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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第六章 兄と妹

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第62話 逐電




 帝都を混乱に陥れた日の夜中。

 ようやく俺は、宿屋に戻って来た。


 日が暮れるまで、俺は兵士たちと鬼ごっこをしていた。

 俺たちが船を着けた場所は、おそらく南区の西の端の方だろう。

 そこから西区を通り、北へ北へと俺は移動した。

 回復薬(ポーション)をがぶ飲みして体力を回復しつつ、かなり本気で移動して、北区まで兵士たちを誘導していった。


 その辺りで日が暮れたため、鬼ごっこは継続不可能になった。

 そのため、路地を移動しつつ適当な所で建物の屋根に上がり、【加速(アクセラレーション)】をフル活用して帰ってきた。

 【隠蔽(ハイディング)】が使えればいいのだが、残念ながら思い通りに発動できたことが一度もない。

 むしろ、なぜ前に発動したのか、そっちの方が不思議である。


 そうして引き返してきたのだが、この帰途は絶対に兵士たちに見つかるわけにはいかない。

 全力で気配を探り、身を潜めながら、夜闇の中を移動してきたのだ。

 ついでに言うと、宿屋の主人や泊り客にも見つからないようにして、部屋に戻った。

 今日は一日、部屋で休んでました、と言い張る所存である。


 これは単なる偶然ではあるが、宿屋を出る時もたまたま主人がカウンターにいなかった。

 これはきっと、神様が()()()()と言っているに違いない。

 ピューリに会いに行った時、モルマバの店の人には見られているが、きっと他人の空似だ。見間違えだ。

 そうに違いない。







「…………つ、疲れた……。」


 テーブルに突っ伏したまま、糧食をもそもそと食べる。

 すでに宿屋の食堂は終わってしまっているので、これしか食べるものがない。

 一応、ベリローゼが豆やじゃがいもを持っているが、調理ができないのだ。

 部屋の中で焚き火をするわけにはいかないので、糧食で我慢するしかない。


「それで、ピューリさんのことはどうなったの?」

「そっちは一旦棚上げだ。明日確認するが…………まあ、ストレス発散にはなったんじゃないか。」


 レインの質問に、適当に答える。

 中々味わえないスリルを味わい、きっとそれどころじゃなかったろうしな。


 あの後、ピューリがどうなったかは分からない。

 無事に店まで戻っててくれればいいが、今は確かめる方法がなかった。

 こんな時間に、レインやベリローゼを偵察に出すのも、いかにも怪しいし。

 帝都の兵士たちは北区を重点的に捜索しているが、南区だってまったく警戒していないわけじゃない。

 なので、ピューリのことは後に回し、別件を片付けることにした。


 俺はテーブルから身体を起こすと、部屋の窓まで歩いて行き、閉めていた窓を開ける。


「……ピイ、出て来い。いるんだろ。」

「ピイちゃん?」


 然程大きい声ではないが、俺が外に向かって声をかけると、バサバサバサ……ッと羽根をバタつかせる音が上から聞こえた。

 音の方を見上げると、屋根の上からひょこっと白い鳥が顔を出す。

 その姿を見て、俺はそっと溜息をついた。


「まったく…………、しょうがない奴だな。」


 そう言って俺は、左腕を窓の外に突き出した。

 その腕に、白い鳥が下りてくる。


「ピイ様……。」


 ベリローゼが、驚いたように声を漏らす。

 俺はピイを腕に乗せたまま、窓を閉めた。

 そう言えば、俺が『ピイ』とこいつの名前を呼んでやったのは、初めてかもしれないな。

 というか、どうせ名前をつけるなら、もっと強そうで格好いい名前をつけたいぞ。

 シュワ(ピー)ツェネッガーとか、スタ(ピー)ーンとか。

 ステ(ピー)サムとかドウ(ピー)インなんかもいいなあ。


 そんなことを考えていると、ピイは首を竦め、じっと俺を見ている。

 まるで、怒られるのを怖がっているようだ。


「怒ってないよ。怪我はしなかったか?」

「ピイ……。」


 実は、北区に向かって逃走している間も、何度か空を飛んでいるピイを見かけていたのだ。

 さすがに構ってやるような余裕が無かったので、そのまま放っておいたが。


「どうゆうこと……? その子、ピイちゃんなのよね?」

「ああ。たぶん、ずっと跡をつけてたんだろうな。二週間も、ずっと……。」


 空を飛ぶピイからすれば、跡をつけること自体は簡単だろう。

 しかし、まさか二週間も見つからないように、隠れていたとは。


「……一緒に、行きたいのか?」

「ピイ。」

「そっか。」


 俺は力なく苦笑すると、ピイの頭を撫でる。


「分かった。いいよ、一緒に行こう。」

「ピイ!」

「え、いいの?」


 俺がピイを一緒に連れて行くと言うと、レインが驚いたような声を上げる。

 俺は、驚いた顔をしている二人を見て、二ッと笑う。


「あんなに勇敢なところを見せられちゃ、無下にはできないしな。」


 臆することなく騎士に向かって行き、俺が逃げるための隙を作り出してくれた。

 あんな真似、誰にでもできるようなことではない。


 俺が何を言っているのか分からず、二人は訝し気な表情になった。


「何があったの?」

「ピイ様が、どうかされたのですか?」


 しかし俺は、それについては答えなかった。


「ピイと俺の秘密だ。」

「ピイッ!」


 そうして、よく頑張ったと褒めるように、何度もピイを撫でてやる。


「ちょっと、何で教えてくれないの!?」

「やっぱり、ズルくありませんか、リコ様。二人だけの秘密など。」


 だが、そんな抗議の声を聞き流し、俺はピイの首を指先で掻いてやる。

 ピイは気持ち良さそうに首を伸ばし、上を向くと、満足そうな顔をするのだった。







 ていうか、本当に賢いな、こいつ。

 言葉を理解しているのか?

 何となくの雰囲気で、それっぽい返事を返してるだけ?







