《虹の調合》
虹の調合を始める前に、タマキがナギを呼びたいと言った。
「一人でもできますけど……でも、この薬は、ナギさんと一緒に作りたいんです」
「ナギは集落にいるだろう。大きい木の根元に通路が開いてるから、すぐ来れるはずだ」
「はい――伝えてきます!」
タマキが根の通路を駆け上がっていった。
十分後、ナギを連れて戻ってきた。マルも一緒だった。
「ナギさん!」タマキが駆け寄った。
「来たよ。タマキが呼ぶなら、行かないわけにはいかない」
ナギが根の天蓋を見回した。
天井から降り注ぐ虹色の光、金色の花畑、透明な池……。
「……きれいな場所だ。こんな場所が、世界の下にあったのか」
マルは天蓋を見上げて口を開けたまま固まっていた。
「美しくて、空気も綺麗で……すごい、ここに住んでみたい」
うっとりと眺めるマルに、ナギは釘を刺した。
「それはできないだろう。ここは拠点であって、住居じゃない」
「えー」
「えーじゃない。それに……ここは人が住む場所じゃないだろう」
「……けち。いいもん、だったらセレスと遊んでるから」
セレスがマルに飛んでいった。 二人でぐるぐる回り始めた。メブキもくるくる加わった。
意味はわからないが、楽しそうだった。
◇
花の台地に調合台を設置した。
レクトが根釣りで引き上げた平らな脈動石を台にして、タマキが七色の素材を並べた。
炎晶石。赤い結晶、熱を帯びている。
静水晶。青い水の結晶、冷たい。
命苔。緑の苔、生きている、呼吸している。
陽歩石。黄色い石、温かい。
絆石。橙色の石、振動している。
影藍石。藍色の影の結晶、冷たくも温かくもない。
命名花。紫の花、蔓が伸びたり縮んだりしている。
「ナギさん。この七色を、一つの薬にします」
「やり方は?」
「わかりません」
「わからないのか」
「はい。レシピがないんです。七色の素材を同時に調合した人は、たぶんBCOの歴史上いません。やりながら考えます」
ナギがタマキを見た。
「やりながら考える、か。……わたしもそうやってやってきた。いいよ、一緒にやろう」
「ありがとうございます!」
二人が調合台に立った。
タマキが最初に炎晶石を手に取った。赤い結晶を指で砕くと、粉になった。
ナギが静水晶を溶かした。根脈原液を溶媒にして、青い結晶を液体にする。
「ナギさん、速い……」
「千年やってるからね」
タマキが赤い粉末を青い液体に混ぜた。
赤と青が混ざって……紫にならなかった。
赤と青がそれぞれ独立したまま、液体の中で分離している。
「混ざらない」
「七色の素材は、それぞれ性質が違いすぎる。普通に混ぜても一つにならない」
「じゃあ、どうすれば……」
タマキが考えた。硝子蛙が鞄から出てきて、調合台の上に座った。
「硝子蛙の骨が……虹色に光ってる。いつもは品質に反応して光るだけなのに、今は七色全部の色を映してますね」
「七色を、映してる?」
「そうです。この子の骨は透明で、光を通すと虹色に分かれるんです。プリズムと同じ……つまり逆もできるはず。バラバラの七色を、この子の骨を通せば一つの光にまとめられる」
「蛙の骨で、七色を束ねるのか?」
「骨そのものは使いません。『虹翅蝶』の鱗粉で同じことができます。鱗粉も虹色に光りますよね。あれも光を束ねたり分けたりできる素材なんです。鱗粉を接着剤みたいに使えば、混ざらない七色を一つにまとめられるかもしれない」
タマキが鞄から『虹翅蝶』の鱗粉を取り出した。命名した時に採取しておいた素材。虹色の鱗粉を液体に振りかけた。
鱗粉が液体の中で回転した。赤と青の分離が……薄れていく。混ざり始めている。
「混ざった……!」
「まだ二色だ。残り五色を足すぞ」
命苔を刻んだ。陽歩石を砕いた。絆石を粉にした。影藍石を溶かした。命名花の花弁をちぎった。
一つずつ、液体に加えていく。ナギが溶媒の温度を微調整する。タマキが鱗粉の量を計算する。硝子蛙が品質をチェックする。骨の光り方で調合の進捗がわかる。
