16-A
店員さんはカウンターの向こう側に回り込み、黒い手袋を付けた。そして一番奥、カウンターの裏だから客は入れないところ、壁に掲げられた大太刀……
「手は触れないでくれ」
台座ごと取り外して、カウンターの上に置いた。
「稔刀・水斬」
「ほう……」
ユキは少し驚いた様子だけど、僕に分かるのは見た目がとてもかっこいいということだけだ。鞘から抜かれた状態のその刃、流麗な曲線を描いて、やっぱりかなり大きい。無駄な装飾は無いけれど、量産品のような無骨さは感じられない、洗練された…… うーん、やっぱり僕の目でも何となく良いものだとは分かるかも。これは有名な刀なんだろうか? それともユキは見ただけでどれくらいの価値か分かるんだろうか。
「大した業物だな。買えないが」
「いや、貴方ほどの腕ならば、これを持つのに不足はない」
「まるで私の腕を知ってるかのような口ぶりだが…… 剣の腕の問題じゃないよ」
「ふむ……」
さぞかしすごい太刀なんだろうな……
「あの、ちなみにお値段は」
「そうだな、お連れの方は遠慮しているようだが、私としてもそちらに振るってもらいたい気持ちはある。こいつにふさわしい遣い手なんてそういるわけじゃない。だから少し値引きさせてもらって……」
お店の人はしばし考え込み、僕を見据えて言った。
「420万シヴ」
「え!? は!!? よん…… ひゃく……?」
「ご主人様……」
ユキは流石に少しあきれたような声だ。ごめん、完全に舐めてたよ…… 420万シヴって、余裕で家が建つんですけど。変な話だけどユキを買った時の値段が28万シヴだよ? どれだけすごい刀なんだ……
「ご主人様、これはアーティファクトに片足突っ込んでいるクラスの太刀だ。だいたいそういう武器はとんでもない値段なんだよ。まさかとは思うが、買うなんて言わないでくれ」
ユキは本気で心配そうな顔だ。アーティファクト…… 上位になるとほとんど国家が所有していて、戦力の中でも重要な位置を占めるレベルになってくる。最低クラスでも強力な品々だ。実戦のために持っているなら一流冒険家、蒐集品としてならそれなりのお金持ちでないと持てないだろう。
そんなアーティファクトに片足突っ込んでる武器…… 欲しい! 欲しすぎる!!
いや、確かにちょっと心配になるレベルの買い物になってしまうけれど…… お金は無限にあるわけじゃない。転生してからずっと収入はなくて、最初にもらったお金を使い続けている状況だ。けれどそんなことどこかに飛んで行ってしまうくらいのロマンが……
僕が黙って考えているとユキは不安のようで、珍しくまとまらない言葉で追撃してくる。
「ほら、ご主人様がさっき取ろうとしていたあれ、あれにしよう、いや、あれは打刀だから同じくらいの値段の野太刀に、だってこれは、ご主人様を守るって言ったって、こんな」
店員さんは僕を黙って見つめている。一番重要なのはこの太刀がユキに似合うかどうか、それは…… ばっちりだ。このシンプルに洗練されて、流れる水のような美しさは、彼女にぴったり。重すぎるプレゼント……? いやいやこれは僕が欲しいんだ、ただ僕じゃ宝の持ち腐れになっちゃうから、ユキに貸す、みたいな、いや実質あげてるのと一緒だけど。
理屈じゃないんだよ、これは……! 僕は意を決して口を開いた。
「これ、買います」
「ば、馬鹿……!」
ユキは泣き出しそうな声を上げる。店員さんは満足そうに頷き、僕たちは購入の手続きに取りかかった。
お店から出て、佩刀したユキを見ると、僕はあまりの素晴らしさに感想も言えなかった。
「ご主人様…… 何と礼を言ったらいいのか……」
腰に巻いた紐から吊るされる形でホールドされ、刃は下向きで左側の腰に装備されている。めちゃくちゃ様になっている! ずっと使っていたのだから当たり前だけれど、大きな武器なのに彼女自身が振り回されるような雰囲気は皆無、むしろ自然すぎて太刀が目立たないくらいの印象を受ける。
満足だ。僕はもうこの絵だけで満足していた。というかこれが見たくて買ったようなものだ。
「これ、私の命に代えても守るから……」
「何言ってるの! そんなのダメだよ」
ユキは微妙な表情だ。
「これはさ、僕の趣味だから! 刀だったら何かあったらまた買えばいいよ、でもユキに何かあったら…… そういうわけにいかないから……」
「まあ…… うん……」
「わかった? そしたら次はどこに行こうね、何かほかに欲しいものある?」
ユキは少し悩んでいる様子で告げてくる
「こんなに素晴らしい贈り物をもらった後で言い辛いのだが…… 一つだけ買っておかないといけないものが……」
「おっ、何?」
ユキが急に身をかがめて僕の耳元に顔を近づけたので僕はドキリとする。
ごにょごにょ……
「あ、ああ…… そうだね、それは買っておかないと……」




