第69話 代理の意味
北に半日ほど歩き、夕方にホルスカイト共和国とロズテアーダ修王国の国境に着く。
乾いた土と、少しの岩が転がるだけの、荒涼とした場所だった。
「最悪だ……。」
あまりの見通しの良さに、俺は思わず頭を抱える。
多少の地形の起伏はあっても、丘陵地帯とも言えない程度で、ロクに身を隠せる場所がない。
「森があるって話なのよね?」
レインも周囲を見渡しながら、呟く。
「もしかしたら、もっと東なのではないでしょうか。」
「……かもしれないな。」
ベリローゼの意見に、俺は頷いた。
エルミアルダは、国境を越えた先に森があると言っていた。
鍛冶職人のドワーフが捕らわれている町と、その家族が捕らわれている町。
この二つの町は、歩いて一日ほどの距離がある。
もし、家族が捕らわれている町の北に森があるのならば、現在地から東に一日移動しないとその森には辿り着けない。
「これは……収容所を出た後も、少し苦労しそうだな。」
追っ手の足止めをする手段も、何か講じる必要があるかもしれない。
この辺りは、すでに修王国側のはずだ。
分かりやすく線でも引いてあれば、国境を越えたと判断しやすい。
だが、こんな何にもない場所では、共和国の兵士が国境を越えて追いかけても誤魔化せてしまう。
そもそも、修王国側の者が見張っていてくれなければ、そうした事実を無かったことにできる。
「思った以上に厄介だな……。」
俺は溜息交じりに、そう呟かずにはいられなかった。
日が落ちたため、俺たちはそこで休むことにした。
二枚の見取り図を眺めながら、じゃがいもを齧る。
丸ごと煮て、塩を振っただけの、いつもの野営食だ。
「うーむ……。」
膝の上に乗せたピイの頭を撫でながら、俺は唸る。
どれだけ眺めても、そしてどう考えようと、手が足りない。
家族が捕らわれている収容所はともかく、鍛冶職人たちの捕らわれている収容所を襲撃するには、三人ではどうにもならない。
「いいアイディアは浮かんだ?」
「………………あると思うか?」
レインの問いかけに、俺は投げやりに答える。
ベリローゼが、鍋の豆スープを掬いながら苦笑していた。
「ドワーフの女性って、戦力になるのかね?」
まず、警備の数が少ない、家族を先に救出する。
この方針は、割とすぐに決めていた。
手の足りない部分を、救出した家族が埋めてくれれば、鍛冶職人を救出するのも随分と楽になる。
「ドワーフ族の情報は、あまり伝わっていません。戦力として数えられるかは未知数です。」
ベリローゼから、スープの入ったコップを受け取りながら、俺は頷く。
「それでも、いないよりは遥かにマシだ。畑仕事に使ってた鍬でも鋤でも、戦えなくはない。戦力として組み込むしかないだろう。」
「警備の兵士が持ってる剣もあるし。奪えば武器は手に入るわ。」
レインの意見に、スープを口に運びながら頷く。
「あとは、それを使ってどれだけ戦えるか、だな。…………犠牲者は、出てしまうだろうが。」
正規の訓練を受けた兵士と、まともにやり合えるとは思えない。
三対一、四対一で戦うように徹底すれば、それでも犠牲者の数をある程度は抑えられると思う。
だが、そこまで考え、俺は首を振った。
「やっぱり、この案はだめだ。」
ドワーフの家族に犠牲を強いることを前提にした計画を、俺は破棄する。
鍛冶職人たちこそ、それをもっとも恐れているために、収容所で我慢しているのだから。
おそらくだが、家族のことがなければ、鍛冶職人たちで反乱を起こしていてもおかしくない。
しかし、そんなことをすれば家族が無事で済むわけがない。
だからこそ、鍛冶職人たちは我慢しているのだ。
「俺たちだけでやるんだ。」
俺が方針を明確にすることで、レインとベリローゼも真剣な表情で頷く。
「メッジスさんたちが、手を貸してくれるといいのだけれど……。」
レインの呟きに、俺も頷きそうになる。
しかし、加勢してもらえることを前提に、計画を立てるわけにはいかない。
「…………アテにはするなよ。」
それだけ言うと、俺はスープを呷るように飲み干す。
