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出会いの日 1-Y

 店の扉が開く音がした。また下衆が一人やってきたようだ。あの男と何か喋っているようだが内容までは聞き取れない。男たちが部屋へ入ってきた。初めての奴隷には従順な子が良いとかなんとか……

 なるほど、新たに下衆の仲間入りをしたい奴が来たらしい。この感じでは私は買われないだろう。あの男はベラベラとセールストークを捲し立てる。客の方はほとんど何も言わない。ゆっくりと足音が近づいてきた。一体どんな男がこの悪行に堕ちようというのか、私は近づいてくる影を睨む。


 私は……驚いた。子供じゃないか。歳はおそらく10か11…… 幼い、あどけないと形容するしかない顔、体は華奢だ。肌の色は白い。運動が不得意で、部屋にこもって本を読むようなタイプにしか見えない。こいつが奴隷を買う……? 色気づいた金持ちの子供か。しかしこんな場所に一人で…… こっそり来たということか。しかし買った後の奴隷はどうするつもりだ。そもそもこいつ、おっかなびっくり奴隷を覗き込んで顔を赤らめたり、あの男に話しかけられてしどろもどろになりながら曖昧に返事したり、およそこの場に来る男の振る舞いではない。いくら子供とは言え、奴隷を買いに来るくらいならもっと尊大な、ボンボンのガキ大将のような奴ではないのか? まあいい、何にせよ私が買われるはずはないのだから、関係のないことだ。

 私はその少年を睨みつけていた。少年はついにこちらに気付いた。目が合った瞬間、彼は「あっ」と小さく声を漏らした。弱気を具現化したような子供だから、目を逸らすかと思ったが、むしろこちらをじっと見つめてくる。何だ……? 呆けたような顔で私を見つめ、根が生えたかのように一歩も動かなくなってしまった。


 見かねた店主が、私がいかに厄介かということを説明し始める。この男は大嘘をついて奴隷を売り込んだり、弱みに付け込んで金を巻き上げたりということはしていないようだった。下衆どもにとってはここは優良な店という訳だ。

 説明を受けた少年は、しかし未だ私をチラチラと見てくる。まさかこいつ、私を……? 店主が意思を確認する。少年は頷いた。なんと。買われるのか、こいつに。自分事だと認識した途端に、思考が変わっていく。見た目に騙されてはいけない。この純真そうな子供こそ、最悪の性嗜好の持ち主に違いない。拷問か、人体破壊か? それとも私を金儲けの道具として扱うのか、体を売らせでもして…… もしくはとんでもなく狂った家庭で、私は今日の晩餐にされるとか…… いや流石に…… 嫌な想像は尽きることがない。


 何か手続きをしていた店主が戻ってきて、私の牢屋を開ける。脚の拘束は解かれた。腕の拘束に繋がった魔鎖で引っ立てられる。私は少年に引き渡され、遂に――1か月はあの店で“陳列”されていたはずだ――店外へ、太陽差す地上へ。眩しい……


 少年はアルトと名乗った。やはり明るい地上で見ても気弱そうな男の子にしか見えないが、私は絶対に信用するなと自分に言い聞かせた。こいつは奴隷を買う男だ。何のつもりで私を買ったのかは、冷静に考えて、やはりこいつはどこぞの金持ちの息子で、人より少し早く目覚めた性を慰めるための道具として私を扱うつもりだとしか考えられない。男の自慰のための道具は驚くべき種類があり、ませた子供ならこっそり買い求めることもあるかもしれないが…… こいつのお小遣いは人より多かった。そして何より不幸なのは、人間を道具として扱えてしまう倫理観の欠如…… ひとしきり私の体で楽しんだ後は、おそらく人に見つかる前に“処理”されるだろう。こいつにとっては玩具を使い捨てるのと変わりがない。息子が高価な玩具で性に溺れるのを許容するような家庭とは思えないから、こいつが私を生かしておくことは無い……


 私は黙っていた。アルトはどうしていいのか分からない様子できょろきょろ通りを見渡したりして、何だかもごもご言いながら自分のコートを脱いで私に渡そうとし、そして……

「なっ!!」こいつ、私の拘束を解いた!?

「何のつもりだ!」驚きのあまり、喋ってしまった。

 この拘束魔術は、ただ物理的に両手首をバインドしているだけではない。ある程度対象の全身の力を抑制してもいるのだ。私は奴隷の中でも特に強く拘束がかけられていたようだが、今や私の身体能力に制限はない。全速力で走って逃げることも、今すぐこいつを襲うことも可能だ。少年は私がコートを着るために拘束を外したなどと言う。

「私が逃げ出したり、お前を襲ったりしたらどうするつもりだ」

「そ、そのときは隷印使わせてもらうかな……?」

 少年はおどおどしながら答える。この世界で奴隷を奴隷たらしめる技術、隷印。確かにこれを用いて命令されれば、私は従わざるを得ない。とは言えそれだけでは明らかに安全ではない。こんなか弱い少年、隷印で命令する間を与えずに殺すことも、おそらくこいつが油断していれば…… そのくらいの事も分かっていないのか?

 この少年、私を隷印だけで制御できると高をくくっているのか、もしくは、本当にそれが出来るのか? 流石に武術の達人ということはありえないと分かるが、魔術に長けているという可能性は……

 いやそうではなくて、私の事を玩具としか認識しておらず、意思を持った人間扱いしていないから、暴れたりする可能性があると頭では分かっていても実感がわかない…… きっとそうだ、そうに違いない。


 私は結論に至ると、コートを受け取った。この姿で街中を歩かされる辱めはやはり受けたくない。殺すにしても、こんな衆目ある日中、しかも反撃される可能性がある今はダメだ。この調子ではいずれ、決定的な隙を見せるだろう。その時に、確実に。

 私はこの時、今は猫を被っている少年の化けの皮が剥がれるのを、ひそかに期待していたのだ。奴隷を買う男など、みな絶対的な悪人だと証明されたかったのだと思う。けれど証明を求めるということは、100%自分の考えを信じ切れていない証でもある。無意識の内に、この少年は善人とは言えなくとも、私が求めている絶対的な悪人とは程遠いのではないかと感じていたような気がする。

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