嵐の前
ギルド対抗戦まで三日。
冬夜はこの一週間で、探索と対抗戦準備をバランスよく進めていた。
霧底の森の踏破率は82%。残るは最深部──【霧喰いのベヘモル】がいるとされるエリアだ。マーサのヒント「霧がないと弱い」は覚えている。だが霧を晴らす手段をまだ見つけていない。対抗戦の後に本腰を入れるつもりだ。
料理スキルは順調に上がり、【旅路の糧食・改】の品質が「上質」になった。マーサの友好度は6/10。新しいレシピ「霧底の強壮茶」を教わった。一時的にDEFが上がるお茶で、対抗戦でタンク役に配れば便利そうだ。
銀月の鹿の友好度は55/100。
世界地図の欠片は1/7のまま。残り六つは今後の大型エリア攻略で手に入るはずだ。
木曜日。大学。
食堂で宮瀬と昼食。最近は毎日のように一緒に食べている。冬夜が定食を注文する習慣がついたのは、完全に宮瀬の影響だ。
「週末の団体戦だっけ?」
「ああ」
「緊張してる?」
「していない」
「嘘だー。久坂くん、今日お味噌汁に箸入れてたよ」
冬夜は味噌汁を見た。確かに箸が突き刺さっている。
「……味噌汁は箸で飲むだろ」
「そうだけど、普通はそう刺したままにしないよ」
冬夜は自分の味噌汁を見た。
直角に箸が立っている。まるで串刺しにでもするみたいに。
「もしかしたら、無意識の癖なのかもね、そうしちゃうの」
「考えたこともなかった。……よく見ているな、宮瀬は」
宮瀬が笑った。
「ま、団体戦頑張ってね。終わったら……一緒に外でご飯を食べる話、考えてくれた?」
「……考えた」
「えっ、どんなことを?」
「終わったら、行こう」
宮瀬の目が大きくなった。
「……ほんと?」
「嘘をつく理由がない」
「──やった! じゃあ来週、予定空けておくね!」
宮瀬が嬉しそうに笑った。冬夜はそれを見て、ほんの少しだけ口元が動いた。
宮瀬は気づいていたが、指摘しなかった。
◇
夜。ログイン。
対抗戦前の最後の夜。明日は本番だ。
練習はもう十分やった。今夜は──ただ歩く。
銀月の草原。いつもの夜。二つの月。銀色の草。
草原を端から端まで歩いた。もう地図は完全に埋まっている。灰色は一つもない。だが、知っている場所を歩くのも悪くないと、最近思うようになった。
鹿がいた。
【友好度が上昇しました:56/100】
鹿の隣に座った。鹿が寄り添ってくる。銀色の毛並みが月光を反射して光っている。
オーレンからメッセージが来た。
オーレン:「明日だな」
トワ:「ああ」
オーレン:「お前が団体戦に出るとか、一年前の俺に言ったら笑うぞ」
トワ:「俺も笑う」
オーレン:「楽しんでこい。お前の旅は、別に一人じゃなくてもいいんだからな」
冬夜はメッセージを閉じて、月を見上げた。
一人じゃなくてもいい。
そうかもしれない。ソロの旅は好きだ。それは変わらない。だが──隣に誰かがいる旅も、悪くないと知った。
明日は五十人で走る。一人では見えなかった景色が、見えるかもしれない。
トワは鹿の首筋を撫でて、立ち上がった。
ログアウトした。
明日に備えて、今夜は早く寝る。




