旅の後で
最終レイドボスから三日後。
BCOのフォーラムは、まだ興奮冷めやらぬ……といった状況だった。配信のアーカイブ再生数は三千万を突破。BCOの歴史上、最も視聴された映像になった。
そして冬夜は、大学にいた。月曜日、一限の講義。
いつもの食堂で、いつものように昼食を食べている。宮瀬が向かいにいる。
「久坂くん。日曜日のやつ、見たよ。配信」
「見たのか」
「うん、五百万人が見てたんでしょ? わたしも、その一人」
宮瀬がお茶に手を伸ばした。
「三万人が空の上で龍と戦ってるの、すごかった。──でもわたし、久坂くんが最後に龍の額を斬ったところで、また泣いちゃった」
「泣きすぎだろ」
「久坂くんのせいだよ」
冬夜は焼き魚を食べながら、ふと言った。
「宮瀬」
「なに?」
「お前──BCO、やってみないか」
ぴたりと、宮瀬の箸が止まった。
「え?」
「日曜日に、画面を見て泣いていただろ。あの世界を、見る側じゃなくて歩く側になれる」
「わたしが? ゲーム?」
「VRゴーグルは余ってる。前のモデルだが、十分動くはずだ」
宮瀬は顎に手をやって考え込んでいた。
「……わたし、ゲーム全然やったことないよ? かなり、下手だと思うよ?」
「下手でも歩ける。歩くのに、上手いも下手もない」
「でも、久坂くんみたいに旅人で──」
「旅人じゃなくていい」
宮瀬が顔を上げた。
「お前は、お前の好きな職業をやればいい。同じ世界を歩くのに、同じ道を歩く必要はない」
宮瀬の目が、少し潤んだ。
「……久坂くんの世界を、一緒に歩いてもいいの?」
「いいも何も、BCOは誰でも始められる」
「そうじゃなくて。──久坂くんが、わたしに来てほしいの?」
冬夜は少し、答えに迷った。
来てほしいわけじゃないと、謎のプライドを張るか。
どうしてもっていうならと、強情に出るか。
でも、それは全部違うと思った。
冬夜は率直に、自分の思いを口にした。
「……来てほしい」
宮瀬が笑った。泣きそうな顔なのに、笑っていた。
「うん。やる」
◇
その夜。冬夜のアパート。
宮瀬に余りのVRゴーグルを渡した。型は古いが、性能に問題はない。
BCOのアカウント作成。キャラメイク。
「名前は何にする」
「えっと……タマキ。そのまんまだけど」
「わかりやすくていいな」
「職業は?」
「好きなのを選べ。剣士、魔法使い、僧侶、弓使い、盗賊、聖騎士、暗殺者──」
「薬師ってのがある。これは?」
「僧侶系の支援職だ。回復と状態異常治癒が得意な──」
「これにする」
「やけに早いな。理由でもあるのか?」
「だって、久坂くん、いつもHP少ないんでしょ? だから、回復してあげたいなって」
宮瀬がVRゴーグルを被った。
「じゃあ──行ってきます」
「ああ、始まりの町で待っている」
冬夜もゴーグルを被った。ログイン。
始まりの町・リベルタ。噴水広場。
──初心者の服を着た、小柄な薬師の女の子が、きょろきょろと周りを見回していた。
「わ……すごい……町だ……建物がある……人がいる……」
トワが歩み寄った。セレスが肩にいる。
「タマキ」
「あ! 久坂──じゃなくて、トワ、さん?」
「ようこそ、BCOへ」
宮瀬──タマキが、周囲を見回した。石造りの家並み。NPCの商人たち。走り回る初心者プレイヤー。そして頭上の青い空。
「きれい……本当に、歩けるんだね。この世界の中を」
「歩けるぞ、どこまでも好きなところまで」
セレスがタマキの顔を覗き込んだ。
「トワ。このひと、だれ?」
「タマキ。現実世界の……友達だ」
「ともだち。──おんな?」
「女だ」
いつものように、セレスの目がじとーっと細くなった。
「……また、おんな」
タマキが笑った。
「セレスちゃん。画面越しに会ったことあるよね。──よろしくね」
「……おやつ、くれる?」
「おやつ? えっと──」
タマキがアイテム欄を確認した。初期装備の中に──チュートリアル用のリンゴが一つ。
「これ、あげる」
セレスがリンゴを受け取って、一口齧った。
「……おいしい」
「よかった」
「タマキ。なかま」
始まりの町。二年前、冬夜がトワとして最初にきた場所。
今度は宮瀬がタマキとして、同じ場所にいる。
「歩くか」
「うん。でも──どこに行くの?」
「どこでもいい。まずは、この町を歩いてみろ。全ての旅は、一歩目から始まる」
「うん」
トワと、タマキと、セレスが、始まりの町を歩き始めた。