中々の難題に、俺はこめかみを揉みながら考え続けるのだった。
■■■■■■
【収容所】
明かりの乏しい部屋で、一人の若いドワーフが倒れ込むようにベッドに横たわる。
一応、形はベッドではあるが、非常に粗末な造りをしていた。
やや重めのドワーフの身体を支えるには、頼りない。
実際、これまでに重さに耐えかねて壊れたベッドがいくつもある。
そうして、ベッドの壊れた者は、床で寝るしかなくなるのだ。
二十人近いドワーフが、この大部屋に押し込められ、寝起きしている。
一階に鍛冶場、二階に寝る場所や食堂という建物が二棟あり、それぞれに分かれたドワーフたちは建物から出ることを禁じられていた。
ただただ毎日、金槌を振るい、鉄を打つ。
それは、ドワーフにとっては至上の喜びであるはずだった。
…………収容所に、押し込められていなければ。
「こんなこと、いつまで続ければいいんだ……。」
思いが、零れる。
妻と子を人質に取られているため、人間どもの言うことを聞くしかない。
しかし、それで本当に家族は無事なのか?
いつか、家族と再会することはできるのだろうか?
共和国の人間に捕らわれ、すでに一年が経過していた。
数カ月に一度、別の町に捕らえられている家族たちのうち、数人と面会することができた。
そうして連れて来られる数人から話を聞くことができるため、今のところは家族の無事が確認できていた。
だが、それだっていつまで無事かは分からない。
考えたくはないが、「無事だ」と言わされているだけかもしれない。
そんな考えが浮かんでは消え、思わず拳を握り締めてしまう。
「……つまらないことは考えるなよ、ソフロットル。さっさと寝ろ。」
隣のベッドで横になっているロンバーダンが、目を閉じたまま声をかけてきた。
ロンバーダンは、集落の鍛冶職人たちの中で、リーダーを務めていた壮年のドワーフだ。
収容所でも、ドワーフたちのまとめ役のようなことをやらされている。
「けど…………家族のことを考えると……。」
ソフロットルの呟きを聞き、ロンバーダンが溜息をつく。
そうして、ソフロットルに顔を向けた。
「………………今は、我慢だ。」
声を落とし、ロンバーダンが重く呟く。
ロンバーダンの真剣な目に、ソフロットルは小さく頷き、それ以上は考えないようにすることしかできなかった。
■■■■■■
夜が明けてすぐ、俺たちは東に向かって出発した。
眩しい日の光に目を細めながら、ひたすら太陽の方角を目指す。
そうして三時間ほど歩くと、遠くに森らしき影を見つけた。
「情報通り、森はあるようだな。」
「はい。これで、計画の破綻は免れました。」
ベリローゼが、ほっとしたように言う。
何とかあの森に逃れれば、ドワーフたちを自由にしてやることは可能だろう。
「でも、ちょっと距離があるわね。」
「それは仕方ない。鍛冶職人たちと町を出たら、やや東寄りに逃走する方のが良さそうだな。」
単純に国境を目指して北に向かうより、少し東寄りを目指すのがいいだろう。
ただし、その分国境までの距離は伸びてしまうが。
更に数時間歩き、森に到着した。
かなり鬱蒼と茂った森で、追跡の目を逃れるには丁度いい。
「森の中も、少し調べるぞ。」
俺たちには天然の方位磁石、ベリローゼがいるため、方角に迷うことはない。
山賊退治のように、【加護】の力で誤魔化されない限りは大丈夫だろう。
「ピイ、戻って来い。」
空を飛んでいるピイに手を振ると、すぐに下りてきた。
森に入ってしまうと、空からは見えなくなるだろう。
はぐれてしまわないように、一緒にいることにする。
ピイが左肩に止まると、俺は森へ足を踏み入れた。
ほとんど人が来ない森のようで、奥に進んでも道のようなものはなかった。
そうしてどんどん奥に進み、川を見つけた。
「川があるのか。これはいいな。」
「水の確保が課題になってたものね。」
レインも川を見て、表情を綻ばせる。
川幅は二十メートルくらいあるが、あまり深くはない。
魚も泳ぐ、澄んだ川だった。
川は、東から西に流れている。
おそらくだが、この川の源流は帝国と共和国を分断する山脈か?
