根を紡ぐ
ほころびに向かって歩いた。
メブキとウルが、トワの頭に乗っていた。二体の根の精霊は、歩きながらずっと喋っていた。
「めぶきのもりは、ねっこがまっすぐ。きれい」
「……ウルのもりは、さかさま。きれいじゃない」
「さかさまでも、もりはもり。ウルのもり、めぶきはすき」
「……すき?」
「うん。ねっこがいっぱいある。めぶき、ねっこがおおいところ、すき」
「……くる……くる」
「くるくる!」
セレスがトワの肩の上から、二人を見ていた。
「トワ。めぶきが、たのしそう」
「同族の精霊に会えたからだろうな」
「セレスには、ど0ぞくがいない」
「お前は月の精霊だからな。種類が違う」
「さみしー」
「さみしいのか?」
「すこしだけ。でも、トワがいるから、いい」
「そうか」
「トワがセレスのどーぞく」
「俺は精霊じゃないんだが……」
「こまかいこと、きにしちゃ、ダメ」
タマキが横でくすりと笑っていた。
「セレスちゃん、トワさんを同族認定してますよ」
「認定されても困るんだが」
「いいじゃないですか。光栄なことですよ」
「光栄な同族認定があるのか……?」
十五分歩いて、森の最奥に着いた。
巨木が途切れた先に、開けた場所があった。地面が露出していて、草も木もない。むき出しの土と岩だけの空間が、直径三十メートルほどの円形に広がっていた。
その中心に、ほころびがあった。
錆びた草原のほころびより大きい。地面の亀裂が三メートルほどの長さで、紫色の光を噴き出している。ほころびの周囲では、小石が宙に浮いていた。重力が乱れている証拠だ。
糸読みで確認した。ほころびの周辺は深い赤と紫が混在している。法則の歪みが集中しているのが視覚的にわかる。
「ここだよ」
ウルが前に出た。
「……ここ。わたしがかんりしてた、ねっこの中心。ぜんぶのねっこが、ここからはえてた」
「根の中心が壊れたから、森全体がおかしくなったのか」
「……うん。ここがなおれば、もりのねっこは、もとにもどる。でも……」
ウルが振り返った。
「……わたしひとりじゃ、なおせない。ねっこをただしいかたちにもどすのは、わたしのしごと。でも、ほころびそのものは、わたしにはさわれない」
「俺が糸の鍵でほころびを直す。お前が根を整える。分担作業だ」
「……ぶんたん」
「めぶきも手伝うよ」メブキが飛び跳ねた。「ふたりで、ねっこをなおす!」
「……うん。ふたりなら、できる」
トワが糸の鍵を取り出した。タマキが周囲を見回して警戒についた。ルーナが影を広げて、モンスターの接近を監視している。
「セレス。修復中は大人しくしてくれるか」
「がまんする。セレス、がまんできる。まえもできた」
「偉いな」
「ほめことば、あとでまとめてもらう」
「了解した」
三者同時にスタートした。
トワが糸の鍵をほころびにかざした。白い光の糸が伸びていく。
ウルとメブキが地面に手をつけた。根の精霊の力が地中に広がっていく。目には見えないが、地面の下で根が動いているのがわかる。振動が足元に伝わってくる。
【ほころびの修復を開始します】
【協力者を検知:NPC「ウル」+精霊「メブキ」】
【根の再構築と並行して修復を実行します】
【修復効率が上昇しました】
「効率が上がりました!」タマキが画面を見た。「ウルちゃんとメブキちゃんが根を整えてくれるから、修復が速くなってます!」
【修復率:18%……34%……】
地中の根が動いている。逆さだった根が、正しい方向を思い出すように、ゆっくりと向きを変えていく。ウルの四つ葉とメブキの双葉が、同じリズムで回っている。
ウルが小さな声で呟いた。
「……ねっこ、おぼえてる。ただしいかたちを、おぼえてる。わすれてただけ」
「くるくる……めぶきが、おしえてあげる。まっすぐだよって」
二人の精霊が目を閉じて、地面に集中していた。
【修復率:55%……72%……86%……】
変化が始まった。
浮いていた小石が、一つずつ地面に落ちていく。重力が安定し始めている。
遠くで音がした。森の奥の方から、ぎしぎしという音。木が動いている音だ。
「トワさん、木が動いてます!」タマキが指さした。
逆さだった木が、ゆっくりと回転し始めていた。根が空から降りてくる。枝が上に向かって伸びていく。逆さだった木が、正しい形に戻ろうとしている。
【修復率:94%……98%……100%!】
【ほころびの修復が完了しました!】
亀裂が閉じた。紫色の光が消えた。
そして、森が変わった。
【エリアの法則が安定化しました】
【重力異常が正常化されました】
【ステータス変動:±5%に低下】
【エリア名を復元しました:「逆さの森」→「根冠の森」】
「名前が変わった。『逆さの森』じゃなくて『根冠の森』」
「それが、本来の名前だったんですね」タマキが空を見上げた。
空が見えた。さっきまで根の天蓋で覆われていた空が、開けている。根が地中に戻ったからだ。木は正しい方向に立っている。幹から枝が伸び、枝に葉が茂り、根は地面の下に広がっている。普通の森に戻っていた。
ただし、木の幹には金属光沢が残っていた。完全には治っていない。前のエリアと同じで、一つのほころびを直しただけでは世界全体は治らない。だけど、これで普通に歩けるようになった。
ウルが目を開けた。
「……なおった。ねっこが、まっすぐになった」
メブキが隣で双葉をぴこぴこさせた。
「なおったね、ウル!」
「……うん。なおった。めぶきのおかげ」
「めぶきだけじゃないよ。トワも、なおした」
「……トワ」
ウルがトワを見上げた。
「……ありがとう。わたしのもりを、なおしてくれて」
「俺がやったのは糸を繋いだだけだ。根を直したのは、お前たちだ」
「……でも、わたしをおこしてくれた。なまえを、くれた。ひとりじゃなくした」
ウルの四つ葉が、ぴこぴこと揺れた。
「……わたし、ここにいる。このもりのねっこを、まもる。だから、また来て」
「ああ、また来るさ」
セレスが目を開けた。修復中、ずっと黙って我慢していたらしい。
「おわった?」
「終わった」
「じゃあ、しゃべっていい?」
「ああ、たくさんしゃべっていいぞ」
「セレス、いっぱいがまんした。えらい?」
「偉い」
「ほめことば、まとめて」
「偉かった。すごかった。助かった」
「トワ、ぼーよみ」
「……すまん」
「でも、みっつだからゆるす。うれしー」
セレスが両手を上げて喜んだ。
「トワさん」タマキが隣に来た。
「二つ目のエリアも修復完了ですね。この先、まだ続いてるんでしょうか」
「糸読みを見る限り、赤い領域がまだある。この世界はもっと広いようだ」
「まだまだ歩きますね」
「糸読みで青くない方向がまだある。そっちに、次のエリアがあるはずだ」
「ウルとメブキが根を直してくれるなら、修復効率が上がりますね。心強いです」
「ただし、次のエリアの法則異常が何かはわからない。重力とは違う異常が待ってるだろう」
「楽しみですね」
「タマキは、怖くないのか」
「トワさんがいるから、怖くないです」
「それは買い被りだ」
「買い被ってません。トワさんの実績を、わたしは知ってますから」
トワは根冠の森を見渡した。正しい姿に戻りつつある森。木が空に向かって枝を伸ばしている。葉が風に揺れている。ウルが森の中央に座って、四つ葉を回している。メブキがその隣で、双葉をぴこぴこさせている。
二体の根の精霊が、並んで森を見守っていた。




