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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第六章 兄と妹

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第59話 モルマバの店




 ルースオマの街から二週間かけて、ようやく帝都ラジブールに到着した。

 俺は何度か来ているが、レインとベリローゼは初めてということで、まずは皇帝の居城を見学に来た。


「うわぁ~……。」


 レインが口を半開きにして、湖面に映った美しい城を見ていた。

 キラキラと反射する陽光と相まって、まるで絵画を切り取ったような、非現実的な風景だ。


 皇帝の居城は、通称水晶城(クリスタルキャッスル)と呼ばれている。

 湖は非常に大きく、比較する資料でもなければ琵琶湖とどっちが大きいのかも、俺には分からない。

 湖の中心に島があり、そこに巨大な城が建てられていた。

 島の北に対岸まで渡された大きな橋があり、そこを通れば島に行くことができるが、当然ながら許可の無い者は通ることができない。


 帝都とは、この湖の周囲にある街、全体を差す。

 街は大雑把に、四つの区画に分かれている。

 北区、東区、西区、南区だ。

 街壁で区切られているわけではないので、正確にどこから北区、どこから東区というのは分からないが、そんな風に一応は区切っているらしい。


 そして、それぞれの区には移動用の船がある。

 とにかく湖が巨大なので、歩いて反対側の区に行こうとすると、下手すると二~三日かけて移動することにもなりかねない。

 そのため船着き場が整備され、定期的に移動用の船というのが出ていた。


 また、許可を得た者が漁の船も出している。

 湖の魚を捕り、生計を立てているのだ。


「船が見えるだろう?」


 そう言って俺は、湖面に浮かぶボートのような小船を指さす。

 船には船尾に旗が立てられ、それが正式な許可を得た船であることを示している。

 レインとベリローゼが、俺の指先を辿り船に視線を向けた。


「許可なく船を出した者は死罪だそうだ。」

「へ?」


 俺の言葉に、レインが間の抜けた声を漏らす。


 この湖は、憩いの場なんかではない。

 人々の生活の糧であり、貴重な水源であり、そして皇帝の居城の護りだ。

 そのため、子供であっても勝手に船を出した者は、問答無用で処刑される。


「皇帝の居城への侵入を試みた。そう捉えることもできるだろ?」

「確かに、そうかもしれませんが……。」


 許可なく水晶城(クリスタルキャッスル)のある島に入れば、もちろん死刑。

 そして、無許可で湖に船を出すのは、その島に侵入するのを試みた、と判断される。

 島に侵入しようとするなど、皇帝陛下への反逆の意志がある、と解釈されるのだとか。

 そのため大逆罪と同等として扱われ、未遂でも既遂でも死刑となる。


 非常に厳しく取り締まっているらしく、毎日、何時に、何隻の船が出ているのか。

 しっかりと把握しているそうだ。

 まあ、それで処刑されたのももう何十年も前が最後で、今は誰も無許可で船を出そうとはしない。


「さて、肝が冷えたところで、目的の店に行くか。」


 レインとベリローゼが微妙な表情になったのを確認し、俺は城に背を向け歩き出した。







 俺がわざわざ帝都まで来たのは、知り合いの店に行くためである。

 知り合い。そう、モルマバの店だ。


 二年前、リベルバースの街で知り合った二人の子供。

 セステバランとピューリ。

 二人だけの兄妹(きょうだい)らしく、スリで生計を立てていた子供だ。

 二人にモルマバの店を紹介しておきながら、俺はそのままほったらかしていた。


 まあ、この二年間はそれどころじゃなかったというのもあるが、そんなのは俺の側の言い訳に過ぎない。

 モルマバからすれば、「少しの間面倒を頼む」と押し付けられながら、そのまま放置されていたようなものだ。


「……行ったら、怒られるんじゃないの?」

「かもしれないな。とはいえ、このままってわけにもいかんだろ。」


 不安そうに言うレインに、俺は肩を竦めて答える。


 今も二人がモルマバの店にいるかどうかは、分からない。

 とっくに放り出されているかもしれない。

 そもそも俺の紹介など怪しいと、門前払いされている可能性だってある。

