第90話 地下神殿と姫
村長に村の掟の話を聞いた日。
突如、部屋の中に赤い首飾りが現れた。
これが、村長だけに口伝で伝わる呪いに関係するものか、確信はない。
それでも「失踪者が失踪する前に拾っていた」という情報を得ていた俺は、これも重要な手掛かりの一つとして、赤い首飾りを拾った。
そうして首飾りを持って、森の奥へとその日のうちに出発したのだった。
(一体、何がどうなってるんだろうな……。)
俺は森を進みながら、失踪者の情報を整理していた。
まず、そもそも俺たちがこの村に来た理由は、黒衣の集団、魔王振興会が関わっているのではないかと考えたからだ。
魔王振興会は土地を枯らし、その影響で村一つが消滅した。
すべての住人の失踪によって。
エルミアルダから、他にも失踪者の相次ぐ村があると聞き、俺は魔王振興会の仕業かと疑った。
しかし、この村では魔王振興会は目撃されていない。
姿が見えないから関係がない、と決めつけるつもりはないが、どうやらこの村の失踪事件との関りは薄そうだ。
その代わりではないが、まったく違う原因によって失踪事件が引き起こされている可能性がある。
村の掟として、村長にだけ伝わっていた呪い。
村人だけに森の奥へ行くことを禁じるという、少々変わった掟だ。
余所者がどうなろうと構わないというスタンスかと思ったが、それだけでは現在の失踪者の理由とは、上手く結びつかないような気がした。
(まだまだ、俺の気づいていない要因がある。)
世界のすべてを知っているなどと言うつもりはないが、それでも思うように進まないティシヤ王国滅亡の調査に、俺は若干の苛立ちを感じていた。
頭の中で様々な可能性をぐるぐると考えながら、俺は黙ったまま森を進む。
そんな俺を、レインとベリローゼが心配そうに見つめていた。
「…………どうした?」
俺がそう聞くと、レインとベリローゼが言いにくそうに顔を見合わせる。
ちなみにピイは、今はベリローゼが抱いている。
どうも、この赤い首飾りを持っていると、ピイは俺の肩に乗るのが嫌らしい。
ついに、ピイにまで嫌われてしまったか。
何かを言いたげなレインとベリローゼを見て、俺は苦笑する。
「言いたいことがあるなら言え。進言なら、何を言っても罰したりはしないさ。…………多分な。」
最後に、少しだけ不安になるようなことを付け足す。
その言い方に、俺らしさを感じたのか、レインも苦笑する。
……が、すぐに真剣な表情になった。
「ちょっと、思い詰めすぎなんじゃないかなって……。さすがに、それは無茶がすぎるわよ。」
そう言って、レインが俺の手の中の首飾りを指さす。
「どんな仕掛けがあるか分からないのよ? 罠かもしれないし。呪われるかもしれない物を、そんな風に拾ったりなんて……。」
「何だ、レインは呪い否定論者じゃなかったのか?」
「リコ! 私は真剣に!」
俺が揶揄うように言うと、レインがムキになって言い返してきた。
その剣幕に、俺は肩を竦める。
「冗談だ。言いたいことは分かるよ。」
「だったら――――!」
俺はレインを真っ直ぐに見て、首を振る。
「言ったろ? みすみす手掛かりを見逃しはしないって。たとえそれが、罠だろうとな。」
「でも……。」
俺が断言すると、レインが言い淀んだ。
そこに、ベリローゼが割り込む。
「リコ様。少し……焦り過ぎではないでしょうか。」
「焦る? 焦るに決まってるだろ。」
俺は、ベリローゼの意見を肯定した。
そうして、首飾りを持った手を、強く握り込む。
「もうすぐ、丸七年にもなるんだぞ? それなのに、ちっとも手掛かりが掴めない!」
これだけに専念していたわけではないので、仕方ない部分もある。
それでも、直接的な手掛かりは、今も何一つ無いのだ。
怪しいと思えるものも、今のところは魔王振興会しかない。
俺は、握り込んでいた手を開いた。
