食堂の約束
月曜日。
冬夜は朝、目覚まし時計ではなくスマホの通知で起きた。ミコトからだ。
ミコト:「おはようございます。突然ですみません。ゼクスの再戦日程が公式から出ました。来週の土曜日です」
一週間後。
冬夜はベッドの上でスマホを見つめた。一週間。霧底の森の探索を続けながら、新しい武器切り替え戦法を仕上げるには十分な時間だ。
トワ:「了解した」
ミコト:「配信、また私がやっていいですか」
トワ:「好きにしろ」
ミコト:「ありがとうございます。あの……今度の対戦の前に、また練習相手やりましょうか?」
トワ:「頼む。水曜の夜」
ミコト:「はい!」
ミコト:「あの、トワさん」
トワ:「なんだ」
ミコト:「前回の対戦の配信、再生数が800万超えました」
トワ:「そうか」
ミコト:「……反応薄いですね」
トワ:「数字に興味がない」
ミコト:「ですよね。でも、800万人があなたの旅を見たってことです。それは──すごいことだと思います」
冬夜はスマホを置いた。
800万人。そんな数の人間が自分のプレイを見た。だが、それで何かが変わるわけではない。旅は変わらない。歩く速度も、見る景色も。
大学へ行く。
食堂で昼食。宮瀬との約束の日ではないが──食堂に入ると、宮瀬がいた。窓際の席で一人、定食を食べている。冬夜の「いつもの席」に座っていた。
冬夜はカウンターでかけうどんを受け取り、宮瀬の前に立った。
「そこ、俺の席だが」
宮瀬が顔を上げた。
「あ、ごめん! ──って、久坂くんの名前書いてないよ、この席」
「習慣だ」
「じゃあ向かいに座れば?」
冬夜は向かいに座った。
「今日は約束の日じゃないが」
「うん。でも食堂にいたら会えるかなって思って」
冬夜はうどんを啜った。
「……毎回来るのか」
「迷惑?」
「迷惑ではない」
「じゃあいいでしょ」
宮瀬が笑って、味噌汁を飲んだ。
「ねえ、久坂くん。この前ごめんね。ゲームのこと、調べちゃったりして」
「気にしていない」
「ほんと? 怒ってない?」
「怒っていない。ただ──あの世界のことは、あの世界の中で大事にしたいだけだ」
「うん。わかった」
宮瀬がしばらく黙って食べていた。
「ねえ。久坂くんにとって、あのゲームの世界って、どういう場所なの? 内容は聞かないよ。ただ、どういう気持ちでいる場所なのかなって」
冬夜は箸を止めた。
どういう場所か。
考えたことがなかった。いや──考えないようにしていた。言葉にすると、何かが変わってしまう気がして。
「……歩いている時だけ、息ができる場所だ」
言ってから、自分で驚いた。こんな言葉が出てくるとは思わなかった。
宮瀬が冬夜を見ていた。笑っていない。真剣な目だった。
「──大事な場所なんだね」
「ああ」
「大事にしてね。私は、久坂くんのそういうところ、好きだよ」
冬夜の手が、ほんの一瞬だけ止まった。
好き。その言葉の意味を考えようとして、やめた。文脈的には「そういう姿勢が好ましい」という意味だろう。深読みする必要はない。
「……ありがとう」
「あ、照れた?」
「照れていない」
「耳赤いよ」
「味噌汁が熱いからだ」
「うどん食べてるのに?」
冬夜はうどんを啜ることに集中した。
宮瀬が小さく笑った。
◇
夜。ログイン。
霧底の森を歩く。武器切り替えの練習をしながら探索を進めた。
剣→弓→槍→杖。0.17秒で切り替わる。流れるように武器が変わり、攻撃が途切れない。
苔巨人と遭遇。
剣の三連斬で接近──0.17秒──弓に切り替え、バックステップしながら三連射──0.17秒──槍に切り替え、突進モーションで再接近──0.17秒──杖に切り替え、至近距離から氷の魔法を叩き込む。
四武器連携。全てCTゼロ。切り替えのロスは合計0.51秒。
苔巨人が溶けるように倒れた。五秒。
──これなら、ゼクスにも。
歩きながら、メッセージボックスを確認した。
ミコトから。
ミコト:「水曜の練習、楽しみにしてます」
レナから。
レナ:「ゼクス再戦ガンバ! みんなで応援するね!」
オーレンから。
オーレン:「お前、最近フレンド増えたな」
最後のメッセージに、冬夜は少しだけ口元を緩めた。
増えた。確かに増えた。
フレンドリストを開く。オーレン、レナ、カイン、リゼ、マルク。そしてミコト──いつの間にかフレンド登録を承認していた。
六人。二年間でゼロだったフレンドが、数週間で六人。
多いのか少ないのか、相変わらずわからない。
だが、リストに名前が並んでいるのを見て、前より少しだけこの世界が明るく見える気がした。
銀月の鹿に会いに行った。
【友好度が上昇しました:38/100】
鹿の首筋を撫でた。鹿が目を細める。
──来週、ゼクスとの再戦がある。煙幕は封じられる。だが、新しい手段がある。
旅を続けていれば、答えは見つかる。
いつだって、そうだった。