 どうなっているかは分からないが、それでも自分のやったことの結末くらいは、確認する義務があるだろう。


 すでにモルマバの店の場所は調べてあった。

 商業ギルドで教えてもらったのだ。


 馬鹿みたいに広い帝都で、一軒一軒尋ねて回ったら、辿り着くまでに何年かかるか分からない。

 しかし、店主の名前が分かっているのだから、店の場所くらいは商業ギルドで調べてもらうことが可能だ。

 そうして教えてもらった場所は、南区だった。

 俺たちも南からやって来たので、比較的近い場所にモルマバの店はあるようだ。







「そこそこ良さそうな場所だとは聞いてたけど、本当にいい場所だな。」


 そうして、俺たちはモルマバの店の近くまで来た。

 三階建ての、しっかりした建物だ。

 これは、一等地と言ってもいいかもしれない。

 帝都のメインストリート、とまではいかないが、割と大きな通りに面している好立地だ。

 人通りも多い。

 俺たちは雑踏の中、人を縫って店の前まで行った。


「じゃあ、また頼むよ。」

「あいよっ、毎度ありぃ!」


 聞き覚えのある、威勢のいい声が聞こえてきた。

 店の前では、客を見送るモルマバがいた。

 店の中にも数人の店員がいて、忙しそうに荷を運んだり、接客をしている。


「繁盛しているみたいだな。」


 俺はモルマバに近づき、声をかけた。

 モルマバは振り返ると、一瞬だけ訝し気な顔をする。

 だが、すぐに俺の顔を思い出したのか、表情を和らげた。


「お、おう。リコじゃねえか。何してんだ、こんな所で。」

「何してるって、顔出せって言ってただろ?」

「ん? ああ……そういや、そうだったな。」


 ルースオマの街で偶然会い、立ち話をしたのはもう二年も前の話だ。

 モルマバはすっかり忘れていたようだ。

 そうして、俺の後ろに控えるレインとベリローゼに気づいたのか、視線を向ける。


「そっちは、お前の連れか?」

「ああ、レインとベリローゼだ。」


 そうして、軽く挨拶を済ませる。

 それから俺は、モルマバの店に来た目的を果たすことにした。


「あー……、それでさ。二年も前の話になるんだけど。」

「んん? 二年前?」


 俺が少し気まずそうに言うと、モルマバも眉を寄せる。


「この店に、二人の子供が尋ねて来なかったか? 俺の手紙を持って。」

「ああー、セステバランたちな。いるぜ? 今は奥で、倉庫の整理をしてもらってる。」


 どうやら、二人は無事にモルマバに雇ってもらえたようだ。

 しかも、今もまだ働いているらしい。


 そこでモルマバは、腕を組んで顔をしかめた。


「お前さあ、いきなりああいうのは――――。」

「分かってる。無理を言ったのは、俺も承知してる。本当に済まなかった。」


 先回りして謝ると、モルマバが溜息をつく。


「まあ、セステバランはよくやってくれてるしな。……しかし、近いうちに顔を出すって言って、二年も顔を出さないってのはどうなんだ?」

「…………返す言葉も無い。済まなかった。」


 この件に関しては、一方的に俺に非がある。

 俺は言い訳はせず、ひたすらに謝った。

 とりあえず言うだけは言えたので、モルマバもそれ以上はこの件を責めるつもりはないようだ。


「立ち話もなんだ。ちょっと寄ってけよ。時間はあるんだろう? セステバランも、お前に会いたがってたぜ。」

「せっかくだ、お邪魔するよ。」


 モルマバが店の中に入ると、俺たちも続いた。

 どうやらモルマバの店は、食料品を扱っているらしい。

 それにしては野菜や果物、燻製肉など、いろいろな物が店先に出ている。

 袋に積んだままの小麦や豆もある。


「……ここは何の店なんだ? 食品全般を扱ってるのか?」


 普通は肉屋、八百屋、穀物屋など、食品一つとってもそれぞれを専門に扱う店が一般的だ。


「店先でも売ってるけどな。うちのメインは卸だ。大口の取引が主で、店先(こっち)はまあ趣味みたいなもんだ。」


 店に来た客と話をするのが好きらしく、わざわざ店先でも商品を出しているらしい。

 根っからの商売人気質のようだ。


「自分から仕事を増やすなんて……。」

「そんな考えじゃ、商売人には向いてねえなぁ。」


 そう言って、モルマバは笑う。

 店舗の奥に事務所があり、上には居住スペースがあるようだ。

 この建物の奥に、別棟で倉庫もあり、セステバランはそっちにいるらしい。


 モルマバの後について行くと、店員たちが挨拶をしてくる。

 モルマバはいくつか店員に指示を出すと、事務所に入った。


