《釣人の嗅覚》
脈道の探索五日目。
四つ目の『脈動核』をどこから探すかが問題だった。一つ目と二つ目は、広場から近い場所にあった。三つ目は深いところにあった。四つ目と五つ目は、まだ足を踏み入れていない脈道のどこかにある。
「ヒトミ。脈道の全体構造について、何かわからないか」
「わからない。だが、推測はできる」
「聞かせてくれ」
「六つの心臓を全て繋ぐには、最低でも五つの結節点が必要だ。三つは活性化した。残りの二つは、おそらく一番遠い心臓同士を繋ぐ位置にある」
「一番遠い、心臓同士……」
「一本目と七本目。そして三本目と六本目。この二組は広場を挟んで正反対の位置にある。繋ぐ脈道は、長い。深い場所を通っているはずだ」
「深い場所か」
「わたしたちも行ったことがない深さだ。気をつけろ」
根守すら行ったことがない深さ。世界の根の中にさらに深い場所がある。
◇
迷わないようレクトの糸を引きながら、脈道に入った。
しかし、今回はレクトも来た。
「俺も行っていいですか。根釣りで、何か役に立てるかもしれません」
「来てくれ。お前のドロップ率は、ここでは最強だ」
「最強って言われると照れますけど……釣り竿担いで迷路に潜るの、人生で初めてですよ」
七人で脈道を進んだ。トワが先頭。足の裏で根脈を読む。グランが裸足で隠し分岐を探す。レクトが後方で釣り糸を張る。タマキが根脈原液を採取しながら歩く。セレスが肩の上で繭を抱えている。
セレスの繭はまた少し大きくなっていた。セレスは自分より大い繭を抱えて肩に乗っているので、トワは肩がやたらと重く感じる。
「セレス。繭、また重くなってないか」
「おもくなった。でもだいじ、セレスのこども」
「いや……子供ではないと思うんだが……」
「こども」
「なら、まあ……子供でいい」
「えへへ」
三十分歩いた。脈道がどんどん深くなっていく。坂道が続き、温度が上がっている。根脈の光が濃くなっている。
「深いですね。今まで来た脈道とは段違いです」
タマキが壁面を見ていた。
「根脈原液の濃度が三倍くらいある……深い場所ほど濃いのですね」
「心臓の根元に近いからだろう」
レクトが釣り竿を構えた。
「ちょっと待ってください。ここ、すごい手応えがある」
「何が釣れそうなんだ?」
「素材じゃありません……奇妙な手応えです。前に脈道の入口を見つけた時と同じ感覚。この壁の向こうに、何かあるかも……」
レクトが釣り糸を壁面の根の隙間に通した。糸がするすると入っていく。
一メートル、二メートル、三メートル……止まらない。
「糸が入っていきますね。向こう側に広い空間がある……?」
「グラン、開けるか」
グランが壁面に手を触れた。根がゆっくりほどけていく。
――すると、穴が開いた。
その向こうに通路ではない、広い空間があった。
天井が高い。脈動の広場と同じくらいの広さ。
だが、雰囲気が全然違う。根脈の光が赤い。温度が高い。そして——水がある。
部屋の中央に、池があった。根脈のエネルギーが液体になって溜まっている。金色と赤が混ざった光る水。池のほとりに結晶が生えている。脈動石より大きな結晶。人の背丈ほどの柱のような結晶が、池を囲むように七本立っている。
「何だ、ここは……」
「すごい……見たことない空間です」
タマキが池に近づいた。硝子蛙が鞄から飛び出した。池の方に向かって跳ねている。けろけろけろけろ。尋常じゃない興奮度だ。
「蛙さんが暴走してますね」
「品質が振り切れてるんだろう。この池の液体、根脈原液どころじゃない濃度だ」
池のほとりに——根守がいた。
広場の根守たちとは違った。一人だけ。座っている。他の根守が金色の目をしているのに対して、この根守の目は赤い。肌の根の模様も赤みを帯びている。
「お前は……根守か?」
赤い目がトワを見た。
「根守だ。わたしは、ここを守っている」
「つまり……ヒトミの仲間か」
「ヒトミのことは知っているが、会ったことはない。わたしは、ここから出たことがない」
「ここから、出たことがない?」
「生まれてからずっとここにいる。あの人がわたしをここに置いた。『この池を守れ』と言って」
「あの人……一人目の旅人か」
「そうだ。あの人がわたしに名前をくれた。わたしの名前は——」
赤い目が光った。
「カガリ」
「カガリ。……篝火のカガリか」
「そうだ。この池が光り続けるように見守れ、と。篝火のように」
カガリが立ち上がった。背が低い、ヒトミの半分くらい、子供のような体格だ。
だが、その目は古い……何千年もこの池を見続けてきたのだろう。
「お前たちが来るのは知っていた。根脈が震えたから。『脈動核』を活性化した振動が伝わってきた」
「四つ目の『脈動核』を探している。ここにあるか」
