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『katharsis』探偵事務所  作者: 成橋 阿樹
第二章 悲劇を喜劇に
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第17話 明かせない真実

 そう広くはなかったが、事務所の中はいたって普通だ。

 はっきりと見せたくない為か、照明は少し落としてあり、薄暗かったが整然としているのは分かった。

 殺風景な程に整然としている。


「……懐かしいね」

 杜嵜 新は、そう静かに呟き、依頼人との相談スペースの椅子にそっと触れた。

 きっとそこに自分がよく座って依頼人と話をしていたのだろう。

 だけど……なんだか……この様子……。


 僕は、事務所内を見回す。


「どうした? ユウ」

 僕の様子に亮二さんが小声で訊く。

「うん……」

 違和感があったが、それが何かがうまく掴めない。

 ただ……なんだかやっぱり……整然とし過ぎている。それでいて何か足りないような……。


 瞭良さんが僕の隣に立つと、杜嵜 新と伯羽の様子を見ながらポツリと呟くように言った。

「回線が無いんスよ、ここ」

「……ああ……そういう事か……」

 僕は納得する。

 瞭良さんはスマホを取り出し、僕に見せた。

「だからネット環境も整っていない。情報が大事だって割にはね。ね? ネットワーク、全然入ってきてないでしょ。一個も入ってきてないって事は、この辺、何処もそうみたいだね。まあ……住んでいる人も少ないみたいだけど、おそらく、住んでいるのはあの時現れた、今ここに顔を出していない残りの奴らってとこっスかね、亮二さん」

「だろうな」

「という事は、彼らが近辺情報を担ってるって訳っスか」

「ふん……まるで忍びだな」

「はは。面白い冗談っスね、亮二さん」

「なに言ってんだ、本気で言ってんだよ」

「またまたー。亮二さん、なにか知ってるっスね?」

 亮二さんは、僕を間に瞭良さんにニヤリと笑みを見せて言った。


「ああ。杜嵜 新が……ね?」



 椅子に座った杜嵜 新に杜嵜が詰め寄る。

「……どういうつもりだ、親父」

「まあ……座れ」

 杜嵜 新は向かいの椅子を勧めるが、杜嵜は座らなかった。

「座れ、緋色」

 強くも響いた新の声に、不機嫌に顔を歪めながらも緋色は座った。

「……なんだよ? 話があるのは俺の方だ、今更、父親ヅラして偉そうにするなよ。あんたの所為で俺たちがどれだけ迷惑を(こうむ)ったか、知らないなんて惚けるなよな」

「迷惑? 少しでも感謝というものはないのか?」

「感謝だって? なに言ってるんだ……」


 バンッと緋色がテーブルに両手を叩きつけ、椅子から立った。


「俺が探偵を辞める事になったのは、元々は親父の所為だろっ……!! 姉貴だって同じだ!」


 元々……って。

 僕の目線が九埜へと動く。

 事務所の端の方で、壁に背をもたれながら呆れたようにも溜息をついていた。

 僕と目線が合うと九埜は、壁から背を離れ、スッと事務所を出て行った。

「ユウ。追え」

 九埜が事務所を出た事に亮二さんも気づき、その言葉に僕は頷くと九埜の後を追った。



「九埜っ……!」

 僕の声になど足を止めはしない。逃げる気はないようだが、相手にするつもりもないのだろう。

 それもそうだ。

 九埜からしてみれば、僕に用はない。僕から聞く言葉にも耳を傾けはしないだろう。

 だけど僕には用がある。


「待てよっ……!!」

 僕は、九埜に追いつき、腕を掴んで止めた。

「……離せよ。もう……逃げも隠れもする気はないが……追われる理由もないだろ」

 そう言った九埜の声は、気弱くも沈んだような静かな声だった。


「逃げも隠れもしていた訳じゃないだろ……あんたはただ……」

 僕は、九埜から手を離し、向き合った。


「それが適応していると決めただけだ」


 真っ直ぐに向けた僕の目線から、九埜は苦笑すると目を逸らした。

 僕は、九埜の様子に目を向けながら言葉を続けた。


「そして間違ったんだよ。混ぜるものを間違ったんだ。その分量も材料もね」


「ふん……アブ・ジン・スキーにサンダー・クラップが俺に対しての皮肉か。だから俺が強い酒を好んでるって?」

「ああ、そうだよ」

「意味が分からないな。それがこの現状にどう繋がると言う?」

「本当に分からないのか。本当に説明が必要なのか? 違うだろう?」

 強くも響かせた声に、九埜はゆっくりと僕に目線を向けると答えた。


「そうだな……混ぜてはいけないものを混ぜた……俺が言えるのはそれだけだ」


「やっぱり分かってるんじゃないか。それが大部分だろ。杜嵜 緋色に対しても亮二さんに対しても、あんたは間違ったんだよ」

「はは……探偵なんて、どんな結果に繋がろうとも調査出来た分だけで報告書を纏めればそれで終わり……人のプライベートにわざわざ首突っ込んで、依頼人の為に、なんて慈善事業もいいところだ。調査すればする程に、なにが正しいのか分からなくなってくる。調査対象にだって言い分はあるって事だよ」

「だから自分で決めるって?」

「調査方法はこっちで決められるだろ」

「だけどそれは依頼内容から離れてる」

「知らなくていい事だってあるだろ。依頼が他とかち合ったなら尚更だ。互いに踏み込まれるのは避けたい部分もあるだろ」

「杜嵜 新が娘である神崎 瑠衣が、自分が諮問を務めていた時の現会長の息子である南条 幸一と交際していた事が、杜嵜 新にとって不都合だったって事をか?」

 僕のその言葉に、九埜の目がピクリと動いた。


「況してや、友人でもある伊織さんの事務所に姉弟揃って所属したとなれば状況は深刻だ。一方は弁護士、一方は探偵……真実を見つけるにも専門だ。事務所を見て分かったよ。だから僕たちを近づけさせたくなかったんだろ? 追い出されたなんて実際は事務所を伯羽に明け渡し、自分は身を隠していた。逃げも隠れもしないって、杜嵜 新が言うべき言葉だったね。瞭良さんが言っていたんだよ、住所も連絡先も変わっていないって。それなのに事務所には回線が無かった。おそらく早水さんは、それを不審に思って事務所をわざわざ訪ねたんだ。その連絡先は何処に繋がってるんだって事だよ。それは杜嵜 新だろ。そうまでして何を隠したかった? それとも何を守りたかったんだと訊いた方がいいか?」

「プライドだと言ったら笑えるか?」

 ニヤリと笑みを交えて言う九埜に、僕は呆れたようにも溜息をつく。

「そんなんだから亮二さんに言われるんだよ……」

「ふん……それが分からないようなら探偵に向いてないってやつか?」

「ああ、そうだよ」

「はは……ようやく分かった気がするよ……探偵に向いているヤツってさ……」


 九埜は、ふっと苦笑を漏らし、僕に目線を向けて言った。



「諦めが悪いヤツなんだな」

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