赤い首飾りは、ただそこにあるだけで、怪しく光ることも、変な“力”が滲み出ることもない。
本当に、ただの首飾りだった。
「…………こんな物でも、手掛かりになるなら、いくらでも漁ってやるさ。」
「リコ……。」
俺は二人を見る。
「言いたいことは分かった。だが、俺の方針は変わらない。」
それだけ言うと、俺は話を打ち切り、歩みを早める。
今は、一刻も早く、あの“力”の集まっていた場所に行きたかった。
■■■■■■
森の中で一泊し、更に森の奥に向かう。
かなりのハイペースで、俺は森の奥を目指して歩いていた。
そうして昼を過ぎ、あの場所が近くになり、俺は違和感を覚えていた。
「妙だな……。」
俺は立ち止まり、周囲の気配を探る。
「どうしたの?」
それまで足早に移動していた俺が立ち止まり、レインが声をかけてくる。
「魔物が出ない。」
俺がそう言うと、レインがきょとんとした顔になる。
「いいことじゃない。」
「いや、そうなんだけどな。」
レインの素直な感想に、思わず笑ってしまう。
「前回来た時は、何回戦闘があった?」
「何回って…………いちいち数えてないわよ。」
「二十一回です、レイン様。」
ベリローゼが、レインに教える。
いちいち数えてた人が、ここにいたよ。
「奥へ向かう時に六回。“力”の溜まった場所を探索している間に八回。帰途で七回。ゴブリンの集団が十三組で、総数は――――。」
「いやいやいや、そこまではいいから!」
戦闘回数だけではなく、その内訳まできっちり数えていたらしい。
有能つーか、もはや能力の無駄使いだな!
リソースの割き方間違ってんだろ!
「つまり、前回はあれだけ戦闘があったのに、今回は一回も魔物が出てこない。これは、ちょっと普通じゃない。」
「言われてみればそうね。」
俺が気にかかっていることが分かり、レインも頷く。
魔物が出ない。――――その理由は?
俺は手の中の首飾りをじっと見つめ、それからベリローゼに指示を出す。
「ベリローゼ、魔物を探せ。」
「わざわざ探すの!?」
俺の指示に、レインが驚いた声を上げる。
だが、ベリローゼはすぐに気配を探り始めた。
少しの間、じっと気配を探ると、左の方向を見る。
「少し離れていますが、気配があります。」
ベリローゼに頷き、俺はその方向に歩き出す。
「もう…………何なのよぉ。」
わざわざ魔物と遭遇しに行く俺に、レインが呆れたように言う。
そうしてしばらく歩いていると、ベリローゼが「あ……」と声を漏らす。
「どうした、ベリローゼ。」
「気配が遠ざかっています。」
「遠ざかってる?」
まあ、こちらの気配に気づいていないのなら、そういうこともあるか。
俺は逡巡し、二人に命じる。
「行くぞ。」
そう言って、やや早目の徒歩から、ジョギングのペースへと引き上げる。
「ちょっと、リコ! 本気!?」
本気で魔物と遭遇しようとする俺に、レインが呆れ果てたように言う。
それでも、俺がすでに移動を始めてしまったため、諦めて追いかけてくる。
しばらくジョギングペースで移動するが、魔物が見当たらない。
「これは……。」
ベリローゼの呟きが聞こえた。
「今度は何だ?」
「明らかに、我々から距離を取ろうとしています。」
そう言って、ベリローゼがいくつかの方向に視線を巡らせる。
「気配自体は、いくつかあります。ですが、いずれも我々から距離を取ろうとしています。まるで、その…………逃げているように。」
「やっぱりな。」
前回あれだけ魔物に遭遇したのに、今回まったく遭遇しなかった理由は、魔物が俺たちを避けていたのだ。
俺は、手の中の首飾りを見る。
「原因は、こいつか?」
「おそらく……。」
やはり、赤い首飾りはただの首飾りじゃない。
魔物さえ忌避する、何かがある。
(ある意味、便利アイテムか?)
これを持ってれば魔物に遭遇しませんよ、とか言えば、高く売れるか?