「ある。この池の底にある」
池を覗き込んだ。赤と金色の光る液体の底に、結晶が光っている。『脈動核』だ。他の三つより遥かに大きい。人の頭くらいある。
「でかい……今までで、一番大きいですね」
「一本目と七本目を繋ぐ結節点だ。一番重要な『脈動核』。活性化すれば、七本目の心臓にエネルギーを送る準備がほぼ整う」
「池の底か……潜らないといけないな」
「潜れるのか? この液体はエネルギーの塊だぞ。触れれば身体にエネルギーが流れ込む」
「危険なのか」
「危険ではない。だが——普通の人間なら耐えられない。エネルギーの密度が高すぎて、身体が受け止めきれない」
「トワさん、潜水用の『原初の息吹』がありますけど……この液体に効くかわからないです」
「水じゃないからな。エネルギーの液体だ」
「でも、根脈共鳴のボーナスがあれば耐えられるかもしません。トワさんの歩行距離ボーナスで、身体の耐性も上がってるはずです」
「理屈はあるな……やってみるか」
トワは星巡りの靴を脱いだ。
「グランを見習って、裸足で入る。足の裏で池の底を読んでみる。靴越しだと、エネルギーの流れがわかりにくいそうだからな。このエネルギーが多い場所なら、なおさら友好的だろう」
素足の旅人、グランが笑った。
「裸足で歩くか……いい判断だ」
「言っておくが、グランの真似じゃないぞ」
「真似でもいい。裸足の方が世界に近い。わたしがそうだったように」
トワは、池に足を入れた。
温かい……いや、熱い。でも火傷するような熱さじゃない。身体の内側からエネルギーが満ちていくような感覚。根脈のエネルギーが足の裏から身体に流れ込んでくる。
【根脈エネルギーの直接吸収:一時的に全ステータスが大幅上昇しています】
池の底に向かって歩いた。液体の中を歩く。膝まで、腰まで、胸まで、肩まで。
潜った。
池の底に『脈動核』がある。大きな結晶で、赤と金色に脈打っている。手を当てた。
歩行エネルギーを注ぎ込んだ。
だが今回は違った。池のエネルギーが一緒に流れ込んでいく。トワの歩行エネルギーだけじゃない……池に溜まっていた何千年分のエネルギーが、『脈動核』に流れ込んでいく。
【脈動核が活性化しました! 心臓1-7の接続が確立しました!
【一本目と七本目の柱の心臓が直接接続されました】
【原初の歩法のATK/DEFボーナスの消費はありません(池のエネルギーで代替されました)】
消費なし。池のエネルギーが代わりに使われた。
トワは池から上がった。びしょ濡れだが、エネルギーに満ちている。身体が軽い。
「消費なしで活性化できた。この池のエネルギーのおかげだ」
「カガリさんが守ってきた池、ですか」タマキが感心していた。「何千年も守り続けたエネルギーが、この瞬間のために溜まっていたんですね」
カガリが池を見ていた。液面が少し下がっていた。『脈動核』に使われた分だけ。
「池が……少し減ったな」
「すまない」
「謝らなくていい。これのために守ってきたんだ。使われるのが、わたしの仕事だ」
レクトが池のほとりで何かを拾い上げた。
「あの、トワさん。池の底から、これが浮いてきたんですけど」
根の欠片。金色と赤が混ざった結晶。池のエネルギーが固体化したもの。
【「根脈の結晶核」を入手しました】
【極めてレアな鍛造素材です。武器や防具の強化に使用できます】
「レア鍛造素材……! レクト、お前が拾ったのか」
「池から浮いてきたのが、ちょうど目の前に来ただけですよ。ドロップ率関係ないです、今回は」
「釣ってないのに釣れる男だな」
「釣人の嗅覚ってやつですかね」
「それはもう釣りじゃなくて拾いだろう」
「拾いも採取スキルの一部ですよ。……たぶん」
セレスが繭を抱えたまま池を覗き込んでいた。繭が池の光に反応して、表面がうっすら赤く光っている。
「あ。このこ、おきた」
「起きた?」
「うん。なかでうごいてる。いきのおとがする」
繭から微かに音がした。こつん。こつん。中から何かが叩いている。
「もうすぐ、うまれそう」
「脈動核を活性化したことで、エネルギーが繭にも流れたのか」
「あとひとつ。あとひとつ、かっせいかしたら、うまれるきがする」
セレスの勘は精霊の勘だ。たぶん正しい。
四つ目の脈動核が活性化した。残り一つ……繭がもうすぐ孵る。
カガリが池のほとりに座り直した。
「また守るさ、池がなくなるまで」
「ありがとう、カガリ」
「……礼を言われたのは初めてだ。あの人は礼を言わなかった。『守れ』とだけ言った」
「あの人は、不器用だったんだろう」
「そうかもしれない。……でもお前は礼を言ってくれた。嬉しいな」
カガリの赤い目が少しだけ細くなった。笑っているのかもしれない。根守の笑い方は、どいつもこいつも分かりにくい。




