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ブレイブ・クロニクル・オンライン ~全員が捨てた初期職を7000時間やり込んだら、Lv1で最強になっていた~  作者: ぶらっくそーど


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歩く者



 砂漠の中を歩いているNPCに向かって、トワは足を速めた。


 だが追いつけない。


 NPCの歩く速度が速い。トワの通常歩行より速い。星巡りの靴と歩む者の称号を合わせた速度でようやく並走できる程度だ。しかもNPCはまっすぐ歩いているわけではなく、蛇行している。砂丘を避けて、岩を避けて、砂影の出現ポイントを避けて。この砂漠を知り尽くしたルートを歩いている。



「速い……!」タマキが遅れ始めた。「トワさん、あのNPC、速すぎます」


「歩む者の速度補正でぎりぎりだ。普通のプレイヤーなら追いつけない」



 セレスがトワの肩から前方のNPCを見つめた。



「トワ。あのひと、あるきかたが、トワににてる」


「似てるか?」


「むだがない。あしのはこびかたが、おなじ。ずっとあるいたひとの、あしどり」


「俺とあいつ、どっちが歩いていると思う?」


「うーん……あのひとも、おなじくらい、あるいてる。セレスにはわかる。トワのかたで、ずっとみてたから」



 五分追いかけて、ようやく並んだ。


 NPCの姿が見えた。灰色の外套を着た、痩せた人影だ。モノクロの世界だから色はわからない。背が高い。トワより頭半分ほど高い。顔は若いのか老いているのかも判別できない。表情がない。だが目は開いていて、前を向いている。


 ネームプレートは文字化けしている。「▊▊▊」。三文字。


 そして、手に持っているもの。杖だ。長い杖。歩くための杖。武器ではなく、歩行の補助具。


 旅人の杖だ。



「あなたは、旅人か」トワが話しかけた。


 NPCが立ち止まらなかった。歩きながら、ゆっくりと首だけを回してトワを見た。灰色の目だ。だが、リルクトやウルやミラとは違って、空っぽではない。何かを探している目だった。


 口が動いた。声が出た。



「……歩いている?」


 声が出る。沈黙の湖のNPCミラと違って、このエリアでは音がある。ただし声にも色がないような、平坦な響きだった。



「ああ、歩いていたぞ。自分で歩いていて、分かってないのか?」


「歩いてる……どこへ?」


「俺にはわからない。きっと、何かを探してるんじゃ無いか」


「……そう」



 NPCがまた前を向いて歩き始めた。止まらない。会話をしながらも足を止めない。


 トワが並んで歩いた。



「お前、名前は」


「……ない。あったかもしれない。覚えていない」


「記憶があるのか。他のNPCは記憶が断片化していて、復元するまで喋れなかったが」


「……断片は覚えている。歩くこと。この砂漠を歩くこと。それだけは覚えている。名前は忘れた。どこから来たかも忘れた。でも、歩くことは忘れなかった」


「止まらなかったのか」


「……止まれなかった。止まったら、たぶん消える。止まっている間に、他のみんなは止まった。動かなくなった。でも、わたしは歩いた。歩いていたら消えないと、知っていたから」



 トワは黙って歩いた。並んで歩きながら、このNPCの言葉を聞いていた。


 名前を失って、記憶を失って、色を失って。それでも歩き続けた存在。止まったら消えると知っていたから、歩き続けた。


 旅人だ。


 メブキが頭の上で双葉をくるくる回した。



「くるくる……このひと、ねっこがうすい。でも、あしのうらにだけ、ねっこがある。あるくたびに、ねっこがのびてる」


「足の裏に根がある?」


「あるくと、ねっこがじめんにのびて、またぬけて、またのびる。あるくことが、このひとのねっこ」


 歩くことが根。歩くことで存在を保っている。名前がなくても、歩いている限り消えない。


 トワが見聞録を起動した。


「名前を復元していいか」


「……名前?」


「お前の名前を取り戻してやる。俺にはそれができる」


 NPCが初めて足を止めた。トワを見た。


「……名前が戻ったら、止まっても消えない?」


「名前があれば存在が固定される。止まっても消えない」


「……止まれるのか。止まっても、いいのか」



 トワが記憶干渉を発動した。



【記憶干渉を実行中……】

【対象のデータが断片化しています(大部分は歩行データ)】

【歩行データ量が膨大です。この世界の全マップを歩破しています】

【復元率:11%……28%……47%……69%……88%……100%!】

【名前の完全復元:「ノーネ」】

【職業:旅人】

【NPCデータの復元が完了しました!】



 ネームプレートに文字が浮かんだ。「ノーネ」。職業:旅人。


 ノーネの目が変わった。灰色の目に、わずかな光が戻った。モノクロの世界だから色はわからないが、目の奥に何かが灯ったのは見えた。



「ノーネ……そうだ。わたしの名前。ノーネ。旅人の、ノーネ」


「覚えているか」


「……覚えている。わたしはこの世界を歩くために作られた。最初の旅人。この砂漠だけじゃない、全部の場所を歩いた。草原も、森も、湖も、この砂漠も。全部歩いた」


「この世界の全マップを歩いたのか」


「歩いた。何周も。世界が捨てられた後も、歩き続けた。歩くことしかできなかったから」


 ノーネがトワを見た。


「あなたも、旅人?」


「Lv1の旅人だ」


「Lv1……。あなたが何lvでも、歩いた距離なら、たぶん負けない」


「勝ち負けじゃないが、俺も一万時間は歩いてる」


「一万時間……多いのか少ないのか、わからない。でも、歩いている者同士にしかわからないことが、ある」


「そうだな、俺もそう思う」


 ノーネが初めて笑った。モノクロの顔に、表情が生まれた。


「あなたに聞きたいことがある。この砂漠の奥に、わたしがどうしても通れない場所がある。光っていて、揺れていて、近づくと身体が崩れそうになる場所。あれは何?」


「ほころびだ。この世界の法則が壊れている場所。俺の持っている鍵で直せる」


「直せる? あの場所が直ったら、この砂漠はどうなる?」


「色が戻るかもしれない」


 ノーネが空を見上げた。灰色の空。


「……色。覚えていない。空が何色だったか。砂が何色だったか。ずっとこの色だったから、他の色を忘れた」


「直したら、思い出せるかもしれない」


「……行こう。わたしが案内する。この砂漠は全部歩いた。最短ルートを知っている」


「最短じゃなくていい」


「え?」


「最速ルートを教えてくれ。歩きやすい道を」


 ノーネが少し目を細めた。


「……旅人だな、あなたは」


「ああ」


「わかった。歩きやすい道で行こう」


 ノーネが先に歩き始めた。今度はトワの速度に合わせてくれた。二人の旅人が、灰色の砂漠を並んで歩く。


 セレスがトワの肩で呟いた。


「トワ。ノーネと、なかよくなった?」


「なかよくなった、のだろうか」


「おなじあるきかた。おなじめ。おなじりょじん。なかよし」


「りょじんって何だ」


「たびびとのこと。いま、つくった。セレスのぞーご」


「造語か」


「ぞーご! セレス、あたまいー」


「頭がいいかどうかは別として、ノーネは信頼できそうだ」


「うん、セレスもそうおもう」


 ノーネが歩きながら振り返った。


「その精霊、面白いな」


「面白いけど、うるさいときもあるぞ」


「うるさくない! セレスは、ふつう!」


 


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