■■■■■■







 朝となり、俺たちは宿屋を出た。

 街は、物々しい雰囲気に包まれていた。

 大通りには、騎士や兵士が至る所に立ち、剣呑な空気を纏っている。

 巡回する兵士の数も明らかにいつもより多く、頻繁にすれ違う。

 街の人たちもその空気を感じ取り、どこか萎縮しているようだった。


 懸念していた指名手配だが、どうやらされていないらしい。

 いや、指名手配自体はされているのだ。

 しかし、有効な特徴や手掛かりもなく、ただ闇雲に探すだけの状態に近かった。


 俺の特徴は「金髪、若しくは赤毛」、ピューリの特徴は「青髪、若しくは紺色の髪」とされている。

 小柄な体格ともされているが、こんな特徴の子供が、帝都にどれだけいるか。


 そして、有難いことに騎士や兵士が探しているのは、子供ではない。

 皇帝の居城への侵入を試みた、賊。

 船を奪った際、また逃亡する際の身のこなしにより、何らかの訓練を受けた工作員の可能性が高いとされた。

 そのため、ロズテアーダ修王国の間者(スパイ)、若しくはホルスカイト共和国の工作員である可能性が濃厚、と見られているのだ。

 やはり、【加速(アクセラレーション)】を騎士たちに見せなかったことが功を奏した。

 俺が船に乗り込む時は【加速】を使っていたが、一般の方々は「素早かった」程度にしか考えなかったのだろう。

 その後の鬼ごっこでも、すばしっこく逃げ回ったおかげで、特殊な訓練を受けた間者か工作員と見当をつけてくれた。

 実際は、バレない程度にちょっとだけ使ってたんだけどな。


 修王国の武僧(モンク)には、身体能力が非常に優れた者がいる。

 中には、人間離れした身軽な動きをする者もいるのだ。

 【加護】など無しで、だ。

 そうした訓練を受けた者が、賊の正体とされた。


 なぜ俺がこんなことを詳しく知っているかというと、宿屋からモルマバの店に行くまで、数回職務質問(ばんかけ)を受けているからだ。

 俺のことを怪しんで、という感じではなく、たまたま近くを歩いていたから「ちょっといいかい?」と声をかけてきた程度のものだが。

 ちらりと俺の髪色を気にはするが、それ以上は気にも留めない。

 レインやベリローゼの髪色のことも気にするが、二人は「小柄」という特徴には一致しない。

 そのため、少し話を聞いて終わり、というのが何度かあったのだ。


 職質から解放され、俺はレインと手を繋いで歩く。

 現在、俺とレインは姉弟(きょうだい)という設定である。

 俺は装備をすべて魔法具の袋に仕舞い、ごく普通の子供の振りをしていた。

 ベリローゼは、親に雇われた使用人役だ。


「…………ひでえ話だな。」

「本当に湖に船を出すだけで、大逆罪扱いされるのね。」


 俺の呟きに、レインが相槌を打つ。


「それもそうなんだが、そっちじゃねえよ。」


 だが、今俺が言ったのは別件についてだ。


「軍船を二隻沈めたり、帆を破ったのも賊による破壊工作って、どうなのよ?」


 実際、俺が【災厄(カラミティ)】を使って転覆させたり、帆を破いたので、間違いではない。

 しかし、それは俺の【災厄(カラミティ)】という【加護】を知る者でなければ、知り得ない事実だ。

 そうでなければ、見た目上は「風が強すぎて、帆が裂けた」としかならないはずなのだ。

 それを、帝国の奴らは「工作員により帆を破られ、二隻が沈められた」としていた。


「どうせ死刑ですから。おまけで何個罪状が乗ろうと、結果は変わりません。何度も執行できるなら別ですが。」

「理屈はそうかもしれないけどな!? やってもいない…………こともない、けど……。証拠も無しに、罪状を上乗せしないでくれる!?」


 ベリローゼの冷静な分析に、思わず突っ込む。

 とはいえ、修王国や共和国を疑ってくれるのは、俺からすれば有り難い。

 まあ、疑われた修王国や共和国からすれば「ふざけんな、言いがかりつけんじゃねえよ!」って感じだろうけど。

 まさか国際問題にまで発展するとは、思いもしなかったなあ。


 そうして歩いていると、モルマバの店に到着した。

 まだ朝早いため、開店はしていないようだ。

 ただ、開店準備のために、従業員たちは忙しそうに動いていた。


