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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第五章 交錯する野心

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第46話 確変の予感 ※大陸南東部、略図有


※五章では、大陸南東部の位置関係について、頻繁に話題に上がります。

 確認がしやすいよう、舞台となる地域を掲載しておきます。


【アウズ大陸 南東部略図】


                       □

                      □

       A国            □

             ■■■□□□□□□

            ■        □

          〇 ■☆       □

            ■        □

            ■        □

 □□□□□□□□□□■■   B国   □

            ■        □

            □        □

            □        □

             □□□□    □

     D国     □    □□□□

            □        □

            □        □

            □        □

            □   C国   □

            □        □

 □□□□□□    □         □

       □□  □         □

         □□□□□□□□    □

                 □□  □

                   □ □

                   □□□


 A国 ネプストル帝国

 B国 ヨッテンソーム王国

 C国 オランジェス王国

 D国 ホルスカイト共和国


 〇  領都ルースオマ

 ☆  眠る赤狼と攻略した砦

 ■  山脈があり、通行できない(危険だが、通り抜けるルートはある)





 ソバルバイジャン伯爵領、領都ビゼット。

 ……の、とある食堂。


 カリッ。


 レインとベリローゼが食事をしている間、俺はパンデピスというお菓子を食べていた。

 パンデピスというのは、要はクッキーのような物である。

 パウンドケーキのような物が大元らしいが、今はクッキータイプが主流だそうだ。

 おそらくだが、クッキー状の方が日持ちするからだろうと、俺は予想している。


 このパンデピスにはスパイスが混ぜられることが多く、店によって加えられるスパイスに違いがある。

 ジンジャー、シナモン、ナツメグなど、店によってレシピが違い、結構風味が違う。


「すみませーん、パンデピスおかわりー。」

「…………何個食べる気よ。」


 すでに、俺の前には三枚の皿が重ねられていた。

 レインたちの食事が終わるまで、俺はパンデピスを食べて待っていた。


「『本日のデザート』を楽しみにしてたのに、食いそこなったんだ。いいじゃないか。」

「まだ言ってる……。」


 銀行強盗の乱入というアクシデントにより、俺の昼食は中断を余儀なくされた。

 全員をぶちのめしてきたが、それで気が晴れる訳ではない。


「そんなことより、食べ終わったなら報告をしてくれ。」


 レインとベリローゼの食事が終わるのを待ち、俺は報告を促す。

 そろそろ冬に向けて、越冬の方針を考えているところではあるが、レインには傭兵ギルドで仕事を探させてもいた。

 明確に方針が定まった訳ではないので、平行して美味しい仕事があえば受けようかとも考えていたのだ。

 あと一つくらい仕事をして、それから本格的に冬に向けての準備にかかる。


「…………えーと、その……。」


 俺が報告を促すと、レインが珍しく言い淀む。

 仕事が見つかったならやる気まんまんで報告し、無ければ無いで、そう報告するだけだ。


「レインが言いにくそうにしてるとか、嫌な予感しかしねえんだけど。」


 店のおばちゃんが持って来た、パンデピスの乗った皿を受け取り、一つを摘まむ。


「ちょっと遠い仕事だから、リコは反対するだろうなあ……って。」

「遠い?」

「ヨッテンソーム王国です。リコ様。」


 ベリローゼの補足に、俺は呆れた顔になる。


「ヨッテンソームだぁ!? 帝国内じゃないのかよ!」


