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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第七章 ドワーフたちの救出

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第68話 ペットのケアは、飼い主の責任




「え……、えええええええええええええっ!? おま、ホーマーかよっっっ!?」


 三年前の、よく知る体形からあまりに変わり果てたホーマーの姿に、俺は思わず声を上げてしまった。

 そんな俺を見て、メッジスとウラコーが苦笑する。


「そういや、前は太ってたっけな。」

「俺たちは、今の痩せた姿で見慣れちまったから、すっかり忘れてたぜ。」


 俺が茫然とホーマーを見ていると、外の見張りをしていたレインとベリローゼが顔を見せる。


「どうしたの、リコ?」

「大丈夫ですか、リコ様。」

「あ、ああ……何でもない。ちょっと驚いただけだ。」


 本当は、ちょっとどころじゃないけどな。


「相変わらず、二人も一緒なんだな。」

「傭兵団を組んでるんだったか。」


 メッジスとウラコーが、レインたちを見て、軽く手を挙げる。

 レインとベリローゼも、軽く会釈して見張りに戻った。

 俺は、何とか驚きを鎮める。


「ま、まあ……ホーマーも無事で何よりだ。見た感じ、あまり無事とも言えないけど……。」

「いや、こいつは気が弱いだけだな。」

「帝都から逃げ出して、二~三カ月(にさんかげつ)はロクに食えなくなって、激痩せしたんだ。情けねえ……。」


 いきなりの逃亡生活に、精神的に追いつかなかったのだろう。

 心労により食事を食べられなくなり、どんどん痩せていったらしい。


「…………前は太り過ぎだったし、丁度いいんじゃないか?」

「リコ君まで!?」


 痩せたことを心配するどころか、良かったじゃないかと言う俺に、ホーマーがショックを受ける。

 どうやら、メッジスやウラコーにも、痩せて丁度いいと言われていたようだ。

 前に、カンザロスにも「痩せろ」って言われてたしな。

 リベルバースの塔で罠にかかった時は、ホーマーのために脱出するのに手間が増えたし。


「まあ、それはいいや。それで? これからどうするんだ? やっぱり町を出るのか?」

「いや……できれば、それは避けたいと思ってはいたんだ。」


 俺に会ってしまったため、教会に通報をされることを怖れたメッジスとウラコーは、町を出るべきだと考えた。

 しかし、そうするとカンザロスと合流するのに、手間がかかってしまう。

 できれば、あと二日三日で戻る予定のカンザロスを待ちたいと思っていたらしい。


 そこで俺は、一つ思いつく。


「……なあ。」

「ん? 何だ?」


 俺は、頭の中で考えをまとめながら、呼びかける。

 メッジスが、俺の雰囲気の変化を感じ取り、訝し気に返事をした。


「ちょっと…………手を貸してくれないか? 報酬は、多くは出せないんだけど。」

「どういうことだ?」


 俺が何を言っているのか分からず、ウラコーがやや警戒した声で尋ねる。

 そうして俺は、この町にやって来た理由を三人に話した。







「…………なるほどなあ。」


 俺は、捕らわれているドワーフたちを解放する計画を話した。

 そうしなければならない、理由も含めて。


「採鉱場で流された時に、そんなことがあったとはな。」


 俺の話を聞き、メッジスが真剣な表情で頷く。


「その時の恩を返したいってのは、悪い考えじゃねえな。」

「ああ。嫌いじゃねえぜ、そういうの。」

「立派な心掛けだと思いますよ、リコ君。」


 三人は、俺の考えに賛同してくれる。

 しかし……。


「けど、なあ?」

「俺たちも、追われる身だしよ?」

「そう……なんですよね。」


 やはり、自分たちの身の上を考えると、諸手を挙げて協力とはいかないようだ。


「それに、ドワーフか……。」


 ウラコーには、救出する対象がドワーフであることも、ネックのようだ。

 メッジスとウラコーは、ドワーフ族の信仰についても思うところがある。


「一つ疑問なんだけどさ、追われる身になってもアウズ教の信仰は変わらないのか?」

「当たり前だろうが。」

