第36話 リベルバースの塔 内部へ
沈む塔、リベルバース。
塔の前には階段状に台が置かれ、その台の前に五人ほどの屈強な男たちが集まっていた。
(どうしてこうなった……。)
そんな男たちに囲まれ、俺は項垂れる。
「本当に大丈夫なのか?」
「こんなガキが役に立つのか?」
訝し気な視線が、降り注ぐ。
だが、そんな声を笑い飛ばすように、メッジスとウラコーが太鼓判を押す。
「噂を聞いたことがあるだろう? こいつが噛みつき子狐だ。」
「前に一緒に仕事をしたことあるが、中々いい腕してるぜ? こう言っちゃなんだが、ノスケーオなんかよりよっぽど役に立つ。」
ノスケーオというのが、塔の攻略隊で最近脱落した者のようだ。
そいつの穴埋めとして、俺に白羽の矢が立ったらしい。
壁の外でメッジスとウラコーに拉致された俺は、そのまま壁の内側に連行された。
契約の前に、採用するかどうかの面談などがあるはずなのだが、
「手続きだけしておいてくれ。」
「早速、今日から入る。」
などと、メッジスとウラコーが官吏らしき男に指示。
なぜかそれが、すんなりと通ってしまった。
(まあ、どうやって中に入るかは考えていたけどさ……。)
まさか、依頼者や隊長との面談もなく、いきなり採用されるとは思わなかった。
(……レインたちと、いきなり分断されることになったな。)
とは言え、あちらはあちらで、きっと何かしら考えて動くだろう。
脳筋と世間知らずという不安しかないコンビだが、まあ何とかしてもらうしかない。
一人の男が、ずいっと俺の前に立った。
三十代後半の、無精髭のかなり屈強な大男だ。
得物は、腰の両側に吊り下げた二本の鎚矛のようだ。鎚矛二刀流?
ソフトモヒカンのような髪で、世紀末の世界にでも居そうな風貌だった。
「メッジスたちが推すんだ。実際に腕はあるんだろう。俺は隊長のケベロム。よろしく。」
目の前に手を差し出され、俺はその手をじとっとした目で見る。
さすがに、これはもう引けないか……。
俺はそっと溜息をつき、その手を握る。
「リコだ。観光に来たら、なぜか塔攻略に狩り出された。」
俺がそう言うと、ケベロムがじろりとメッジスたちを睨む。
メッジスとウラコーが、途端に慌て始める。
「はあ!? 観光!?」
「傭兵の募集で来たんじゃねえのかよ!?」
まあ、実際はそれに近い目的ではあったのだが、どうせなら思いっきり巻き込まれたことにしてやろう。
「二人に会った時に聞いたよな、俺? 観光か、って。俺が観光に来たから、二人もそうかと思ったんだけど?」
もっともらしいことを言ってやると、メッジスとウラコーが非常に気まずそうな顔になった。
ケベロムが顔をしかめて、頭をガリガリと掻いた。
「そいつは悪かったな。……どうする? やめとくか?」
ケベロムは粗野な風貌をしてはいるが、結構きちんと考えてくれる人のようだ。
無理矢理連れて行っても、ロクなことにならないと分かっているからだろうけど。
俺は軽く肩を竦めて、ケベロムに言う。
「乗りかかった船だしな。いいぜ、協力するよ。……その代わり。」
「分かった…………何か考えておく。」
俺が含みを持たせた言い方をすると、ケベロムもそれを了承する。
おそらくは、日当の増額あたりが妥当だと思うが、何かしらで優遇処置をしてくれるようだ。
きっちりと優遇の内容を確認したいところではあるが、他のメンバーのいる場で、具体的な金額の話はしにくい。
後から来た新参が、以前からいたメンバーよりもあまり多い金額を貰うと、それはそれで隊の不和の原因になる。
若干すっきりしない決着ではあるが、具体的な内容は他の人がいない時に行うべきだろう。
そうして、大まかなスケジュールを教えてもらう。
「五十階までは、問題なければ一気に進む。まあ、無理はしなくていい。確実に行こう。」
「いいんですか? また、どやされますよ?」
ケベロムが方針を言うと、隣に立った小太りの男が難色を示す。
小太りは二十代半ばだろう。
しかし、どう見ても戦いに向いているようには見えない。
「気に入らねえなら、自分たちで取りに行けばいい。こっちは命張ってんだ。」
小太りの男とは、ケベロムを挟んだ反対に立った男が言った。
その男は、ケベロム並みに屈強な体つきだ。
年齢は、まだ二十代か?
