夏休みのオフ会
土曜日。現実世界。八月の半ば。
大学は夏休みに入っていた。冬夜は──自分のアパートで、スマホのメッセージを確認していた。
蓮:「オフ会やるぞ。今回は人数増える。場所は前と同じカフェダイニング」
冬夜:「前回は、二十七人だったか」
蓮:「今回は四十人超えだ。聖都の友好度レイドの打ち上げも兼ねてる。──で、新顔も来る」
冬夜:「誰だ?」
蓮:「アストレアとハルが初参加。あと、ヴェノムも来る」
冬夜:「ヴェノムが来るのか」
蓮:「旅人の集いの連中と一緒に申し込んできた。──変わったもんだな、あいつも」
元PKギルドのリーダーが、旅人の集いの仲間としてオフ会に来る。
──確かに、変わったと言えるだろう。
蓮:「あと、レナが今回は関西から遠征してくるってよ。前回来れなかったから、気合入ってる」
冬夜:「大所帯だな」
蓮:「お前が聖王国で暴れまわったせいだよ。コミュニティがでかくなりすぎた」
冬夜:「俺のせいか」
蓮:「お前のせいだ。──幹事は俺だけどな。感謝しろ」
◇
夕方六時。都内のカフェダイニング、前回と同じ店、貸し切り。
前回より明らかに人が多い。入口から見ただけで四十人以上の人間が、テーブルを囲んでいる。旅人の集いの面々、〈深紅の牙〉のメンバー、〈聖銀の盾〉の有志、そして聖都の友好度レイドで知り合ったプレイヤーたち。
BCOのオフ会が、ゲームのコミュニティイベントになりつつある。
「トワさん来た!!」
入口で声が上がった。旅人の集いのメンバーたちが手を振っている。前回も来た顔が多いが──新しい顔もある。
「トワさん! 聖都の記憶封印解除、お疲れ様でした!」
「カレンさんのレベル上げ見てました! 砂に顔突っ込んでるの面白かったです!」
「エリーさんのパン、リアルでも食べてみたいです!」
蓮が隣で「人気者だな」と呟いた。冬夜は「うるさいだけだ」と返した。
宮瀬が先に着いていた。白いワンピースに麦わら帽子。
「久坂くん! こっち!」
「お前は毎回、早いな」
「場所取りも薬師の仕事です」
「どういう理屈だ……?」
「回復職は先回りが基本。──マーサさんに教わりました」
「マーサはゲームのNPCだぞ」
「マーサさんの教えは、リアルでも通用しますよ」
冬夜は宮瀬の隣に座った。蓮が向かいに座る。
ゼクスが奥のテーブルにいた。前回と同じ壁際の位置。前回は一人でいたのだが、今回は隣にレナとカインがいて、普通に喋っている。
「岸田さん! こっちのビール美味しいですよ!」レナがリアルでは快活な関西弁の女性だった。
「うるさい。俺はハイボールでいい」
「前回より馴染んでるな」冬夜がゼクスの方を見て言った。
「前回は誰とも喋らずに帰ったからな。──今回はまあ、多少は」
「多少って、さっきからレナさんとめちゃくちゃ喋ってたじゃないですか」カインが横から言った。
「うるさい」
「ゼクスさん、リアルでも『うるさい』って言うんだ」宮瀬が笑った。
「口癖だ。──放っておいてくれ」
◇
初参加の面々が到着し始めた。
最初に小柄な女の子が、きょろきょろしながら会場に入ってきた。
「あ、あの、すみません遅れました! 電車を間違えてしまって──!」
ハル──秋山春菜。高校一年生。ゲーム内で旅人の集いを率い、北の楔を独力で攻略した導師──のリアルは、電車を間違えるおどおどした女の子だった。
「ハルちゃん! こっち!」ミコトが手招きした。ミコト──リアルでは小柄でおとなしい高校二年生──が、同年代のハルを見つけて嬉しそうだ。
「ミコトさん! リアルでもかわいい……!」
「ハルちゃんもかわいいよ! ──ねえ、同い年くらいだよね?」
「高一です!」
「わたし高二! 一個上! ──やった、ゲーム以外の話もできるね!」
「わたしも嬉しいです! 学校の話とかしたい!」
宮瀬が「若いっていいね」と呟いた。冬夜が「お前も二十歳だろう」と返した。
「二十歳はもう若くないの!」
「十分若い」
「久坂くんに若いって言われると──なんか複雑……」