「モルマバは事務所か?」


 そんな従業員のうちの、一人に声をかける。

 その従業員は俺たちの顔を憶えていたようで、呼びに行ってくれた。


「よお。どうした朝っぱらから。」

「急に悪いな。ちょっと……。」


 俺が言いにくそうにすると、モルマバが少し怪訝そうな顔になる。

 だが、問い質すことはせずに、店舗の裏に案内してくれた。

 店舗の裏口を出ると、大きな倉庫のような建物があった。

 そこでも従業員たちが忙しそうに動いていたが、近くには誰もいない。


「忙しいところ悪いな。ピューリはいるか?」

「まあ、まだ早いしな。いるとは思うけど……ピューリがどうかしたのか?」


 どうやらピューリは無事に逃げきり、店に戻れたようだ。

 そして、昨日の騒ぎも伝えていない。


「セステバランは? ちょっと話がしたいんだが。」

「セステバランなら、そこらにいると思うぜ。呼ぶか?」


 そう言って、モルマバは倉庫の中に視線を向ける。

 そちらを見ると、奥で忙しそうにしている従業員の一人が、セステバランだった。


「悪いが、セステバランを少し借りられるか? 話がしたいんだが。」

「いいけど、急ぎか? もう少しすれば、手も空くと思うが。」

「ああ、それからでいい。先に、ピューリと話をしても?」

「構わないぜ。どうせ部屋にいるだろうしな。」


 どうやらピューリは、この時間はサボって部屋にいるようだ。

 本当にやる気ねえな、あいつ。

 まあ、いい加減な仕事をするらしいからな。

 下手すると「いない方がマシ」とか思われていそうだ。


 店舗の建物に戻り、モルマバの案内で三階に上がる。

 いくつも並んだドアの一つに、モルマバが立ち止まる。


 ドンドン。


 モルマバがドアをノックし、中に声をかける。

 ノックというには、少々力が籠っているが。


「ピューリ! いるんだろ!」

「…………何よ、とっつぁん。ウチ、朝は体調が悪いって何度も――――。」

「見え透いた嘘ついてんじゃねえ。いいから出て来い、客だ。」


 中でがさごそと音がし、しばらく待つとドアが開いた。

 気怠そうな顔をしたピューリが顔を覗かせると、目を見開く。

 俺は、そんなピューリににっこりと笑いかけ、手をひらひらと振る。


「よお、生意気に低血圧気取ってんじゃねえよ。むしろ、血の気が多いくらいだろ。献血した方がいいんじゃねえのか。」

「…………お前は……。」


 ピューリは俺の挨拶を無視し、うんざりした顔になる。

 まだ医学がロクに発展していないこの世界では、血液型や血圧の概念も、献血もない。

 つまり、何を言ってるのか、さっぱり意味が通じていないわけだ。


「話をしに来た。……入っても?」


 そう言うと、ピューリは嫌そうな顔をする。

 が、ドアを閉めずにそのまま下がった。


「ありがとう、モルマバ。手間をかけた。」

「いや、いいけどな。セステバランも、手が空いたら声をかけとく。」

「頼む。」


 そうして階段を下りて行くモルマバを見送り、俺は部屋に入った。

 レインは部屋には入らず、ドアの前で警備につく。

 何も指示をしなくても、どうするのが正しい動きか、ちゃんと考えていた。


 ベリローゼは部屋の中に入るが、ドアの前に立って待機する。

 ベリローゼも警備につくが、俺の護衛でもある。

 ピューリが変な動きを見せれば、即座に制圧に動くだろう。


 もっとも、今日は護衛としては動かなくてもいいと伝えてある。

 ピューリは【加速(アクセラレーション)】持ちだし、俺だって持っている。

 いくら素早く動けるベリローゼでも、さすがにピューリの動きを止めるのは辛いものがある。

 狭い室内なので制圧自体は可能だろうが、初撃を止めるのは無理だ。

 なので、万が一の時は「俺がてこずった時だけ加勢しろ」と指示を出していた。


 そうして部屋の中に入ると、ピューリがベッドに腰掛ける。

 狭い室内には粗末なベッドが一つと、小さなテーブル一卓、椅子は二脚。

 この部屋に、二人で住んでいるという話だった。


 モルマバは二人に一部屋ずつ用意すると言ったが、二人が断ったのだ。

 一つの部屋でいい、と。


(……さすがに、べったり過ぎだろ。)