「何かの間違いでこんなことになっちまってるが、誤解が解ければ……。」


 メッジスとウラコーの意見に、ホーマーも頷く。

 だが、そこに俺は疑問を挟む。


「…………それ、本当に誤解なのか?」

「何だと……?」


 俺の言葉に、メッジスがやや剣呑な声で答える。

 ウラコーが、怒気を滲ませて俺を睨む。


「誤解じゃなきゃ、何だってんだ? 本当に、俺たちが塔の象徴(シンボル)を掠め取ったとでも――――。」

「いや、そうじゃない。そっちじゃないんだ。」

「そっちじゃない……?」


 俺は、慌てて否定した。


「言い方が悪かったな。誤解じゃないって言ったのは、象徴(シンボル)云々の方の話じゃない。三人を指名手配した方さ。」

「…………どういうことだ?」


 俺の言う事が分からず、三人が怪訝そうな顔をする。

 俺は、少々際どい賭けに出ることにした。


「俺も、一応はアウズ教徒だ。ただ、教会に不審を抱いてもいるんだ。」

「教会に、ですか?」


 俺の言っていることに、ホーマーが首を傾げる。

 メッジスが、やや前のめりになる。


「不審って、何が不審なんだ?」

「魔王関連とか、御神託とか。なんか、いいように帝国も動かしてる気がしないか?」


 俺は、誰も確認しようのない御神託に、みんなが振り回され過ぎではないかと伝える。


「最近聞いた話じゃ、治安に不安があっちゃヨッテンソームでの布教に専念できないって、帝国軍の増派を皇帝に訴えたそうだぞ? で、皇帝はそれを飲んだ。」

「……言ってることは、別に間違ってはいないだろ。」

「そうかもしれないけどさ。いくら国教とは言え、皇帝まで総大主教の言いなりだ。異常だとは思わないか?」

「ん…………うーん。」


 ウラコーが、腕を組んで考え込んだ。

 そこに、俺は爆弾を放り込む。


「三人の冤罪も、布教のためのダシに使われてるんじゃないのか?」

「……? どうしてそうなるんだ?」

「あくまで仕込みの一つってだけさ。小さな不安を蒔き、民心を教会に向けさせる。最近帝都で騒ぎがあったんだけど、それも魔王の手先の仕業とか何とか言ってるそうだぞ? そんなの、誰も否定のしようがないじゃないか。」


 俺は、三人にあり得そうな可能性を提示する。


魔王信奉者(サタニスト)が何やら動いてます。そして、帝都の騒ぎじゃ魔王の手先ときた。時間をかけ、少しずつみんなに不安を植え付けていくんだ。事実であろうとなかろうと、時間が経てば情報は定着する。関連することを少しずつ積み上げれば、証拠なんかなくても事実と思い込ませることができる。」


 そこで俺は、メッジスに視線を向ける。


「何を言っても、聞いてくれなかったんだろう? 連中からすれば、メッジスが盗んだかどうかなんて、どうでも良かったんじゃないのか? 誰でも良かった。もう、()()()()()()だったんだ。……そうは考えられないか?」

「……………………。」


 三人は、お互いの顔を見合わせる。

 なぜ、自分たちがこんな目に遭っているのか。

 その理由として、俺の考えは三人の胸にスッと入り込んだ。

 もしも、本当に三人が冤罪なのだとしたら、教会の強硬な対応の理由として十分あり得そうだ。


「勿論、証拠なんか何一つない。ただ、俺はこれまでの教会の対応に、ずっと疑問を抱いていたんだ。三人にあったことを聞いて、その思いをより強くした。」

「リコ君……。」


 ホーマーが、泣きそうな顔になった。

 メッジスとウラコーも、悔しそうに顔を歪ませる。


「俺は、情報屋ギルドに伝手(つて)がある。普通に買うよりは、ちょっとだけ詳しく聞ける。その辺りのことを、少し探ってもいいぞ。」


 そうして、ニッと口の端を上げる。


「その代わり、と言っちゃなんだが……。」

「そっちを手伝えって?」

「くそ……相変わらず抜け目ねえな。」


 俺の言いたいことを察し、メッジスとウラコーが諦めたように項垂れる。

 だが、ウラコーがすぐに顔を上げた。

 その表情は、以前一緒に仕事をした時と同じ、一線に立つ傭兵のものになっていた。


「カンザロスに話をしないで、俺たちだけで勝手に決めることはできない。」

「ああ、勿論それでいい。俺たちも、隣町をまだ調べてないからな。計画はまだ白紙なんだ。手伝ってくれたら助かるが、いなけりゃいないで何とかするつもりだ。初めから、俺たちは三人だけで何とかするつもりだったんだからな。」


