「Lv1」
常世島、四日目。
朝、目を覚ましたらセレスが顔の前に浮いていた。
「トワ。きょう、でるよね」
「……おはよう、セレス」
「おはよー。しあい、でるよね」
「……温泉に行くつもりだったんだが」
「おんせんはあと。さきに、とうぎじょー」
セレスの角が朝日よりも明るく光っている。どうやら相当、トワの試合を見たいようだ。
「トワさん。闘技宮の飛び入り枠、出るんですか?」
タマキも期待しているのか、目を輝かせている。
「実は、まだ決めていない」
「みんな、トワさんが出るところを見たがっていると思いますよ」
「そうでもないだろう。俺が出るかどうかなんて、大して気にしていないんじゃないか」
「気にしているかどうかというと……実はいま、フォーラムが……」
タマキの含みのある言い方に、トワはフォーラムを開いた。
そこには――。
──「【速報】トワが闘技宮にいた」
──「マジ? 島に来てたのか!?」
──「生産職トーナメントを観戦してたらしい。セレスが肩に乗ってた」
──「明日の飛び入り枠、出るのかな」
──「トワさんが闘技場に立つとか、見たすぎる」
──「トワのPvPって、ゼクス戦以来だよな」
──「あの時は38秒で決着した。伝説の試合だ」
──「相手が誰になるのか気になる」
──「レベル制限なしだから、Lv90台のランカーとかち合う可能性もあるぞ」
──「Lv1対Lv90。もう意味がわからんけど、見たい」
──「見たい。絶対見たい」
スレッドが伸び続けている。昨夜の目撃情報だけで、これだけ盛り上がるのか。
「トワさん。出ないという選択肢は、もうなさそうですね」
「この盛り上がりようなら……そうかもしれないな」
「トワ! でる!?」
「ああ……出よう」
「やった!」
◇
闘技宮。午後。
飛び入り自由枠の開始は午後二時。一時間前に着いたが、観客席は既に満杯だった。昨日より多い。五万人以上いる。
フォーラムで「トワが出るかもしれない」と広まったせいだろう。
【闘技宮・特別イベント「飛び入り自由枠」】
【本日の参加登録者:34名】
【対戦形式:ランダムマッチ・一対一】
【制限時間:5分】
【レベル制限:なし】
【対価設定:なし(勝敗による没収はありません)】
【観客賭技:通常通り受付中】
受付台に行った。NPCが端末を操作している。
「参加登録をお願いします。お名前とレベルを」
「トワ。Lv1」
NPCの手が止まった。端末を二度見した。
「Lv……1、ですか?」
「ああ」
「えっと……飛び入り自由枠にはレベル制限がございませんので、参加は可能です。ですが……本当に、Lv1で?」
「本当にLv1で、だ」
「……承りました」
NPCが登録を完了した。その瞬間、闘技場のホログラムに参加者リストが更新された。
【参加者リスト更新】
【35番:トワ 旅人 Lv1】
観客席がざわめいた。
五千人の視線が、ホログラムの「Lv1」に集まった。
「Lv1!?」
「バグじゃないのか!?」
「誰だあいつ!?」
「舐めプか!?」
「おいおい、知らないのかよお前ら。あの人は、あのトワさんだぞ」
「トワだ! トワが、マジで出るぞ!」
「本当に出るのか!?」
実況NPCが反応した。
「おおっと! 飛び入り自由枠に、とんでもない名前が登録されました! 旅人・トワ選手! レベルは……Lv1! 皆さん見間違いではありません、Lv1です!」
歓声が上がった。嘲笑ではなく、期待の声がほとんどだ。トワの名前を知っているプレイヤーが多い。BCOで三年間歩き続けた旅人、深淵レイドで龍の中に飛び込んだ男、ゼクスを38秒で倒した男。
「Lv1の旅人トワ! BCOの生ける伝説が、常世島の闘技場に立ちます!」
セレスが肩の上でぶんぶん手を振っている。観客席の誰にも見えていないだろうが、全力で応援している。
◇
対戦カードがランダムで組まれた。トワの初戦の相手がホログラムに表示された。
【飛び入り自由枠 第7戦】
【赤コーナー:「トワ」旅人 Lv1 HP:360】
【青コーナー:「烈風のゲルド」剣士 Lv82 HP:36,400】
観客席が静まり返った。
HP360対HP36,400。百倍の差。
「三百六十!?」
「Lv82の剣士相手にHP360って、一撃で死ぬだろ」
「いや……あのトワだぞ。何かあるはずだ」
「何かあるって、何だよ」
「わからん。でもあの人は、何かある」
観客賭技の倍率が表示された。
【賭技倍率 赤12.8 / 青1.1】
倍率12.8。
これだけの群集となると、当然トワを知らないプレイヤーも多く、Lv1に賭けるプレイヤーはほとんどいない。数字だけ見れば当然だ。
だが。
「俺、トワに1,000枚賭ける」
観客席の一角で声が上がった。
「正気か? HP360だぞ!?」
「正気だ。俺は大型レイドであの人を見た。数字じゃ測れないんだよ、あの人は」
