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たまごシンドローム

作者: 夜狩仁志

エブリスタの、三行だけの小説から長編小説まで100文字(三行程度)~8000文字。『超・妄想コンテスト』第195回テーマ「たまご」に投稿し作品です。


小説家になろうラジオ大賞5じゃないです。


 ―――今日の感染者数は135名です。続きまして今日の天気は……


 妻と息子の3人がそろった朝の食卓で、BGMの代わりとして流れるテレビのニュースはそう告げる。


 135人か……先週と比較して50人増加か。

 この数も、もう珍しくもなくなった。驚きもしない。

 季節が春になると、進学やら就職で環境や立場が変わり、精神が不安定になる人間が多いのだろう。

 その程度のことで病んでしまうとは、いつからこの国の人間は軟弱になったのだ?

 そのうち日本の総人口が卵に変わるのも時間の問題かもしれない。


「また増えてきましたね」

「そうだな」


「あなたも気をつけてください」

「俺が? そんなもんになるわけないじゃないか」


 気遣いで言ったであろう妻の言葉が、逆に俺を弱者扱いしているようで、癇に障る。


「それよりも太郎は、今度のテストはどうなんだ?」

「大丈夫だよ」


 高校二年目の息子は、俺の問いに素っ気なく答え、そのまま鞄を抱えると家を飛び出して行った。


 そろそろ俺も出勤の時間だ。


「行ってくる」

「いってらっしゃい。気をつけて……」


 何度も往復した自宅から駅までの道のりを、慣れた足取りで歩き進む。

 駅舎が見渡せる場所までやって来ると、いつもの様子とは違い、駅前は黒い頭の群衆で溢れかえっていた。


 どうやらホームに入れない様子だ。

 もしやと思いスマホで運行状況を確認してみれば、案の定、電車が止まっていやがった。


 理由はホーム上で卵シンドロームに陥った者が、線路上に転がり落ちてしまったことが原因のようだ。


 くそっ!!

 どこまでも迷惑な奴らなんだ!



 結局1時間遅れで出社した俺は、部下どもに愚痴をこぼす。


「課長、災難でしたね」

「まったくだ。最近の若い連中ときたら……」


 ちょっとしたストレスで、すぐに殻に閉じ込もうとしやがる。



『卵シンドローム』



 それは2年ほど前から、流行りだした奇病だ。

 人が突然巨大な卵となって転がるという、有史以来、記録にない実に奇妙で迷惑な症状だ。


 テレビのニュースやらワイドショーでは、胡散臭い医者やら心理学者がその奇病の原因について、連日ご高説を垂れている。

 しかし決定的な原因は、今もって判明されていない。

 ただ共通している点は、何らかの理由で心理的負荷がかかった者が、他人や社会から逃れたい、逃避したいと感じた時に突如としてなんの前触れもなく発症するということだった。

 それは日本国内だけの問題ではなく、世界規模で広がっていた。


 治療法は今のところ確立されていない。

 卵を無理に外から割ることも出来ない。

 この奇病が流行した初期の頃、家族の一人が卵になり、物理的に破壊しようと試みた結果、中にいたはずの人間はドロドロの液状化された状態で収まっており、赤黒く臭い液体が流れ出てきただけだった。


 迷惑な置物となった巨大な卵は、丁重に専門の医療機関に預けられ、管理するしかなかった。

 死亡したと判断されない限り、最大限の治療を施すというのが、この国のお決まりだった。もちろんその医療費だって、俺たち国民から捻出されているというのに。


 稀ではあるが、卵から生還する者も存在した。

 その者が後日語った体験談では、日ごろ抱えていた人間関係のストレスが原因で、気がついたら丸まって殻の中に納まっていたという。

 その中はとても静かで快適で、眠っているようだった、という。

 あまりにも心地よいため、自らの意志では殻を破ってまで外に出ようとはしない。

 その者は、ふと飼っていたペットのことを思いだし、そのことが心配になり自らの力で殻を破り脱出してきたという。


 実に迷惑な話だ。


 弱者が勝手に卵になる分には大いに結構なことではあるが、バスの運転手が突然卵になり事故を起こしたり、医者が手術中に卵になったりと、実害が現れ社会の問題となってきている。