「この川を辿って行って、山脈に逃がすのが良さそうか?」
「そうですね。ドワーフたちがどこを目指すかにもよりますが、特にアテがないのであれば、候補としては良いと思います。」
水の確保が容易になり、懸念の一つが消えた。
久々の朗報に、俺の心が少しだけ軽くなる。
「試しに、川を遡ってみる? 拠点に使えそうな場所が無いか、探すのもいいんじゃない。」
「そのつもりだ。洞窟……とまでは言わないが、それなりに周囲から遮られた場所が欲しいな。」
レインの提案に頷き、俺は石ころを一つ拾う。
平べったい石を川に投げ、水切りを試す。
石は三回跳ねただけで沈んだ。
「……とにかく、目印になるような場所を探そう。」
少々納得のいかない結果だが、遊んでいるような時間はない。
俺たちは川を辿り、拠点になりそうな地形を探す。
一時間ほど歩くと、小さな湖にぶつかった。
「綺麗な湖……。」
レインが、陽の光や周囲の景色を反射する湖面に見惚れ、吐息のように漏らす。
確かに、中々お目にかかれないくらいに美しい景色だった。
「これはいいな。」
そうして、周囲を見回す。
「二人は、この付近で拠点になりそうな場所がないか、探してみてくれ。」
俺はそう言うと、左肩に止まったピイの足を、右手でガッシと掴む。
「俺はピイを洗ってるから。ゆっくりでいいぞ。」
「ピッ!? ピイピイッ! ピイピイーーッ!!」
首をぶんぶんと振り、バタバタと翼を羽ばたかせるピイを、両手でしっかり掴む。
ピイの必死の訴えに、レインとベリローゼが苦笑する。
「あんまり、ピイちゃんをいじめちゃだめよ、リコ。」
「ほどほどにしてあげてください、リコ様。」
加減はしろと言うが、止めようとはしない二人に、ピイが絶望する。
俺は片手でブーツを脱ぐと、そのままザブザブと川に入り、ピイを洗い始めた。
「こら、暴れんなっ! 飛沫が、飛ぶんだよっ!」
「ピイイィィイッ! ピイイイィィイイイイイイイイッッッ!!!」
こうして、静かな湖畔にしばらくの間、ピイの叫びが響き渡るのだった。
レインとベリローゼは二手に分かれて、周囲を探索した。
あまり起伏のない土地なので、洞窟の類は見つけられなかった。
……が、替わりに大木を見つけた。
樹齢千年を軽く超えているような、本当に大きな木だ。
幹に大きな洞があり、二人くらいなら寝そべることができるだろう。
「これは良さそうだな。」
俺は、ぐったりしたピイを腕に抱え、洞の中を覗き込む。
ピイの羽は水に濡れ、いつもの丸っこい姿ではなく、やや細身だ。
普段の姿とのギャップに、思わず笑ってしまうそうになる。
「でしょ? ここにする?」
レインの確認に、俺は頷く。
俺たちは、それぞれが持っていた魔法具の袋をベリローゼに渡し、洞に隠す。
この魔法具の袋は、食料を満帆に詰めていた分だ。
少しだけ腰回りがすっきりして、俺は伸びをする。
これで俺たちの魔法具の袋は、俺とベリローゼが使用者登録している、専用の物だけになった。
ベリローゼが枯れ枝でカモフラージュし、四つの魔法具の袋を隠し終わる。
「これでよし、と。さて、戻るか。」
俺たちは、大木のある場所から南に真っ直ぐ進み、森を出た。
そうして、周囲の地形をよく眺める。
「この辺にも、何か目印が欲しいな。」
余程見当違いの場所でなければ、とにかく森に入りさえすれば、川にぶつかるだろう。
川にぶつかれば湖を起点にして、大木を見つけることができる。
だが、できればスムーズに、魔法具の袋を隠した大木まで辿り着きたい。
「木の枝にタオルでも縛っておくか?」
「あんまり、意味は無いんじゃないかなあ。」
レインが、遠くまで続く森の外縁部を眺める。