 ビゼット(ここ)からだと、普通は三週間近い旅程だ。

 まあ、それは普通に街道を使った場合の話で、入国するだけなら一週間ちょいで行けるが。


 ビゼットから一週間ほど東に行けば、ヨッテンソームとの国境付近の街に着く。

 普通はそこから一旦北上し、また東に向かうのだ。

 国境を塞ぐ、険しい山脈を迂回するために。

 山脈を迂回したら南下して、晴れてヨッテンソーム王国に入国となる。

 一週間で行く場合はその山脈を越えることになるが、岩山を越える厳しいルートだ。

 そのため、通常はそんなルートを使わず、素直に街道を行くのだ。


 俺は呆れて、思わず溜息をつく。


「あのな? 基本は近場で探すもんだって、何度も言ってるよな? あまり離れた仕事の場合、着いたら締め切られていたなんてことに……。」

「おそらくですが、今回はその可能性は低いかと思います。」


 俺がいつもの傭兵の心得を口にすると、ベリローゼがそれに割り込む。


「可能性が低い? 何でそんなことが分かるんだよ。」

「そんなに早く、砦が落ちるとは思えないからです。」

「…………砦?」


 ヨッテンソームと砦というキーワードに、じんわりと嫌な予感を覚える。

 レインが、見つけてきた仕事の詳細を説明する。


「春頃に、国境に近い砦を山賊か野盗が奪ったんですって。その賊が、近隣の町や村を襲って、ひどいことになってるみたいなの。」


 かなり荒っぽい賊のようで、やりたい放題に暴れているらしい。

 困り果てた領主が、近隣の領主やヨッテンソーム王に、討伐の協力を要請した。

 冬が迫った時期に陣を張るのは避けたかったが、これ以上は放っておけないくらい、深刻な被害が出ているのだという。


 そんな、レインから語られる話を、俺は黙って聞いていた。

 目の前の皿に置かれたパンデピスをじっと見つめ、油汗を掻きながら。


(…………春頃に奪われた砦? 賊だって? それってさ……。)


 俺たちが落とした砦じゃね?

 眠る赤狼から受けた、砦攻略の仕事。

 ヨッテンソーム王国にある砦を落とし、賊に引き渡した。

 あの時の賊が暴れに暴れ、付近に深刻な被害をもたらしているらしい。


「どうかされましたか、リコ様?」

「…………いや、何でも……。」


 俯き、押し黙る俺の態度に、ベリローゼが首を傾げる。

 俺は誤魔化すように、摘まんでいたパンデピスを齧った。

 そんな俺を、レインが真剣な表情で見つめる。


「リコなら多分、反対するとは思ったんだけど……。何とかしてあげたいなって。」


 現在、ヨッテンソームのいくつかの領主が兵を差し向けて、砦の包囲に動いたらしい。

 それと同時に傭兵も大々的に募り、砦奪還に向けて動いているのだと言う。


 ヨッテンソームの領主軍一千と、傭兵数百。

 これで砦を落とす作戦のようだ。


(合わせて一千数百か……。数の上では何とかなりそうだけど。)


 城や砦を落とす場合、攻める側は守る側の三倍の兵が必要とされる。

 とは言え、こんなのはあくまで基本的な考え方というだけだ。

 攻城兵器の有無や兵の練度、地形などでもかなり変わる。

 五倍の兵をもってしても落とせない城や砦など、いくらでもあるのだ。

 あくまで、三倍差くらいはないと厳しいよ、という基本戦略の話である。

 実際に用いる戦術次第で、必要な兵数はいくらでも変動する。


(あの時見た賊の数は、(おおよ)そ三百。備蓄はたんまり運び込んでいた。)


 眠る赤狼が砦を引き渡す時に見ていたが、相当な手練れのようだった。

 何より、


(帝国の偽装だったんじゃないのか、あいつらは……?)


 あくまで俺の予想ではあるが、無頼を装った帝国の正規兵ではないかと思ったのだ。

 俺が難しい顔をして考え込んでいると、レインが頭を下げる。


「危ない仕事だっていうのは分かってるの。それでも、沢山の人が困っているなら、助けてあげたい。…………私なんかじゃ、あんまり力にはなれないかもしれないけど。」

「レイン様……。」


 レインはレインで、真剣に考えてこの仕事を選んだのだろう。

 そうだとしても、かなり危険な仕事ではあることには違いない。

 帝国のことを抜きにしても、砦の攻略となると相当に犠牲者が出る仕事だ。


 冬の前に「ちょっと一仕事」という訳にはいかない。

 と言うか、下手したら戦場で冬を越すことにもなりかねない。

 むしろ、その可能性が濃厚だろう。

 砦に籠る賊たちがどう対抗するか次第ではあるが、本気で守りに徹したらかなり長引くし、相当な被害が出ることになる。


 果たして、それだけの覚悟がレインにあるか?

