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ブレイブ・クロニクル・オンライン ~全員が捨てた初期職を7000時間やり込んだら、Lv1で最強になっていた~  作者: ぶらっくそーど


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「セレス」

面白いと感じていただけたら、ブクマ感想評価お願いします!

書き溜めがかなりあるので、しばらく毎日更新が続きます。


 金曜日の夜。



 BCOにログインして、いつものように銀月の草原を歩いた。


 鹿を探す。


 いつもの場所──草原の中央、月光が最も美しい丘の麓。



 いた。銀月の鹿。銀色の毛並み。透明な角。



 近づいた。手を伸ばす。鹿が鼻先を押し付けてくる。




 【友好度が上昇しました:99/100】




 99。


 あと一回。


 冬夜の手が、ほんの少しだけ震えた。


 ──急がなくていい。今日でなくてもいい。


 そうは思ってみたけれど、手を引く理由はなかった。


 もう一度、鹿の首筋を撫でた。鹿が目を細める。角の結晶が月光を通して、虹色に輝いた。




 【友好度が最大値に到達しました:100/100】




 世界が──変わった。


 銀月の草原全体が、淡い光に包まれた。草が輝いて、月が大きくなって、風が止まる。


 鹿の身体が光り始めた。銀色の毛並みが白金色に変わっていく。


 目を開けていられないほどの輝きを放ち、


 そして──光が収束した。



 鹿の姿が消えていた。



 代わりに、トワの目の前に──小さな女の子が浮かんでいた。



 手のひらに乗るほどの小さな身体。白銀の長い髪。透き通った鹿の角が頭から生えていて、腰のあたりから銀色の鹿の尻尾がゆらゆらと揺れている。薄い翼が背中から生えていて、ふわふわと宙に浮いている。白いワンピースのような衣を纏い、裸足の足先が月光を反射して淡く光っていた。



 妖精──としか呼びようのない存在だった。




 【「銀月の守護精霊・セレスティア」が覚醒しました】

 【セレスティアがあなたを「唯一の契約者」として認めました】




 小さな女の子が、トワの顔の前までふわふわと飛んできた。

 大きな瞳でじっとトワを見つめる。銀色の睫毛が月光を受けてきらきらと輝いている。

 そして──口を開いた。




「トワ」



 声。鈴を転がすような、小さな声。



「トワ。やっと、とどいた」



 喋った。

 冬夜は固まった。



「セレス。わたし、セレス」



 小さな女の子──セレスが、トワの肩にちょこんと座った。翼を畳んで、小さな手でトワの首元にしがみつき、頬をすり寄せる。



「ずっと、まってた。トワが、さいしょにきたひから」



 最初に来た日から。

 銀月の草原に到達した初日。あの時から、この鹿は──セレスは、トワを見ていた。



「トワだけ。トワだけが、まいにちきた。まいにち、なでた。だから、セレス、めざめた」



 冬夜はしばらく言葉が出なかった。



「……お前は、ずっとそこにいたのか」

「うん。ずっと」

「他のプレイヤーも、鹿を撫でていたと思うが」

「ちがう。ほかのひとは、セレスじゃないしかを、なでてた。セレスは、トワのまえにしか、あらわれない。さいしょから、きめてた」



 セレスはトワを選んでいた。トワが草原に来たその日から、セレスはトワの前にだけ現れ、トワが触れるのを待っていた。他のプレイヤーが撫でていた銀月の鹿は、セレスではない普通の個体だった。