確かに、この広い範囲で目印のタオルを探すくらいなら、さっさと森に入り、川を探す方が確実かもしれない。
「森を離れながら、何度か場所を確認すればいいんじゃない?」
俺はレインの意見を採用した。
南にしばらく歩きながら、何度か森の方を振り返る。
森全体を眺めるようにして、俺たちが出てきた場所の位置関係を、大雑把に確認する。
そうして二時間ほど歩くと、町が見えてきた。
鍛冶職人たちの家族が捕らわれた町であり、メッジスたちと再会した町だ。
俺は立ち止まり、町と森を交互に見る。
そうして、太陽の位置を確認した。
ざっと、位置関係を地面に描き出す。
【共和国・修王国国境付近 略図】
修王国側
× 森
×
×
×× 大木
C ×××
×××××××××
D
――――――――――――――国境――――――――――――――
〇
A
B
共和国側
A 鍛冶職人の捕らわれた町
B 家族の捕らわれた町
C 昨夜野営した場所
D 先程、森を出てきた場所
〇 現在地
「大体…………こんな感じか。」
「そうですね。私もそんな感じだと考えていました。」
森はかなり広く、略図では北と東は省略してある。
つまり、俺たちが移動した森の範囲は、かなり南西に寄った端の方だけだ。
「それぞれで、よく場所を憶えておけよ。はぐれた場合やドワーフたちを連れて合流する時などに、あの大木が重要な拠点になる。」
「うん、分かってるわ。」
「はい。」
レインとベリローゼがしっかりと返事をすると、俺も頷き返した。
■■■■■■
「元気そうだな、リコ。」
「そっちも。メッジスたちから聞いたよ。ずっと面倒みてたんだってな。」
俺たちが町に戻り、宿屋に入ると、すぐにカンザロスが訪ねてきた。
どうやら、メッジスたちは収容所襲撃を手伝うことにしたようだ。
俺はカンザロスにテーブルの席を勧め、向かいに座った。
レインとベリローゼが、俺の後ろに立つ。
カンザロスは、やや疲れたような表情をしていた。
「正直言うと、ずっとどうするべきか考えていたんだ。このまま、あいつらの面倒を見続けるのか、ってな……。」
大きい身体を丸め、カンザロスが思いを吐露する。
おそらく、そんな思いを抱えたまま、誰にも言えずに堪えてきたのだろう。
「それは仕方ないさ。迷いもなく、ずっと助け続けるなんて、どこの聖人君子様だ? 迷って当たり前さ。それでも、カンザロスは見捨てなかった。」
そうして、俺はカンザロスを真っ直ぐに見て言い切る。
「よく頑張ったと思う。立派だよ、カンザロスは。」
カンザロスは唇を引き結び、目を閉じる。
そうして、重く重く、息を吐いた。
その様子に、これまでのカンザロスの苦労を垣間見た気がした。
「俺たちを手伝ってくれるってことでいいのか?」
俺がそう尋ねると、カンザロスが頷く。
「ああ、そのつもりだ。だが、一つ確認したい。」
そうして、真剣な表情で俺を見る。
「情報屋ギルドに伝手があるって話だが、本当か? どの程度の伝手なんだ? 今回の件について、教会を探ることが本当にできるのか?」
矢継ぎ早に、質問を繰り出す。
カンザロスの協力する理由は、この一点だろう。
教会の、怪しい動きの理由を探る。
これが分かれば、何らかの対処が可能になるかもしれない。
それは、カンザロスがこの厄介事から、解放されることにも繋がる。
「厳密に言えば、俺が伝手を持ってるのは帝国の情報屋ギルドだ。帝国でなら、この件の教会の狙いなんかも探れる可能性はある。ただ……。」
そこで、俺は一旦口を噤む。
そうして、やや眉を寄せてカンザロスを見る。
「理由が分かったとしても、それで解決の糸口が掴める保証はない。情報を入手できたとしても、それで教会に何かを働きかけるのとは、また別の話になるからな。」
