《迷う人と歩く人》
脈道の探索三日目。
トワとタマキが脈道に潜っている間に、広場ではちょっとした騒ぎが起きていたらしい。
「トワさん! 大変です!」
レクトが走ってきた。
「何があった?」
「脈道に入ったプレイヤーが三組、迷子になりまして」
「迷子……?」
「トワさんの足跡を辿って入ったんですけど、途中で分岐があるじゃないですか。興味本位で足跡がない方に行っちゃって……それから、出られなくなって……!」
トワは足の裏で根脈の流れを読めるが、普通のプレイヤーにはそれができない。地図もコンパスも見聞録も使えない中で、迷路に入ったら、迷って当然だ。
「何分前だ」
「一番早い組で四十分くらい。チャットで助けを求めてるんですけど、位置を説明できなくて。暗いから目印もないし」
「わかった。拾ってくる」
「拾ってくるって……場所わかるんですか!?」
トワは脈道の入口に立った。
見聞録を【片鱗モード】に切り替える。
壁の向こうが見える……根の迷路の構造が、五十メートル範囲で浮かび上がる。三組のプレイヤーが三か所で立ち往生しているのが見えた。一番近い組は十五メートル先の行き止まり。二番目は三十メートル先の分岐で座り込んでいる。三番目は四十五メートル先、下り通路の途中。
七秒で視界が砂嵐になり始めた。通常に戻した。全員の位置は頭に入った。
「三組の場所がわかった、五分で戻る」
「……え、もう!?」
脈道に入った。最短ルートで一組目に向かう。
行き止まりで座り込んでいた二人。
暗闇の中でトワの光の足跡が近づいてくるのを見て、目を見開いた。
「トワさん!? どうやってここに——」
「迎えに来た。立てるか」
「え、あのっ……はい、立てます……!」
「ついてこい。俺の足跡の上を歩け。絶対に逸れるな」
二人を連れて走った。脈道の分岐を三回曲がって、二組目がいる場所へ。分岐の真ん中で二人が背中合わせに座っていた。どっちに行けばいいかわからなくなって、動けなくなっていたらしい。
「来い、道がわかる」
「ありがとうございます……! 本当に、もう泣きそうで……」
四人を引き連れて、三組目へ。今度は、下り通路の途中で壁にもたれていた二人。
「六人全員いるな。帰るぞ」
『――はい!』
六人を引き連れて、脈道を走り抜けた。
入口の光が見えた。出た。
「全員無事か」
「なんとか無事です……」
「本当に、ありがとうございます……!」
「あの迷路を。本当に五分で全員回収してきた……」
レクトが唖然としていた。
「トワさんは、道案内のスキルとかあるんですか」
「スキルじゃない。足の裏で読んでるだけだ」
「足の裏で迷路を走破する旅人……」
「それと、対策がいるな。今後も入るプレイヤーは増えていくだろう」
トワはレクトを見た。
「レクト。お前の釣り糸で入口から糸を張れないか。入る時に糸を引きながら進めば、帰りは糸を巻きながら戻れる」
「あ、それいいですね! アリアドネの糸みたいな!」
「アリアドネの糸……?」
「ギリシャ神話です、迷宮脱出の知恵として。釣り糸じゃないですけど、やることは同じです」
「そうか、なら今後は頼む」
「はい! トワさんに任されたので、絶対に頑張ります!」
◇
トラブルも解決し、トワは三つ目の脈動核を探しに、まだ歩いていない脈道に入った。
グランとタマキも一緒だ。グランが根に触れると、隠れた分岐や行き止まりがわかる。メインクエストの進行には必須の、二人目の旅人。
「トワ……左に分岐がある。この根の向こうに道が隠れているようだ」
「俺の振動センサーにも反応がある。ノイズが多いが……空気の流れが左に引っ張られてる」
「トワさん、二人で同じことを別の方法で感じ取っていますね」
「俺はセンサー、グランは裸足の直感か」
「直感とは失礼な。何千年の経験だ」
「直感とは経験からくるものだろう」
「いや、違う。経験とは裏付けだ。直感は裏付けがない。わたしの足の裏には何千年分の裏付けがある」
「裏付けのある裸足か……説得力はあるな」
タマキが後ろで根脈抽出を使っていた。歩きながら壁面の根に手を当てて、根脈から直接エネルギーを引き出している。
「タマキ、何を採ってるんだ」
「根脈の原液です。根の樹液よりさらに濃い……脈道の中でしか採れない採取アイテム。品質がとんでもないことになってますよ」
硝子蛙が鞄の中で光りまくっていた。蛙の骨が虹色にばちばち光るのは、品質が最高等級の時だけだ。
「硝子蛙が壊れそうに光ってますね」
「よっぽど興奮しているらしいな」
根脈原液を使って、タマキが歩きながら調合を始めた。瓶を振って、蓋を開けて、混ぜて、光に透かして、硝子蛙が品質チェック。けろけろ。合格。
「何の薬を作ってるんだ?」
「根脈の流れを可視化する薬です。飲むと、根脈のエネルギーの流れが肉眼で見えるようになる。トワさんやグランさんは足の裏で読めますけど、他のプレイヤーは読めないので」
「他のプレイヤー用の道具か」
