出会いの日 7-A ※
こちらの回と次回(7-Y)には暴力的な描写があります。展開も少し暗いものとなります。一応読み飛ばしてもほとんどストーリーは理解できると思います。
「これで終わりのつもりか?」
後ろからかけられた声に僕はぎょっとして振り返る。
ユキ……!? 獣耳も出してたのに全く気付かなかった……!
唯一の明りはユキの部屋から漏れ出る常夜灯の光。まだ目の慣れていない僕はユキのシルエットしか認識できない。
「謝って済むとでも……?」
僕は慌てふためいて、
「えっ! あっあっ、ごめんっ、そのっ、ほんとにっ」「殺す」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。胸に衝撃、次に背中に衝撃。
「がっ……! はっ……!」勝手に口から息が漏れる。
やっと痛みがやってきて、僕は何が起きたのか理解した。全身が痛い……! ユキに吹っ飛ばされたのだ。おそらく拳でみぞおちを…… 待って痛い痛い痛いっ……!!
廊下の突き当りまで吹っ飛ばされて壁にぶつかって、衝撃のせいか痛みのせいか体に力が入らなくて、とても立ち上がれない。ダメだ痛すぎるこんなのっ……!
気が付くとユキが目の前にいて、僕を覗き込んでいた。「っあ、待っ、ごめんっ、本当にごめんなさいっ、さっきのは頭がおかしくなっててっ!」
「隷印を使え」「えっ」
「隷印を使え!!」目と鼻の先で、殺気の大喝が発される。僕はもう、身がすくんでしまって動けなかった。
「そっそれは…… 隷印は……」
隷印は使いたくない。さっきは、ユキの意思を無視して彼女を扱おうとしてしまったのだ。強制的に奴隷を従わせる隷印。きっとここで使ってしまったら、2度と彼女と信頼関係を築けない。ユキは黙って覗き込んでいる。
「隷印は…… 嫌だ……」
「なら死ね」
ゴッと鈍い音。僕は横からお腹に蹴りを受けて、今度は横に吹っ飛んで、
「ごっ、お゛っ! お゛うえ゛え゛え゛ぇ゛っっッ……! え゛お゛っ゛ぶっ゛お゛オ゛え゛ぇ゛っっっ!!」
痛い苦しい痛い苦しい痛い苦しいっ……!! 蹴られた衝撃で胃液が逆流してくる。
「ごめ゛んなざっ、ごめ゛んなざっ……! ゆるじでっ、お願いっ……! ゆるじでぐだざっ!!」
ユキは僕の首をつかんで壁に押し当てながらずり上げる。
「ぐうううっっ!」僕は必死にもがくが、少しも彼女の手が緩まることは無い。
「使え。死ぬぞ」僕は顔をぶんぶんと横に振る。
苦しい……! 死ぬ……! 僕が意識を失う直前にユキは手を離した。僕は下へ崩れ落ちる。
「っはあっ! はあっ! はあっ! っおええ゛っ!」
「お前…… 私が本気じゃないと思ってるのか? 自分が殺されないと?」
僕はもうほとんど何も考えられなかったが、それは…… 最後に残った理性がそれを考えていた。隷印を使えなどと要求してくる彼女はまるで……
「お前が思うほど甘くないぞ」ユキは僕の右手をぐいと引っ張った。
「今から一本ずつお前の指を折っていく…… お前が隷印で私を止めない限り……」
人差し指がユキに握られる。
「ひっ……!? やっ、やめっ! お願いじまずっ! 許してっ助げでっ!!」
「ほら行くぞ……? 3、2、1……」「やめてやめでぇ゛っ!」――ぼきっ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ッ!!!!」
僕は喉が張り裂けるほど絶叫した。指を折られる痛みは想像を絶していた。僕の右手の人差し指だけが、手の甲の側に折れ曲がっている。何も考えられない。頭のなかは痛み痛み痛み痛み……
「近くに家は無いだろう!? どれだけ叫んだってここには誰も来ない! 隷印を使え! さもないと……」
「ごべんなざいっっ!! おねがいじまずっっ!! ゆるじでぐだざいっっ!!!」
「ふざけるなよ……! 許しなんか乞うなッ……! お前はその左手の力で私に命令すればいいんだ! ほら、次の指行くぞ……!」次は中指を……
「やだやだやだアアっ……! だずげでええぇぇ……」
「3、2、」「いやああああぁぁぁ……!!!」ぼきっ――
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!!!」
地獄…… 死んだ方がましだ、死にたい、殺してくれ、助けて……!!
「使え使え使え使えッッ!!! 使えよッ!!!」ユキも絶叫していた。
「あ゛あ゛ーっ!! あ゛あ゛ーっ!!」
「何本でも折るぞ……! さんっ……! にいっ……!」
またカウントダウンが始まる。僕が、僕という存在が、恐怖で真っ黒に塗りつぶされる。
「やめ゛でっ!! や゛め゛でっ゛!!」いち―― 「“やめ゛て゛ッ――!!!”」
「ぐっ…… う……」
ユキが苦しげな呻き声をあげ、後ずさる。僕はもはや思考などしていなかった。気が付いたら隷印を発動していた。ユキも壁にもたれ、ずるずると座り込む。
「はあ…… はあ……」
「あああぁ……! いたい……! いたいよおぉぉお……!」
僕は幼い子供のように泣き叫んでいた。
どれくらい時間がたったのかはわからない。ユキが立ち上がった。
「いっ……! ひっ……!」
「大丈夫だ…… 今の私はお前に悪意あることは出来ない……」
僕は逃げようとするが、転がったまま立ち上がることもできない。
「その指、直すから……」僕はめちゃくちゃに四肢を振り回してユキを遠ざける。
「アルト、落ち着いてくれ……! 私はもうお前を害せない、たとえ私が何を思っていても」
「やだっ……! やだっ……!」
しかしすぐに僕はユキに抑え込まれてしまう。
「大丈夫、一瞬だから…… ほら、これを噛んでくれ」「いやああぁっ!」
ユキは僕の服をたくし上げて口へ持ってくるが、僕は身をよじって抜け出そうとする。
「頼む、アルトお願いだ…… お願いだから…… いま元に戻さなくては、手が使い物にならなくなってしまう……」
しばらく僕は抵抗を試みていたが、もうどうしようもないと悟り、ほとんど絶望の気持ちで横たわった。服を噛まされる。
「よしよし…… いい子だな…… 2本同時に戻すからな。いいか、いくぞ」――ぐりっ。
「~~~~~~~ッッッッ!!!!」
声にならない絶叫。生まれてこの方味わったことのない痛みを、何度も何度も与えられる。気を失えたらどれだけ楽だろう。
「ううーッ……! ううーっ……!」「よーしよし…… 頑張ったな…… えらい子だ……」
ユキは…… 優しく僕の頭を撫でていた。
しばらくして、「医療品を取ってくるからな」
ユキはすぐに戻ってくる。指に包帯を巻かれる。水も持ってきていて、何か薬を飲まされた。もともと朦朧としていた意識が、さらにぐにゃりと溶け落ちるように歪んでいく。
「いい子いい子…… 今日はもう眠れ…… ベッドに運んでやるから。おそらく後遺症は残らんと思うが、明日は病院に――」
僕の意識はそこで途切れた。