 セレスは──トワだけの存在だった。

 システムメッセージが表示された。




 【守護精霊セレスティアの固有能力が解放されました】




 【固有能力一覧】



 1. 銀月の疾走 ── セレスが「覚醒形態」に変身し、騎乗が可能になる。騎乗時の移動速度は通常の3倍。【旅路の極意】の移動距離加算速度が3倍になる


 2. 守護の祝福 ── 契約者のHP上限が3倍になる(Lv1:120→360)。セレスが傍にいる限り常時発動


 3. 月光の目 ── セレスの感知能力を通じて、半径1キロメートルの全情報を【見聞録】に取り込む


 4. 星渡り ── セレスの翼で、踏破済みの全エリア間を転送水晶なしで自由に移動できる


 「覚醒形態」──セレスは普段は手のひらサイズの妖精の姿だが、戦闘時や移動時に元の巨大な守護獣──白金色の鹿の姿に戻れる。




 HP上限が3倍。120が360。Lv1の致命的弱点が改善される。


 索敵範囲1キロメートル。ギルド対抗戦のフィールド全域をカバーできる。


 全エリア自由移動。旅人の究極の移動手段。


 ──これは、旅人のための力だ。


 毎日会いに来た。ただそれだけのことが、ゲームを変えるほどの力になった。


 セレスがトワの肩の上で小さくあくびをした。



「トワ。おなか、へった」

「……腹が減るのか」

「へった。なんか、たべたい」




 冬夜はアイテムストレージを開いた。食べ物──【マーサの霧底スープ】がある。セレスの前に差し出した。



 セレスがトワの肩から身を乗り出して、小さな両手でスープの縁を掴み、顔を突っ込むようにして舐めた。銀色の髪がスープに浸かりそうになっている。



「おいしい!」


 セレスの全身がぱあっと光った。嬉しいと光るらしい。


「もっと!」

「一杯しかない」

「けち」

「けちとは言ってくれるな。これは貴重な素材で作った──」

「けちけちけちー!」



 セレスがトワの頭の上に飛び乗って、小さな拳でぽかぽかと叩いた。角がぴょこぴょこ揺れている。


 冬夜は──少しだけ、笑った。


 声に出さない、口元だけの笑み。だが確かに、笑った。


 七千時間プレイしてきて、ゲームの中で笑ったのは初めてかもしれなかった。




    ◇




 セレスを肩に乗せて草原を歩いていると、何人かのプレイヤーが足を止めてこちらを見ていた。


「……あれ何? トワの肩に乗ってるの」

「小さい女の子? 角が生えてる……妖精?」

「めちゃくちゃ可愛いんだけど!?」

「あんなペットどこで手に入るんだ!?」



 セレスはプレイヤーたちの視線を気にする様子もなく、トワの肩の上で体育座りをして目を閉じていた。尻尾がゆらゆらと揺れている。

 五分後にはフォーラムにスレッドが立っていた。



【緊急】トワの肩に角の生えた小さい女の子が乗っている【目撃情報多数】


 ──「なにあれ可愛すぎる」

 ──「銀月の鹿が変化した? 人型になったの?」

 ──「守護精霊って書いてある。セレスティアって名前らしい」

 ──「友好度で手に入るの? 俺も鹿撫でてくる!」

 ──「やってみたけど友好度が上がらないんだが」

 ──「俺も。何回撫でても友好度が1にもならない」

 ──「おかしいな。トワは毎日撫でて上がったんだろ?」

 ──「もしかして……特定の個体でしか上がらないとか?」

 ──「検証班だけど、銀月の鹿は全部で十数頭いる。全部試したが、どの個体も友好度が上昇しない」

 ──「マジか。じゃあトワが撫でてた鹿は特別な個体だったのか」

 ──「つまり……最初からトワにしか手に入らなかった?」

 ──「は?」

 ──「あの守護精霊は、トワを『選んだ』んだよ。初日から。トワにだけ姿を見せてたんだ」

 ──「もうこれ運命じゃん」

 ──「このゲーム、旅人でプレイするとNPCに選ばれる仕様なのか……?」

 ──「旅人にしか見えない石碑、旅人にしか会えないNPC、旅人にしか懐かない守護精霊……」

 ──「全部、旅人専用コンテンツ。運営は最初からこれを仕込んでいた」

 ──「トワだけがそこに辿り着いた。二年かけて」




 ミコトからメッセージが来た。




 ミコト:「フォーラムが大変なことになってます。肩に乗ってる小さい女の子、なんですかあれ!? めちゃくちゃ可愛いんですけど!?」

 トワ:「セレスという。銀月の鹿の本来の姿だ」

 ミコト:「喋るんですか!?」

 トワ:「喋る。片言だが」



 セレスがトワの肩の上でむくりと起き上がった。メッセージ画面を覗き込んでいる。



「トワ。だれ、これ」

「ミコト。弓使いの配信者だ」

「おんな?」

「女だ」



 セレスがふん、と小さな鼻を鳴らして、トワの首元に抱きついた。小さな腕でぎゅっとしがみつく。



「トワは、セレスの。セレスがいちばん」

「………」



 ミコト:「今、何か聞こえた気がするんですけど」

 トワ:「気のせいだ」

 ミコト:「セレスちゃんに何か言われました?」

 トワ:「何も言われていない」



 セレスがトワの耳たぶを小さな手で引っ張った。ぷくっと頬を膨らませている。



「うそつき」

「……やめろ。くすぐったい」



 セレスが得意そうに尻尾をぱたぱたと振った。




    ◇




 セレスに「覚醒形態」を試してもらった。


 セレスが光に包まれ──元の大きな鹿の姿に戻った。白金色の巨大な鹿。背中に光の翼。


 トワはセレスの背に乗った。


 ──速い。風を切る。銀色の草が光の波になって左右に弾けていく。


 通常の三倍の速度。そして【月光の目】が起動し、半径一キロメートルの全情報が【見聞録】に流れ込んでくる。世界の見え方が変わる。


 丘の頂上で止まった。草原が一望できる。


「トワ。きもちいい?」

「ああ」

「セレスも。トワといっしょ、きもちいい」



 セレスが小さな妖精の姿に戻り、トワの頭の上にちょこんと座った。


 冬夜は月を見上げた。頭の上で、セレスがすうすうと小さな寝息を立て始めた。小さな手がトワの髪を掴んで、離さない。


 旅が、少しだけ賑やかになった。

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