《根脈共鳴》
トワたちは根の回廊を歩いた。天井も壁も床も根で覆われている。根の中を、金色の光が流れている。血管を流れる血みたいに、ゆっくりと。暗くはないが明るくもない。渡空魚の金色の発光と合わせて、ちょうど歩けるくらいの明るさ。
「すごい場所ですね」タマキが壁の根に手を触れた。「温かい……生きてる、脈がある」
セレスが肩の上からきょろきょろしていた。
「トワ。ここ、おなかのなかみたい」
「お腹の中……?」
「うん。だれかのおなかのなかにいるかんじ。どくんどくんって、おかあさんのおなか」
「お前に母親はいないだろう。泉から生まれたんだから」
「いないけど、たぶんこんなかんじ」
セレスの感覚は間違っていないのかもしれない。世界の根は世界の心臓であるにだから、全てがここから生まれたと見てもおかしくはない。
回廊は一本道だった。迷う心配はない。
十五分ほど歩くと、天井が高くなった。空間が広がっていく。
そして——開けた。
脈動の広場。
ドーム状の天井。根が上に向かって伸びて、アーチを作っている。広い。噴水広場くらいの面積がある。根の隙間から結晶が生えていて、金色の光を反射してきらきらしている。
そこに——人がいた。
人型のNPCが十人ほど。原初の集落のNPCとは雰囲気が違う。肌に根の模様がある。木目のような細い線が、首から手首まで走っている。目が金色。全員、金色の目をしている。
一人が前に出てきた。背が高くて、長い髪だ。金色の目が……四つある。通常の位置に二つと、額に二つ。四つの目が、全部トワを見ている。
「三人目の旅人」
声が落ち着いていた。原初の集落のマルのような幼さはない、完成された存在の声だ。
「わたしはヒトミ、この場所を守る者『根守』の長。一人目の旅人がわたしに名前をくれた」
「一人目の旅人が……?」
「あの人はわたしを見て、『ヒトミ』と呼んだ。目が多いから、と」
それはいかにも、『見る旅人』らしい命名だった。
四つの目を持つ者に、ヒトミ。直球すぎて、少し笑ってしまった。
「何がおかしい」
「いや……いい名前だと思った」
「そうか。あの人も同じことを言った」
ヒトミの四つの金色の目がグランに向いた。
「あなたが——二人目の旅人か。あの人がよく話していた」
グランが杖を突いたまま、少し驚いた顔をした。
「あの人が……わたしの話を?」
「ああ。『上で待っている者がいる』と。名前は言わなかった。だがあなたの足が裸足なのを見て、わかった。あの人が言っていた通りだ。『裸足で歩く旅人がいる』と。あなたに間違いないと、そう予感した」
「……そうか。話していたのか。しかし……予感、とはな。あんたにも、予感はあるのか?」
「ある。あなたたちが来てから、世界の根が――久しぶりに、震えている」
◇
ヒトミが脈動の広場を案内してくれた。
広場は安全地帯だった。モンスターは出ない。根守たちが守っているからだろう。
「ここを拠点にするといい。調合も休息もできる。根の樹液は壁面から採れる、素材として優秀だ」
タマキの目がすでに光っていた。壁面から滲み出ている金色の樹液を見ている。
「あの……樹液、採っていいですか?」
「好きに採れ。根は惜しまない、流れ続けている」
タマキが壁に走っていった。瓶を取り出して樹液を採集し始めている。硝子蛙が鞄から顔を出して、樹液に向かってけろけろ鳴いている。品質が高いらしい。蛙が興奮している。
「蛙が喜んでいるな」ヒトミが四つの目でけろけろを見た。「あの蛙は、品質を読む目を持っている。興奮しているということは、根の樹液の品質は相当高い」
「硝子蛙を知っているのか?」
「名前以外は知っていた。原初の世界にいた生き物だろう。透明で骨が虹色の蛙……昔は、この辺にもいた」
「実は、タマキが名前をつけたんだ」
「なるほど……名前をつけたから、活性化しているのだろう。名前のない頃は光らなかったはずだ」
そこで——システムメッセージが流れた。全員の画面に。
【世界の根に初めてアクセスしました】
【固有システム「根脈共鳴」が発動します】
【根脈共鳴:レベル補正の代わりに、プレイヤーの累計行動量に応じたステータスボーナスが付与されます】
「根脈共鳴……?」
【あなたの根脈共鳴ボーナス】
【総歩行距離:28,400km → 移動速度+284%、回避率+142%】
【総戦闘回数:12,680回 → ATK+126、クリティカル率+63%】
【命名数:16 → 全ステータス+160】
【根の祝福スキルが解放されました:「原初の歩法」】
「二万八千キロ……」タマキが振り返った。樹液を採る手が止まっている。
「何だ」
「トワさん、二万八千キロ歩いてたんですか。BCOの中で」
「数えたこともなかったな」
「地球の赤道が、四万キロですよ。赤道の七割を歩いてるんですよ!?」
「ゲームの中の距離だ。現実では、六畳一間にいる」
「そういう問題じゃないです!」
タマキの根脈共鳴ボーナスも表示されていた。
【タマキの根脈共鳴ボーナス】
【総調合回数:8,940回 → 薬効果+178%、調合速度+89%】
