて来られたのは酒場だった。夜半を回る時間にもかかわらず店内には多くの人間が管を巻いている。彼らが妙に似通った印象を受けるのは、多くの物が首に巻いた黒い布のせいだろうか。


 明らかに場違いな少年もそれは同じで、誰も奥に進んで行く彼を咎める様子はなかった。


「シンヤさん、何か腕の立ちそうな奴がいたから連れて来ましたよ!」


 少年が笑顔で話しかけた奥に座っていた男を見て、オルベウは一瞬目を見張る。彼の良く見知った男と非常によく似ていたから、というのともう一つ……彼も処理班の一人で、ギルドの賞金首に乗っている人物の顔位よく覚えている。


 名を呼ばれた男が胡乱な目を向けて声を掛けた。


「兄ちゃん、どうしたんだ? 固まったりして……いや、あんた俺を知ってんのか?」

「どうしたもこうしたもねぇよ……フェロンから来たって言えばわかるか? シンヤ・アキザワ」


 オルベウのその言葉に、周りのざわめきが消え、幾人かの視線が彼に集中した。中にはあからさまに席を立ち威嚇するものまで現れる。一瞬で張り詰めた空気だったが、それを男は、卓に叩きつけたグラスの音で破った。


「……静まれよ。別に御用だって訳じゃねえんだろう? ったく、デズ……ややこしい事になったのはお前のせいだぞ」

「あ~、すいやせん……どうしたらいいっすかね?」

「どうもこうも……なあ、金髪の兄さんよ。俺らの事、黙っててもらう訳にはいかねえかな? 今、大事な時なんだ」


 すでに退路は塞がれており、オルベウは諸手を挙げて降参するしかない。シンヤという男の周りにいる者達は、それぞれが先程のごろつき共とは比べ物にならない雰囲気を宿している。


「ま、座れよ……夜は長いんだ」


 オルベウが進められた席に着くとすぐに、注がれた酒が二杯運ばれてくる。シンヤはそれをオルベウに先に選ばせた。


「まあ、毒なんざ入っちゃいないって事をわかってもらおうと思ってな……あんた一人なんざ別にどうだってできる」


 彼は勢い良くそれを飲み干すと、オルベウにもそれを促す。オルベウも自棄になって酒を呷った。かなり酒精のきつい琥珀色の酒。まろやかな甘さが口の中に広がる上等な酒だ。シンヤは更に言葉を重ねた。


「言っておくが、この都市のギルドに告げ口しても無駄だぜ。至る所に俺らの目はあるからな……いつでも姿をくらますことは出来る」

「ふん……ならこのまま、俺を解放しろ。捕まらない自信があるのなら別に気にする事は無いだろう」


 酒瓶から二杯目が注がれ、オルベウはついまた手を付けてしまう。酒好きの彼としては一度口に入れ始めると中々に止めがたいもので、上等な酒となれば尚更だ。赤くなった顔で酒臭い息を吐き出す。


「そりゃそうだが……まぁ、大事な計画の前なもんで、念には念を入れておく必要があるのさ。ほれ、もう一杯」


 更に注がれた酒をもう一杯オルベウが飲み干すと、視界がいい感じにぼんやりと蕩けて来る。いつもより酒の周りが速いのに彼は違和感を感じたが、その時にはもう遅かった。


「何だぁ……この酒ん中になにか……いれたのかぁ?」

「まさか……俺はあんたと同じものを飲んでるんだぜ?」

「そうなのかぁ……エイスケ。あぁ、ちがうんだったな、おまえぁ、誰だっけ」

「……!?」


 呂律が怪しくなったオルベウの呟きにシンヤは反応を示す。


「お前……今誰の名前を言った?」

「あぁ? あぁ……なんだっけ? しらんしらん……」


 そう言うと彼は体を崩すようにして横倒しになり、そのまま床で寝息を立て始めた。シンヤはその銀鎧の男の幸せそうな顔を眺めた後、かぶりを振った。


「デズ。邪魔だから壁際にでも避けておいてやれ」

「え、俺っすか?」

「お前が連れて来たんだからお前しかいねえだろう」

「まあいいっすけど……しかしよく飲んだもんだ。俺らですら二杯も口にすりゃその場でころりってもんなのに。平気な顔で飲んでられるのシンさん位ですよ?」

「俺はまあ、色々訓練を積んだし……体質的に受け付けねえんだ、こういうのの効果は」


 シンヤは少しだけ苦い顔をした後、卓の上の酒瓶を持ち上げる。それは飲めば飲んだだけ記憶を失う、《記憶流し》という魔法薬の一種だった。



 ――翌朝、オルベウは誰かに揺さぶられて身を起こした。まだ酒が残っているのか頭がくらくらする。


「ええと、オルベウさんだっけ? ほら起きて、水飲んで」

「あぁ……なんだ。あんた誰だ?」


 水を渡してくれた娘は残念そうな顔をするして、不思議そうに首を捻る。


「昨日の今日で忘れちゃうなんて失礼な人だね。とは言ってもあたしも名前は教えてないから、仕方ないのかも知れないけど……でも店には来たのにどうして?」


 オルベウはこの娘が言う事に思い当たる節が無く首を傾げる。そも、ここはどこで、自分はどうやってこの建物に入ったのかも思いだせない。記憶を辿り最後に思いだしたのは……。


「ああ、俺は国都に馬車で向かって……そうだ、検閲待ちの列に並んで」

「そうだよ……あたしからお弁当とか地図を買ってくれたじゃない」

「そう……だっけか。その辺りからよく思いだせねえ。そうだ、荷物は」

「ここにあるみたいよ? 何か盗まれたりしてない?」


 オルベウは確認したが、特に何も取られた様子はない。現金すら手を付けられていないのが不思議に思える。どうも意識がはっきりせずに、回らない頭はしきりに頭痛を訴えて来る。


「いや……大丈夫だ。しかし、頭が痛え……何を飲んだかも覚えてねえのは久しぶりだ」

「済まないけど、あたしも仕込みを終えたら出るからさ。この店も夜までは一旦閉めるんだ」

「そうか……いや、悪かった。宿にでも行ってちょっと休む。邪魔したな」

「うん……気を付けてね。出て真直ぐ言った所にある宿が一番おすすめだよ」


 オルベウが無言で手を振り、ふらつきながら出て行くのを見送った後、居酒屋の娘はふうと息をつき、弁当の仕込みに取り掛かる……これはそんな静かな朝の一幕であった。

最後まで読んでいただきありがとうございましたっ!


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[気になる点] ここの店だったのか、よその店に捨てられたのか。 まあ、どっちでもいいけど。
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