打ち上げ・二回目
始まりの町・リベルタの酒場。二度目の打ち上げ。
今回は七人だ。トワ、ゼクス、レナ、カイン、リゼ、マルク、ミコト。そしてセレス。
酒場のマスターがまたトワ専用の料理を出してくれた。今回は「マスター特製・勝利の串焼き」。
「ずるいー! また特別メニュー!」レナが頬を膨らませた。
「NPC友好度をMAXにしてから言え」カインが淡々と言った。
「だって、二年かかるじゃん!」
「トワは、その二年をかけたんだぞ」
「ぐう……」
セレスが串焼きの匂いを嗅いで、目をキラキラさせている。
「トワ、これ、セレスのぶんは?」
「お前の分はない。これは俺のだ」
「えー! ずる、けち、くいしんぼ!」
セレスがぷうっと頬を膨らませた。トワは串焼きの肉を小さくちぎって、セレスに渡した。
「わあ……やったぁ!」
「一切れだけだぞ」
「トワ、もうひとつ! もうひとつ!」
「一切れと言ったはずだが」
「……もうひとつぅ」
上目遣い。角がしなしなのしおれモード。
冬夜はすかさず二切れ目を渡した。
「……トワさん、セレスちゃんに弱すぎない?」と、レナのツッコミ。
「グラオザームを倒した男が、手のひらサイズの妖精に負けてるのか」今度はカインが。
「負けていない、俺が渡したんだから力の関係は五分のはずだ」
「どっちでもいいだろ。まったく……呑気な男だ」
ゼクスは酒場の隅で、飲み物を飲んでいた。暗殺者の黒装束が酒場の雰囲気と絶望的に合っていない。
「ゼクスさん、こっち来なよ! 端っこにいないでさ!」レナが手招きした。
「いや、俺は一人でいい」
「駄目! 打ち上げは全員参加なの!」
レナがゼクスの腕を掴んで引っ張ってきた。Lv87の剣士がLv90の暗殺者を物理的に引きずっている。ゼクスは抵抗しなかった。抵抗する気力もなかったのかもしれない。
こうして、全員がテーブルを囲んだ。
「じゃあ、乾杯しようよ! 優勝と、レヴナント討伐と、みんなの健闘に!」
レナがジョッキを掲げた。全員がジョッキを持ち上げる。トワはお茶。ゼクスもお茶。ミコトはジュース。
「かんぱーい!」
セレスが両手でリンゴのかけらを掲げて、一緒に「かんぱーい!」と叫んだ。
◇
打ち上げが進む。
リゼが酔った勢いで(ゲーム内のアルコールの酔いステータスがある)、トワに絡み始めた。
「トワさんってさー、レヴナントと戦ってる時、スープぶちまけたじゃないですかー。あれ最高でしたよー」
「……あくまでも戦術だ」
「戦術って言いながら、スープで敵を転ばすのはずるいですよー。今度は誰を転ばすんですかぁー、私ですかぁー」
「リゼ、酔ってるぞ」マルクが呆れている。
「酔ってませーん。あのねぇ、トワさん、手記をぶつけたのも最高でした。あれ攻撃じゃないですよね? ただの紙ですよね?」
「紙でも投げれば相手は反応する。反応した隙に本命を入れる」
「天才じゃないですかぁー」
カインが横から口を挟んだ。
「天才じゃなくて変態だ。戦闘中にスープと紙と串焼き……は使ってないか。まだ」
「串焼きは使わない」
「使いそうだから言ってるんだ」
ミコトが笑いながらメモを取っていた。
「あの、今日の戦闘のまとめ配信を作りたいんですけど、タイトルどうしましょう。『トワ、自分のコピーにスープをぶちまける【レヴナント討伐】』とか」
「もう少しマシなタイトルにしてくれ」
「『影を超えた旅人──七人で挑む自分自身との戦い』とかは?」
「そっちでいい」
「真面目なの選ぶんですね。じゃあサムネイルは、スープのシーンで」
「おい、やめろ」
ミコトがにやにやと笑っている。
ゼクスはお茶を飲みながら、ぽつりと言った。
「レヴナントの最後の言葉──『いい旅だった』。あれは、お前へのメッセージだったんだろうな」
「……かもしれない。あいつは俺のコピーだった。俺の中にある言葉を、最後に返してくれたんだろう」
「お前の中にある言葉が『いい旅だった』か。──お前らしいな」
セレスがトワの肩で目を閉じている。角の光が、ぽうっと灯る。
「トワ。セレスもおもう。いいたびだったって」
「なんだか、もう終わったような感じだが……まあ。──いい旅だな。ソロじゃなくても、十分に」
なんだか、しんみりとした空気が流れた──のは、たった三秒だけだった。
「ねーねートワさん」
リゼが完全に出来上がっていた。頬が赤く、目がとろんとしている。BCOの酔いステータスは視覚効果だけのはずだが、リゼは中の人も一緒に酔っているようだ。多分、現実でも酒を飲んでいるんだろう。