ターラッツォあたりに売りつけてみるか。
「どうするの、リコ?」
レインが軽く息を整えながら、確認してくる。
逃げる魔物を追って来たが、遭遇するまで追うのか、と。
「戻ろう。確認ができればそれでいい。」
俺の返答を聞き、レインがあからさまにほっとした。
一体、どこまで追いかけることになるのか、心配だったのだろう。
そうして“力”の集まる場所までやってきた。
“力”の流れから、もっとも集まっている場所を探る。
しかし、今度はその場所がすぐに分かった。
「さすがに、これにはちょっと呆れるな……。」
俺はその、大きな石を積み重ねたような祠を見上げ、呟く。
前回、散々この辺りを探索したのだ。
遠目にでもこんな祠があれば、調べないわけがない。
「招待状の無い方には、見えませんって?」
そう言って、手の中の赤い首飾りを見る。
前回見つけることのできなかった理由は、この首飾りを持っていなかったからか?
祠の周囲をぐるりと歩いてみる。
石を積み重ね、高さは五メートルくらいか。
奥行きは十メートルを優に超え、正面から奥に向かって傾斜がついている。
石には苔が生え、ツタなども絡みついていた。
正面に戻り、祠を覗き込む。
祠の中は暗く、奥が階段になっていて、地下へ向かっていた。
正に、RPGでよくあるダンジョンの入り口といった佇まいである。
「やっべ、笑っちゃうわ、これ。」
「何でよ!?」
あからさまに怪しい祠を前に、思わず笑いそうになってしまう俺に、レインが突っ込む。
だって、如何にもダンジョンなんだもん。
とりあえず、俺たちは夜光石を準備する。
夜光石は質の良い、光量の十分な物を使うことにした。
夜光石専用の小さなランタンにセットし、腰のベルトに取り付ける。
三人で、それぞれ同じ物を付け、準備完了。
「よし、行こう。」
「う、うん……。」
レインは若干びびり気味だ。
「フレイムロープ退治の時に、坑道の探索をしたことがあるだろ? やり方は同じようなものだ。」
あの時のことを思い出したのか、レインがこくんと頷く。
坑道を虱潰しに歩き、遭遇したフレイムロープを退治して回った。
坑道だろうとダンジョンだろうと、やることは一緒だ。
夜光石の光に浮かび上がった祠の中は、あまり広くない。
石造りの祠の内部には、長い年月を思わせる砂埃が積もっている。
そして――――。
「足跡があるな……。」
俺はしゃがみ込み、その足跡を観察する。
積もった砂埃には、はっきりと無数の足跡が残っていた。
数があり、重なったりしているので、ちょっと見ただけでは何人分かは分からないが。
だが、足跡を見ていて、すぐに気づいたことがある。
「全部、同じ方向……?」
「ああ。」
俺の後ろから見ていたレインも気づいたようだ。
そう、足跡はすべて奥の階段に向かっていた。
躊躇したように立ち止まった跡も、戻った跡も無い。
すべてが、真っ直ぐに階段に向かっている。
「入り口専用か?」
そんなことを呟き、自分で笑ってしまう。
そんなわけがない。
(戻った者がいない……。)
この祠に入り、戻れた者がいないことを、その足跡が教えてくれていた。
俺は立ち上がると、祠に足を踏み入れる。
(戻った者がいようといまいと、そんなことはどうでもいい。)
俺が祠に入ると、レイン、ベリローゼが続く。
祠の中は、外からの見た目より狭く、階段も横幅は二メートルくらいだ。
ここでの戦闘は、少々窮屈なものになるだろう。
俺は階段の手前に立ち、地下へ続く階段を見下ろす。
そこそこ傾斜がきつく、これは本当に戦闘には向かない環境だ。
そして、途中に踊り場などは無く、延々と地下へと続いていた。
「……随分と深いな。」
光の届く範囲では、地下室などは見えない。
ただただ、階段が続く。
「ベリローゼ。気配は頼む。」
「お任せください。」
「レイン、壁に触れるなよ。どんな仕掛けがあるか分かったもんじゃないからな。あと、なるべく足跡がある場所を踏むように。」
「う、うん……。」
俺は短剣を抜き、覚悟を決めて階段を下りて行った。
なるべく、すでに足跡のある場所を踏むようにして。
冒険物の映画などでは、踏んだ場所が沈み、罠が作動するのはお約束だ。
足跡が乱れた場所でもあれば、要注意。
その周辺には、何らかの足跡の乱れる原因がある可能性が高い。
しかし、そんな俺の懸念は現実のものとなることはなく、ひたすら階段は地下を下りていった。
“力”の流れも、地下に向かって流れている。
カツンカツン……、と石の階段と石の壁、石の天井に足音が反響する。
「一体、どれだけの深さがあるんだ?」
俺は立ち止まると一度振り返り、入ってきた祠の方を見上げる。
微かな明かりが入り込む入り口は、すでに遥か後方。
すでに百メートル以上も、俺たちは階段を下りている。
(…………転げ落ちたら、下手したら命がないだろ。)
何せ、踊り場がないのだ。
転げ落ちながら何とか体勢を立て直し、転落を止めないと怪我では済まない。
しかも、これだけ下りているというのに、まだ地階に到着しない。
さすがの俺も、これには少々不穏なものを感じてしまう。
(誰が、何のためにこんな物を造ったんだ?)
