《聖王の回廊》
二つの試練をクリアしたことで、正面の道──聖王の回廊が開いた。
【信の試練:聖王の回廊。──この先に、聖王カレンがいます】
「信の試練……力でも知でもなく、信か」ゼクスが呟いた。
「何を信じるかの試練だろうか」
「考えすぎだよ、ゼクスさん。きっと、行けばわかるはず」ハルが先に歩き出した。
「そうか……だといいがな」
聖王の回廊は、長かった。
ただの直線の廊下。モンスターもいない。罠もない。ただ歩いていくだけで、セレスが退屈そうにトワの肩の上で足をぶらぶらさせている。
「トワ。ながい」
「ああ、そうだな」
「おやつ、たべていい?」
「まあ……いいんじゃないか」
「ほら、トワも、おやつ」
「歩きながら食べさせるな」
「じゃあ、とまって、たべる」
「止まらない、歩く」
「じゃあ、あるきながらたべる」
「……最初に戻ったぞ」
壁にステンドグラスが連なっている。
最初のステンドグラス。──若い旅人が、杖を持って歩いている。笑顔で、世界を旅している。
「これ、カレンだ」セレスが言った。「わかい、カレン」
次のステンドグラス。旅人が仲間と歩いている。旅人と、聖女と、老人と。三人の旅。
「聖女は、きっと西の楔を守っていた彼女のことだろう。老人は……ヴィアか」
「三人の旅……トワさんと、セレスちゃんと、わたしみたいですね」タマキが呟いた。
「セレスだけじゃない、ルーナもいる」
「そうでしたね、ルーナちゃんもいます!」
「でも、セレスとルーナは、にんずーにはいらない。せーれーだから。トワのいちぶ」
「師匠! わたしも、師匠の一部ですよ!」
「それは流石に無理があるんじゃないか……?」
旅人が世界の全てを踏破する。地図が完成する。でも、地図の端に、黒い点がある。
旅人が黒い点に近づく、深淵。手を伸ばす。仲間が止めようとしている。だが旅人は──
ステンドグラスの旅人の表情が……変わった。笑顔が消えて、恐怖に染まっている。
「トワ。──このさき、きになる」セレスがステンドグラスを見上げている。
旅人が王冠を被っている。白い鎧、光の国の王。しかし目が、怯えている。
王が国を光で満たす、影を消す、記憶を消す、住人が笑顔になる。でも王だけが、笑ってない。
王が大聖堂に入る。扉を閉じる。鍵をかける。──一人になる。
最後のステンドグラス。王が一人で、小さな部屋に座っている。周囲には誰もいない。壁に手をついている。──泣いている。
セレスがおやつを握ったまま、じっと見つめていた。
「カレン……ないてる。ひとりで、ないてる。──セレスも、ソルシアでひとりだったとき、ないた。おなじかお」
「大丈夫だよ、今はもう一人じゃないから」
ルーナが影の中から顔だけをにょきっと出す。セレスはえへへと笑う。
「カレンさんの人生が……全部描いてあるみたいですね」タマキが顔を俯かせた。
「自分の人生を、誰にも見られない場所に──」アストレアが目を伏せた。
「いや、違う……これはきっと、見てほしかったんだろう」
トワの言葉に、全員がはっと顔を上げた。
「カレンは、誰かにこの絵を見てほしかった。自分が何をしたか、なぜこうなったか。理解してほしかった。だから大聖堂に残した……千年間、誰も来なくても」
回廊の先に扉が見えた。あと五十メートルほど。
そのとき──大聖堂に異変が起きた。
足元が揺れる。天井が軋む。ステンドグラスに亀裂が入る。
「地震──じゃないよな」
ゼクスが身構える。建物全体が獣みたいな唸りの音を発して、足元の石畳が振動し始めた。
システムメッセージが表示された。──赤い文字。
【──警告──】
【大聖堂管理システム:異常を検知しました】
【未認可の侵入者が聖王の回廊に到達しました】
【──最終防衛機構を起動します──】
「トワ。──セレス、かんじる。このシステム──カレンがうごかしてない。べつのなにかが、あやつってる」
「なに……? 別の何かとは、いったい──」
言い終わる前に、床が動いた。
石畳の床が、巨大な歯車のように回転を始めた。足元が滑る。六人が立っている区画が──三つに分割され、ゆっくりと回り始めた。
「うわっ──! 床が──!」
ハルがバランスを崩し、タマキにぶつかった。
「ハルちゃん重いです──!」
「ごめんなさい──って、わたしそんなに重くないですよ!?」
「二人とも、今それどころじゃないだろ!」
床だけじゃない。壁が横にスライドして、天井が回転し、階段が持ち上がり──大聖堂が、巨大な立体パズルのように組み換わっていく。
部屋と廊下と階段が──がちゃがちゃと位置を入れ替えている。ルービックキューブの内側にいるような感覚。
トワ、セレス、ゼクスが乗っている区画が下に沈んだ。大聖堂の深層へと引きずり込まれていく。