「トワさんってさー、彼女いるんですかー」
「なに……っ?」
レナが思わず飲み物を吹き出しかけた。カインが眉を上げた。マルクが天井を見た。ミコトのジョッキが微かに揺れた。ゼクスだけが、表情を変えなかった。
「いない」
「えー! いないんだー! なんでー!? トワさんかっこいいのにー!」
「かっこいいかどうかは関係ない。俺は、旅人だからな」
「じゃあじゃあ、好きな人はー?」
レナが慌ててリゼの肩を掴んだ。
「リゼ! それ聞いちゃダメなやつ!」
「えー、なんでー? みんな気になるでしょー?」
「気になるけど! 聞いちゃダメなの! 空気を読んで!」
「空気ってなにー? ここ酒場だから、空気はアルコールだよー」
「酔いすぎ!」
トワは特に動揺した様子もなく、チャットで返した。
トワ:「好きな人は──わからない。そういう感情を、あまり考えたことがない」
「考えたことないってー!? 二十歳でしょー!?」
「リゼ黙れ」カインがリゼの口を手で塞ごうとしたが、酔ったリゼは驚くほど素早くカインの手をかわした。暗殺者の手をかわすほど酔った、魔法使い。
「じゃあじゃあ、一緒にいて楽しい人はー? 女の子でー」
トワが少し考えた。
トワ:「……レナは一緒にいて楽しい。明るいから。ミコトも面白いし、話しやすい」
レナは耳まで顔が真っ赤になった。ミコトはあわあわと、ジョッキを落としかける。
「ほらー! 名前出たー! レナちゃんとミコトちゃんー!」
「ちょっとリゼ! トワさんは友達として言ってるの!」
「ほんとにー? トワさん、レナちゃんのこと、友達なのー? それとも──」
トワ:「友達だ。一緒に戦った仲間だ。それ以上の分類があるなら、教えてくれ」
「『分類』って言うのがもうダメ!」リゼが笑い転げた。「恋愛を分類で語る男いるー!?」
カインがため息をついた。
「トワ。お前に恋愛の話を振っても砂漠に水を撒くようなものだ。──リゼ、もう寝ろ」
「寝なーい。ねえねえ、じゃあミコトちゃんはどうなのー? トワさんのこと、どう思ってるのー?」
全員の視線がミコトに集まった。
ミコトは──ジュースのグラスを両手で持ったまま、微動だにしなかった。顔は平静を装っていたが、耳の先がほんのり赤い。
「わ、私は……トワさんのことは、尊敬してます。配信者として、プレイヤーとして」
「それだけー?」
「……それだけです」
「嘘だー。耳赤いよー」
「赤くないです! 酒場の照明のせいです!」
ミコトは必死に弁解している。リゼの酔っ払い砲が的確に急所を突いてくるのだ。
セレスがトワの肩の上で目を覚ました。騒がしさで起きたらしい。寝ぐせで銀色の髪がぼさぼさだ。
「……んー。なに、さわいでるの」
「セレスちゃん起きた! ねえねえ、セレスちゃんは、トワさんの彼女になりたい?」
セレスが一瞬きょとんとして、それからきっぱり言った。
「トワはセレスの。セレスがいちばん。かのじょとか、よくわかんないけど、トワはセレスの」
「宣言きたー!」
「セレスちゃんが、一番強敵かも……!」
レナが自分の顔を覆った。
トワの肩の上で、セレスがトワの首元にぎゅっと抱きついた。他の女性陣を牽制するみたいに。
ミコトが小さくため息をついた。レナが苦笑した。リゼだけが爆笑していた。
カインがゼクスに向かって小声で言った。
「恋愛話には入らないのか」
「入るわけがないだろう。俺はPvPランキング一位であって、恋愛相談員ではない」
「でもお前も、あの旅人に振り回されている一人だろう」
「……否定はしないがな」
トワは一連のやり取りを聞いていたが、何が面白いのかよくわかっていなかった。
トワ:「結局、何の話だったんだ」
「「「トワさん(お前)が鈍いって話!!」」」
レナ、リゼ、カイン、そしてなぜかゼクスまで声を揃えた。
ミコトだけが何も言わず、ジュースを飲んでいた。その目が少しだけ潤んでいたことに──トワは気づかなかった。
セレスが角をぴょこぴょこさせて、得意そうに宣言した。
「トワは、セレスの! みんな、あきらめて!」
「諦めてないよ!」レナが叫んだ。
「諦めませんよ!」リゼも叫んだ。
トワはチャットを打つ手を止めて、思わず笑みを浮かべた。
仲間がいて、小さな妖精が肩にいて、敵だった男が隣で茶を飲んでいて、酔っ払いがよく分からない話で暴走している。
一年前は一人で歩いていた。今は──こうなった。
「……騒がしいな」
文句を言いながらも、冬夜の口元は緩んでいた。




