第45話 心残りは、本日のデザート
窓の外に降る雨を、俺はぼんやりと眺めていた。
季節はすっかり秋へと変わり、朝晩は少し冷え込むくらいだった。
リベルバースの街を出た俺たちは、カルダノ男爵領の小さな町に来ていた。
レインとの約束通り、雨を降らせるためだ。
しかし、これは無駄足だった。
自然と、雨が降っていたからだ。
カルダノ男爵領に、雨が降った。
夏の半ばあたりから、ちょくちょく夕立があったらしい。
そうして、今も小雨ながら雨が降っている。
俺が【災厄】を使わなくてもだ。
男爵領の気候が、自然な状態に戻ったのかは分からない。
それでも、今年は春の大雨を合わせてそれなりに雨が降ったため、作物が無事に収穫できたと言う。
来年以降がどうなるかは分からないが、【災厄】を使わなくても雨が降るようになっているのは朗報だった。
そして、お隣のタネル子爵領だが、こちらは酷い状態らしい。
春以降はまったく雨が降らず、農作物が深刻な状態だと言う。
そんなタネル子爵領のことは契約外なので放っておき、カルダノ男爵領に用事の無くなった俺たちは、すぐに別の街へ移動した。
レインはタネル子爵領のことにも心を痛めているようだが、領地に責任を持っているのは領主だ。
きっと何とかするだろう。
できれば、もう怪しげな奴に怪しげなことをさせず、対処してくれればと思う。
■■■■■■
カルダノ男爵領を出た俺たちは、ソバルバイジャン伯爵領の領都ビゼットにやって来た。
だが、こちらはこちらでちょっと大変なようだ。
夏頃から増税に踏み切ったからだ。
重要な収入源だった採鉱場が潰れ、まだ代わりの採鉱場は稼働していないらしい。
その収入源をどうやって補うか。
それは勿論、増税で、ということのようだ。
そこまでべらぼうな増税ではないらしいが、採鉱場が安定稼働するまでの期間限定で小麦税、竈税などなど、領民の生活に直撃する税を増やしたらしい。
世界は変われど為政者というのは、民草のことなどいくらでも金を産み出す財布か何かだと思っているのは変わらないようだ。
「…………どうすっかなあ。」
もしゃもしゃと食事を採りながら、今後のことを考える。
今、俺はビゼットの街中にある食堂で、食事をしていた。
本当はレインとベリローゼと待ち合わせしているのだが、腹が減り過ぎて先に食べることにした。
この店はちょいと小洒落た店内で、落ち着いた雰囲気をしている。
綺麗なテーブルクロスも掛けられたりして、その辺の食堂とは一線を画す格調高さだ。
この店では雑味の無い白パンを出していて、最近のお気に入りだった。
まあ、ちょっとお高いけど。
俺が考えているのは、冬の間のことだ。
ティシヤ王国で冬を越すか、街で越すか。
俺がこの世界に来てから四回目の冬が訪れる訳だが、どこで越冬するかを考えているのだ。
一回目の冬は、山狩りなどに行っていた。
ロクに金がないため、タコ部屋での臭い飯を期待して、傭兵の仕事を継続していたのだ。
真冬に山に連れて行かれ、逃げ込んだ野盗狩りなどをしていた。
あまりに過酷な環境に、そのまま凍死することも覚悟するほどだった。
二回目と三回目の冬は、ティシヤの王城に籠った。
タコ部屋以外の仕事をするようになり、少しだけ金回りが良くなっていた。
その金を少しずつ貯え、越冬の資金にしたのだ。
数週間分の食料や薪を買い込み、王城に引き篭もる。
食料や薪が少なくなれば、ビゼットの街に買い出しに行く。
そうしてつらい冬を乗り越えたのだ。
そして、四回目の冬を前に、越冬の方針を考えていた。
正直言えば、ティシヤの王城で引き篭もりたい。
お金なら十分にある。
砦攻略、鉱山の魔物駆除、山賊のアジト探しと討伐、塔攻略。
この四つの仕事での報酬が大半だが、俺は生活に何の不安も抱えていなかった。
というか、単純な試算で言えば、俺一人なら十年くらいは引き篭もれる。
そんな大金を、この一年で稼いでしまった。
なので、資金的には何の問題もない。
問題があるとすれば、ティシヤに行くのが俺一人ではない、ということだ。
俺は、自分の正体をレインとベリローゼに話していない。
レインには『ティシヤと関係がある』というのを軽く言ったことはあるが、王子であったことは伝えてないのだ。
そして、ベリローゼ。
俺はベリローゼについては、そこまで信を置いていない。
さすがに寝首をかかれるとか、金を持ち逃げするとか、そんな心配はしていないが。
それでも、何となく信用することに抵抗があった。
そのため、ティシヤの王城で二人に好き勝手に過ごさせることに、抵抗を感じるのだ。
王城にある文献を冬の間に調べたい、と漠然と考えていたが、二人がいるとそれも躊躇ってしまう。
そうなると、街で冬を越すか?