 交渉を終えて、俺は立ち上がる。


「明日か明後日には、俺たちは一旦この町を離れる。往復で二日、調べるのに二日、他にも寄る所があるが……一週間はしないで戻る予定だ。」

「戻ったら、またここに来てくれ。その時、俺たちがここにいなければ……。」


 ウラコーが、済まなそうに眉を寄せる。


「分かってる。そっちも、あまり危険な橋は渡りたくないだろうしな。……下手すりゃ、共和国にも居場所がなくなっちまう。」

「…………冗談でも、やめてくれ。」

「勘弁してくれよ……。」


 げんなりしたように、メッジスとウラコーが呟く。

 俺はそれを笑い飛ばした。


 帝国を追われ、今度は共和国も追われてでは、もはや行く当てはロズテアーダ修王国しかなくなる。

 アウズ教徒の三人にとって、非常に生きにくい土地だ。

 まあ、ある意味もっとも安全と言えるけどな。

 教会の手が届かない、唯一の国なのだから。







■■■■■■







 メッジスたちと交渉した翌日。

 俺たちは町の地理を調べた後、再び収容所を観察した。


 その次の日の早朝に、鍛冶職人のドワーフが捕らわれた町に向かった。

 徒歩で一日の距離なので、夕方には着くことができた。


 この町も寒村のような感じで、何も無い。

 ただ、町中でちらほら共和国軍の兵士らしき姿を見かけた。

 町の警備ではなく、おそらく非番の兵士だろう。

 革鎧は身につけていないが、腰に(ソード)を佩いている。

 どうやら、この町に常駐する兵士は、かなりの人数になるようだ。


 そうして、一階が酒場、二階から上が宿泊施設という宿屋に部屋を取った。

 この町にも宿屋は一つだけで、一階の酒場では非番の兵士たちが酒を飲んで騒いでいる。

 俺はベッドに腰掛けると、階下から聞こえる騒ぎ声に顔をしかめた。


「これだけうろつかれると、調べるのも苦労しそうだな。」

「そうね……。なんかこの町、ちょっと嫌かも。」


 レインが困ったような顔をして、呟く。


 兵士たちが我が物顔で闊歩し、酒を飲んでは騒いでいる。

 治安はいいのかもしれないが、町民が兵士たちに萎縮し、全体的に重い空気が漂っていた。

 騒がしいのは兵士だけ。

 町の人たちには、少し怯えているような雰囲気があった。


 ベリローゼは窓の横に立ち、外の様子を何気なく窺う。


()()は、この町でも外れにあるのでしたね。」

「そう聞いてる。有刺鉄線で囲った土地に、工房があるって話だ。隣町(むこう)と同じでな。」


 この町の西の外れに隔離された土地があり、兵士が数十人詰めているらしい。

 エルミアルダから聞いた話を思い出しながら、俺はベッドの上で胡坐をかいた。


「メッジスさんやウラコーさんが、手を貸してくれると助かるんだけどな。」


 レインが、テーブルの上のピイに豆をあげながら呟く。

 ピイは夢中になって啄み、カリカリと豆を齧っていた。


「それは確かにそうだが、アテにはするなよ? あっちはあっちで、随分と厄介なことになってるみたいだからな。」

「自分たちのことで精一杯でしょうし、それは仕方ないと思います。」


 ベリローゼがテーブルの席に着き、ピイ用のコップに水を注ぐ。


 メッジスとウラコーの連携、カンザロスの突破力、ホーマーの【治癒(ヒーリング)】は確かに欲しい。

 頭数が単純に倍になるし、戦力の上積みはそれ以上。回復役がいるのといないのとでは安心感も段違いだ。

 しかし、彼らにも都合がある。

 厄介事に関わりたくないという判断をしても、それは仕方がない。


「……けど、あの仕事がそんなことになってたなんてなあ。」


 俺は腕を組み、三人にかけられた容疑、象徴(シンボル)のすり替えについて考える。


「私たちはその場にいなかったから分からないけど、そんなこと可能だったの?」

「可能か不可能かで言えば、まあ可能だろうな。魔法具の袋に予め()()()()()()()()を用意しておけばいいだけだし。ただ、あの時メッジスとウラコーが象徴(シンボル)の回収に動いたのは、成り行きだ。最初から決めていたわけじゃない。そういう意味では、たまたまあの二人だったと言える。替わりを用意したところで、無駄になる可能性の方が高いかもな。」


 どんな物が祀られているかなんて、誰にも分からなかった。

 なにせ、誰も塔に登ったことがないのだから。

 上手いこと回収役になり、偽物とすり替えて引き渡せば、受け取った方は信じるしかないだろう。

 これがそうです、と言われれば、それを否定する材料など誰も持っていない。


(…………はずなんだ。普通なら。)


 だが、それを否定した。

 調べてみないと分からないが、否定した根拠は神託か?

 そもそも、塔の最上階から象徴(シンボル)を回収しろと言ったのも、神託とやらが根拠だったはずだ。


(本当に、そんなことがあり得るのか?)


 まあ、不思議な力が存在しても、不思議はない。

 というか、あまりに気軽に使っているので忘れそうになるが、俺の【加速(アクセラレーション)】や【戦意高揚(イレイション )】、【災厄(カラミティ)】だって謎パワーだ。

 どうやってる?と聞かれても、さあ?としか答えようがない。


(そう言えば、あの時……。)