【NPC会話回数:3,200回 → 友好度上昇速度+160%、情報開示量+80%】
【命名数:7 → 全ステータス+70】
【根の祝福スキルが解放されました:「根脈抽出」】
「どうやら、クラスに応じた『限定ステータス』がもらえるようだな。このエリアでは、通常のステータスやレベルが機能しづらい……その代わりの、特攻ボーナスということか」
「薬効果プラス178%……わたしの薬、ここでは効果が約三倍ってことですか!?」
「タマキの調合回数も大概だな。……九千回近いのか」
【グランの根脈共鳴ボーナス】
【総歩行距離:測定不能 → 移動速度+???%、回避率+???%】
【——根脈共鳴が上限を超えています。ボーナスは最大値で適用されます——】
「測定不能って出てますけど、グランさん」
「何千年も歩いていたからな。数字に収まらないのだろう」
ヒトミが四つの目でシステムメッセージを見ていた。
NPCがシステムメッセージを見ている光景は珍しい。
「《根脈共鳴》は世界の根の意志だ。レベルという数字ではなく、行動という記録で人を測る。この場所にふさわしい仕組みだ」
「レベルじゃなくて、行動で測る」……
「そうだ。歩いた者は速くなる。戦った者は強くなる。作った者はさらに良いものを作れる。名前をつけた者は全てが底上げされる。世界の根は、行動した者に応える場所だ」
セレスが肩の上から自分のステータスを見ていた。
「セレスは? セレスには、こんみゃくきょーめー、ないの?」
「精霊はプレイヤー……俺たちと一緒じゃないからな。システムが違うんだ」
「じゃあ、セレスはなにがつよくなるの?」
「セレスは元から強い。月の精霊の頂点だろう」
「そっか。セレスはもともとつよい。じゃあいー」
「いいのか……」
「いい。トワがつよくなれば、セレスもうれしいから」
ヒトミが微かに表情を動かした。
なんとも言えない顔だが、強いて言うなら、笑っている表情に近い。
「精霊は不思議な存在だ。感情を揺らす力がある……一人目の旅人にはなかった力だ」
「一人目の旅人には、精霊がいなかったのか」
「いなかった。一人で来た、一人でずっと見ていた。精霊が傍にいたら——違ったかもしれない」
◇
脈動の広場から、七本の通路が放射状に伸びていた。
《記憶の回路》――各通路の先に柱の心臓がある。
「七つの柱の心臓を確認してほしい」ヒトミが通路の入口を示した。「六つは正常に脈動している。一つだけ——止まっているんだ」
「止まっている心臓の先に、一人目がいるのか」
「そうだ。だがまず六つを見てからにしてほしい。六つの心臓には、世界が分かれた時の記憶が保存されている。全て見れば、一人目の旅人が何をしたか、なぜ止まっているのか、正確にわかる」
「わかった、一つずつ見ていく」
「急がなくていいぞ、根は急がないからな」
「根は急がないからな……面白い言い回しだな」
「当然、根はゆっくりと伸びるものだ」
セレスが通路の入口を覗き込んだ。
「トワ。なかから、かぜがくる。あったかいかぜ」
「心臓から吹いてくる風だろう。根脈のエネルギーが空気を温めているのかもしれない」
「あったかい。……おなか、すいた」
「温かいと腹が減る道理がわからないが」
「おなかのなかにいるから、おなかがすく。これは、セレスの――」
「定理じゃないぞ」
「…………」
「すまない。定理で合ってた」
「でしょ」
タマキが壁面の樹液を十二本分採り終えて戻ってきた。鞄がまたガシャガシャ言っている。硝子蛙がけろけろ。渡空魚がぱたぱた。鞄の周りが騒がしい。
「トワさん。今日はここまでにしましょうか。拠点ができましたし、明日から心臓を回りましょう」
「ああ。そうしよう」
「根の樹液、すごいですよ。品質が桁違いです。ナギさんの薬の素材にも使えそうだし、新しいレシピがいくつか思いつきました」
「薬師の目が輝いてるな」
「輝いてます。ここは薬師の楽園です!」
ヒトミが広場の奥を指した。
「休息するなら奥にある根の寝床を使え。根が身体を包んで、回復を促進する。寝心地は保証する」
「根の寝床……根に包まれて寝るんですか」
「抵抗があるか?」
「ちょっとだけな」
「虫に食われることはない。根は清潔だ」
セレスが先に飛んでいった。奥に根がハンモックのように編まれた寝床がある。セレスが飛び込んだ。
ぽすん。
「きもちいい! ふわふわ! トワ、はやくきて!」
「だ、そうだ。しょうがない……行ってやるか」
「ええ、行きましょう」
根の寝床に横たわった。確かにふわふわしていた。
根が体温に合わせて温度を変えている。脈動が子守唄みたいに身体に響いてくる。
セレスがトワの胸の上で丸くなった。渡空魚が寝床の周りをゆっくり泳いでいる。
ぱたぱた、ではなく、ゆらゆら。夜のモード。
「トワ」
「何だ」
「ここ、いいところ」
「ああ、いいところだ」
「あしたから、しんぞう、みにいくんだよね」
「ああ」
「たのしみ」
「楽しみか」
「うん。トワといっしょにあるくの、たのしい。どこでも」
「……俺もだ」
セレスがすぐに寝た。精霊は寝るのが仕事みたいなところがある。
寝顔を確認してみる……間違いなくそうだった。