 十代後半の兄、十代半ばの妹が暮らすには、狭すぎる。

 そう思うが、とりあえず住環境については置いておく。

 今日は、そんな話をしに来たのではない。


 俺は椅子に座ると、ピューリに声をかけた。


「昨日のこと、話してないんだな。」

「………………。」


 だが、ピューリは不貞腐れたような顔で横を向く。

 さて、どうしたものか。


「……今に、取り返しのつかないことになるぞ。」


 そんな風に、俺は切り出した。


 ピューリは奔放すぎる。

 昨日のことを抜きにしても、苛立ちをスリという形で発散していたような奴だ。

 いずれは誰かにバレ、帝都を追われることになるだろう。


「セステバランは、生活を支えようと頑張っているじゃないか。なぜ、その頑張りを台無しにするような真似をする。」

「………………。」


 ピューリは、相変わらず答えない。

 ただ、そっぽを向いた目が、どこかを睨むように鋭くなる。


「少し、考えた方がいい。セステバランを巻き込むようなことになる前に。」

「…………っ……!」


 ピューリが、歯を食いしばる。

 絞り出すように、呟く。


「…………出て行って……!」


 ピューリは横を向いていた顔を戻すと、視線だけで射殺(いころ)さんとばかりに俺を睨んだ。


「何にも知らない奴が、ごちゃごちゃ煩いんだよ……っ!」

「今の生活に、何の不満がある。せっかくセステバランが頑張っているのに、どうして一緒に頑張らない?」

「余計なお世話なんだよ!」


 ピューリは立ち上がると、俺を見下ろす。

 今にも掴みかからんとばかりに、殺気を放つ。

 その殺気に釣られ、ベリローゼが動きそうになる。

 俺はベリローゼの方を向いて、首を振った。


 ピューリが、俺の目の前で指さす。


「お前が余計なことをしなければ、リベルバース()の街で普通に暮らして行けたんだ!」

「スリは、普通に暮らしてるとは言わないだろう?」

「煩いっ!」


 ピューリは、すっかり頭に血が上っていた。

 どうやら、話の持って行き方を失敗したらしい。


 まあ、どう話したところで、説得は難しいだろうとは思っていた。

 すぐに癇癪を起こすピューリを、言葉で何とかするのは至難だ。

 というか、ほぼ不可能に近い。


 しかし、ピューリをこのままにすることもできない。

 大して親しくもない俺の頼みを聞き、セステバランとピューリを受け入れてくれたモルマバに迷惑がかかってしまうからだ。

 それも、破滅的な迷惑だ。

 大逆罪未遂は誤魔化せたかもしれないが、スリを続けていればいずれはバレる。

 商売をやっているモルマバにとって、これまで積み上げてきた信頼を失いかねない、非常に厄介なリスクだ。

 俺としては、二人を紹介した手前、この問題を放置することはできなかった。


 ピューリの殺気を受け止めながら、どうしたものかと考えていると、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。

 その足音は、ドタドタドタッと大きな音を立て、かなり慌てていることが窺えた。


「レイン、通してくれ。」