「トワさん──!」タマキが手を伸ばした。だが壁がせり上がり、視界が遮られた。
アストレア、タマキ、ハルの区画は──横にスライドし、大聖堂の側廊に繋がった。
回転が止まった時──大聖堂の構造は完全に別物になっていた。
◇
下層。トワ、セレス、ルーナ、ゼクス。
暗い通路に立っていた。ステンドグラスの光が届かない。──そして壁が脈動している。ドクン、ドクン。心臓の鼓動みたいに。
「分断されたか」ゼクスが通路を確認した。「上に戻る道はない。──下に進むしかないようだ」
「管理システムが暴走している。──だが、セレスが言うには、カレンの意志じゃない。別の何かがシステムを操っているようだが……」と、トワ。
「カレンの意志とシステムの意志が──矛盾している? カレンは『来い』と言ったのに、システムは排除しようとしているのか」いぶかしむゼクス。
「トワ。このシステムのうごき──カレンのにおいじゃない。もっと──つめたい」
冷たい──【闇】。
「まさか大聖堂の管理システムに、【闇】が侵入しているのか?」
「まだわからない。でも──つめたいのは、まちがいない」
ルーナが影の中から声を出した。
「わたしも感じる。この建物の奥に──冷たいものがある。わたしが千年間浸されていたのと、同じ冷たさ……」
「ルーナまで言うなら……間違いないな」
二人と二精霊で通路を進む。壁の脈動が──強くなっていく。
「ところで、セレス」ゼクスが歩きながら聞いた。
「なに」
「さっきのおやつ、結局食べたのか?」
「たべた。でも、さいきん、トワきびしい。ぜんぶたべると、おこる」
「ダメだよ、セレス。おやつもおかねがかかってるんだからね」
「わかってる。だから、バレないうちに、ぜんぶたべた」
「……」
「おい精霊。そんなことを言ったら、全部バレないか?」
「あ」
「……」
「セレス。あれだけあったおやつ、全部食べたのか? 怒らないから、正直に言え」
「たべました」
「こら、セレス~!」
「どーしてルーナがおこるの。セレス、むざい」
「まあ……たまになら大目にみるが……ほどほどにしてくれよ、頼むぞ」
「トワ。お前らは、いつもこうなのか?」
「いつもだな」
「いつもですね」
「いつも」
「そうか……」
ゼクスのため息だけが通路に響いた。
◇
上層・側廊。アストレア、タマキ、ハル、シロ。
「今頃……あっちはどうなっているんでしょうか。トワさんと、連絡を取ってみますね」
タマキがチャットで確認した。
「ダメです……大聖堂の内部ではチャットが遮断されてます。外にも繋がりません」
「完全に分断されちゃいましたね」
「シロがこっちにいるのは予定外だけど──」ハルがシロの頭を撫でた。「シロ、あなた狙ってこっちに来たでしょ」
「どうして、シロがこっちに来たがってると分かったんだ?」アストレアの問い。
「それは……えへへ、ちょっと……面倒を見ていたので」
ハルがインベントリからドッグフードを取り出し、床にまいた。
シロは嬉しそうに飛びついた。なんと、取ってこい用の骨まである。
「なんだか……ペットみたいですね」
「こら、清き光の狼が、ペットに成り下がってはダメだろう。白狼よ、尊厳を取り戻すのだ!」
アストレアがお説教をする。
シロは首を傾げた。知らんぷりの顔だ。
「犬って、こういう時だけ都合よくわからないフリするんだよね」
「シロは犬じゃないですよ。光の白狼さんです」ハルがフォローした。
「見るからにわんちゃんだと思うけど……光の白狼も、都合よくわからないフリをするの?」
シロが再び尻尾を振った。肯定とも否定とも取れる、絶妙な態度。
「まあいいです。四人──いえ三人と一匹で、進みましょう」
アストレアが聖剣ルミナスに光を灯し、薄暗い側廊を照らした。
「トワさんなら、向こう側でも大丈夫。わたしたちはわたしたちのやり方で、合流地点を見つけます」
通路を進む。壁に管理システムの自動メッセージが刻まれている。
【警告:この区画は管理システムの制御下にあります。速やかに退去してください】
「退去してくださいって言われても……出口もないし……」タマキが苦笑いした。
「『退去してください』って、こんな丁寧な追い出し方するシステム初めて見ました」ハルが呆れた。
「カレン王が設定したからかな。──元旅人だし、礼儀正しいのかも」
「礼儀正しく追い出されても、困るんですけど……」
通路の先に──広間が見えた。そこに何かがいる。白い光。
「来ましたね。──準備しましょう」
アストレアが剣を構えた。タマキが薬の瓶を確認した。ハルが杖を握った。シロが低く唸った。
トワのいない戦い。──でも、一人じゃない。