俺がそう言うと、カンザロスも頷く。
「それは、仕方ないだろう……。それでも、このわけの分からない状態からは、マシになる。」
カンザロスは表情を引き締め、姿勢を正した。
そして、テーブルにぶつけんとばかりに、頭を下げる。
「頼む。何が起きているのか、調べてくれ。」
「分かった分かった。だから、顔を上げてくれって。俺たちだって協力してもらうんだ。対等な取り引きだろ、これは。」
俺の言葉に、カンザロスが頭を上げる。
俺は、二枚の見取り図をテーブルに広げた。
「これは……?」
「収容所の見取り図だ。外から見ただけなんで、中の構造までは分からないが……。こっちが、この町にある収容所。こっちのが、鍛冶職人たちが捕らわれている方の収容所だ。」
そして、紙とインクも取り出し、大雑把に国境周辺の地図を描き出す。
「ここ何日かで調べた、町や国境の周辺の地図だ。ドワーフたちを救出したら、この森を目指そうと思ってる。」
そう言って、地図の森を指先で叩く。
「敵戦力はこの町が二十から三十、向こうが七十から八十ってとこか。兵士ばかりで、騎士は見かけなかった。おそらく二つの町の収容所を、一個中隊で管理しているんだと予想している。」
カンザロスは二枚の見取り図を手に取り、地図と交互に見る。
「この町の収容所には、ドワーフの女子供が百五十ほど。あっちの町には三十から四十の鍛冶職人のドワーフを想定している。」
「二つの町に…………二百弱のドワーフか。」
カンザロスが、眉間に皺を寄せて呟く。
俺は背もたれに寄りかかり、口の端を上げる。
「これを、俺たちは三人だけで何とかするつもりだったんだ。カンザロスたちが手を貸してくれれば余裕だな。」
「余裕って……。嘘だろ?」
俺が笑って言うと、カンザロスが頬を引き攣らせた。
「嘘なもんか。細部を詰める必要はあるが、もう作戦は決まったよ。」
俺が気楽に言うと、背後から少し動揺する気配が伝わってきた。
この町に戻るまで。なんならカンザロスに会うまで、俺はうんうん唸っていたのだ。
さすがに、どう考えても三人だけではどうにもならないが、カンザロスたちの協力が得られるなら話は別だ。
そうして、俺は頭の中で配置を思い浮かべる。
見取り図が完成した時点で、必要な配置はほぼ決まっていた。
その配置する箇所が多いため、三人だけではどうにもならなかったのだ。
だが、カンザロスとメッジス、ウラコーが協力してくれるなら、その空いていた箇所に置いていくだけでいい。
最大限楽観的に考えれば、これだけで必要なピースは揃ったことになる。
俺は銅貨を数枚取り出すと、見取り図の上に置いていく。
「侵入したら、俺とベリローゼがこの建物に向かうから…………、カンザロスは、レインやメッジスたちとこっちで……。その後は、負担が大きくなってしまうかもしれないが、ここを押さえてもらって……。」
見取り図の上の銅貨を動かし、それぞれの動きを説明する。
そうして二つの見取り図と、周辺地図も使い、十分以上をかけて計画の全貌を伝えた。
レインとベリローゼも、後ろからテーブルを覗き込んでいる。
「…………そう、上手くいくか?」
一通りの計画を聞き、カンザロスが腕を組み、難しい顔になった。
だが、俺は自信たっぷりに笑顔を作る。
「いくわけねえだろ?」
俺は腕を組み、危険な光を目に宿す。
「こんなのは、ただの机上の空論だ。絶対にどこかで破綻する部分が出てくる。」
「じゃあ、どうするんだ?」
「別にどうもしないさ。」
俺は、増々笑みを強めた。
「捻じ伏せるんだよ。何のために、腕利きが揃ってると思ってんだ?」
リベルバースの塔では、罠にかかった。