 その足音の主に見当がついた俺は、ドアの向こうのレインに声をかける。

 レインがドアを開けると、すぐにセステバランが部屋に駆け込んできた。


「ピューリ!」

「お兄ちゃん!」


 セステバランはピューリの前に立つと、俺と向き合う。


「リコ! これは何のつもり!? 場合によっては、リコでも許さないよ!」


 セステバランは背中でピューリを庇い、俺と対峙する。

 そんなセステバランを見て、俺は溜息をつく。


「とりあえず、二人とも座ってくれ。……首が疲れる。」


 俺はそう言って、首を捻った。

 コキ……と音が鳴ると、セステバランが微妙な表情になる。

 セステバランはピューリの方を見ると、一つ頷く。

 ピューリをベッドに座らせると、その横に自分も座った。


 二人が座るのを見て、俺は口を開く。


「それ、やめろって言ったよな?」


 そう言って、俺はセステバランの左腕を指さす。

 セステバランの左腕には、以前と変わらず包帯が巻かれていた。

 俺の指摘に、一瞬だけ眉を寄せるセステバラン。

 だが、何かを言ってきたりはしなかった。


「それと、家族が大切なら、よく言ってきかせろ、とも言ったはずだ。……忘れてるわけじゃないよな?」


 俺がそう言うと、セステバランはゴクリと喉を鳴らし、視線を逸らす。

 そんなセステバランを見て、俺はハッとなる。


「お前…………まさか、気づいてたのか。ピューリがスリをやってること。」


 セステバランは、ピューリがやってることに気づいてる。

 気づいていて、放置していたのだ。

 その証拠に、俺が「スリ」という言葉を出しても、セステバランは驚かない。

 ただ黙って、俯いていた。

 セステバランのその態度に、俺の方が項垂れてしまう。


「どうして……。普通の生活を求めていたんじゃないのか、セステバラン?」


 セステバランは黙って俯いていたが、ゆっくりとその顔を上げる。

 その表情は、唇を引き結び、苦しそうだ。


 俺は、セステバランにピューリのスリのことを伝え、止めさせようと考えていた。

 まさかセステバランが気づいているとは、予想もしていなかったのだ。


「モルマバさんに、言うかい?」

「言わないわけにはいかないだろう。このままにはできない。」


 ピューリがスリを続けるなら、二人を住まわせているモルマバには、ひどいリスクだ。

 すべてを知り、それでも雇い続けるというなら話は別だが、知らないままにはできない。


 セステバランは真っ直ぐに俺を見ると、覚悟を決めた、はっきりとした口調で言う。


「モルマバさんには、黙っててくれないか。リコ。」

「お前…………そんなことできるわけないだろう。」

「僕たちは出て行く。だから、モルマバさんには……。」

「お兄ちゃん……。」


 セステバランの決断に、俺は大きく溜息をついてしまう。

 ピューリも、隣に座るセステバランを見て、悲しそうな表情になる。


「モルマバさんには、本当に良くしてもらったんだ。リコの言う通り、このままにできないというなら、僕たちが出て行く。でも、これ以上モルマバさんに迷惑をかけたくないんだ。……頼む。」