「これがあれば、他の方たちも脈道を歩けます。レクトさんの糸と合わせれば、かなり安全に探索できるようになるかもしれません!」
「タマキの薬とレクトの糸で、脈道が攻略可能になるのか」
「旅人と薬師と釣人の三点セット。世界の根の必需品ですね」
【タマキ特製「脈視の薬」を調合しました】
【効果:30分間、根脈のエネルギーの流れが肉眼で可視化されます】
【根脈抽出スキルによる高純度素材使用のため、効果が通常の3倍です】
「効果三倍。根脈共鳴の調合ボーナスも乗ってますね。合計で……通常の五倍以上の効果時間になります。二時間半」
「二時間半も見えるのか。それだけあれば脈道全体を歩けるな」
「量産します。レクトさんたちにも配りましょう!」
◇
脈道の奥に進むと、道が上下に分かれていた。上に登る通路と、下に降りる通路。
「上と下……グラン、どっちだと思う」
「『脈動核』は根脈の交差点にある。交差点は根脈が集まる場所だから……エネルギーが濃い方だ」
足の裏に集中した。
上の通路からは弱い振動、下の通路からは強い振動。
「下だ」
下の通路に入った。急な坂道で、根が階段のように段差を作っている。
セレスがトワの肩からずり落ちそうになった。
「わ、すべる。トワ、かたがすべる」
「俺の肩が滑るんじゃなくて、セレスのしがみつく力が弱いんだ」
「セレスは、ちからもち」
「力持ちなら滑らないだろう」
「ちからもちだけど、かたがつるつる」
「俺の肩はつるつるしてないぞ」
「つるつる。トワのかたは、せかいいちつるつる」
「なで肩ではないと思うが……」
「なでがた。セレスがなでてるかただから、なでがた」
「……そういうことにしておくか」
五分降りると、開けた場所に出た。
三つ目の交差点だ。今度は、四本の根脈が交わっている。二つ目までは三本だった。四本の交差点は、より重要な結節点ということだろう。
部屋には『脈動核』が浮かんでいた。前の二つより大きい、こぶし二つ分だろうか。
「でかいな、重要度が高いのか?」
「四本の根脈が交わる場所ですからね。ここを活性化したら、かなり安定するんじゃないですか」
手を当てた。歩行エネルギーを注ぎ込む。
【原初の歩法:ATK+97 / DEF+97 → ATK+32 / DEF+32】
【脈動核が活性化しました! 心臓1-2-5-6の接続が安定しました】
「今回はボーナスが三分の二減った。四本の交差点だから、消費量も多いのか」
「ATKが32まで落ちましたね。でも、また歩けば増えますよ」
「ああ……残念に思うことはない、歩けばいいからな」
三つ目の脈動核が活性化した。残り二つ。
◇
広場に戻った。
レクトの釣り糸インフラが稼働していた。脈道の入口に糸巻きが置いてあり、プレイヤーたちが糸を引きながら脈道に入っていく。出てくる時は糸を巻きながら。これで迷子がゼロになった。
「レクトシステム、絶好調ですね」タマキが笑った。
「レクトシステムって呼ぶの、やめてくれませんか? なんだか、気恥ずかしいので……」
「じゃあ何て呼びます?」
「……アリアドネの糸、とか」
「レクトの糸で十分じゃないか」と、横からトワ。
「ははっ……もうちょっと、かっこいい名前がよかったな……とか思いまして……」
タマキが脈視の薬をレクトに渡した。十二本。量産した分だ。
「タマキさん……この薬は……?」
「これを飲むと根脈の流れが見えるようになります。脈道の中で方向がわかるようになるので、糸と併用してください」
「素晴らしい薬だ……! タマキさん、ありがとうございます! ……この薬、他のプレイヤーにも配っていいですか!?」
「どうぞ。レシピも公開しますよ」
「レシピまで!?」
「根脈抽出ができる薬師なら作れるはずです。世界の根に薬師が来れば、自前で調合できます」
「トワさんの道、タマキさんの薬、俺の糸……三つ揃えば、誰でも脈道を探索できますね!」
早速、レクトの部下がフォーラムに書き込んでいた。
——「世界の根の脈道、攻略法が確立された」
——「トワの足跡を辿る+レクトの糸を使う+タマキの薬で根脈を可視化」
——「旅人と釣人と薬師の三点セット。世界の根の必需品」
——「レクトの糸って呼ばれてるらしいけど、レクト本人はアリアドネの糸って呼びたいらしい」
——「レクトの糸でいいだろ」
——「レクトの糸で定着しそう」
セレスが広場の根の寝床で、繭を抱えて寝ていた。繭がセレスの角の光で温かそうに光っている。渡空魚が三匹、繭の周りをゆらゆら泳いでいる。見守っているようだ。
タマキが繭をそっと覗き込んだ。
「少し大きくなってませんか? 昨日よりも」
「成長してるのかもしれない。セレスの月光で育ってるんだろう」
「セレスちゃんが本当にお母さんになるかもしれないですね」
「精霊の母親、か。何が生まれるんだろうな」
「楽しみですね」
楽しみだ。世界の根にはまだ知らないものがたくさんある。脈動核があと二つ。
根の繭の中身、脈道の全容、七本目の柱の先。
気になることはたくさんあるけど、急がずに歩く。




