釣り師の逆襲
釣りをしよう。
BCOには釣りシステムがある。釣り竿を装備し、水辺で糸を垂らし、魚を釣る。それだけのシステムだ。戦闘にも攻略にも、一切関係ない。経験値も微々たるもの、装備が強くなるわけでもない。
なのに、一定数のプレイヤーが狂ったように釣りをしている。
彼らは自らを「釣り専」と呼び、ボス攻略よりも一匹の魚を追いかける。フォーラムには釣り専用スレッドがあり、常に一万人以上がオンラインで魚の話をしている。
そしてその釣り師たちが、エルシオンで歓喜していた。
心臓安定化後、大湖アルケオンの生態系が活性化したのだ。新種の魚が十二種追加。釣り師たちにとっては新大陸どころの騒ぎではない。
フォーラムの釣り師専用スレッドが沸騰していた。
──「大湖に新種十二種追加! 心臓安定化ボーナスだろこれ」
──「七色鱗って魚、見た目が虹色で綺麗すぎる。食ったら全属性耐性+3%」
──「料理人ギルドが買い取り価格設定し始めた。一匹五万G」
──「五万!? 釣りが金になる時代が来た」
──「釣り師の時代だ!!」
そして──第二回エルシオン大釣り大会の告知が出た。
前回も大会はあったが、あの時トワは二位だった。
正確に言えば、見聞録で魚の位置は完璧に把握していたのに、釣りの技術がなくて大物を逃しまくり、セレスの月光で無理やり寄せた三メートルの虹鯉で辛うじて二位に滑り込んだ。優勝は〈白霧の進軍〉マスターの三メートル四十センチの黄金鮭。
あの日、セレスは膨れていた。
「にい、やだ。いちいがいい」
そう言って、「つぎぜったいかつ。もっとひかる」と宣言した。
次が来た。
【第二回エルシオン大釣り大会】
【開催日:今週土曜日】
【場所:大湖アルケオン全域】
【ルール:三時間で最も重い魚を釣った者が優勝】
【参加資格:釣り竿を持っている者なら誰でも】
【前回優勝者ナギ(〈静かなる湖畔〉マスター)の連覇なるか!?】
ダリオからメッセージが来た。
ダリオ:「出るぞ。今度こそ俺が一位だ」
トワ:「前回はお前、何位だったんだ」
ダリオ:「……五位」
トワ:「航海士が五位か」
ダリオ:「うるさい。航海士は魚を釣るんじゃなくて、一緒に泳ぐ種族なんだよ」
セレスが肩の上で、目を光らせていた。文字通り。角がぴかぴか光っている。気合が入っている。
「トワ。こんど、かつ」
「前回の反省を踏まえて、対策は立てた」
「たいさく?」
「ダリオに釣りの基礎を二時間教わった。竿の振り方、糸の張り方、合わせのタイミング。前回は技術がゼロだったが、今回は最低限の技術がある」
「セレスも、たいさくした」
「何をしたんだ?」
「ひかりのれんしゅう。まえよりつよくひかれる。おさかなが、もっとよってくる」
「……」
トワは目を細めた。
「精霊の努力の方向性がおかしくないか?」
「おかしくない。セレスのさかなどうは、げっこうどう」
「魚道なんてものがあるのか」
「いまつくった」
……まあいい。勝てればいい。
◇
大会当日。大湖アルケオンの南岸。
参加者は前回の八十人から四百人に増えていた。心臓安定化後の新種ラッシュで、にわか釣り師が大量に参入している。大湖の湖畔がプレイヤーで埋まっている。
俺は前回と同じ岩場に陣取った。見聞録で水中をスキャンする。
魚の反応が前回の三倍以上ある。心臓安定化の恩恵で生態系が爆発的に回復している。大物の反応もある。深度十二メートルに──前回の虹鯉の王より一回り大きな個体がいる。
だが見聞録で場所がわかっても、寄せて、食いつかせて、引き上げなければ意味がない。前回はそこで躓いた。場所は完璧にわかるのに、釣りの技術がなくて逃げられた。
知識はあるのに技術がない。VRMMOにおいて、それは致命的だ──と普通なら思うだろう。
だが、トワは旅人だ。足りないものは足で補う。
「セレス。光れ」
「まかせて」
セレスが角を全力で輝かせた。前回の倍の月光。銀色の光が湖面を突き抜けて水中に差し込み、十二メートルの深度まで届いた。
大物が反応した。ゆっくりと浮上してくる。前回の虹鯉の王よりさらに大きい。全長──見聞録の推定で三メートル六十。
──三メートル六十。前回の優勝記録は三メートル四十。これを釣り上げれば、一位確実だ。
「来た――釣り上げるぞ!」
竿を振った。タマキが調合した虚花の特製餌を、大物の鼻先に正確に落とす。見聞録の座標指定。着水点を0.5メートル単位で制御する。そして――。
食った。
引きが来た。竿がしなる。前回と同じ……いやそれ以上の重さ。
今回は、技術がある。竿を立てて、糸のテンションを一定に保つ。魚が走ったら糸を出す。止まったら巻く。走ったら出す。止まったら巻く。
「走った。糸を出すぞ」