スーツ姿の女性がいそいそと会場に入ってきた。仕事帰りらしい。名刺入れをカバンにしまいながら。
「あの──篠原です。アストレアです。初めまして……いえ、ゲームでは何度もお会いしていますが」
篠原。アストレア。二十六歳の会社員。──ゲーム内の勇ましい聖騎士とは正反対の、穏やかで礼儀正しい女性だった。
「アストレアさんが、会社員!?」旅人の集いのメンバーが驚いた。
「普段は経理部で数字と戦っています。──ゲームでは聖剣を振ってますが、リアルではExcelを振ってます」
「Excelを振る聖騎士」蓮が吹き出した。
「篠原さん、おいくつですか?」ハルが聞いた。
「二十六です」
「大人だ……! 社会人って、こういう感じなんですね……!」
「社会人の実態は、Excelと締め切りとの戦いですよ」
「それはそれで聖騎士っぽいです」
「どこがだ」ゼクスがツッコんだ。
リゼが到着した。眼鏡の大学生。前回と変わらない──酒が入る前からテンションが高い。
「皆さーん! お久しぶりでーす! リゼでーす!」
カインが身構えた。水のグラスを手に取っている。
「カイン。なんで水持ってるの」
「お前の酒を薄めるためだ」
「まだ一滴も飲んでないんですけど!?」
「予防だ。──前回の惨状を忘れたのか」
「前回は──ちょっとだけ、飲みすぎただけで……」
「ちょっと? トワに『彼女いないんですかー』って絡んで、場を凍らせただろう」
「ちがっ……あれは──お酒のせいで──!」
「いいか、お前のせいだ。あれは、絶対にお前のせいだ」
「…………はい」
レナが横から「リゼ、今回は大丈夫?」と心配そうに聞いた。
「大丈夫! 今回はお酒控えめにする! ソフトドリンクで──」
そう言いながらテーブルについたリゼの目の前に──篠原がハイボールを差し出した。
「お疲れ様。一杯どうぞ」
「あっ……いただきます……」
「篠原さん! リゼに酒を渡すな!」カインが叫んだ。
「えっ、ダメだったの?」
「ダメに決まってるだろ!」
しかしもう遅く、リゼはごきゅごきゅとハイボールを飲んでいた。
◇
三十分後。
リゼのダル絡みが始まった。予想通りだった。
「トワさーん。ねえねえトワさーん」
「……なんだ」
「前回聞けなかったんですけどー。宮瀬さんと、どこまで進んだんですかー?」
テーブルが凍った。前回と同じなんとも言えない空気。
宮瀬が前回は「微妙な顔」だったが、今回は違った。
「特別な仲間ですよ。──わたしたち」
「特別な仲間ー? なにそれー。付き合ってないのー?」
「付き合ってません。──まだ」
「まだ」に、テーブルの全員が反応した。蓮がウーロン茶を吹きかけた。ミコトが箸を落とした。ハルが「まだ!?」と叫んだ。
「宮瀬さん──今『まだ』って言った?」レナが身を乗り出した。
「言いましたけど──何か?」
宮瀬が──微笑んでいた。前回の微妙な顔ではなく、余裕のある笑み。自分の中で何かが定まりつつある人の顔。
冬夜はウーロン茶を飲んだ。前回と同じように。でも今回は、耳がほんの少し赤かった。
「久坂くん。──耳赤いよ」
「暑いからだ」
「クーラー効いてるのに?」
リゼがニヤニヤしている。
「いいもの聞けたー。『まだ』かー。いいねー」
「リゼ。お前は反省するべきだ」冬夜が前回と同じ台詞を言った。
「前回も同じこと言われましたねー。でも進展してるし、これ、わたしの功績ですよねー?」
「お前の功績ではない」
「えー」
カインがリゼのグラスを取り上げて、水に入れ替えた。
「もう飲むな」
「カインひどーい」
「お前が一番ひどい」
◇
蓮が立ち上がった。幹事挨拶。
「えー、本日はお集まりいただきありがとうございます。BCO第二回オフ会──聖都復興打ち上げ兼、カレンのレベル上げ応援会です」
「応援会!?」
「カレンさんのリアルは来ないの?」
「NPCにリアルはないだろ」
「あ、そうだった」
「乾杯の音頭は──まあ、こいつに頼むしかないだろ。久坂」
冬夜が立ち上がった。四十三人の視線が集まる。ゲーム内では三万人の前に立ったことがある。でも、リアルの四十三人は……別の緊張感がある。