 ベリローゼも、レインに付き合うなんて軽い気持ちで同行すれば、大変な目に遭うだろう。


 俺は、冷えた目で真っ直ぐにレインを射抜く。


「…………戦場は甘くねえぞ? 戦って死ねるなら、まだいい方さ。冬に陣を張るなら、凍傷で手足を失う奴もいる。凍死する奴だって出る。兵站を突かれれば、飢えに苦しむことだってある。それでも戦い抜く覚悟はあるか?」


 目の前の敵を倒すだけじゃない。

 過酷な環境こそが、もっとも恐ろしい敵だ。

 気持ちが萎え、心が折れ、逃げ出す奴も出てくる。

 寒さに耐え、飢えに堪え、それでも己を奮い立たせ、戦場に留まり続けることができるか?

 戦い抜くことができるのか?

 口先だけじゃない、本当の覚悟が試される。


 俺の鋭い視線を受け、レインが緊張したように顔を強張らせる。

 それでもレインは口を引き結び、こくんと頷いた。


 俺は軽く息をつき、パンデピスを口に放り込んだ。


「まあ……ヨッテンソーム側につくなら、そこまでひどいことにはならないだろうけどな。」


 砦を囲む側であり、地の利もヨッテンソームにある。

 しっかりと砦を包囲していれば、兵站を突かれることもないだろう。

 たとえそうした事態が起きても、ヨッテンソームの国内での話だ。

 すぐに補充もされる。


(それに、俺が関わった仕事で、そんなことになってるなんて言われちゃな……。)


 砦に籠ってヨッテンソーム軍に嫌がらせをするくらいなら、勝手にやってろと思っていたが、まさか近隣の町や村を襲っていたとは……。

 後味の悪い話だ。

 聞かなければ、知らなければ、目を瞑っていられた。

 だが、聞いてしまった以上、この後味の悪さをどうにかしなくてはならない。


 それでも、あえて目を逸らすか。

 自分の始末を、自分でつけるか。


「………………、分かった。行こう。」

「え?」

「いいの、ですか?」


 俺が受け入れたことが意外だったのか、レインもベリローゼも、驚いた顔をして固まった。


「ただし、戦場ってのは常に流動的だ。いつでも逃げ出す覚悟はしておけ。」


 俺がそう言うと、レインがずっこけた。


「ちょっと、リコ! さっきと言ってることが違うじゃない!」

「そういうもんなんだよ。絶対に戦い抜くって覚悟は必要だが、それに固執してたら命がいくつあっても足らん。」


 ベリローゼが、苦笑しながら俺を見る。

 おそらくだが、ベリローゼには俺の言わんとしてることが分かっているのだろう。


 終始優勢に戦いを進めても、局所的には劣勢になっている箇所だってある。

 圧倒的勝利を得ても、犠牲者がいない訳じゃない。

 要は、そうした時に状況を読んで逃げ出すことも必要だ、ということ。


 俺たちは正規の兵じゃない。

 命を捧げろ、礎となれ、なんてことを求められても、即答でお断りする。

 勝ち馬には乗るが、敗色濃厚となれば脱兎の如く逃げ出す。

 それが傭兵である。


 傭兵の御法度に、勝手に仕事を投げてはならない、というのがある。

 だが、いくら契約だからと言って、死ぬのが確実な状況でも逃げるな、とは傭兵ギルドも言わない。

 もし依頼者(クライアント)に「死んでも契約を守れ」なんて言われても、悪評が広がろうが自分の命を採る。

 当たり前の話だ。


 ただし、まったく粘らず即行で逃げ出す奴は、傭兵たちからも信用を失う。

 そういう奴は、どこの仕事に行っても馬鹿にされるし、見捨てられる。

 この辺りの見極めが、非常に大事だった。


 俺は皿からパンデピスを一つ摘まみ、レインを指さす。


「ヨッテンソーム側について、ヨッテンソームが勝っても、自分が死んでちゃ意味ねえだろ? 勝ちに貢献する、自分も生き残る、それが最善。次善は、ヨッテンソームがどうなろうと自分が生き残ることだ。最悪は、自分が死ぬこと。ヨッテンソームが勝とうが負けようが、な。」