「セステバラン、お前……。」


 頭を下げるセステバランに、俺は言葉が詰まってしまう。


「どうして、そこまで……。止めれば済む話だろう! スリをやめろって!」


 だが、セステバランは顔を上げると、首を振る。


「止めないよ。」


 そうして、きっぱりと拒絶した。

 セステバランは立ち上がると、ピューリに声をかける。


「そういうわけだから、ピューリ。支度して。」

「お兄ちゃん……いいの?」


 あまりにあっさりと出て行くことを選択するセステバランに、むしろピューリの方が困惑しているようだった。


「当たり前だろ? 普通の生活もできるのかなって試してみたけど、ピューリに我慢させすぎちゃったね。ごめんな。」


 セステバランは、ピューリに謝った。

 俺には、もはやセステバランが何を考えているのか、さっぱり理解できなかった。


「リベルバースに戻るのもなあ……。いっそ、帝国を出ちゃおうか。」


 すっかり出て行くことを決めたセステバランが、明るい声でこれからのことを話し始めた。

 だが、そんなセステバランを、ピューリは困惑した表情で見ている。

 その視線に気づいたセステバランが、ピューリの頭に手を置く。


「何を驚いているんだい、妹よ。善は急げと言うだろう? すぐに出るよ。」

「う、うん!」


 そうして、二人は少ない荷物をまとめると、さっさと部屋を出て行った。

 俺もベリローゼも、部屋の外で待機していたレインも、あまりの急展開に思わず呆けてしまう。


「……………………………………まじ?」


 開けっ放しのドアを、茫然と見る。


「あの……リコ様、どうしますか? さすがに、これは黙っておくことはできないと思うのですが。」


 ベリローゼに言われ、俺も気を取り直す。

 さすがに、これで何も説明しないのは、モルマバに悪い。

 昨日の騒ぎはともかく、スリのことくらいは言っておかないと、何がなんだかさっぱり分からないだろう。


 俺は、モルマバへの説明の仕方を考え、頭を抱えるのだった。







■■■■■■







「済まない!」


 事務所に入ってくるなり深々と頭を下げる俺に、モルマバがぽかんとなる。

 いきなり出て行った二人のことを伝えないわけにはいかず、俺はモルマバに説明することにした。

 言わないでくれ、と頼まれたところで、さすがにこれを黙っていることはできない。


「本当に? 出て行ったのか? え、本当に?」


 モルマバは、俺からの説明を聞いても、まだよく理解できていないようだった。


「無理を言って面倒も見てもらったのに、こんなことになって……。本当に済まない。」

「いや、まあ、それはいいんだけどな……。とにかく、詳しく事情を説明してくれ。いくら頭を下げられても、何がなんだかさっぱり分からねえよ。」


 モルマバに勧められ、俺はテーブルの席に着く。

 今、レインとベリローゼは俺の後ろに控えている。

 そうして、俺はピューリのスリのことを説明した。

 ただ、昨日のことまでは言えなかった。

 こちらは話が大き過ぎて、知ってしまうだけで多大な迷惑がかかる。


「…………スリか。」

「ああ。そのことをセステバランに止めてもらおうと思ったんだけど、止める気がないらしくて……。」

「それで、出て行く、と?」


 モルマバの言葉に、俺は黙って頷く。

 モルマバは腕を組み、厳しい表情で考え込む。


「まあ、事情は分かった。俺でも、セステバランに言って止めさせるだろうな。」


 モルマバも、セステバランにはそれなりに信を置いていたようだ。

 しかし、そのセステバランが、ピューリのスリをまったく止める気がないのは予想外らしい。


「……ちょっと変わった奴だが、注意すればちゃんと聞く奴でもあったんだ。だから、うちにも置いてやれたんだが……。」


 セステバラン自身も、常識の部分で少々ズレていることもあったらしい。

 ただ、そうした部分は注意すればきちんと気をつけ、仕事ぶりも真面目だったという。


「ピューリのことがなければ、悪い奴じゃなさそうなんだがなあ……。」


 そう、惜しむようにモルマバが呟く。


 俺自身、人のことを言えるような生き方をしているわけではないが、それでも周囲の迷惑ぐらいは考える。

