《笑顔の街》
聖都ルクス。
城壁の内側に広がる白い街は、綺麗だった。
白い石造りの建物が並んでいて、広い大通りに花壇が等間隔に配置されて、噴水が透明な水を吹き上げている。道にゴミ一つない、壁に汚れ一つない、建物に傷一つない。
完璧だった。──完璧すぎた。
NPCの住人たちが歩いている。全員が、笑顔だった。
「こんにちは! 良い天気ですね!」
「こんにちは! 良い天気ですね!」
「こんにちは! 良い天気ですね!」
すれ違う住人が、全員同じ挨拶をした。同じ声の調子、同じ笑顔、同じ言葉。
「……気色悪いな」ゼクスが睨み付けながら言った。
「全員が、同じことを言ってる……」ハルが背筋を震わせた。
脱走兵のラグナが隣で言った。
「言っただろう。──目が死んでいる。笑顔だが、中身がない。名前を聞いても答えない。過去を聞いても答えない。全員が『こんにちは!良い天気ですね!』しか言わないんだ」
冬夜は【見聞録】でNPCを解析した。
【聖都の住人 Lv? ──NPC(非戦闘型)】
【友好度:0/10】
【状態異常:「記憶封印」──全ての個人記憶が封印されています。名前、経歴、感情、意志──全て】
【記憶封印】
状態異常として表示されている。──つまり、治せる可能性がある。
「タマキ。この状態異常──浄化薬で解除できそうか」
「見てみます」
タマキがNPCの一人に近づき、【陽光のポーション】を手渡した。NPCが笑顔のまま受け取り、飲んだ。
一瞬──NPCの目に、光が戻った。
「あ……ここは……わたし、は──」
だがすぐに目が曇り、笑顔に戻った。
「こんにちは! 良い天気ですね!」
「一瞬だけ戻って……でも、すぐに戻されました」タマキが唇を噛んだ。「【記憶封印】が強すぎます。陽光のポーションでは、一瞬しか……」
「一瞬でも戻るなら、手がかりにはなる。──だが、今の段階では無理だ」
「さっき、『助けて』って顔してた。わたし、見ました。あのNPCさん──苦しんでます」
タマキは怒りと正義感を込めて、宣言した。
「わたし、この人たちを治す薬を──必ず作ります」
◇
聖都ルクスの探索を始めた。
街は広い。中央に大通りが走り、左右に住宅区画、商業区画、工房区画が広がっている。最奥に巨大な白い建物が見える。光の大聖堂。カレンがいる場所だろう。
だが、大聖堂への直通路は封鎖されていた。光の障壁が道を塞いでいる。
【光の障壁:聖都の信頼度が一定以上にならないと通過できません】
「信頼度?」ハルが首を傾げた。
「聖都のNPCとの友好度だ。──友好度を上げれば、障壁が解ける」
「でも、NPCは全員『こんにちは良い天気ですね』しか言わないですよ? 友好度の上げようがないじゃないですか」
「俺を誰だと思っている。──始まりの町のNPC全員の友好度をMAXにした男だ」
ゼクスがやれやれと首を振った。
「本当にやるのか? こんな状態のNPCの、友好度を上げるのか?」
「やる。──NPCは記憶を封印されているが、消えたわけじゃない。封印の下に、本来の人格がある。話しかけ続ければ、反応が変わる可能性がある」
始まりの町で二年間やったことと同じだ。毎日NPCに話しかけ、クエストをこなし、アイテムを渡し、関係を築く。──気が遠くなるほど地味な作業。だが冬夜は、それを七千時間やってきた。
最初のNPC。パン屋の女性。笑顔で「こんにちは! 良い天気ですね!」と言っている。
冬夜は──パン屋のカウンターに立った。
「パンをくれ」
「こんにちは! 良い天気ですね!」
「パンが欲しいんだ」
「こんにちは! 良い天気ですね!」
「パンを──」
「こんにちは! 良い天気ですね!」
「トワさん……同じ返事しか……」ハルが心配そうだ。
冬夜は、カウンターの上のパンを指差した。
「これは……お前が焼いたのか? よく焼けている、本当に美味しそうだ」
「こんにちは! 良い──」
NPCが一瞬だけ、言葉を止めた。
「──……天気ですね」
刹那の間。「良い」と「天気ですね」の間に、ほんの僅かな空白があった。
トワは見逃さなかった。
冬夜はアイテムストレージからオアシスの果物を取り出し、カウンターに置いた。
「これを使って、新しいパンを焼けないか? 俺は旅人だ。いろんな場所の食材を持っている」
NPCの目が──果物に向いた。笑顔のまま。だが──目が。
【パン屋の住人の友好度が上昇しました:0/10 → 1/10】
「こん……にちは……その果物……見たことない……けど……いい、匂い……で……」
そして、声が変わった。定型文ではない。途切れ途切れだが──自分の言葉で話している。
「やっぱりな……封印の下に人格がある。──話しかけ続ければ、反応する」
「師匠の友好度上げ──ここでも通用するんだ……」
「通用しないNPCはいない。どんな世界でも、話しかけ続ければ、誰かが答えてくれる」
トワは次のNPCに向かった。武器屋。道具屋。宿屋。鍛冶屋。──一人ずつ、話しかけていく。果物を渡し、質問をし、反応を探る。
一軒ずつ。一人ずつ。
始まりの町で二年間やったことを──聖都ルクスで、もう一度。
◇
三時間後。聖都のNPC十二人の友好度を1/10にした。
「三時間で十二人……。始まりの町では、何日かかりましたか?」ハルが聞いた。
「最初の一人に友好度1をもらうのに、三ヶ月かかった」
「三ヶ月!?」
「あの頃は、友好度の仕組みすら知らなかった。──今は、わかっている。NPCが、何を求めているか。何に反応するか。七千時間の経験がある」
友好度1/10のNPCたちは、定型文の合間に──ほんの少しだけ、自分の言葉を話すようになった。
「この街は……いつから、こうなんだろう……もう、覚えてない……」
「パンを焼くのが……好きだった気がする……でも、思い出せない……」
「あなたは……外から来たの? 外って……あるの?」
断片的な言葉。記憶が完全には戻っていない。だが──封印の下から、声が漏れ始めている。
「トワ。このひとたち──たすけられる?」セレスが肩の上で聞いた。
「記憶封印を解く方法を見つけなければならない。──タマキの薬では一瞬しか持たなかった。もっと強い薬か、別のアプローチが必要だ」
「【記憶干渉】の第三段階は?」
「消された記憶を復元する力。──だがルーナの時は、セレスの記憶があったから書き込めた。ここのNPCの記憶は──俺もセレスも知らない。書き込む元がない」
「じゃあ──NPCじしんのきおくを、ふういんのしたから、ひっぱりだす?」
「それができればいいが、今の記憶干渉のレベルでは、カレンの封印を突破できるかわからない」
課題が見えた。
聖都のNPCを救うには──記憶封印を解く方法を見つける必要がある。