 事務所は思ったより広く、そして狭い。

 広さ自体は結構あるのだが、棚や机がいくつもあり、木箱も積まれたりして狭苦しく感じた。

 事務所の中にも何人か働いている人がいて、忙しそうに書類仕事をしている。


 俺たちは、入ってすぐ横にある、商談用か会議用らしきテーブルを勧められた。

 が、レインは事務所に入るとドアの前に立ち、直立不動になる。

 ベリローゼも席にはつかず、俺の後ろでやはり直立不動で立つ。

 そんな二人を、微妙な表情で見るモルマバ。


「気にしないでくれ。傭兵として、護衛をする時のための訓練をしてるんだ。」


 席に着き、俺が笑って言うと、モルマバも少し納得したようだ。

 俺は軽く世間話を振った。


「随分と忙しそうだな……。儲かって仕方ないだろう?」

「ははっ、まあな。今はとにかく、物がばんばん動く。物が動けば、そこに利が生まれる。儲からないわけがないだろ?」


 それは、商売の基本だ。

 右から左に物を動かし、そこに利を発生させるのが、商売人と言える。


 元々食料品を扱っていて、帝都で大口の取引先を紹介されて、モルマバは商売を再スタートさせた。

 その紹介された先に帝国軍関連があれば、今はとにかく激しく物が動くのだろう。

 小さな利の積み重ねであって、相手が軍関連なら莫大な量が動くのは必然。

 そこから生み出される利も、また大きくなる。


「帝国の連中は気前が良くって有難いぜ。前は、随分無理をさせられたからよ……。」


 笑いを引っ込めると、モルマバはしみじみと呟く。

 元々、モルマバはヨッテンソーム王国で商売をしていた。

 無理を吹っ掛ける領主に見切りをつけ、眠る赤狼の提案に乗ったからこそ、今がある。


 俺は自分の鼻先をちょんちょんと叩いた。


「いい鼻をしていたな。あのままヨッテンソーム(むこう)に残っていたら――――。」

「ああ、今考えてもぞっとするぜ。」


 まさかあの提案が、帝国によるヨッテンソーム侵攻の足掛かりになるものだとは、夢にも思わなかっただろう。

 あのままヨッテンソーム王国に残っていたら、果たしてモルマバはどうなっていたか。

 想像もつかない。


「お前(そっち)は、相変わらずか?」


 モルマバが、こちらに話を向けてきた。


「そこそこ懐に余裕ができたんで、しばらくはのんびりやってたよ。……まあ、また再開することにしたけど。」

「懐が寂しくなったからか?」


 俺はそれには答えず、肩を竦めた。

 モルマバが少し声を抑え、尋ねてくる。


「国境の方じゃ、軍が駐留してんだろ? 傭兵はどうなんだ?」

「今のところ、傭兵は使ってないみたいだな。まあ、まだ共和国と直接は衝突してないから、今雇っても遊ばせとくだけだろうし。」


 現在、国境付近を帝国軍が固めて、警戒するだけに留めていた。

 主要な街道を押さえ、人の行き来も禁止されている。


「……てことは、傭兵を集め始めたら。」

「ああ、開戦が近いと思っていいだろう。まあ、共和国(むこう)から仕掛けてくることもあり得るし、傭兵なんざ使わずにいきなり帝国軍を侵攻させるかもしれないけどな。」


 モルマバは、開戦の動きを何とか知ることができないかと考えているようだ。

 きっと、誰よりも早く動きを掴めれば、一儲けできそうだと算盤を弾いているのだろう。

 本当に根っからの商売人だな。


「モルマバ(そっち)だって、いち早く動きをキャッチできる立場だろう? 国境の軍に投入される物資が増え始めたら……。」

「ああ、可能性はあるな。」


 駐留する軍の規模を増やせば、必要な物資は増える。

 それにより予想をすることはできるが、確実ではない。

 侵攻のための増強か、国境警備のための増強かは、外から見ているだけでは分からないからだ。

 小さな変化をいくつも掴み、総合的に判断するしかないだろう。


 そんな、お互いの近況や最近の帝都の噂を話した。

 その話の中に、明らかに異質な話も混じっていた。


「魔王の、復活……?」


 そんな噂が、帝都で囁かれているのだそうだ。


「お前が知っているか分からんが、何でも魔王を信奉するイカレた連中ってのがいるらしい。……一年くらい前からかな。そんなのが魔王の復活を目論んでるとか何とか。そんな噂があるんだ。」

「へぇ……。」


 俺は気のない振りをして、モルマバの話を頭の中で考えていた。


(魔王信奉者(サタニスト)…………マシークの話じゃ、一般的に知られた存在ではないって話だったが。)