それでもいいと言えばいいが、無為に時間を過ごすことにもなりかねない。
今年の冬はどうやって過ごせばいいのか。
この難しい問題に、俺は頭を悩ませていた。
もぐもぐもぐ……。
俺は咥えたコッペパンもどきを少しずつ口の中に詰め込む。
バァーーンッ!
その時、食堂の入り口の方から、大きな音が響いた。
「動くなっ! 大人しくしてろっ!」
「ぶっ殺されてえのかっ! 動くんじゃねえよっ!」
「「「きゃーーーーーーーーーーっ!!!」」」
突然聞こえてきた、怒声。
いくつもの悲鳴が店内から上がった。
■■■■■■
レインは人だかりのできた食堂の前で、茫然としていた。
リコと待ち合わせていた食堂に着いたら、なぜか街の兵士が店を取り囲み、その周りに野次馬が集まっていたのだ。
「どうかしたのでしょうか?」
「さ、さあ……。」
ベリローゼの呟きに、レインは首を傾げてしまう。
「まさか、リコが何かやらかしちゃった?」
「さすがにそれは、ないかと、思い……ますが……。」
ベリローゼの声が、段々小さくなる。
自信のなさが、声に表れていた。
本人が聞いたら怒り狂いそうなことを、二人は本気で心配していた。
「銀行強盗ですって。」
「六人もいるらしいぞ。」
「あそこの食堂に立て籠もっているらしい。」
周囲の野次馬が、口々に噂する。
「銀行、強盗……?」
どうやら銀行を襲った六人組が、街の兵士に追われ、食堂に逃げ込んだようだ。
人質を盾に立て籠もっていると言う噂が、あっという間に広がっていった。
その話を聞き、レインは頭を抱えた。
「どうしよう……。リコ、巻き込まれちゃったかも。」
「救出して来ましょうか?」
頭を抱え、混乱するレインに、ベリローゼが何でもないことのように言う。
「できるの!?」
「はい。問題ありません。」
荒事専門の女中、戦闘メイド。
レインはぱっと表情が晴れ、ベリローゼに頼もうとした。
しかし……。
こんな衆人環視の前で、ベリローゼが戦ったら?
バレる可能性が高い……。
すでに知る者も少ない戦闘メイドだが、さすがに人の噂になれば気づく者も出てくるかもしれない。
それは、ベリローゼに危難を招くことになってしまう。
リコを助けたい。
しかし、そのためにベリローゼが危ない目に遭うのも、避けたい。
そんな板挟みに、レインは再び頭を抱えてしまう。
どうすればいいのか苦悩するレインに、ベリローゼが微笑みかける。
「レイン様。」
ベリローゼが呼びかけると、レインが困り果てた表情で、ベリローゼを見上げた。
そんなレインに、ベリローゼは一つ頷く。
「そんなに心配されることはありませんよ。」
そうして、銀行強盗が立て籠もった食堂を見る。
「私でも問題ないのです。リコ様に問題があるとは思えません。」
ベリローゼは冷えた目で建物を見つめた。
「レイン様は、ただ祈っていればいいのです。」
「……祈る?」
「はい。」
そうして、ベリローゼが口の端を上げる。
その表情は、あえて表現するならば、凶悪。
「リコ様がやり過ぎないように。問題があるとすれば、それだけです。」
ベリローゼの言葉に、レインは顔を青くするのだった。
■■■■■■
ガッシャーーンッ! ドンッドカッ! ガシャンッ!