 俺は、象徴(シンボル)らしき物を見たことを思い出した。

 金縛りになった時だ。

 あの、モノクロの白昼夢。


 木の杖に巻きついた、羽の生えた蛇。

 なかなかに、異様な形状をした杖だったことを思い出す。


「どうかしましたか、リコ様?」


 俺が考え込んでいるのを見て、ベリローゼが声をかける。

 俺は軽く首を振った。


「いや、何でもない。」


 バサバサッと羽ばたく音が聞こえ、左肩を掴まれる。

 食事の終わったピイが、急に乗ってきた。


「もういいのか?」

「ピイ。」


 ピイが首を伸ばし、頬擦りをしてくる。

 ポロポロと豆のカスが零れてきた。


「ちょ!? ピイ、動くな!」

「ピイピイ。」


 嫌だ、とでも言うように、頬擦りを続けるピイ。

 俺は慌ててベッドから下りた。

 苦笑しながら、ベリローゼが俺のベッドを掃除してくれる。


「お前、ちゃんとカスを落としてから来いよ……。」

「ピイ。」


 俺はテーブルの席に着くと、ピイをテーブルに置き、顔と首の周りを軽く払う。

 そうしてからピイに顔を埋め、くんくんと匂いを嗅ぐ。


「…………ちょっと匂うかな。」

「ピッ!?」


 ピイの身体が、あからさまにビクッとなった。

 実は、ピイはあまり水浴びが好きではない。

 これまで何度か洗ってやっているが、すごく嫌がるのだ。


「店主に言って、湯場を借りるかな。」

「ピ……ピィピィ。」


 鳴き声に、元気がない。

 というか、見るからにしょんぼりしている。


「つーか、何で水浴びが嫌いなんだよ。普通は水浴び好きなんじゃないのか、鳥は。」

「そうなの?」


 小鳥が水辺で水浴びをしている姿を、テレビなどで見たことがある。

 まあ、すべての鳥が好きなのかは知らないが、イメージ的には水浴びが好きだと思っていたのだが……。


「そんな顔してもだめだ。今度洗うからな。」

「ピイ……。」


 宿屋の湯場を借りようとすると、店主の許可を得ないといけないので、やや面倒だ。

 夏場なので、外に水を用意するだけでも洗ってやれる。

 この町を調べ終わったら、どこかで洗ってやるか。


 俺は頭の中の『やることリスト』に、『ピイを洗う』と書き加えるのだった。







■■■■■■







 翌日、俺たちは町の中を歩き、空き家を外から調べる…………振りをして、収容所を観察した。

 収容所の敷地は、隣町の収容所の三~四倍はありそうだ。

 そして、警備の兵の数も段違い。

 必ず二~四人ずつで行動し、単独行動している兵士はいない。

 遠目に見ているだけでも、四十~五十人。

 建物内にいる兵士を含めれば、おそらく七十~八十人くらいはいるかもしれない。


 レインが小声で呟く。


「こっちは随分と厳重ね……。隣町の収容所(むこう)とは、警戒の仕方が全然違うわ。」

「とっておきの装備を製造する、秘密の工房だからな。厳重になるのも当然だろう。人質の家族(あっち)は逃がさないように見張っていればいいだけだが、鍛冶場(こっち)は価値があるからな。」