「乾杯の挨拶は苦手だ。手短に済ませる」
「トワさんらしい」誰かが笑った。
冬夜はウーロン茶のグラスを上げた。
「皆が歩いてきた道に──乾杯」
短すぎる挨拶だが、四十三人が一斉にグラスを上げた。
「乾杯──!」
◇
料理が並んだ。唐揚げ、枝豆、刺身、ポテトフライ、サラダ、ピザ。四十人分の大皿料理がテーブルを埋める。
会場のあちこちで──ゲームの話が弾んでいる。
旅人の集いのテーブル。
「カレンさんのレベル上げ、手伝いたいんですけど! 経験値分配って一般プレイヤーでもできるんですか?」
「たぶんパーティ組めばいけるんじゃない?」
「カレンさんのレベル上げレイドとか楽しそう」
「またレイドつけるのかよ。友好度レイド、記憶返却レイド、次はレベル上げレイドか」
〈深紅の牙〉のテーブル。
「レナ、ギルマス就任おめでとう」カインが言った。
「ありがとう! バルトさんの引退は寂しいけど──わたしが頑張るから!」
「レナがギルマスか。──〈深紅の牙〉も変わったな」ゼクスが横から言った。
「ゼクスさんに言われると複雑……。あなたと戦った時はまだ平団員だったのに」
「お前は成長した。──認めるよ」
「ゼクスさんが素直に褒めた!? リアルだと素直なんですか!?」
「うるさい。酒のせいだ」
「まだ一杯目じゃないですか」
篠原のテーブル。ミコトとハルが座っている。
「篠原さん、聖都の試練の時──アストレアさんとして祈ってる姿、本当にかっこよかったです」ミコトが言った。
「ありがとう。──でもリアルでは、締め切り前に祈ることの方が多いわ」
「Excelの神に祈るんですか」
「Excelの神はいない。──いるのは上司だけ」
「社会人こわい……」ハルが引いた。
「大丈夫よ。BCOがあるから生きていける」
「それはそれで心配です」
宮瀬が冬夜の隣で、皿に唐揚げを追加していた。
「久坂くん、唐揚げ好きでしょ。──はい」
「好きだが、勝手に皿に入れるな。前回も言ったぞ」
「覚えてるの?」
「全部覚えている」
「……そういうところが、ずるいんだよ」
向かいに座っている蓮が、やれやれという顔をしている。
ミコトが少し離れた席から、冬夜と宮瀬の方をちらちら見ていた。唐揚げを取り分けている宮瀬を見て──箸を止めた。
「ミコトちゃん、どうしたの?」ハルが聞いた。
「な、何でもない。──唐揚げ美味しいね」
「美味しいですね。──あ、ミコトさん。あっちの席見てました?」
「見てない」
「見てましたよね。トワさん──久坂さんの方」
「見てない!」
「耳赤いですよ」
「暑いから! 八月だから!」
「クーラー効いてますよ、ここ」
「ハルちゃん、意外と鋭い……」
「師匠──久坂さんの弟子ですから。観察力はあります」
「弟子じゃなくて仲間でしょ、って本人に言われない?」
「毎回言われます」
◇
二時間が過ぎた。
会場の空気が緩んできた頃──蓮がマイクを持った。
「えー、ここでちょっとしたコーナーを。──『BCO名場面投票』です。チャットアプリで投票してもらいます」
「何それ」
「聖都の友好度レイド、ソルシアのカルディア戦、セラフの六枚翼、カレンの涙──どのシーンが一番印象に残ったか、投票してもらいます」
スマホに投票フォームが配られた。四十三人が一斉に投票する。
一分後。結果発表。
「第三位──ソルシア編クライマックス、六十秒のリレーでカルディアの楔を抜いたシーン。七票」
「あれって、みんな見れたの?」
「ゼクスさんのアーカイブで見たよ。記録用に動画アップしてるんだって」
「あれは熱かったな」
「タマキさんのポーション投げが神がかってた」
「第二位──聖都の記憶封印解除。カレンがエリーに頭を下げたシーン。十二票」
「泣いた」
「あそこで泣かない人いないでしょ」
「そして第一位──」
蓮が画面を見て──笑った。
「第一位。十八票。──『セレスちゃんがカレンの膝の上でパンを食べてるシーン』」
「シリアスシーンじゃねえのかよ!!」