「「「キャアーーーーーーーーーーーーーッ!」」」
「騒ぐんじゃねえっ! ぶっ殺されてえのかっ!」
「うえーーーーーん!」
「お母さぁーーーーん!」
「うるせえんだよっ! ぶっ殺すぞ、ガキがっ!」
六人組の賊が食堂に押し入り、いくつものテーブルを横倒しにし、入り口を固める。
簡易のバリケードか?
カーテンも閉め、外から見えないようにしていた。
剣を手にした賊が、食堂にいた客や店員を、フロアの一角に集めている。
そんな光景を、俺はテーブルの下から眺めていた。
(何だこいつら。…………もぐもぐ。)
食事を続けながら。
咥えていたパンを口の中に詰め込み、スープで流し込む。
(まだ、デザートが出てないんだけど。)
フォークに刺した、最後に残ったメインディッシュの一切れを口に咥え、本日のデザートに思いを馳せる。
とは言え、さすがに待っていても、もう出てこないだろう。
まったく、なんて日だ……。
俺はメインディッシュをじっくりと味わい、飲み込む。
そうして、手の中のカトラリーに視線を向ける。
ナイフ、フォーク、スプーン。
(スプーンはいらないか。)
俺はテーブルの下から、遠く離れた店の入り口に向かってスプーンを投げた。
カシーン! カラカラカラ……。
スプーンの音に、賊たちが一斉に入り口を警戒する。
その隙に、俺はテーブルに潜ったまま、店の奥に移動した。
店の奥には、二人の賊がいた。
厨房の奥に倉庫として使われている部屋があり、その奥に裏口があった。
裏口の両側には、二人の男たちが立っていた。
おそらく、裏口から街の兵士が突入するのを警戒しているのだろう。
裏口のドアの前に棚を移動させて、塞いでいた。
(どーすっかなぁ。)
自分一人が脱出するくらいは、どうとでもなる。
裏口の二人を適当にぶちのめし、棚をどかして外に出ればいい。
しかし、残された人たちがその後どうなるか。
もしも犠牲者が出てしまったら、後からその話を聞いた時、少々後味の悪いことになってしまう。
それもまあ、本人たちには「仕方ない」と思って諦めてもらうしかない訳だが。
最悪の結末であろうと、そういう運命でした、と甘受してもらうしかない。
俺はフロアから聞こえてくる子供の泣き声に、ちくりと痛みを感じた。
大人なら、自分の身は自分で守るべきだと思う。
強者に生殺与奪を握られるのは、この世界の言わば摂理だ。
だが、子供にそのルールはさすがに過酷すぎる。
事実として、子供でも逃れられないこの世界の掟ではあるが、そこには思うところが無くもない。
俺はそっと溜息をつき、覚悟を決めた。
食堂に押し入ってきた賊は六人。
他にもいないとは限らないが、まあ片付けてやるか。
俺は物陰に潜み、周囲の気配を探る。
フロアの方がちょっと騒がしいので、上手く探れないが。
少なくとも、こちらに向かってくる気配は無さそうだ。
ということで、まずは二人をさっさと片付けることにした。
俺はカトラリーのナイフを、左手に逆手に持つ。
フォークは右手で、四本の先端が親指から突き出す感じに握り込む。
そうして倉庫にある棚に隠れ、裏口に近づいた。
「くそっ! 何でこんなことになるんだ!」
「どうすんだよ! 本当に逃げられんのかよ!」
二人の賊は、非常にテンパった状態だった。
どうやらこの食堂に立て籠もるという事態は、想定外のことらしい。
(唆せば、こいつらは勝手に逃げ出すか?)