小太りがホーマー、屈強な男はカンザロスと言うらしい。
(ホーマーは教会関係者か? 司祭用っぽい服を着てるし。カンザロスは大剣使いのようだな。)
ケベロム、カンザロスは見るからに戦闘向き。
ホーマーは、どう見ても戦いに向いているようには見えない。
俺は余計なことは言わず、事の成り行きを見守った。
今はまだ、状況の把握に努めるべきだろう。
とは言え、こうして俺はいきなり塔攻略に参加することになるのだった。
塔は徐々に沈んでいく。
そのため、出入りは窓らしき穴からすることになる。
ただ、地面に接している階層からではなく、その一階層上から出入りすることにしているらしい。
そのために、塔の前には台が置かれ、そこを出入りに使っているそうだ。
「塔が急に沈むこともありえるからな。まあ、一階分くらいは余裕を持って出入り口しているってことさ。」
そう、メッジスが教えてくれた。
塔の探索から戻り、元の階層に着いたはいいが「すでに地面に沈んでいた」なんてことも、無いとは言えない。
そのため、一階分のマージンを取っているらしい。
すべての階層で、窓際を通るとは限らない。
現在の高さがどのくらいなのかを、必ず確認する訳ではないため、こうして余裕を持つようにしているらしい。
塔の探索を終えて元の階層に戻ったら、そこで窓に向かうことになる。
たとえ急に塔が沈み、一~二メートルも沈んでいたとしても、一階分のマージンがあれば確実に外に出ることができる。
それ以上の速さで沈んでしまったら…………まあ、頑張ろう、うん。
(しっかし、こんな仕事を受ける奴が、こんなにいるとはな。)
命知らずの男たちである。
今はその中に、俺もカウントされてしまっているのだが。
何でも、このリベルバースの塔の攻略は、教会が大々的に煽っているらしく、割と参加する者は多いらしい。
『神が、それを望まれている。これは、神の意である。』
教会はそう謳い、傭兵たちを駆り立てているようだ。
とりわけ信心深い者が、その呼びかけに応じていると言う。
とは言っても、さすがに命を投げ出すほどの、熱心な信仰を持った者は多くない。
ある程度稼いだら「十分貢献したし」と引き上げる者も多いそうだ。
「チェラートンの奴も、こないだまで来てたんだぜ? 丁度、俺たちと入れ替わりだったんだ。」
「へえ……。」
貸与された金属卵を腰にぶら下げ、塔の内部を歩きながら、そんな話をする。
何でも、メッジスとウラコーが噂を聞いてリベルバースの街に来た時、チェラートンと顔を合わせたらしい。
「相変わらずニヤけてたか?」
「はは、まーな。」
チェラートンは一カ月ほど塔の攻略に参加して、どこかに行ったらしい。
頬の緩み具合から、結構稼げたのではないか、とウラコーが補足した。
中々、面白い縁ではある。
「鉱山探索のメンバーが、五人もここに来たって訳か。」
「ああ。……あれは厳しい仕事だったなあ。」
メッジスがしみじみと呟く。
魔物自体は、フレイムロープという大した魔物ではなかったが、大量に押し寄せ、坑道も潰れた。
メッジスとウラコーも、フレイムロープに数で押され、相当な傷を負わされることになった。
主坑道まで自力で戻ることができたから、無事に脱出することができたが、あの時の二人は回復薬も尽きていた。
一歩間違えれば、誰かが命を落としていてもおかしくない仕事だった。
そんな『今となっては笑い話』を交えながら、塔のこれまでの攻略の経緯を教えてもらう。
リベルバースの塔は、やはり六十階建てだった。
現在、地面に接しているのは元の状態から考えると、三十一階にあたる階層。
つまり、俺たちが出入りしているのは、その一つ上なので三十二階層ということだ。
そして、四十九階層まではすでに攻略しているらしい。
ただ、倒した魔物は再び湧いてくるので、それを倒しながら進むことになる。
(それでも、塔の内部構造が変化する訳ではない、か。……ローグライクじゃなくて良かった。)
ローグライクというのは、自動生成される迷宮のことを言う。
元の世界のゲームでは、そういうジャンルのゲームあったのだ。
入るたびに迷宮の構造が変わるため、難度が跳ね上がる。
好きな人は本当に好きなジャンルだが、苦手意識を持つプレイヤーもいた。
そして、現在俺たちがいる三十二階層と、その下の三十一階層には、傭兵が多く投入されていると言う。
これは街への被害を減らすために、最近採用した作戦らしい。
塔から魔物が出てくる時、当然地面に接している階から出てくる。
そうして出てくる魔物がかなり手強く、街に被害が出てしまった。