 俺の話を聞き、レインが変な顔をする。

 言いたくことは分かるような。

 でも、納得はしたくないような。

 騎士を目指していたレインからすれば、俺の主張は飲み込みたくはないのだろう。


「命は張るが、命を懸けるな。常に生き残ることを最優先に置き、その上で成果を上げる。……レインに一番欠けているのは、そういう部分だ。」


 領主や領民のために命を捧げることを、騎士と定義するレインには、相容れない考え方だろう。

 なまじ騎士への道を断たれ、心だけは騎士であろうとするため、レインの思い描く『騎士像』はひどく歪んでいるように俺には感じられた。


(はぁ…………冬の戦場か。俺も、気を引き締めないとな。)


 こうして、次の仕事はヨッテンソームでの砦奪還に決まったのだった。







■■■■■■







 ヨッテンソーム王国行きが決まった翌日に、俺たちはビゼットを発った。

 そうして一週間ほどをかけて、国境の街に着いた。


 ここはエザルバ子爵領、領都のルースオマ。

 ベリローゼと出会った街であり、山賊のアジト探しの仕事を受けた街だ。

 普通は、このルースオマから山脈を迂回するために北上する訳だが、俺はそのまま東に向かうことを提案した。


 その提案に、レインが困ったような顔になる。


「私も早くヨッテンソームに行きたいと思うけど……。山脈は危険だって話でしょ? 狭い渓谷や、岩山を通るって。」

「まあ、絶対安全とは言わないけどな。それなりに、ちゃんと通れるルートを知ってる。」


 俺がそう言うと、ベリローゼが首を傾げた。


「なぜ、知っているのですか?」

「……………………。」


 ベリローゼの素朴な疑問に、俺は答えない。

 答えられない。


(春に、このルートを通ってヨッテンソーム入りしてる、とは言えんな。)


 眠る赤狼と砦を落とす時、この山脈を越えてヨッテンソームに入ったのだ。

 当然、帰りもこの山脈を越えて帝国に戻った。

 半年ほど前に往復したルートだから、まだ普通に通れるだろうという目算な訳だが……。


「…………前に、仕事で使ったことがある。仕事の詳しいことは、守秘義務により言えん。」


 ということにする。

 前に使ったことがあると言わないと、レインもベリローゼも納得しないだろう。

 しかし、仕事の詳しい内容は言いたくない。

 そのため、予防線を張っておくことにした。

 守秘義務がある、と。


 俺たちは、以前にも使っていた宿屋に泊まることにし、夜までは自由行動にした。

 そうして俺は、久々に情報屋ギルドと接触することにした。

 沈む塔、リベルバースの街に出発する前に接触したが、それから一カ月半が経っている。


 ギルドなら、最近のヨッテンソーム王国の状況なども、それなりに掴んでいる可能性が高い。

 そうした情報を仕入れるために、俺はマシークに言われた通りに、食堂に顔を出した。


 マシーク曰く、通常はここで「酒の仕入れ先を聞け」ということだった。

 まあ、俺は顔だけ出せばいいということだが。

 ちょっとやってみたかったな。

 秘密の符丁のやり取りとか。


 夕方となり、少々混み始めた食堂に入ると、見知った顔を見つける。

 客の一人が、おそらく情報屋ギルドの関係者だった。

 俺がマシークと接触する時に、傍にいたのを憶えている。


 俺は空いてる席に着き、適当に食事を頼んだ。

 俺に顔を出すだけでいいと言ったのは、情報屋ギルドの人間が常駐しているからのようだ。

 そうして、どうやって接触してくるのかと待ってみたが、特に接触は無し。

 食事を食べ終えてしまったため、勘定を払って外に出た。


(宿屋に戻ればいいか?)