とも思うが、追い詰めらえた者の行動は読めない。
説得しようとして、却って暴発させてしまう可能性は高い。
(さすがに、映画やドラマの交渉人のようにはいかないか。)
立て籠もり犯との交渉には、積み重ねてきた経験や知識からなる、高度なテクニックが必要だ。
また、急いでもいけない。
じっくりと時間をかけ、小さな信頼関係を築いていくことが大切だ。
(……つまり、今の状況にはそぐわない、と。)
立て籠もり事件の場合、交渉する者と、決定を下す者を分ける、などの役割分担も必要だ。
犯人の要求を受け入れられないのは、決定者が反対しているからだ、という態にできる。
その際、交渉者は犯人に同調して、決定者に対して怒ってみせたりもするのだ。
交渉者は、犯人の味方ですよ、と思い込ませるために。
また、そうした態度が裏目に出るパターンもある。
そうしたケース分けを適切に行い、交渉に挑むのがプロの交渉人だ。
素人が聞きかじった知識で、行えるようなものではない。
(ということは、俺の得意分野で行くしかないってことだな。)
得意分野。
つまり、実力行使である。
俺は棚の陰に隠れ、裏口にじりじりと近づく。
そうして、賊の二人の隙を窺う。
その時、ふと頭を掠めた。
(皆殺しは、まずいか……?)
これはお仕事ではない。
そして、いくら相手が賊であろうと、さすがに皆殺しは目立ってしまう。
生死不問の懸賞金がかけられた連中なら、殺していようと金は支払われる。
しかし、そうでなければ銅貨一枚にもならない。
後に残るのは、俺が六人をぶっ殺したという事実だけ。
罪に問われることではないが、警備にあたっている街の兵士たちには目をつけられるだろう。
(普通に制圧するか。)
少々難度は上がるが、それでも問題はない。
俺は、なるべく生かす方向で動くことにした。
両手に持ったナイフとフォークを、静かに床に置く。
そうして、二人の男がこちらを見ていないタイミングで、棚の陰から飛び出した。
左側に立つ、手前の男の横腹に、左のボディブローをお見舞いする。
「ぐふっ!?」
「な、何だっ!」
そのまま一歩を踏み出し、驚いている奥の男のボティにも右ストレートを入れる。
「ぐえぇ……っ!」
振り向き様に、横腹を打たれて身体を折った男の顎に裏拳を入れた。
最後に、ストレートを喰らって頭の下がった男の髪を掴み、顔面に膝蹴りをお見舞いする。
ドサドサッ!
二人の賊は、訳も分からぬうちに昏倒する。
俺は両手をぷらぷらと振りながら、気配を探った。
そこそこ音が立ってしまったが、フロアの方から誰かが来る様子はない。
「見てて思ったけどさ。…………完全に素人だな。」
生け捕りにするので、【加速】を見られると、取り調べでペラペラしゃべられても嫌だ。
そう思って素の状態で挑んだが、まったく問題がなかった。
今は【戦意高揚】すら使っていない素の状態である。
とは言え、油断して怪我をするのも馬鹿らしい。
気合を入れていこう。
俺は倉庫の中で見つけた紐を使い、二人を縛り上げる。
猿ぐつわ代わりに、タオルで口も縛る。
そうして縛っているうちに、一人が目を覚ました。
「ん……? んんぅ!?」
バキッ!
目を覚ました男をぶん殴り、もう一度眠らせる。
(余計な手間かけさせんな…………たく。)
縛り終わると、俺は魔法具の袋から胸当てと手甲を取り出す。
オフの日なので装備していなかったが、フロアでは四人を同時に相手することになる。
守りは固めておくべきだろう。
防具を身につけ、短剣はどうするか考える。
短剣を使えば難度は随分と下がるが、その代わり間違いなく血の雨が降る。
なるべく生かす、というのは難しいだろう。
そうして倉庫内を見ると、数本の棒を見つけた。
麺を打つのに使う、麺棒のようなものだ。
とは言え、長い。
二メートルは余裕で超える長さだった。
「……何でこんな物があるんだ?」
この食堂に麺類など出ない。
ということは、暖簾を下げるのに使う棒か?
