《パンと薬と》
翌日。
エリーのパン屋に行くと──行列ができていた。
プレイヤーの行列だ。
「えっ」
「トワさん! エリーさんのパン、ステータスバフがつくって、本当ですか!?」
「情報が速いな……」
昨日トワがルーチェ草を渡したことで、エリーが新しいパンを焼けるようになった。そのパンがなんと──バフ付きの食事アイテムだった。
【ルーチェのパン:食べると光耐性+15%。持続時間20分】
タマキの光砂のスープ(光耐性+30%)には劣るが、素材が簡単に手に入るルーチェ草だけで作れるため、大量生産が可能。一般プレイヤーでも、手軽に光耐性を得られる。
「このパン、砂漠の攻略がめちゃくちゃ楽になるんですよ!」
「エリーさん神!」
「トワさんがNPCに材料を渡したから、このパンが解放されたんだって?」
「友好度上げでレシピが解放されるシステムか!」
エリーが嬉しそうに、忙しそうに、パンを焼いている。笑顔は──もう定型文の笑顔ではなかった。パンを焼く喜びで笑っている。
「旅人さん! あなたのぶん、取っておいたわよ! ほら、焼きたて!」
「ありがとう、早速食べるよ」
トワが焼きたてのパンを受け取ると、セレスが即座に手を伸ばした。
「トワ、はんぶん」
「お前は自分のぶんを買え」
「おかねない」
「……」
「おかね、ない」
パンを半分にちぎってセレスに渡した。セレスがもぐもぐ食べる。
「おいしい。──エリー、パンじょーず」
行列のプレイヤーたちが、セレスを見て和んでいる。
「セレスちゃんだ……可愛い……」
「本物って、あんなに可愛いんだな」
「肩に乗ってパン食べてるぞ……」
「あの精霊、うちのパーティにも来てくれないかな」
「無理だろ。トワ専属だぞ」
シロが行列の横でお座りして、尻尾を振っている。プレイヤーの一人が「わんこもいるの!?」と声を上げた。
トワはパンを食べながら、聖都の大通りを歩いた。パンを買うプレイヤーの行列。武器屋で装備を見ているプレイヤー。NPCに話しかけて友好度を上げようとしているプレイヤー。
聖都が──賑わい始めている。NPCの友好度を上げる動きが、トワ以外のプレイヤーにも広がっている。
「トワさんの真似して、俺もNPCに果物渡してみたんですけど──反応がありましたよ!」
「マジで? 俺のNPCはまだ定型文だけど……」
「根気だよ根気。トワさんは、始まりの町で二年やったんだぞ」
「二年!? 無理無理!」
「だから『トワさん』なんだよ」
トップランカーが切り開いた道を、後続のプレイヤーが歩いていく。攻略情報が共有され、コミュニティが育っていく。
これもまた、旅の形か。
トワがひとりでに満足していると、タマキが走ってきた。
「トワさん! 大変です! 薬屋のNPCの友好度が5/10になったら──新しい調合台が解放されました!」
「調合台?」
「ルミナリア固有の調合台です! 光の素材を使った高位の薬が作れるようになるみたいです! ──しかも、わたし以外の薬師プレイヤーも使えます!」
タマキの友好度上げが──薬師プレイヤー全体への恩恵になった。
「やった! タマキさん、まじでありがとう!」近くにいた薬師プレイヤーが頭を下げる。
「えへへ──みんなで使ってください!」
「タマキさん、神……」
「神って言われちゃった」
タマキが照れている。
トワが横で見ていた。
「お前──いつの間にNPCだけでなく、プレイヤーからも慕われるようになったな」
「えっ、そうですか?」
「ソルシアの旅人の集いでも、お前の浄化薬は全員が使っていた。ここでもお前の友好度上げが、全プレイヤーの攻略を楽にしている」
「わたしは、トワさんの真似をしてるだけですよ。トワさんがNPCに話しかけ続けるのを見て、わたしもやってみようと思って」
「俺の真似じゃない、お前のやり方だ。──俺は武器屋や道具屋に通ったが、お前は薬屋に通った。そこが違う」
「……えへへ。また、褒められちゃった」
「事実を述べただけだ」
「事実で褒めてくれるの、久坂くんらしいです」
「ゲーム内でリアルの名前を出すな」
「あ。──トワさんらしいです」
幸いにも、トワのリアルネームは誰にも聞かれていなかった。
◇
その夜、月光のオアシスで全員が集まっていた。ヴィアも一緒だ。
ヴィアの友好度が5/10に達し、新しい情報を教えてくれた。
「大聖堂の障壁を完全に消すには……聖都の住人の友好度を、合計で一定値に達する必要がある。一人だけ高くてもダメだ。多くの住人と、信頼関係を築かなければならない」
「一人でやると膨大な時間がかかりますね、師匠……」
「でも、今聖都には他のプレイヤーもいる。全員でNPCに話しかければ──」
「トワさん。それ──レイドじゃないですか? レイドボスを倒すんじゃなくて、レイド規模でNPCの友好度を上げる。──まさに、友好度レイドです」
ハルの言葉に、全員が目を丸くした。
「友好度レイド。──面白い表現だな」ゼクスが笑った。
「でも、実質的にはそうですよ。大聖堂への道を開くために、大勢のプレイヤーが協力してNPCと交流する。──ボスを殴るんじゃなくて、街の住人と仲良くなるレイド」
「聞いたことがないな、そんなレイドは」アストレアが微笑んだ。
「やろう。──フォーラムに呼びかける」
「えっ、トワさんがフォーラムに書くんですか!?」ハルが驚きを隠せない。
「書かない。──蓮に頼む」
トワ:「蓮。頼みがあるんだが、フォーラムに投稿してくれ」
オーレン:「珍しいな、お前が……で、内容は?」
トワ:「聖都ルクスの住人の友好度を上げれば、大聖堂への道が開く。一人では足りない。プレイヤー全員で──聖都のNPCと仲良くなってくれ」
オーレン:「……友好度レイドか。お前らしい。──書くよ」
オーレンの協力あって、この後直ぐに、その試みは実施された。