「師匠……やけに落ち着いてますね」ハルが後ろで見ている。
「前回より百倍落ち着いている」
「前回はセレスちゃんに魚が体当たりして大騒ぎでしたもんね」
「あれは事故だ」
「じこじゃない。せいかだった」セレスが抗議した。
十五分の格闘。魚が疲れてきた。寄せる。岸に近づける。最後の一引き。
──水面から飛び出した。
虹色の鱗。七属性の光。全長三メートル六十センチの巨大魚。前回の虹鯉の王を超える、真の──
【七色鱗の皇帝を釣り上げました! 重量:18.7kg!】
「十八・七キロ──!」
周囲のプレイヤーが一斉に振り返った。
──「十八キロ!? 前回の記録超えてるだろ!?」
──「これって、史上初の記録じゃないか? 誰か、これより大きいの知ってる?」
──「知識と努力を釣りに全振りする旅人」
──「前回二位のリベンジか!?」
──「トワさんに本気を出させてしまった」
セレスが満面の笑みで拍手していた。角がぴかぴか光っている。
「つれた! でっかい! いちい!?」
「まだわからないが……これを超える魚はそういないだろう」
「ゆだん、たいてき」
「ああ、まだまだ釣るぞ!」
◇
三時間が経過した。
今回は前回と違い、最初の一匹以降もコンスタントに釣れた。ダリオの教えのおかげだ。技術があるだけで、こうも変わるものか。合計七匹。重量は合計で31.2kg。
結果発表。
【第二回エルシオン大釣り大会──結果】
【優勝:旅人トワ 31.2kg(七色鱗の皇帝18.7kg含む)】
【準優勝:〈静かなる湖畔〉マスター・ナギ 28.9kg】
【第三位:航海士ダリオ 26.1kg】
「勝った」
トワは冷静な態度だったが、隣の精霊は冷静じゃなかった。
「かった、いちい!! セレスがいった!! つぎかつって……ほんとにかった!」
セレスが肩の上で飛び跳ねている。ぴょんぴょんと、嬉しそうだ。
「セレス、地味に肩が痛いからやめろ」
「やめない、うれしいもん!」
ナギが拍手していた。前回優勝の釣り師だ。
「トワさん。前回より格段にうまくなりましたね。相当、やりこんだのですか?」
「ああ、二時間ほど練習してきた」
「ええっ!? 二時間の練習であの上達は──才能ですよ」
「才能じゃない。見聞録で理論を理解した上でダリオに教わっただけだ」
「理論の理解と実技の融合を二時間でやるのが才能なんですよ。──また次も来てください。いい勝負がしたい」
「ああ。次も来る」
ダリオが三位で悔しがっていた。
「航海士が釣りで三位って何だよ! 魚と一緒に泳いでる種族のくせに!」
「ダリオさん、釣りと泳ぎは別の技術ですから」タマキが慰めた。
「うるさい! 次は、俺が一位だ!」
フォーラムが大会の結果で盛り上がっていた。
──「トワ優勝! 前回二位のリベンジ達成!」
──「セレスちゃんの月光で大物を寄せるのは前回と同じだが、今回は釣りの技術が段違い」
──「二時間の練習であの上達。見聞録で理論を完璧にした上で実技をやるから、吸収速度が異常」
──「知識無双が釣りにまで及んだ」
──「前回は知識はあるのに技術がなくて負けた。今回は技術を二時間で習得して勝ったとか……主人公かよ」
──「主人公だろ」
──「それはそう」
──「セレスちゃんが優勝した瞬間に、花火みたいに光ってたの見た?」
──「見た。あれ録画した。フォーラムに上げていいか?」
──「上げろ。前回の体当たり動画と合わせて、二部作にしろ」
──「セレスちゃん釣りシリーズ、BCO動画再生数ランキング上位に入りそう」
セレスが虹色の魚の横でポーズを取った。勝利のポーズ。手のひらサイズの精霊が、自分より遥かに大きい魚の横で胸を張っている。
「セレスのさかなどう、だいせーこー」
「お前の魚道は、月光で魚を寄せるだけだろう」
「それがさかなどう。──げっこうでつる。セレスしきりょうほう」
「セレス式漁法。一応……覚えておくか」
「おぼえて。つぎもつかう」
七色鱗の皇帝は刺身にした。七つの味が順番に広がるが、皇帝は最後の虚空の味が──ほんの少しだけ甘かった。エルシオンの心臓が安定した影響かもしれない。大陸が健やかに眠っているから、魚も穏やかに育つ。
「おいしい」セレスが刺身を頬張った。「まえよりおいしい」
「心臓が安定したから、水質が良くなったんだろう」
「エルシオンがげんきだと、おさかなもおいしい」
「世界が健康なら、食べ物も美味しい。──エリーも同じことを言っていたな」
湖畔の夕焼け。四百人のプレイヤーが焚き火で魚を焼いている。釣り師も冒険者も生産職も、みんな同じ場所で、同じ魚を食べている。
レベルも職業も関係ない。釣り竿一本と、魚一匹。それだけで人は集まる。
トワとセレスもまた、みんなと一緒にお魚を食べた。