百体もの蜥蜴男。こちらの戦力は五人だけ。
それでもホーマーを守り切り、全員が生き残ってみせた。
あの時のメンバーと違うのは、隊長のケベロムがいないという点だ。
ただし、代わりにレインとベリローゼがいる。
以前のレインでは足手まといになってしまうが、今のレインの腕はそこまで悪くない。
俺やベリローゼと比較すると一歩二歩引くことになるが、戦力として十分に考えられる。
まだまだ伸び代があるレインには、この経験も得難い糧となることだろう。
「綿密な計画、限られたリスク。そんな寝言をほざく奴が、あの塔の攻略を完遂できるかよ。」
「それは、まあ……。いざとなりゃ、腕一本で何とかするつもりはあるが……。」
そう言って、カンザロスが顔をしかめる。
「人使いが荒い奴だな……。」
「依頼者なんて、そんなもんだろ?」
俺が満面の笑顔でそう言ってやると、カンザロスが苦笑した。
そうして、席を立つ。
「話は分かった。俺の方からメッジスたちにも伝えておく。」
「ああ、頼む。決行は明日の夜だ。夕方、こちらからあの廃屋に行く。」
「分かった。準備しておく。」
カンザロスは、そのまま部屋を出て行った。
俺も席を立つと振り返り、レインとベリローゼを見る。
ベリローゼが、レインを気遣うように視線を向けた。
「リコ……私は……。」
初めて俺の計画の詳細を聞き、レインが悲し気に俯く。
そんなレインの前に立ち、俺は声をかけた。
「計画が不満か?」
「そうじゃ、ないけど……。」
不満をありありと見せながら、それでも言葉にすることを躊躇う。
「何か、勘違いしているようだな。」
「勘違い……?」
俺の言葉を聞き、レインが僅かに視線を上げる。
「一緒に行動しないことを…………鍛冶職人たちの救出に連れて行かないことを、どう思った?」
「……………………。」
俺の問いかけに、レインは答えない。
何かを言いたいのに、言えない。
震える唇が、レインの心情をよく表していた。
俺の考える計画では、鍛冶職人たちの救出に、レインは参加させない方針だ。
ただし、それには理由がある。
非常に重要な役割が、レインにあるためだ。
危険だから、役に立たないから、置いていく。
そんな風に見る者も、確かにいるだろう。
そう見えることも事実だ。
だが……。
「俺のいない場所で、俺の代わりを任せることが、そんなに不満か?」
「リコの、代わり……?」
「そうだ。この役割を任せられるのは、レインかベリローゼしかいない。どちらかにしか任せられないのだから、選ぶしかないだろう。……俺の代理を務めることが、そんなに不満なのか?」
俺がそう言うと、レインが首を振る。
「本当なら、俺が自分でやるべきことを、お前たちには任せることになる。それとも、俺とレインが役目を入れ替えれば満足か?」
「……ごめんなさい、リコ。」
謝るレインに、俺は笑いかける。
「焦るな、レイン。それと、もっと自分を信じろ。俺は、レインが自分で思っている以上に、お前のことを信頼している。お前がいるから、俺も安心して自分のやるべきことに集中できるんだ。」
「うん。」
俺が手を差し出すと、レインが躊躇いながら手を出す。
俺は、その手を力強く握った。
「レインの負担は、俺たちなんかより余程大きい。本当なら、もっとそっちに割り振りたいんだ。だけど、どうしてもこちらは頭数が必要になる。任せられるのがレインしかいないんだ。済まないが、頼んだぞ。」
俺が握った手に力を籠めると、レインも同じように握り返す。
そうして、迷いを捨てた目でしっかりと頷いた。
「お任せください、リシャルド様。」
レインの目に力が戻るのを見て、俺もしっかりと頷き返すのだった。