 俺が繋ぎたがってることが伝われば、向こうから声をかけてくるだろう。

 そう考え、俺は宿に戻ることにした。







 宿屋への帰り道、尾行に気づいた。

 あっという間に暗くなった街に、酔客の騒がしい声があちこちで上がる。

 状況的に気配を探りにくいが、間違いはなさそうだ。


(………………。)


 スッと、心が冷える。

 短剣(ショートソード)も佩き、完全装備でいるため、戦闘になっても問題ない。

 あとは、周囲への被害を抑えることや、街中で堂々と大立ち回りをしたくない、という希望だけ。


 俺は行き先を変更し、街の外れの方に向かう。

 人気の無い方へ、無い方へと進んで行った。


(いつでも来い。)


 こっそりと【戦意高揚(イレイション )】も発動し、いつでも【加速(アクセラレーション)】を使えるように神経を研ぎ澄ます。

 この尾行は、情報屋ギルドの接触かもしれない。

 だが、山賊に裏で指示を出していた者の刺客の可能性もある。

 俺は街外れの空き地に着き、中央で尾行者を待ち構えた。


「そう、殺気を向けないでくれ。逃げ出したくなっちまう。」


 そうして空き地にやって来たのは、情報屋ギルドのマシークだった。

 マシークは、両手を軽く挙げて苦笑していた。


「だったら、こんな物騒な真似すんな。普通に接触して来い。」


 俺がそう言うと、マシークが肩を竦めた。


「そいつは悪かった。だが、しっかり警戒しているようで何よりだ。」

「当たり前だ。」


 俺はそっと息をつき、もう一度周囲の気配を探る。

 どうやら、気配を探れる範囲には、ギルドの人間もいなそうだ。

 俺がまだ警戒を解かないことに、マシークは再び苦笑した。


「それで、どうしたんだ? 前に頼まれた仕事なら、まだ進展らしい進展はないぞ。」


 魔王関連の新しい情報や、山賊の裏にいた者の情報は無いらしい。


「最近、ヨッテンソーム王国で傭兵を募ってるって? 砦奪還で。」

「その話か…………確かに、砦を占拠した賊から取り返すために軍を動かしてるな。その一環として、傭兵も雇用している。…………興味あるのか?」

「ああ。」


 俺が頷くと、マシークが微妙な顔になる。


「まさか……、参加する気か?」

「そのつもりだけど、何か問題があるのか?」


 マシークの増々どん引きした態度に、俺は訝し気な顔になってしまう。

 マシークが、げんなりした顔で言う。


「お前さ…………自分で奪っておいて、今度は『取り返してやった』って報酬を取る気か? 鬼か、お前は?」

「…………………………、あ。」


 確かに、そういう見方もできる。

 マシークは、以前接触した時に、俺のことを調べたのだろう。

 その時、あの砦を攻略したメンバーに、俺が入っていることを知った。

 傭兵の間でも少し噂になっていたようだし、それ自体は簡単に知ることができたはずだ。


 そんな俺が、今度は砦奪還に参加する。

 自分で奪っておいて、取り返してやったぞ、と再び報酬を巻き上げる所業にマシークは引いているのだ。

 所謂、往復ビンタってやつな。…………ちょっと違うか?


(……そんなつもりはないんだけど。どう見てもそう見えるな。)


 自分で考えてみても、そうとしか思えない。

 マシークに指摘され、初めて気づく己の所業の鬼畜さ。


()()()。どのくらい広がってる? 確定事項か?」

「いや、そこまでじゃないな。耳聡い奴は知ってる奴も多いだろうが、確信までは持ってないはずだ。眠る赤狼の仕事ってのは、ある程度知れ渡っているが。」


 なら、セーフか?

 誤魔化そうと思えば、ギリ誤魔化せるレベルだろう。


 俺は金貨を数枚取り出した。

 マシークは、少し考え指を三本立てる。

 今持っている情報は、金貨三枚の値打ちということだ。

 金貨三枚を渡すと、交渉成立。

 渡された金貨を懐に仕舞い、マシークが話し始めた。


「砦奪還の仕事に関連しそうな情報、ってことでいいな?」

「ああ。」


 マシークは何度か軽く頷き、頭の中で売る情報を整理する。


「…………ヨッテンソーム王国が、オランジェス王国に攻め込むって話がある。」

「は?」


 どういうことだ?