 おそらく、都市伝説程度に語られている噂なのだろう。

 具体的なことは分からず、ただ話だけが広がる。

 その証拠に、モルマバの話に『魔王信奉者(サタニスト)』や『黒衣のローブ』といったキーワードは出て来なかった。


「具体的なことが分からなきゃ、商売には生かせねえか?」


 俺が冗談めかして言うと、モルマバがうんざりしたような顔になった。


「馬鹿言うな。こんなんで商売なんかできるかよ。」

「そうか? 魔王の供物に、とか言って胡散臭い物でも売りつけられるんじゃないのか?」

「そんな如何にも怪しい連中相手に、商売なんかしたくねえんだよ!」


 ムキになって言うモルマバに、俺は思わず笑ってしまった。

 だが、モルマバはやや真剣な顔になる。


「真偽ははっきりしねえが、実際に教会に手配されている奴もいるって噂だ。お前は帝都は慣れてねえんだろ? 下手なことに首を突っ込まないようにな。」

「ああ、ありがとうな。忠告は忘れないようにするよ。」


 そこで、俺は話を変えた。


「そう言えば、土地(ここ)の契約は無事に更新できたのか? 確か、期限があるって話だったが……。」


 三年の時限付き契約。

 その三年間は、土地代も無しという破格の条件だったはずだ。


「ああ、つい先日無事に契約を結び直したところだ。さすがに土地代を支払う内容に変更にはなったが、その金額も良心的だったぜ。」


 それなりの金額での契約らしいが、相場からすればまだ良心的な額だったそうだ。

 今は大口の契約も順調なので、何の問題もなかったと言う。


「俺の杞憂だったか。いきなり放り出されることにならなくて良かったじゃないか。」

「別に、お前だけが気を揉んだわけじゃねえさ。俺だって、どんな条件に変更されるかと、ビクビクしてたんだからよ。」


 そう、疲れた顔をして、モルマバが溜息をついた。

 少々訳アリでの、言わば亡命だ。

 最悪を想定するのは、決して考えすぎではないだろう。


「他にも店を構えるかもって言ってなかったか? そっちはどうしたんだ?」

「いろいろ考えたけどよ。そっちは棚上げだな。帝都の店(こっち)が結構忙しいし、順調なんでな。無理に手を広げることもねえか、って。」


 溜め込むだけ溜め込み、もし帝都を出る必要ができたら、身軽に動くつもりだったらしい。

 そんな話をしていると、急に廊下の方が騒がしくなった。

 レインが振り返って立ち位置を変え、剣(ソード)に手をかける。


「待つんだ、妹よ。お前もちゃんと――――。」

「放して、バカ兄(に)ぃ! ウチは知らないから!」


 何となく、憶えのあるやり取りが交わされていた。

 モルマバはそのやり取りを聞き、顔をしかめる。


「あいつらは、まったく……。しょうがねえなぁ。」


 そう言って頭を掻くと、事務所のドアに向かう。

 レインはモルマバに場所を譲り、少し下がる

 モルマバは事務所を出ると、廊下で騒いでいる二人に声をかけた。


「何騒いでんだ、セステバラン。ピューリも、大声で騒ぐんじゃない。」

「煩いっ! とっつぁんは口出さないで!」

「こら、ピューリ! モルマバさんに――――。」

「いいから、放してっ!」

「あっ、ピューリ!?」


 ばたばたと廊下を走る音が響く。

 状況的に、おそらくピューリがどこかに走って行ったようだ。


(…………相変わらず、我が儘いっぱいにやってるようだな。)


 初めて会った時の、路地裏でのやり取りを思い出し、少し懐かしい気持ちになる。

 俺は後ろのベリローゼに目配せすると、ベリローゼが頷く。

 そうして事務員たちの意識が廊下に向いているうちに、素早く事務所の窓に向かった。


「見苦しいところを見しちまったな……。」


 モルマバが弱りきった表情で頭を掻き、こちらを見る。

 俺は軽く首を振った。


「あの子の気性は、俺もよく知ってるよ。」


 いいパンチ(の)を一発喰らったしな。

 俺はスンと鼻を鳴らし、鼻先を軽く擦る。


「せっかくの別嬪さんなのになあ。あの癇癪さえなければな……。」


 モルマバが、惜しむような口調で言った。

 きっと、看板娘も夢ではないだろう。

 黙っていれば。

 あと、手足をふん縛(じば)っておけばな!


 そうして、少し日に焼けた青年が困った顔をして、事務所に入ってきた。

 青年は細身だが、しっかりとした筋肉がつき、なかなか精悍な感じだ。

 だが、その表情が、やや気の弱さを物語っていた。

 青年は視線を上げると、俺の顔を見て破顔した。


「リコ!」

「久しぶりだな。見違えたじゃないか。」


 その青年は、相変わらず左腕に包帯を巻いていた。

 リベルバースで会った、重度中二病患者。


 あの頃よりも逞しく成長したセステバランの姿に、俺も頬を緩めるのだった。





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