いや、暖簾だって無いけどな。
用途は不明だが、インテリアか調理か、何かしらに使うのだろう。
俺は棒を手に取り、具合を確認する。
棒を水平にして構え、左手を固定して、右手で棒を押し出すという動作を繰り返す。
(悪くない……。)
これなら、間違って殺してしまうこともなさそうだ。
俺は棒を持って、倉庫を出るのだった。
俺がフロアまでやって来ると、賊たちはばらけた位置に立っていた。
入り口前に二人、フロアの中央付近に一人、人質を集めた隅に一人。
俺は素早くフロアに飛び出すと、人質の方を向いている男の足を、棒の先端で掬ってやる。
左手を支点に、右手を少し動かすだけで棒の先が大きく男の足を払った。
「うわっ!?」
そうして倒れた男の頭を、横から突いてやる。
ゴッ!
耳の後ろ辺りに一撃喰らい、男は昏倒した。
「なっ!?」
「何やってんだ、こらっ!?」
一人を倒したことで、三人の賊も俺のことに気づいた。
中央にいた賊が剣を手に、真っ直ぐこちらにやって来る。
俺はやや腰を落とし、身体を安定させる。
左手はしっかりと固定し、右手を少し下げる。
棒の先の延長が、向かってくる男の喉になるように調整した。
そうして、男が間合いに入った瞬間に、鋭く右手を動かす。
一瞬だけ突き出された棒が、男の喉を突く。
ゴッ!
男は吹き飛び、泡を吹いて昏倒した。
リシャルドは、槍術も習っていた。
とは言っても、短剣ほどしっかりと習った訳ではないが。
槍術を習ったのには、二つの理由がある。
一つは、リシャルドが体格に恵まれていないため。
小柄なリシャルドでは、どうしても間合い等で戦いでは不利だ。
しかし、その不利を槍ならばある程度カバーできる。
そう考え、指南役を務めたクラウデュオスが、槍術を勧めた。
そして、理由の二つ目。
ティシヤ王国では、槍を重視していたのだ。
小国であるが故に、戦いでは守る場面が多かったらしい。
防衛戦術、防御陣形を重要視していた。
まともにぶつかり合えば、そもそもの国力の差があるため、勝ち目は無い。
積極的な攻めは選択しにくかった。
徹底的に守り、ここぞという時に乾坤一擲の一撃を与える。
これこそが、大陸最小国家のティシヤ王国が、ネプストル帝国やロズテアーダ修王国という二大国家に挟まれながらも生き残った、大きな理由の一つであった。
俺は、短剣を使っている時とは打って変わって、積極的には動かず、腰を落として待った。
棒の先を、向かって来る男の顔の中心に固定し、じっと待つ。
相手の顔と、棒の先、左手、右手。
これらが真っ直ぐ一直線に並ぶようにする。
こうすることで、相手からは棒の長さが把握し辛いのだ。
また、棒の先が真っ直ぐ延びて来ても、相当に戦い慣れた者でもなければ気づくことさえできない。
右手だけを鋭く動かし、突く。
これは、槍術や棒術に共通する基礎の一つ。
そして極意でもある。
ぶんぶん振り回す戦い方は派手で格好いいが、ティシヤ流ではあまりやらない。
周りが危ないからだ。
戦場での戦いを想定したティシヤ流の槍術では、淡々と精密機械のように敵を突くだけである。
まあ、戦い方によって槍にもいくつか種類があるので、あくまで俺が習ったものは、だけど。
右手だけで棒を操作すると、真っ直ぐに突いているつもりでも、棒の先は上下に動く。
慣れていなければ、更に左右にも動いてしまうだろう。
左手を支点に、てこの原理で棒の先が大きくブレてしまうからだ。
ただ真っ直ぐに突くということが、本当に難しい。
そんなことを思い返していると、入り口の前にいた二人の男が、こちらに向かってくる。
「ガキがっ! ふざけんな、ゴルァ!」
手前にいる男が棒を斬ろうと剣を振る。
俺が右手を引いて棒の先を引っ込めると、剣が空振りした。
棒の先を元の位置に戻すように突いてやると、男の鼻の下に棒の先が当たる。
ゴッ!