村長の話では、あの村が開拓されたのは二百年以上も前。
おそらくその頃か、もっと前に作られたのは確実だ。
この祠が、村人への「森の奥へ行くことを禁止する」という掟の理由だろう。
より正確に言えば、この階段を下りた先にあるもの、か。
その後も、俺たちは延々と階段を下りた。
結局、一度も踊り場はなく、さらに数百メートルも下りた所で、ようやく地階に到着した。
「こいつは……、何だ?」
俺は、目の前に広がる光景に、唖然としてしまう。
それは、神殿とでも言えばいいのか。
どうやって運び込んだのか見当もつかない、巨大な石を使い、神殿が建てられていた。
神殿の周辺にもいくつか建物があるが、こちらは石造りのごく普通の家屋だ。
地階は、相当な広さだった。
おそらく、天井までは五十メートルくらいはあるだろう。
巨大な地下空間に、巨大な神殿が建てられている。
その、想像すらしなかった巨大な建築物に、俺は息をするのも忘れ、茫然とする。
「…………どうやって、こんな巨大な石を運び込んだのでしょう?」
ベリローゼも、そこが気になるらしい。
俺たちが通ってきた階段と、神殿に使われている石を見比べる。
「もしかしたら、ここで調達したのかもな。」
ふと、そんなことが思い浮かぶ。
外から運べないなら、現地調達するしかない。
つまり、ここだ。
「ピイ……。」
ベリローゼに抱えられたピイが、不安げに鳴いた。
「足跡が、真っ直ぐ神殿に向かってるわね。」
レインが、地面に残された足跡を見て、呟く。
無数の足跡は、階段から真っ直ぐに神殿に向かっていた。
「…………どうやら、何かしらに操られたりしていたんだろうな。」
「え?」
俺の予想に、レインが声を漏らす。
「階段の前もそうだが、こんなの普通は立ち止まったりするだろう。躊躇ったり、迷ったり、神殿を見上げたりな。」
だが、足跡にはそうした痕跡は無い。
すべてが、ただただ真っ直ぐに進んでいる。
「大体、灯りがなきゃ階段を踏み外すことだってあるだろう? この地下空間だって、真っ暗なはずだ。みんながみんな、俺たちみたいに用意周到だったのか?」
俺はすでに、この残された足跡の主こそ、失踪者たちで間違いないと考えていた。
おそらく失踪者たちは、赤い首飾りに導かれて、この地下神殿にやってきたのだ。
まだまだ謎は多いが、俺たちの部屋に突如現れた赤い首飾りのことを考えれば、不可解な失踪事件の大まかな形が見えてくる。
失踪者たちが、事前にこの“力”の集まった場所に来たことがあるのかは分からない。
だが、何らかにより選別され、この赤い首飾りを拾わされたのだ。
そうして首飾りを拾った者が、森の奥までやってきて、祠に入った。
自前で灯りの用意をしていたかは不明だが、共通して「灯りを持ち出した」なんて話は聞いていない。
おそらくだが、灯りなど無しに、この地下までやってきたのだ。
そして、神殿に向かった。
「多分、何者かに操られてここまで来たはずだ。まともな精神状態じゃないだろうな。」
普通なら、途中の森の中で力尽きてもおかしくない。
魔物に襲われたりするからだ。
だが、赤い首飾りによって、魔物は近づかない。
そのため、全員がこの神殿まで辿り着いただろう。
「それじゃ、神殿にいるの? 失踪した人たちは?」
「いる、てのは表現としてはどうなんだろうな? 失踪は、初期でほぼ一年くらい前だ。一番近いものでも、二カ月くらい経ってる。」
水と食料さえあれば、まあ生きている可能性はある。
しかし、この神殿に導かれた者たちが、そこまで用意しているだろうか。