 誰かの世話になっているなら、その相手に迷惑をかけたくない、くらいのことは考えて行動を選択しているつもりだ。


 だが、ピューリとセステバランは違うのだろう。

 あの二人にとって大事なのは二人だけで、それ以外のことはどうでもいい。

 そうやって生きてきたのだろうから、ある程度は仕方ないとは思うけど……。


「とにかく、いきなり人が減っては商売が困るだろう? 代わりの人が見つかるまでは、穴埋めくらいは俺が――――。」

「お前が、(うち)で働いてくれるのか? 力仕事をできるのか?」

「ああ、力にはそれなりに自信があるぞ。」


 何たって、俺には【戦意高揚(イレイション )】があるしな。

 セステバランが抜けた穴を埋めると言う俺に、モルマバが声を上げて笑った。


「はっはっはっ、そこまで気にしなくてもいいさ。あの二人のことは、別にお前のせいってわけじゃない。」

「だが、困るのは困るだろう?」

「それはそうだが、穴埋めくらいならすぐに見つかる。そんなに気にすることはない。」

「そう、なのか?」

「ああ。」


 そう言って、モルマバは頷く。

 何でも、商売が順調なモルマバの店は、働きたいという人がいくらでもいるらしい。


「商売仲間から、うちで修行させたい、って話がいくつもあるんだよ。手は足りてるって断ってたくらいだ。何人かに声をかけりゃ、今日明日にも代わりくらい見つかるぜ。」


 その、自信に溢れた言葉に、俺の罪悪感が少しだけ薄まる。

 俺はもう一度頭を下げた。


「済まない。ありがとう。」

「だから、そう気にするなって。……意外に真面目なんだな、お前。傭兵なんかやってるくせに。」


 モルマバの評に、俺は微妙な顔になる。


「…………なんか、前にもそんなこと言われた気がするな。」

「はっはっはっ! 俺も、前にそんなことを言った憶えがあるぜ!」


 モルマバが大笑いした。

 釣られて俺も笑い、二人で一頻(ひとしき)り笑い合う。

 そうして、話は俺のことに移った。


「これからどうすんだ? 帝都に住むってわけじゃないんだろ?」

「ああ、今回帝都に来たのは、あの二人のことを押しつけてしまっていたから、様子を見に来ただけなんだ。…………結果は、最悪になってしまったけどな。」


 俺が顔をしかめると、モルマバも苦笑した。


「もう少し帝都にいるのか?」

「いや、他に用事もないしな。俺たちも出るよ。……帝都は宿も高いし。」

「金がねえなら、うちに部屋が余ってるぞ。泊ってくか?」

「……で、宿代代わりにコキ使うか?」


 そんな冗談を言い合い、俺は席を立つ。

 モルマバが、店の前まで見送りに来てくれた。


「何だか、騒がせるだけになってしまったな。」

「だから気にすんなって。また帝都に来たら、顔くらい出せ。」

「ああ、そうさせてもらう。じゃあ、また。」

「おう、気をつけろよ。」

「お邪魔しました、モルマバさん。」

「失礼します、モルマバ様。」


 レインとベリローゼも挨拶し、俺たちは雑踏の中を歩き出す。


「いい人ね、モルマバさんって。」

「ああ。」


 俺なんかの手紙一つで、身元のはっきりしない二人の世話をしてくれたのだ。

 お人好しと言ってもいいくらいだろう。

 後味の悪い結果となってしまったが、それも仕方がない。

 俺としては、あのまま見逃すわけにはいかなかった。


 そうして帝都を出て、俺たちは南に向かう。

 ただ傭兵稼業をするならば、帝都で仕事を探すのもいいだろう。

 だが、俺にとって傭兵はあくまで仮の姿。

 一番の目的は別にある。


「まずは、ルースオマに戻って、情報収集か。」

「そうですね。」


 とりあえずの方針を示すと、ベリローゼが頷く。

 帝都の情報屋ギルドを使ってもいいのだが、俺はマシークのことをそれなりに信頼している。

 貸している地図も回収したいので、まずはルースオマに向かうことにした。


 ピィィィイイイ……ッ!


 遠くから聞こえる鳴き声に、空を見上げる。

 青空を優雅に飛ぶ白い鳥を、俺は目を細めて眺めるのだった。





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