ぽつぽつと、トワに賭けるプレイヤーが現れ始めた。全体の四割にも満たないが、全員が確信を持った目をしている。
リングに立った。
対面にLv82の剣士。体格がいい。剣を片手に構えている。トワを見て、怪訝な顔をした。
「お前が……トワか。Lv1の旅人。噂は聞いている」
「対戦よろしくお願いします」
「あの……一つだけ、聞いていいか。本気で戦うつもりか? HP360で」
「こっちは、いつでも本気だ」
「……わかった。手加減はしない」
「しなくていい」
【対戦開始まで……3……2……1……】
ゴングが鳴った。
フィールドに光の波紋が走った。
先に剣士が動いた。
速い――Lv82のスピード。一瞬でトワとの距離を詰めて、剣を振り下ろした。
この時既に、トワは見聞録を起動していた。
試合開始の瞬間から全センサーが動いている。振動センサーが剣士の足運びを読み、視覚センサーが剣の軌道を追い、温度センサーが筋肉の収縮パターンを検出している。
剣が来る。右上から左下への斜め斬り。速度、角度、到達時間。全部見えている。
半歩横にずれた。
剣が空を切った。
【ミス!】
「避けた!?」
観客席がどよめいた。
剣士が驚いている。確実に当たると思った一撃が、最小限の動きで躱された。
二撃目。横薙ぎ。
【ミス!】
三撃目。突き。
【ミス!】
「当たらない! 全部避けてる!」
「半歩しか動いてないのに!」
実況NPCも思わず声を大きくした。
「トワ選手、微動だにしません! いえ、微動だにしないのではなく、最小限の動きで全ての攻撃を回避しています! 剣士ゲルド選手の剣が、一本も当たらない!」
剣士の額に汗が浮かんでいる。全力で振っているが、当たらない。相手はほとんど動いていないのに、剣が届かない。
五撃目。六撃目。七撃目。
全てミス。
「なぜ当たらない……!」
剣士が叫んだ。トワは答えなかった。
見聞録が全てを読んでいる。剣士の癖。右足を踏み込む時に左肩が僅かに下がる。横薙ぎの前に目線が先に動く。突きの前に息を吸う。全部、センサーが拾っている。
見えていれば、避けるのは難しくない。Lv1でも、見えていれば。
――そして、トワが動いた。
果ての道標を弓に変形させた。
【トワ 武器変形「弓」】
距離を取る。五メートル。弓を引いた。
【トワ スキル発動「旅路の一矢」】
矢が飛んだ。剣士が盾を……持っていない。剣一本の構成だ。腕で庇おうとした。
【1,240ダメージ!】
「ダメージ……Lv1でダメージを与えた!?」
「1,240!? Lv1のステータスで、そんな数字が出るのか!?」
出る。旅路の極意。歩いた距離に比例してステータスが上昇するスキル。三年間、数万数千キロを歩いた蓄積が、攻撃力に乗っている。
弓から剣に変形。距離を詰めた。
【トワ 武器変形「剣」】
CTゼロ。初心の心得の効果で、武器変形にも、スキル発動にも、待ち時間がない。弓を撃って、次の瞬間には剣を振れる。
剣士が反応した。剣で受けようとした。だがトワは剣を振る直前に、槍に変形した。
【トワ 武器変形「槍」】
リーチが伸びた。剣士の防御の外から、穂先が胴を突いた。
【2,180ダメージ!】
「武器が変わった! 剣から槍に!」
「切り替え速度がおかしい! CTゼロか!?」
実況NPCが絶叫している。
「トワ選手、果ての道標! 剣・弓・槍を自在に切り替えています! クールタイムがゼロ! 相手はどの武器で来るか予測できない!」
剣士が後退した。距離を取ろうとしている。だがトワは弓に切り替えて矢を放った。
【980ダメージ!】
近づけば剣か槍。離れれば弓。どの距離でも攻撃手段がある。剣士は安全な距離がない。
「くそ……!」
剣士が覚悟を決めた。全力の突進。スキルを発動した。
【烈風のゲルド スキル発動「烈風一閃」】
風を纏った剣が、一直線に突っ込んでくる。速度はこの試合で最速。HP360のトワに当たれば、間違いなく一撃で終わる。
トワは盾に変形した。
【トワ 武器変形「盾」】
盾を構えた。正面から受ける。
衝撃が走った。足が後ろに滑る。だが、立っている。
【トワ スキル発動「初心の構え」】
【被ダメージ 90%カット】
【1,280ダメージ → 128ダメージ!】
「128!? 烈風一閃を、128で受けた!?」
「何だ、あのスキル!?」
剣士の最大火力を、盾と初心の構えで128まで削った。トワのHP360から128を引いて、残りHP232。
剣士の動きが止まった。全力のスキルを出した直後の硬直。相手にはCTが発生している。
――が、トワの果ての道標にCTはない。
盾から剣に変形。踏み込んだ。
【トワ スキル発動「万象の構え・四連」】
剣。槍。弓。剣。四つの武器形態を一秒で切り替えながら、四連撃を叩き込んだ。
【4,840ダメージ!】
【4,040ダメージ!】