「セレスちゃんが可愛すぎたんだよ!」
「カレン王が泣いてる横でパン齧ってるの、最高だった」
「あれで泣き笑いしたのは俺だけじゃないはず」
「感動と癒しの同時攻撃だったな」
「……久坂くん、笑ってる」宮瀬が気づいた。
「笑っていない」
「笑ってたよ。──わたし、見た」
「見間違いだ」
「見間違いじゃないもん。──久坂くんが笑うの、レア度SSSだって知ってる?」
「フォーラムのネタをリアルで使うな」
◇
オフ会の終盤。
ヴェノムが──一人でバルコニーに出ていた。冬夜が気づいて、横に立った。
「楽しめているか」
「……正直、まだ居心地は悪い。──半年前にあいつらの装備を奪っていた男が、同じテーブルで飯を食うのは」
「お前はそれを弁償して、旅人としてやり直した。──過去は変えられないが、今は変えられる」
「お前は──いつもそうだな。正論しか言わない」
「正論しか持っていないからな」
「……ありがとよ、トワ。いや、久坂─お前がグランの扉を教えてくれなかったら、俺はまだPKをやっていた」
「扉を開いたのはお前自身だ。──俺は場所を教えただけだ」
ヴェノムが遠くの夜景を見た。
「深淵に行くんだろ。……俺にも何かできることはないか」
「ある。──ソルシアの地形安定化。【深淵】に手を伸ばしている【闇】の根が、まだ第一の穴から漏れ出している。お前と旅人の集いで、あの周辺を監視してくれ」
「監視か。──地味だが、大事な仕事だな」
「地味な仕事が一番大事だ。──お前なら任せられる」
「……了解だ」
バルコニーから戻ると、宮瀬がスマホを見せてきた。
「久坂くん。SNSでオフ会の写真が出回ってるよ。──『BCOオフ会に四十人以上集結』って」
「写真は──」
「顔は映ってないよ。食べ物の写真ばっかり。──あ、唐揚げが映ってる。わたしが取り分けたやつ」
「どうでもいい情報だな」
「どうでもよくないよ。──わたしの唐揚げが歴史に残るんだから」
「お前の唐揚げじゃない。店の唐揚げだ」
「取り分けたから、わたしの唐揚げですー」
「……その理屈はセレスに似ているな」
「えっ。──セレスちゃんに似てるって、褒めてるの?」
「どうだろうな」
「褒めてよ!」
◇
十時。お開き。
四十三人がカフェダイニングから出てきた。夏の夜。蝉はもう鳴いていない。夜風が涼しい。
駅に向かう道で、自然とグループに分かれて歩いている。
冬夜と宮瀬が並んで歩いていた。少し後ろに蓮。さらに後ろにミコトとハル。
「久坂くん。──楽しかった」
「ああ」
「前回は二十七人で、今回は四十三人。──どんどん増えてるね」
「増えすぎだ。蓮の幹事が大変になる」
「でも、嬉しいことだよ。久坂くんが歩いてきた道に、こんなに人が集まってる」
「俺が集めたわけじゃない」
「久坂くんはいつもそう言う。でもね──みんな、久坂くんの背中を追いかけてここに来たんだよ。ゲームの中でも、リアルでも」
冬夜は何も言わなかった。否定もしなかった。
「ねえ、久坂くん」
「なんだ」
「言葉……もう少しで見つかりそう。わたしの方の」
「急がなくていい」
「急がないけど……見つかったら、ちゃんと言うから。──待っててね」
「待っている」
駅の改札で別れた。宮瀬が改札を通って──振り返った。
「おやすみ。──久坂くん」
「おやすみ」
「あっ、そうだ。今度セレスちゃんに会ったら伝えて。『パンの投票一位おめでとう』って」
「セレスはNPCだぞ」
「NPCでも伝わるよ。──BCOのNPCは、本当に生きてるんだから」
宮瀬が笑って、改札の向こうに消えた。
冬夜は、夏の夜空を見上げた。星が見える。東京の空にしては珍しく……星が、見えた。
ルミナリアの夜空を思い出した。千年ぶりに星が戻った聖都の空。セレスとルーナが並んで飛んでいた、あの夜空。
ゲームの星も、現実の星も──同じ星だ。
歩き出した。駅のホームへ。明日は、カレンのレベル上げの続きだ。
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