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『katharsis』探偵事務所  作者: 成橋 阿樹
第二章 悲劇を喜劇に
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第18話 明かされる過去

「探偵に向いているヤツって、諦めが悪いヤツなんだな。中川 ユウ……お前みたいにな」


 ニヤリと見せる九埜の笑みに、僕は呆れた溜息をつくと答える。

「ただ単に諦めが悪いってだけでは決められないだろ」

「そうだな……」

 九埜は、ふうっと思いを吐き出すようにも長く息をつくと、言葉を続けた。


「俺は、依頼人に諦めさせる為に諦めなかったのかもな……まあ、それが意地であったとは言わないが。お前たちは依頼人が納得する為に諦めない。その違いが結果を分けるって事だろ」

「そうやって……分かってるのになんでだよ……」

 こうして探偵を続けてきたんだ。九埜は分かっていない訳じゃない。

 それなのに、自分の事でさえ俯瞰的に見るように、やはり何処か他人事ではあるが。

 何か吹っ切れたようにも、その表情からは緊張したような鋭さが消えていた。


 九埜の悲しげにも見える目に、うっすらと笑みが浮かんだ。

「……九埜」

「どうせ耳に入っているんだろ、俺が探偵を辞めて探偵に戻ったって事」

「……ああ。探偵に戻った今は、以前とは真逆だって話もね……」

「真逆……はは。そうだな」

「依頼人を信じ過ぎたって……そう聞いたよ」

「信じ過ぎた……? それは少し違うな」

「違うって……なんだよ……?」

 九埜は苦笑を漏らすと、ふうっと息をつき、話を始めた。

 それは、今の九埜になる前の、九埜に変化を(もたら)した依頼の話だった。


「初めて受けた依頼な訳じゃない。それなりの経験を積んで受けた依頼だ。その依頼は素行調査……依頼人は相手を信用する為だと言っていたが、そもそも疑念がある相手を信用するに、第三者の手を借りる事自体、疑念が消える事はないと言っているようなもんだ。疑念の確信を得たいだけ……そう感じたよ。だが……それはそれで依頼だろ」

「ああ……それは分かるよ」

 素行調査は疑念を払拭させるのが目的な訳でもない。真実を突き止めるだけであって、調査対象に対してその後、どう接するかは依頼人次第だ。

 それが疑念の確信を得る事になっても、それは依頼結果であり、真実だ。

「それでもな……探すんだよ。淡々と依頼人が望むものを……ね……?」

 淡々……。

 意味ありげな言い方に、僕は眉を顰める。


 九埜は、納得しない僕の表情を見て、補足するようにも言葉を続けた。

「望む結果が出るまで探すんだ。調査期間を延長してまでもな。疑惑の確信を得たい為……それは間違いじゃなかったよ。真実を真実だと断定出来るのは、その存在行動あっての事……そもそも、そう長期間の調査など、通常は依頼されない。況してや素行調査なら数ヶ月も掛けなくても分かって来るだろ。人探しにしたって、ある程度の期間で見つけられなければ、一旦はそこで終了する。まあ……調査プランの問題もあるが、長引けば長引く程、費用が掛かるからな。それでも探すんだよ。人の行動なんか、ある程度でもルーティーンがなければ予測なんか出来ない。だが……」

 真剣な目を向け、九埜は僕にこう言った。


「探偵の行動は予測出来るんだよ」


 九埜のその言葉に、僕は小さく息を飲んだ。

 頭の中で、九埜の言葉を繰り返す。

 探偵の行動は……予測出来る。咄嗟に否定出来なかった事が、自分自身で納得している事に気づく。

「それって……」

 気づく事はあったが、上手く言葉に出来ずに声が止まった。

 それは今までの過程で、九埜が僕たちに間接的にも接触して来た事にある事実だ。

 だからといって、九埜が、僕が探偵だからという訳じゃない。

 今、はっきりと言える事、何に繋がるかは……。


「それが……調査対象に気づかれた時って話か……」


 九埜がその事を深く気にしている事は、九埜がその話をした時にも感じていた。

 後悔している訳じゃなく、腹立だしく思っているんだ。

 それは相手にも……自分に対してもだ。

 だけど、その腹立だしさを遠目に見ている。考えれば考える程に後悔に繋がるからだ。自分を追い込む事にも納得がいかない。


『調査対象に接触する前に気づかれた時、何処までの真実を語れる?』


 九埜……あの時、口にしたその言葉は、言葉不足だよ。



 九埜は、返答の代わりにふっと笑みを漏らした。

 そして、寂しげにも見える表情で、こう言った。


「探偵が秘密を守っても、依頼人が秘密にするとは限らないって事だ」


 九埜の言う事は無い話じゃない。

 相手を牽制する為に探偵を雇ったと口にしてしまう依頼人はいない訳じゃない。

 それは、依頼する前に言ってしまう事もある。

 感情の波に押されて、宣戦布告かのようにも告げてしまうんだ。

 そして、実際に探偵に依頼したとしても、調査対象は既に警戒している。依頼した後に言ってしまったなら尚更だ。


「……だから……話したと……?」

「話したというより、調査対象の言ってくる話を認めたってところかな……」

「認めたって……それじゃあ……」

「はは。どっちが探偵か分からないだろ? 向いてないと思ったね……それ以前に、先に進むのを諦めたんだよ。面倒になった‥‥それだけかな」

「それでも戻ったのは、許せなかったからなのか? 探偵も、依頼人も、調査対象も」

「……どうかな」

「惚けるなよ。なんの思いもないのに、戻る訳ないだろ」

「思いなんてある訳ないだろ」

 九埜はハッと息を短く吐き出して、呆れた顔を見せる。

「九埜……」

「前にも言っただろ……自分の能力に適応出来るもんが仕事になるってさ。まあ……そうは言ったって本当のところは、自分の選択肢にそれしか浮かばなかったってだけだ。経験のある仕事に傾くのは、本当にそれがやりたいか、一から覚える必要がないと楽したいかだろ……それなら俺は後者だよ」

「仕事内容を覚えていたって、この仕事は決して楽じゃないだろ」

「ああ、楽じゃないよ……だが」


 今の九埜を見ていると、以前の自分を見ているようだ。

 忙しいのに退屈で、心にぽっかりと穴が空いている。

 不満であるのに何が不満なのかはっきり出来なくて、何処か諦めを感じていた。

 だから……。


 九埜が口にする言葉が、なんだか切なくも胸に沁みて。

 あの時の僕の空虚感は、こういう事だったのかと思ってしまった。



「初めは早く覚えようと必死で、出来るようになっていく事に向上心が高まっていった。経験も増え、出来る事が当たり前になっていくと向上心は薄れていき、ただやればいいだけだと事務的になるんだよ……そこに感情なんて必要ないだろ……」

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