一年分、最低でも二カ月分だ。
祠を出た足跡が無い以上、自分たちで持ち込むか、予め用意されているかしかない。
そして、どちらも望み薄だろう。
「まあ、そんなことを話していてもしょうがない。」
俺は神殿を指さす。
「目の前に答えがあるんだ。答え合わせといこう。」
足跡を辿り、俺は神殿に向かって歩き出す。
レインとベリローゼが、それに続く。
地下空間は広く、夜光石の光の届く範囲を超えている。
それでも、十分な光量のおかげで、視界に不安はなかった。
神殿には、巨大な建築物にお似合いの、巨大なドアがあった。
荘厳。
重厚。
みだりに開けることを躊躇わせる、そんな雰囲気がある。
が、よく見ると、ドアは少し開いていた。
丁度、人ひとりが入り込める程度に。
俺はベルトに付けたランタンを、少し前に押し出す。
そうして、夜光石の灯りがドアの隙間から入りやすくする。
隙間に半歩入り、慎重に中を窺う。
気配はないが、何が潜んでいるか分からないので、全神経を集中する。
だが、神殿の中には誰もいなかった。
人も、魔物の類も。
「なかなか立派な神殿だな。」
神殿の中に入ると、周囲を観察しながら、ゆっくりと奥へと進む。
神殿の柱、壁、天井を見て、その構造に驚く。
まるで、巨大な大聖堂を思わせる造りだ。
かなりの建築技術がなければ、とてもではないが途中で崩壊するだろう。
これほどの神殿を、いつ、誰が建てたのか。
神殿を進むと、奥に祭壇のような物が見えた。
そして、“力”も祭壇に向かって流れているように感じる。
「……あの祭壇に答えがありそうだ。」
俺がそう言うと、レインが息を飲む気配がした。
俺は祭壇の向こう、神殿の奥に視線を向けた。
「よう来たの。待ちわびたぞ。」
その時、急に声がかけられた。
ギクリとし、咄嗟に短剣を構える。
人影が急に祭壇の横に現れ、こちらに向かって歩いていた。
(…………いつの間に、現れた!?)
先程祭壇に視線を向けた時にはいなかった。
いなかった、はずだ。
「リコ!」
「ピイピイ!」
レインが俺の前に立ち、盾を構える。
ベリローゼも俺の前に立ち、臨戦態勢だ。
ベリローゼに抱えられていたピイは、神殿の天井付近に避難する。
「さあ、早う。こちらへ来るが良い。」
しかし、その人影は俺たちの様子など構わず、明るい声でこちらに歩いてくる。
俺たちとその人影は、二十メートルほどの距離になった。
夜光石の光で、その人物の姿がはっきりと見えるようになる。
艶やかな、長く黒い髪。
聖職者というよりは、どこかのお姫様とでもいうような雰囲気だ。
赤いドレス。頭にはティアラが乗っていた。
腰の辺りで布が絞られ、身体の線がしっかりと分かる。
ぶっちゃけ、なかなかにグラマラスで美人さんだった。
「さあ、早く首飾りを付けておくれ。」
にっこりと微笑み、その女性が可愛らしく催促する。
女性の視線は、俺が首飾りを握り込んでいる左手に向かっていた。
俺が左手を開いて赤い首飾りを見せると、その女性は長く綺麗な首を見せるように、軽く上を向く。
ぞっとするほど異様だった。
このシチュエーションで、無邪気に首飾りをつけてくれとねだるなど、異常にもほどがある。
何より、なぜ首飾りを持っていることを知っている?
見知らぬ者が勝手に神殿に侵入しているというのに、そのことについて一言も言及してこない。
まるで、俺がここにいることが当たり前のように。
俺はごくりと喉を鳴らし、柔らかな笑みを零す女性をじっと凝視するのだった。