 あまりの厳重さに、思わず溜息をついてしまう

 これは、迂闊には近寄れないな。


「おそらく、二つの収容所を合わせて、一個中隊で管理しているんだろう。総勢で百人くらいの兵数か。」


 ここの収容所には、全部で五つの建物がある。

 入り口には物見櫓もあり、傍に待機所らしき小屋もある。

 少し離れた所に、厩舎らしき建物も見えた。

 大きさから、最大で二十~三十頭の馬がいそうだ。


 そして、残りの四つの建物の内訳は不明。

 コンクリートも使用した頑丈そうな建物だが、年季が入っているのかボロい。

 捕らわれたドワーフたちのいる場所、鍛冶場、兵士の宿舎。

 これらは、今のところ判明していない。


「とにかく、少しでも情報を集めよう。気になる物があれば、何でも言ってくれ。」


 俺がそう指示をすると、レインとベリローゼが頷いた。







 そうして丸一日、様々な方向から収容所を観察し、すべての建物に当たりをつけた。

 宿屋に戻ると、俺は手書きで見取り図を描き、判明した建物なども描き加えていく。


「こっちの建物から、こっちに運んでいたんだよな?」

「はい。」


 俺の確認に、ベリローゼが頷く。

 俺たちは、人の流れや荷車の動きから、すべての建物の役割を推測した。

 材料である鉱石を載せた荷車、武器を馬車に運び出していた建物、兵士の出入りの多い建物など、いくつかの特徴から鍛冶場や倉庫、兵士の宿舎なども割り出す。


「絶対とは言えないが…………おそらく、これで間違いはないだろう。」


 収容所の敷地には、ずっと金属を打つ音が響いていた。

 日が暮れ、その音が止まっても、ドワーフたちは建物間を移動しなかった。

 つまり、鍛冶場とドワーフたちが寝起きする場所は、同じ建物。

 そして、金属を打つ音の発生源から、二棟ある鍛冶場も特定していた。


「一日観察するだけで、結構分かったな。」

「それに関しては、リコが異常に鋭すぎると思うの。私は、何か運んでるなあ、くらいにしか思わなかったもの。」


 レインが、若干引き気味に零す。

 それを聞き、ベリローゼも頷く。


「鋭いっていうか、単に推測しているだけだぞ? 見た物から推測するくらい、誰だってできるだろう?」

「そうかもしれないけど。普通はあんなにいろいろ考えないわよ。」

「そりゃ、レインが頭を使わないからだ。もっと考える癖をつけろ。」


 俺がばっさりと斬り捨てると、レインがいじけたように唇を突き出す。

 そんなレインを慰めながら、ベリローゼが俺の方を見る。


「正直言うと、私もリコ様の観察眼には驚きました。一つひとつの動きだけでなく、全体を通した流れから推測するやり方は、驚愕に値します。」

「おいおい、ベリローゼまでそんなことを言ってるのか?」


 俺は見取り図から視線を上げ、二人を見る。


「人が生活している以上、生活するための動きがある。武器や防具を製造するという目的を持っている以上、そのための動きだってある。無意味な動きがないとは言わないが、軍事施設である以上、すべての動きに意味があると捉えるべきだ。」


