トワ伝説
木曜日。大学。
講義の後、食堂に向かう廊下で、見知らぬ男子学生に声をかけられた。
「あの、すみません。久坂さんって、BCOやってますか?」
冬夜は足を止めた。
「……なぜ、そう思う?」
「いや、俺もBCOやってるんですけど。サークルの先輩が、久坂さんがめちゃくちゃゲーム上手いって言ってて。もしかしてBCOのプレイヤーかなと」
蓮だ。蓮が喋ったのだろう。あとで文句を言わなければならない。
「やっているが、ゲーム内のことはここでは話さない」
「あ、はい。すみません。……でも、もしよかったら、うちのサークルに遊びに来てくれませんか? ゲーム研究会っていうんですけど」
「興味がない」
「そうですか……。あの、BCO内でフレンド申請してもいいですか?」
「ゲーム内の名前は教えていない」
「あ、そうですよね。すみません、突然変なこと言って」
男子学生は少し残念そうに去っていった。
食堂で宮瀬に会う。いつもの席。
「今、廊下で話しかけられてたね。知り合い?」
「知らない人間だ。ゲームのことを聞かれた」
「あー……。久坂くん、大学でもバレつつあるんだ」
「蓮が喋ったんだと思う」
「岡野くん、口軽いね」
「昔からだ」
定食を食べながら、冬夜はため息をついた。
ゲーム内で有名になるのは──まあいい。でも、現実世界にまで名前が漏れてくるのは面倒だ。
「久坂くん、嫌そうだね」
「嫌というより、面倒だ」
「わかる。でもさ、久坂くんがすごいことしてるのは本当なんでしょ? 知られて当然じゃない?」
「すごいことはしていない。歩いているだけだぞ」
「その『歩いているだけ』がすごいんでしょ」
冬夜は箸を止めた。
──宮瀬にも、蓮と同じことを言われる。「歩いているだけ」が特別に見える、と。自分にはよくわからない感覚だ。
「……味噌汁が冷めた」
「話を逸らさないでよ」
「逸らしていない。本当のことだ」
無理に話を逸らそうとする冬夜に、宮瀬が白い歯を見せた。
◇
夜。ログイン。
レナからメッセージ。
レナ:「トワさん! ギルド対抗戦の次の試合、明後日だよ! 相手は〈蒼穹の翼〉。空中戦特化のギルドだって」
トワ:「空中戦?」
レナ:「弓使いと魔法使いが多くて、高台や飛行スキルで上から攻撃してくるタイプのギルドらしい。地上戦に持ち込まれないように距離を取って戦うんだって」
トワ:「なるほど。こちらの攻撃部隊は近接主体だから、距離を詰められないと不利か」
レナ:「そうなの。バルトが頭抱えてる」
トワ:「距離を詰める手段なら、ある」
レナ:「え、なに?」
トワ:「料理を作った。パーティ全員にCT短縮のバフがかかる。レナの剣士スキルのCTが短くなれば、突進の回転率が上がる」
レナ:「料理でCT短縮!? そんなのあるの!?」
トワ:「旅人の料理だ。明日の練習で配る」
レナ:「トワさん……もう何者なの……」
さらに、もう一つ。
アイテムストレージを確認した。星砂の廃都で拾った【砂時計のレンズ】。効果不明のアイテム。
何となく気になって、【見聞録】で詳しく調べてみた。通常モードでは「効果不明」としか出ない。だが温度センサーと魔力感知を同時に起動して、アイテムの内部構造を読むと──
【砂時計のレンズ──隠し効果を検出しました】
【装備中、【見聞録】に「時間逆行表示」が追加される。直近3秒間の敵の行動を巻き戻して再表示できる】
──時間の巻き戻し表示。
直近3秒間の敵の行動を、リプレイのように再生できる。つまり、「さっきの攻撃がどこから来たか」「さっきの動きのパターンは何だったか」を、戦闘中にリアルタイムで確認できる。
PvPで使えば──ゼクスの【影潜り】の軌道を、後追いで確認できるかもしれない。
PvEで使えば──初見殺しの攻撃パターンを、一度食らった直後に巻き戻して解析できる。
これもまた、「旅の途中で拾ったよくわからないアイテム」が化ける典型だった。
装備した。
「セレス。また一つ、道具が増えた」
「トワ、また、ひろいもの?」
「ああ。歩いていると、落ちているものだ」
「トワ、ほんとに、ひろうのじょうず」
「拾っているんじゃない。見つけているだけだ」
「おなじだよ」
セレスが得意そうに言った。まあ、同じかもしれない。




