花火
土曜日。現実世界。八月最後の週末。
冬夜と宮瀬が地元の夏祭りに来ていた。
付き合い始めて一週間。二人の間に、劇的な変化があったわけではない。一緒に図書館でレポートを書き、一緒にBCOにログインし、一緒にログアウトする。前と同じだ。
ただ一つ……宮瀬が「久坂くん」と呼んだ後に、笑うことが増えた。
「久坂くん。──浴衣、似合ってるよ」
「借り物だ。蓮に押し付けられた」
「蓮くんGJ」
「GJとは何だ」
「グッジョブ。紺色、似合うよ。──えへへ」
宮瀬は白地に青い朝顔柄の浴衣。髪を上げていて、うなじが見えている。冬夜は見てはいけない気がして、視線を屋台に向けた。
「久坂くん。──わたしの浴衣、何も言わないの?」
「……似合っている」
「もっと、早く言ってよ」
「言うタイミングがわからなかった」
「今すぐ言えばいいの。──あ、りんご飴食べたい」
「買ってくる」
「一緒に行こうよ。デートなんだから」
デート。その言葉があまり馴染みなくて、冬夜はわざと聞き流した。恥ずかしくなってしまうからだ。
屋台を回った。りんご飴。焼きそば。たこ焼き。金魚すくい。
「久坂くん、金魚すくいやらない?」
「やらない」
「えー。──わたしやる!」
宮瀬が金魚すくいに挑戦した。三秒で紙が破れた。
「あっ」
「下手だな」
「久坂くん、やってみてよ!」
「やらないと言ったはずだが」
「じゃあ──わたしのために、やって?」
「……」
冬夜が金魚すくいの前に座った。ポイを手に取る。
──水面を見聞録で解析する癖が出そうになった。ゲームではない。現実の金魚だ。
水面のゆらぎを見る。金魚の動きのパターン。壁際に集まる傾向。水面近くに来るタイミング。
ポイを水面にそっと入れた。金魚が紙の上に──乗った。すくい上げる。
「取れた──!? 一発で!?」
「金魚の動きには、パターンがある」
「ゲーマー脳を金魚すくいに使わないでよ」
「使っんじゃない。見えただけだ」
「見えるの!? 嘘でしょ!?」
金魚を袋に入れてもらった。赤い金魚。宮瀬が袋を持って、嬉しそうに眺めている。
「名前つけよ! うーん──シロ!」
「シロは白い狼の名前だ。それに赤い」
「じゃあ……アカ!」
「安直すぎる」
「久坂くんにネーミングセンスの批判はされたくない。シロを名付けた人に」
「……」
「じゃあ……タマちゃんにする。金魚だし」
「タマキが聞いたら複雑な顔をするぞ」
「大丈夫。──タマキさんは、懐が広いから」
二人で歩いた。夏祭りの人混みの中を。浴衣の袖がときどき触れる。
「ねえ、久坂くん」
「なんだ」
「手──繋いでいい?」
「……混んでいるからな。はぐれないように」
「素直に『いいよ』って言えないの?」
「いいよ」
「……えへへ」
手を繋いだ。宮瀬の手は温かかった。りんご飴で少しべたべたしていたが、それも含めて。
花火が始まった。ドン、と腹に響く音。空に──大輪の花が咲く。赤、青、金、銀。
二人で空を見上げた。
「きれい……」
「ああ」
「BCOの花火と──どっちがきれい?」
「どっちもきれいだ」
「ずるい。どっちかって聞いてるの」
「こっちの方がきれい」
「リアルの花火?」
「花火じゃない」
「えっ。──じゃあ、何が?」
冬夜は何も言わなかった。宮瀬を見て、また空を見上げた。
宮瀬が三秒ほど固まって、耳まで赤くなった。
「久坂くん! それ、反則──!」
「何がだ」
「全部! 全部反則なの!」
花火の音で、宮瀬の声はかき消された。
冬夜にはもちろん聞こえていたが、あえて聞こえないふりをした。
次の更新は火曜日の朝7時になります