 いくつかの方向から観測しているため、どこぞの諜報機関がスパイ衛星の画像から推測するよりも、遥かに推測はしやすい。

 何より、音によって鍛冶場を特定できたのが大きい。

 鍛冶場として使われている建物を起点に、様々な動きの意味を考えるのは、案外簡単だった。

 まあ、当たっている保証はないけどな。


「ベリローゼ。悪いが、夜中に収容所の兵士の動きを観察して来てくれ。警備の立っている場所、歩哨のルート。昼間と変わらないか、少し確認するだけでいい。」

「かしこまりました。」

「お願いね、ベリーちゃん。」


 こうした偵察は、ベリローゼの得意分野だ。

 気配を消したり探ったりは俺にもできるが、ベリローゼほどのレベルではない。


「明日の午前中、もう一度観察してみよう。午後からは北に向かう。」

「国境付近の確認ね。」


 レインが明るい声で言うと、俺は頷いた。

 まだまだ作戦の目途は立っていないが、少しずつ固まっていく情報に、俺は気分の昂ぶりを感じるのだった。







■■■■■■







 夜中に偵察に出たベリローゼを宿屋に残し、俺とレインは午前中を収容所の観察に費やす。

 夜中も巡回のルートに変更はなく、歩哨の立っている場所も同じ。


 俺は見取り図を見ながら、襲撃の際の手順や、ルートを簡単に考える。

 常駐する兵士の数が多すぎて、すべてを隠密に運ぶことはできないだろう。

 必ず、どこかの時点で気づかれる。


 気づかれた上で、

 1.ドワーフたちの安全を確保する。

 2.応援を呼ばれないための手を講じる。

 3.追っ手から逃げきる。

 これらを絶対条件として、満たさなくてはならない。


 国境を越えて身を隠せれば、それ以上は捜索の手は及ばないはずだ。

 いずれは修王国からの許可を得て、捜索隊が派遣されるかもしれないが、政治的に問題のない手順を踏もうとすれば相当に時間がかかるだろう。


 俺は見取り図を仕舞い、レインに声をかけた。


「戻るぞ。ベリローゼと合流して、国境に行く。」

「もういいの?」

「ああ。元々、一日二日で完璧に把握することなんか無理だしな。基本的な情報さえ手に入れば十分だ。」


 寡兵(かへい)で押し入ろうというのだ。

 リスクのない計画など、望むだけ無駄というもの。

 むしろ成功の可否は、俺たちの個々のパフォーマンスに大きく依存すると考えるべきだ。

 多少困った事態になろうと、俺やレイン、ベリローゼの能力で捻じ伏せる。

 そうした気概がないのならば、たった三人で数十人の兵士が守る収容所を襲撃するなど、やめておいた方がいいだろう。


 困難なことなど、分かりきっている。

 慎重に、万全に。

 そんな風に困難を避けたり、排除したいのならば、素直に人数を揃えればいい。


 少数で実行するリスク。

 敵地で頭数を揃えるリスク。

 どちらも大きなリスクを背負うことに、変わりはない。

 ならば、信頼できる者だけで困難に立ち向かう方が、まだ可能性が高い。

 俺は、そう考えていた。


 レインと共に、宿屋に戻ろうと踵を返す。

 ここから半日ほど北にいった国境付近で、身を隠せる場所を探さなくてはならない。

 二百人ほどが身を隠すのだから、それなりに大きな森林か、見通しの利かない岩場などを候補地として考えていた。

 一応、エルミアルダから聞いた話では、森があるということだが。

 できれば、川があるとベストなのだが、そんな都合のいい場所はあるだろうか。


 そんなことを考えながら、俺は宿屋に向かって歩いていった。







 歩き去るリコとレインを、離れた場所から見つめる男がいた。


「…………何やってるんだ、二人は? こんな所で。」


 男は、エメラルド色の髪を指先でいじり、薄っぺらい笑みを浮かべる。

 そうして、収容所に視線を向けた。


収容所(あそこ)に、用があるのかな?」


 目にかかる髪を軽く払い、じっと考え込む。


「ただのお使いだと思ったけど、ちょっと面白くなってきたじゃないか……。」


 男は薄っぺらい笑みから、ますます口の端を上げる。

 だが、収容所に向けた目だけは、まったく笑っていなかった。


「これは……、どうするかな。」


 そう呟き、男は視線を空へ向ける。


「いや、これを()()使()()()()()()、僕は。」


 男の呟きは風に流され、誰に聞かれることなく消えていった。





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