「オランジェスは、ヨッテンソームの南。どちらも同じくらいの国土を持つ国だ。」

「ああ、それは知っている。」


 オランジェス王国は、アウズ大陸の南東の端に位置する国家だ。

 ヨッテンソーム王国は、そのオランジェス王国の北に隣接する国家。


「砦奪還のために軍を動かしているが、それはカモフラージュなんじゃないかってのが、有力な見方だな。」

「いや、それは無理がないか? 砦は、ヨッテンソームの中では北西の端だ。南のオランジェスに向けて軍を動かすなら、ほぼ真逆じゃないか。」


 もしもオランジェスに侵攻するなら、国内をほぼ縦断することになる。

 マシークもそれは分かっているだろう。

 それでも、この見方が有力だという意見には変わりがないようだ。


「北西の砦で、大々的に傭兵を集めたりするのは、南の動きを隠すためじゃないかと言われている。そちらに注目を集め、密かに南に軍を集結させる。」

「…………そして、電撃的にオランジェスに侵攻する、か。」


 確かに、可能性としてはあり得なくはないだろう。

 しかし……。


「大条約はどうなる? そこまで堂々と破って、ただで済むとは思えないが?」


 アウズ大陸のすべての国家で締結された、平和条約。

 これを破って、その後のヨッテンソームが何事もなく、白を切り通せるとは思えない。


「…………そこについては、情報屋ギルド(こっち)も確度の高い情報はない。」

「憶測でもいい。あり得そうなシナリオを、何か考えてないか?」


 俺がギルドの考える今後のシナリオを尋ねると、マシークがやや渋い顔をする。

 腕を組み、少し考えてから口を開く。


「これは仮の話だが……、オランジェスへの救援という名目で軍を出すんじゃないか、と考えられている。」

「救援?」

「オランジェスでは、現在深刻な食糧危機が起きている。いくつかの火山が、三年くらい前から断続的に噴火しているんだ。規模は、小規模らしいが。」


 火山の噴煙による日照障害が起き、オランジェス王国の一部の地域では作物が育たない状態らしい。

 また、火山灰などの堆積も広範囲であり、こちらも農作物にダメージを与えていると言う。


「そのため物価の高騰も起きていて、経済状況は厳しいと聞く。」


 オランジェス王国では国民の不満が高まっており、いつ暴発してもおかしくない状態。

 ヨッテンソーム王国は、そこにつけ込む気らしい。


「たとえば、オランジェスの民衆に武装蜂起()()()。王国軍は、これの鎮圧に乗り出すだろう。ヨッテンソーム軍は、どちらに加担すると思う?」

「どっちって……。」


 もし仮に、民衆側についた場合、圧政からの解放者として王権を奪うことができるかもしれない。

 もしも王国軍についた場合、支援名目で軍を常駐させたり、共同統治という名目で居座ることもできる。

 どちらのシナリオを目論んでいるのか分からないが、強引にでもオランジェスの中枢に食い込むことを考えているのだろう。

 大条約により武力侵略を禁じられた以上、時間はかかろうと、絡め手も用いて王権を奪う気なのかもしれない。


「とまあ、こんなのが考えられる訳だが、実際のところは分からん。」


 そう言って、マシークは肩を竦める。


「ただ、きな臭さはあるようだ。気をつけた方がいい。」

「……なるほどね。」


 ヨッテンソーム軍が、実際にオランジェス王国に攻め込むかは分からないが、十分に留意しておくべき事項だろう。


「いい情報が聞けた。しっかし、よくそんな情報を掴んでたな。」

「オランジェスの火山被害、それによる物価高騰はちょくちょく耳にするんでな。今年の春くらいから、ヨッテンソームの動きが怪しいって話も入ってくるようになって、情報屋ギルド(うち)も両国の動きには敏感になってんだ。…………もっとも、入ってくる情報は裏付けのない噂がほとんどだけどな。」


 まあ、隣国の中枢の話だ。

 そうそうは、確信の持てる情報を入手するのは困難だろう。


(とは言え、こりゃ本当に気を引き締めないと、大変なことになりそうだな。)


 マシークの話に、俺は微かに身震いするのを感じた。


(もし、ヨッテンソーム軍のオランジェス王国への侵攻が事実だとしたら……。傭兵としては()()()()ってもんだろ。)


 戦場から戦場へ渡り歩く、傭兵たち。

 俺からすれば、面目躍如の時間という訳だ。

 さすがに大条約の破棄、戦乱の幕開けなんて事態は望まないが、揉め事こそがメシの種。


 そう思うと、つい口の端が上がってしまう。

 そんな俺を見て、マシークはげんなりとした顔をするのだった。





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