数本の歯を飛ばしながら男は転がり、そのまま昏倒した。
「うっ!? あ、あああぁぁああああああああああっ!?」
一人だけ残った男が、喚き散らしながら剣を振り回す。
俺は剣を持つ手を突き、肩、胸、腕、腹と、次々に突く。
最後に眉間を突いて吹き飛ばすと、残った男も動かなくなった。
「ふぅ……。」
全員を片付け、俺は一息つく。
久しぶりに長物を使ってみたが、何とかなった。
まあ、素人相手に通用したからといって、自慢にもならないが。
少し真面目に、槍の訓練をし直そうか。
俺は足元に棒を置くと、人質になっていた人に笑いかける。
みんな、何が起きているのか理解できず、茫然としていた。
「さあ、今のうちに逃げましょう。」
そう言って、店員らしき女性や、家族で来ていたらしい紳士に声をかけた。
■■■■■■
「見ろっ!」
「人質が出てきたぞっ!」
野次馬たちのあちこちから声が上がる。
銀行強盗に捕らわれていたと思しき、客や店員が、食堂の出入り口から次々に飛び出してきたからだ。
「保護せよ! 突入の部隊は人質の解放後、速やかに突入せよ!」
隊長らしき男の号令で、兵士たちが一斉に動き出す。
「さあ、こっちだ! 大丈夫か!?」
「どこかに怪我は?」
「もう大丈夫だぞ!」
兵士たちに保護され、女性や子供のうちの何人かは泣き出す人もいた。
「うわーーん、こわかったよー!」
そう言いながら、俺は兵士たちの包囲の網の解れから、野次馬に飛び込む。
泣くフリをすることで、顔は隠して。
野次馬を掻き分け掻き分け、混乱する現場を離脱した。
「強盗たちは倒されたんですって!」
「子供が!?」
「棒を使ってた?」
解放された人質たちが、事情を兵士に説明する。
その話が聞こえた野次馬たちによって、どんどん噂が広がっていた。
俺は食堂を出る時、人質たちの中に紛れた。
そうして状況の混乱に乗じて、煙に巻く作戦だ。
「リコッ!」
野次馬の包囲を抜けると、すぐにレインとベリローゼがやって来た。
どうやらベリローゼは、食堂を飛び出す俺をすぐに補足したらしい。
野次馬に飛び込むのを確認して、俺の意図を察した。
レインを連れて移動し、すぐに合流できたという訳だ。
「話は後だ。行くぞ。」
これ以上、面倒に巻き込まれるのは御免だ。
どうせ、あんな連中じゃ賞金首もいないだろうし。
俺はレインたちを促し、すぐにその場を離れた。
少し急いで、適当に街中を移動する。
「リコがやっつけたの?」
移動しながら、レインが聞いてくる。
「他に誰がいるんだよ。」
俺は、やや顔をしかめて答えた。
誰かが代わりに片付けてくれるなら、俺は喜んで無力な子供のフリをしていただろう。
「…………皆殺しですか?」
「アホ抜かせ。ベリローゼと一緒にすんな。一人も殺ってねーわ。」
俺がそう答えると、ベリローゼが心底意外そうに驚いた顔をした。
本当に失礼だな、おい。
まあ、俺も最初はそうしようかと思ったけど。
一番確実で、手っ取り早いしな。
だが、考えはしたが、実行には移してないのでセーフだ。
一人も殺っていない。
…………殺ってないよな?
少し自信がないが、まあもし死んでても事故だ。過失だ。
俺は正当防衛を主張するぞ。
「あぁー……、デザート食べ損ねた。」
「え、今それ言うの?」
事件に巻き込まれた直後、デザートが食べられなかったことを惜しむ俺に、レインが呆れていた。
「そういや、金も払ってないな。……無銭飲食か。黙っててくれ。」
「そこ、ですか……?」
呆れるレインたちを連れて、俺は遠く離れた別の食堂に入った。
レインたちはまだ昼食を食べていないだろうし、俺も代わりのデザートを食べるために。