 そうなる度に割を食うのは、真面目に働いてる俺たちのような人間だ。

 実にバカバカしい話である。

 ただでさえ労働力が減少しているというのに。

 卵に成り下がった人間を管理する保険料は、誰がまかなっているというのだ。

 そんな卵など全部破り捨てておけばよいものを。



 ――今日の感染者は234名です。



 ――――今日の感染者は548名です。



 日に日に増えていく卵シンドロームの感染者。


 俺は他人事と割り切って、淡々と変わらぬ毎日を過ごすだけ。


 しかしある日、遂にこの会社にも罹患者が現れた。


「課長! 大変です!! 田中が!!」

「なんだって!?」


 しかもよりによって、うちの部署の俺の部下。

 なぜ社内一人目の感染者が俺の部下なんだ?


 俺は部長や執行役員に呼び出され、尋問される。


 出勤途中の卵化。

 原因は?

 労災は?

 直近の勤務態度は?

 生活状況は?


 卵のように固く空っぽな頭の上役どもに拘束され、数時間後にようやく解放される。


 そんなことは俺の知ったことではない。

 卵化したあいつは要領も悪く成績も悪い、使えない人間だった。

 それよりも、それなりに頭数としては使えていた人間が卵になったため、通常の業務でさえ回らなくなった。

 連日続く過重労働。

 それは確実に俺の体を疲弊させていった。


 さらに俺の不幸は続く。


 ある日の朝のことだ。


「あなた、大変よ!」

「なんだ、朝っぱらから!」


 布団に入ったまま息子が卵になっていたのだった。


 すぐに救急車がやって来て、保健所の人間まで立ち会う。

 事件性がないか警察まで押し掛けてくる始末。


 近所は騒然とし、一瞬にして息子が卵化したことが広まっていく。

 俺はこの件の対応のため仕事を休まざるをえず、病院から学校、役所、保健所などを歩き回った。


 なんでこんなんことに。

 まさか我が家から……

 一家の恥さらしめ。


 俺は妻を責めた。


「子どものことは全てお前に任せていただろう! なんでこんなことになったんだ!」

「あなたこそ、仕事仕事で、子どもの事に無関心で!!」


 結果、息子は進路の悩みから卵になったと結論付けられた。


 これを機に毎日、家に帰っては妻と怒鳴り合う日々が続いた。


 俺は確実に精神を蝕んでいった。




 ある夕暮れ時、仕事帰りの会社人が駅から流れ出る。

 俺もその流れに乗って自宅へと向かう。


 疲れた。


 今日は家に帰って、すぐ横になって休もう。


 どいつもこいつも、俺の邪魔ばかりしやがって。

 俺の足を引っ張りやがって。


 足元に転がる小石が白い卵に見える。

 表情のないツルッとした顔で俺のことを見つめてきやがる。

 そして語りかけてくる。


「卵になれば楽になれるよ」と。


 ふざけるなよ。俺はそんなものに成り下がるわけない。

 そんなに弱くはない。

 なんで俺の方が引き籠らなければならないんだ。回りの連中が悪いんだ。


 見回せば、帰路を進む人間の顔が、真っ白いのっぺらぼうのように窪んでいやがる。

 それが血のような夕日により、不気味に赤く染まる。


 俺もこいつらのような、卵のような顔をしているのか?

 今にも死にそうな、個性のない無表情の卵の顔をしているのか?


 そう考えると、道行く人間の顔、全てが卵のように見えてくる。


 そんな異様な光景が、俺に一つの考えを抱かせる。


 人間誰しも、卵のようなものじゃないのか?