赤。青。緑。黄。橙。藍。紫……七色が液体の中で回転している。混ざりきっていない。七つの色がそれぞれ独立したまま渦を巻いている。
「混ざりきらない……鱗粉が足りないのかもしれません」
「鱗粉はもうないのか?」
「ありません。虹翅蝶の鱗粉は、採取量が少なくて……」
メブキがころころ転がってきて、調合台の上に乗った。
七色の液体を覗き込んでいる。双葉をぴこぴこ。
そしてメブキが、この混ざりきってない液体に双葉を浸けた。
「タマキ……これは、いったい……」
その時、液体が変わった。
メブキの双葉から、金色のエネルギーが液体に流れ込んでいる。根脈のエネルギーだ。七本の柱の心臓と繋がっている根の精霊のエネルギーを与えている。
七色の渦は、このエネルギーに引き寄せられて、一つにまとまっていく。
赤と青と緑と黄と橙と藍と紫が、金色を中心に融合していく。
――七色が一つになった。
虹色の液体。透明で、光に透かすと虹の全ての色が見える。液体自体は無色透明なのに、角度を変えると七色が現れる。
「メブキが……この薬を作る鍵だったのか」
「根脈のエネルギーで七色を束ねたんです。根は七本の柱の全てと繋がっているから、七色の全てと親和性がある。だから……一つにできたのかと思います」
ナギがメブキを見た。
「この子が……やったのか」
「はい。メブキがひとりでに……でも、結果的に正解でした」
「勝手にやって正解を出すのは、タマキに似ているな」
「えっ……わたし、似てますか?」
「似ている。わたしが長年かけて見つけた配合を、三日で理解した薬師の弟子だ。その弟子の精霊なら、勝手に正解を出しても不思議じゃない」
メブキがくるくる。褒められたから嬉しいらしい。
【タマキ特製「虹の雫」を調合しました!】
【効果:使用者の全ステータスを5分間限界突破させます。原初の歩法のボーナスを瞬間的に10倍にします】
【調合者:タマキ ナギ メブキ】
【この薬は一回分のみ。再現不可能です】
「できた……」
タマキが瓶を持ち上げた。
透明な液体、虹色の光……一瓶だけの、再現不可能の最強薬。
「調合者が、タマキとナギとメブキの三人になってるな」
「三人で作った薬です。わたし一人じゃできませんでした」
「でも、それが薬師だろう。素材を集めて、力を借りて、一つにまとめる。……いい薬師だな」
「ありがとうございます、ナギさん」
ナギがタマキの肩を叩いた。
「タマキ。お前はいい薬師になった。わたしの弟子として、誇りに思う」
「ナギさん……」
「この薬は、お前が作った中で一番の薬だ。千年の薬師を超えたんだ、間違いない。この私が保障する」
タマキの目が潤んだ。鞄の中で硝子蛙がけろっと鳴いた。
「泣かないでください、タマキさん」アストレアが言った。
「泣いてません。目に虹が入っただけです」
「虹は……目に入りませんよ」
「入ります。虹の雫を作ったんですから」
「理屈がおかしいですよ」
「薬師の理屈です」
「なんだか、セレスちゃん理論が浸透してきてませんか……?」
セレスがメブキの双葉を拭いていた。虹色の液体がまだついている。
「めぶき、すごかったね。せんぱい、ほこりにおもう」
メブキがくるくる。
「でも、つぎからは、かってにおくすりにはいっちゃだめだよ」
メブキが双葉をぺたん。しょんぼり。
「おこってないよ。でも、やくそく」
メブキがこくん。双葉がぴょこん。
かくして、虹の雫が一瓶できた。
七本目の心臓を動かす準備が整った。
七色の番人。柱の巡礼。根脈の全接続。そして虹の雫。
全部揃った。
「明日、七本目の心臓を動かす」
全員が頷いた。
グランが虹の雫の瓶を見ていた。
「きれいな薬だな」
「ナギとタマキとメブキが作った。三人分の力がこもった薬だ」
「あの人は薬がまずかったが……この薬なら、あの人も驚くだろう」
「飲むのは俺たちだぞ」
「知っている。だが、あの人に見せたかった。こんなにきれいな薬があるのだと」
明日。
七本目の心臓を動かす。