【6,920ダメージ!】
【クリティカルヒット! 9,680ダメージ!】
四つの数字が空中で弾けた。最後の一撃が金色に輝いた。
剣士が倒れた。
【烈風のゲルド HP:0】
【勝者:トワ!】
闘技場が、一瞬静まった。
五万人が息を呑んでいた。
ホログラムに「Lv1」の文字と「勝者」の文字が同時に表示されている。あり得ない組み合わせだ。
そして――一気に、湧き立った。
五万人の歓声だった。
「Lv1が勝った!!」
「Lv82をLv1が倒した!!」
「HP360で勝ちやがった!!」
「あの四連撃、見たか!? 武器が一秒で四回変わった!」
「烈風一閃を128で受けた! 128だぞ!?」
「倍率12.8! トワに賭けたやつ、大勝利!」
実況NPCが声を裏返らせている。
「決まりましたああああ! 旅人トワ選手、Lv1でLv82の剣士を撃破! HP360の男が闘技場を制した! これがBCOの旅人です! 皆さん、これが、旅人です!!」
【観客賭技結果】
【赤的中者に倍率12.8の配当が支払われました】
トワに1,000枚賭けていたプレイヤーが立ち上がった。
「12,800枚来た! 信じてよかったぜ! ひゃっほう!!」
トワはリングから降りた。特に何も言わない、言う必要もない。
タマキは観客席の通路で待っていた。
「トワさん……かっこよかったですよ」
「そうか? 俺は普通に戦っただけだぞ」
「普通じゃないですよ。HPを232も残してるのが、普通じゃないんですよ」
「128も食らってしまったけどな」
「いいえ、それが普通じゃないって言ってるんです」
セレスが肩の上で胸を張った。
「トワ、つよい。セレスの、トワ」
「お前のトワではないが……」
「ダメ。セレスの、ぜったい」
◇
闘技宮を出た。夕焼けの空。
フォーラムは既に燃えていた。
──「【速報】トワ、Lv1でLv82を撃破」
──「見てた。声が出なかった」
──「武器切り替えCTゼロ。あれは反則だろ」
──「反則じゃない。旅人クラスの初心の心得の効果だ」
──「HP360で闘技場に立つ精神がまず反則」
──「被ダメ128。烈風一閃を128で受けるってどういうことだ」
──「見聞録で全部見えてるんだろ。避けるか、受けるか、最適解を瞬時に選んでる」
──「倍率12.8でトワに賭けたやつ、先見の明じゃなくて信仰だろ」
──「信仰で12,800枚稼いだよ。ありがとうトワ様」
──「常世島に来て一番興奮した」
──「次の試合はいつだ。見たい。もっと見たい」
セレスが肩の上でご機嫌だ。
「トワ、つぎもでる?」
「一戦で十分だ。俺は少し目立ちすぎたし、そういうのは柄じゃない」
「でも、もっとみたい、ってみんないってるよ」
「みんなの期待に応えるために戦うわけじゃない」
「じゃあ、なんでたたかったの?」
「……戦いたかったから」
「それでいいじゃん」
「……そうだな」
さて、闘技宮を後にしようかといったところで、観客席から数人のプレイヤーが駆け寄ってきた。さっき、トワに賭けていた連中だ。先頭の男が、満面の笑みで手を差し出した。
「トワさん! ありがとうございます! あんたのおかげで、12,800枚ですよ!!」
「いや、俺は何もしていない。勝っただけだぞ」
「その勝ちに賭けたから儲かったんです! これ……是非、受け取ってください!」
【プレイヤー「深淵帰りのケンジ」から常世銭2,000枚を差し出しています】
「いや……だが、これは俺が賭けたわけじゃ」
「いいんです! あんたがいなきゃ稼げなかった金ですから! 恩返しですよ!!」
後ろからも声がかかった。
「俺からも! 500枚ですけど!」
「わたしも! 800枚、もらってください!」
次々とトレードウィンドウが開く。断ろうとしたが、全員が「トワさんのおかげです」と引かない。
【プレイヤー「月影のサヤ」から常世銭800枚を受け取りました】
【プレイヤー「鋼腕のバズ」から常世銭500枚を受け取りました】
【プレイヤー「星見習いのユナ」から常世銭1,200枚を受け取りました】
【プレイヤー「深淵帰りのケンジ」から常世銭2,000枚を受け取りました】
「……合計4,500枚も」
「倍率12.8ですからね。みんな、感謝しているんですよ」
「はい! トワさんに賭けた俺たちの勝ちです。でもトワさんが勝たなきゃ始まらなかった。だから分け前です!」
「ふふっ……もらっておきましょう、トワさん。山分けってやつですね」
「まあ……なら、いいか。で、セレス。この4,500枚の使い道だが」
「――おだんご!」
「全額、団子にする気か……?」
「はんぶんおだんご。はんぶんちょきん」
「半分も残すとは、セレスの割にまともな配分だな」
「セレスはかしこい」
トワは4,500枚の常世銭を握り締めた。
明日こそ温泉に行く。セレスに阻止されなければ。