 ちょっと叩けば破れてしまう、薄い皮一つ被って自分を守っている。

 他人には決して自分を見せない。

 そうやって毎日をかろうじて生きている。

 だから、こいつらの顔は、みな卵のように個性が無いのだ。

 卵の殻の外面に描かれた愛想笑いの表情を、お互いに見せ合うことで、争うことを避けながら無難に、目立たないように、細々と生きているのだ。

 そうやって弱っちい自分も、他人も守っていく。


 大勢の卵人間が家へと戻っていく。

 ああ、この家もよく見れば卵の形をしている。

 大きな球体の中に吸い込まれるようにして帰っていく。


 これも立派な卵だ。

 外敵から身を守るための、卵人間が城主の小さな砦。

 中には温かい食事や寝床が待っていることだろう。


 今、横切って行った車も、卵にタイヤのついた乗り物だ。

 自分の意のままに動き回せる卵という名の乗り物。

 いわば、動く砦。

 誰にも傷つけられずに移動する便利な卵。

 その中にいれば自分の身の安全は保障されるわけだ。


 誰もが傷つくのを恐れ殻に閉じこもる。

 その中は平和で安全で傷つくことがない。


 この社会も、国も、地球も大きな卵だ。

 ここにいれば安全。

 無理して殻を破り、外に出る必要も、海外に行くことも、宇宙に離脱する必要もない。


 そんな考えを巡らす俺は なにかに蹴躓(けつまず)く。

 とっさに両手を差し出し、地面につく。


 四つん這いになった俺は、躓いたものを確認するも、そこにはなにも落ちてやしなかった。


 何もないところで足を取られるほど、俺は歳を取っちゃいないと自覚しながら、関節の痛む膝をついて立ち上がろうとする。


 ……がしかし、足が動かない。

 これはいったいどういうことだ?

 粘り気のあるアスファルトに接着し、まるで地面と一体化したように動かない。

 両手も同じようにして、全く貼り付いてて動かない。

 もがけばもがくほど体勢を崩し、ついには横たわってしまう。


 体がまるでいうことを効かない。

 連日のストレスが影響しているのか?


 そのうち体全体が硬直し、まったく筋肉を動かすことが出来なくなる。

 これは躓いたのではない。

 俺の足が固まって動かなくなったのだ。


 俺はその場に横たわったまま助けを叫ぶこともできずに、ただ地面を見つめるだけだった。

 そして俺の手はだんだん血の気が消え、青白くなり、しまいには紙のように薄く、そして硬くなっていった。

 やがて、厚紙のようになった俺の体のパーツは、まるで絵柄の無い真っ白いジグソーパズルのように組み合わさり、全身を包み込む。

 気がつけば俺は大きな卵の内側に漂っていた。


 ああ、これはいい……


 なんて心地よいのだ。


 静かで、


 温かく、


 柔らかい……


 外の喧騒と煩わしい人間の声は一切聞こえない。


 内部は電球色に照らされたような、温かみのあるオレンジ色の世界。


 痛みを感じていた体の節々も、最近悩まされてきた頭痛や胃痛もすっかり消え去り、痛覚の一切が消滅した。

 そもそも私の体は個体から液状化され、なにも感じることはなくなった。

 俺の物理的な肉体は消滅し、俺が俺たらしめているものは自我しかなくなった。


 ああ、これは実に良い。


 なぜ今まで気だ付かなかったのだろう。


 このままずっと、こうしていれば……


 なにも考える必要はない……


 全ての煩わしさから……


 解き放たれる……



 そうして俺は、


 一つの卵となった。

ご覧いただきありがとうございます。


小説家になろうラジオ大賞5の参加作品で「たまご」がテーマの作品

『無能な私、守護精のたまご 未だ孵化せず 』

は、下にリンク貼っておきますので、よろしければご覧下さい。



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なろうラジオ大賞5「たまご」

無能な私、守護精のたまご 未だ孵化せず



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