目覚めの贈り物
エルシオンの心臓が安定してから、大陸に変化が起きていた。
小さな変化。だが、確実な変化。
各エリアのモンスターが穏やかになっていた。エンカウント率が下がったわけではないが、先制攻撃の頻度が減っている。大陸獣が安心して眠っているからだろうか。免疫系の過剰反応が収まった結果、モンスターの攻撃性も下がっている。
フォーラムでプレイヤーたちが気づき始めていた。
──「エルシオンのモンスター、なんか大人しくなってない?」
──「火のエリアの溶岩犬が先に殴ってこなくなった。こっちから手を出さなければスルーできる」
──「風のエリアの烈風鷹も。上空を旋回してるだけで降りてこない」
──「レイドの後から変わった気がする。心拍が安定したから?」
──「大陸が機嫌いいんだよ。エルシオンが安心して寝てるから、背中のモンスターも落ち着いてる」
──「エルシオンが安心して寝てるって表現いいな」
──「トワのおかげだろ。あいつが心臓を治したから」
──「トワと十五万人のおかげな。俺たちも蝕印壊した」
──「それはそう。十五万人全員の功績」
もう一つの変化。
踏破作戦中には見つからなかった隠しエリアが、各地で発見され始めていた。
【新発見:「眠りの庭」──虚空のエリア東端に出現】
【新発見:「碧光の泉」──水のエリア深層に出現】
【新発見:「灼原の化石林」──火のエリア北部に出現】
「心臓が安定したことで、大陸のエネルギー循環が正常化した。今まで隠れていたエリアが地表に浮上している」
「エルシオンが安心して寝返りを打ったら、背中に新しい場所が出てきた感じですか」タマキが言った。
「寝返り。──まさにそうだ」
新エリアの中で最も注目されたのは、虚空のエリアに出現した「眠りの庭」だった。灰色の平原の東端に、突然、色のある庭園が現れた。虚空のエリアなのに花が咲いている。木が生えている。水が流れている。
「虚空のエリアに──色がある場所。臍の神殿に次いで、二つ目だ」
行ってみた。
眠りの庭は──穏やかな場所だった。花畑。小さな池。木のベンチ。BGMが変わる。静かな音楽。戦闘が発生しない安全地帯。
池のほとりに石碑があった。見聞録は虚空のエリアでは機能しないが──この庭園は例外だった。色があるということは、属性があるということ。見聞録が反応する。
【「ここはエルシオンの夢の庭。大陸が安らかに眠っている時だけ、現れる場所」】
「エルシオンの夢──大陸獣が見ている夢が、地上に現れているんですね」
「ゆめのにわ……きれい」セレスが花畑に飛び降りた。
「セレスちゃん、また花畑に寝転がってる」タマキが笑った。
「おはなのベッド。にかいめ」
池を覗き込むと──底に何かが光っていた。七色の光。臍の結晶と同じ色。
手を入れた。水が温かい。エルシオンの体温。
光の正体は──小さな結晶の欠片だった。手のひらに収まるサイズ。臍の結晶が心臓に埋め込まれた時に、余剰のエネルギーが結晶化したもの。
【「夢の欠片」を発見しました】
【効果:所持しているとエルシオン内での自然回復速度が2倍になります】
【さらに──エルシオンの夢を断片的に聞くことができます】
「夢を聞ける──?」
欠片を握った。
足の裏に──微かな振動。あの時と同じ。心臓の中で聞いた声。
──くすぐったい。きょうもあるいてくれた。うれしい。
エルシオンの寝言。大陸獣が眠りながら、背中の上の足音を感じている。
「聞こえた。──エルシオンが、くすぐったいと言っている」
「くすぐったいの、まだいってるの」セレスが花畑から顔を出した。
「言っている。毎日歩いてくれて嬉しい、とも」
「エルシオン、かわいい。おおきいのに、かわいい」
「大陸サイズの可愛いだな」ゼクスが呟いた。
「大陸サイズ。──スケールがおかしいが、確かに可愛い」
夢の庭を出る前に、全員が池の水に手を浸した。温かい水。エルシオンの体温。
レイドチャットにハルが報告を上げた。
ハル:「虚空のエリア東端に新エリア『眠りの庭』を発見しました。安全地帯です。花畑と池があります。池の中に特殊アイテムがあります。──それと、エルシオンの寝言が聞けます」
フォーラムが即座に反応した。
──「寝言が聞ける!? 大陸の寝言!?」
──「行く。今すぐ行く」
──「虚空のエリアって見聞録使えないんだろ? どうやって行くんだ」
──「足で歩け。トワがそうしたように」
──「名言出た。『足で歩け。トワがそうしたように』」
──「エルシオンの寝言って何て言ってるの?」
──「『くすぐったい』らしい」
──「可愛すぎるだろ大陸」
──「十五万人で蝕印壊して、ご褒美が寝言なのか」
──「最高のご褒美だろ」
──「それはそう」
エルシオンの空にオーロラが揺れている。六十秒の鼓動。安らかな眠り。
大陸が夢を見ている。足音の夢。くすぐったい夢。
トワはまた明日もこの大地を歩く。エルシオンの寝言を聞きながら。