そのため、塔の周囲を固めるだけでなく、階層に湧いた魔物を積極的に狩っているのだと言う。
こうすれば、外に出て行く魔物を減らせる。
ただし、交戦機会が増えたため、傭兵の負傷率は跳ね上がったらしいが。
そして、ついでに攻略隊が出入りする、一つ上の階層も掃除することにしているそうだ。
魔物の、階層間を移動する行動が確認されているため、二階層分を確保する方針が現在は採られていた。
三十二階層を移動していると、床や壁に矢印とかが頻繁に描かれているのを目にする。
これは、すでに攻略した階層で印をつけているらしい。
記石という、チョークによく似た石で描いているのだとか。
奥に行くなら矢印の通りに進み、引き返すなら矢印の逆を辿ればいい。
また、時々傭兵の部隊とすれ違う。
彼らが、階層に湧いた魔物を駆除してくれる、という訳だ。
「最近現れるようになった魔物って、鳥の頭をしてるんだって?」
三十二階層の階段を目指している途中で、俺はメッジスたちに確認した。
隊列は、ケベロム、カンザロスが前衛。…………KKコンビか。
その後ろに小太り。
メッジスとウラコーは後衛だと言う。
現在は、俺も後衛ポジション。
必然的に、話を聞くならメッジスたち、ということになる。
俺に魔物のことを聞かれ、ウラコーが頷く。
「頭だけじゃねえけどな。手と足も鳥みたいな感じだ。」
そう言って、前腕から先を示す。
足は、脛から下が鳥のようになっているらしい。
「動きが遅いって話ですけど。」
「ああ、そうだ。つーか、あんな足で早く動ける訳ねえ。」
メッジスにそう言われ、俺は鳥の足を想像してみる。
硬質な細い指、細長い爪。
枝に掴まる、獲物を掴むことに特化した形状と云えるだろう。
「…………もしかして、踏ん張りが利かない?」
「ああ。外ならまだ、地面が固いって言っても土だからな。多少は踏ん張れるけどよ。」
「こんな石造りの塔じゃ、いくら爪が鋭いっていっても入っていかねえだろ。」
森に棲息していたとしたら、相当に脅威だったと思う。
だが、どう考えてもこの塔にはミスマッチだ。
持ち味をまったく生かせない環境。
その魔物は、なぜこんな場所にいるのだろう?
(鳥の頭を持つ、か。そんな神様とか、元の世界にもいたっけ。)
例えば、エジプトのトト神なんかがそうだ。
確か、知恵を司る神だったように思う。
他にも、迦楼羅天も鳥の頭部を持つ神様だ。
元は確か、インド神話だったか。
あと、薬師如来の十二神将にも酉を司る将がいた。
迷企羅、と言ったか?
いや、あれは頭は鳥じゃなかったっけ。
俺は、まだ見ぬ魔物の姿を想像した。
甲冑を着込み、口から炎を吐く…………って、これは完全に迦楼羅天のイメージだな。
そんなことを考えながら歩いていると、階段に着いた。
これを上がると、三十三階層だ。
「ここから先は『お掃除隊』がいない。いつ、どこから襲ってくるか分からないからな。気を引き締めろよ。」
隊長が振り返り、俺たちに注意を促す。
ていうか、階層内で魔物を片付けている傭兵は『お掃除隊』って呼ばれてんのかよ。
何とも気の抜けるネーミングである。
お掃除隊の傭兵たちは、腕はそれなり。
現れる魔物とも、そこそこやり合えるそうだ。
だが、やはり最上階を目指す隊には、かなりのリスクが伴う。
そのため、「お掃除隊ならいいけど、攻略隊は嫌だ」という連中が配置されているらしい。
そして、お掃除隊としてもちょっと腕が足りない、という連中が塔の周囲の守備隊に回される。
若しくは、「沈んでく塔の中になんか入りたくねえよ」という奴らだ。
まあ、懸命な判断だね。
もっとも、本当に懸命だったら、こんな街からはさっさと離れるだろうけど。
そうして、一番の貧乏クジを引いたというか、押し付けられた俺は三十三階層にやって来た。
周囲をきょろきょろと見回すが、想像していたよりも魔物の気配は薄い。
どうやら、数は少ないようだ。
「あんまり、いない……?」
「ああ、昨日も俺たちは上ったしな。その時に、遭遇した魔物は片付けた。」
常にお掃除隊が警戒する三十二階層ほどではないが、上の階層も頻繁に出入りしているらしい。
その時に遭遇した魔物は狩っているので、それなりに間引きはされているようだ。
俺は、通路の壁をぺたぺたと触ってみる。
塔の建造で使われたのは、切り出した石ではなく、おそらくレンガ。
こんな物で、よくもまあ膨大な重量を支え切れるものだ。
(何かの力が加わってんのかね。)
レンガだけではなく、別の力によってこの塔は支えられているのか?
(その力に、何か変化が起きた……?)
それが、塔が沈み始めた原因だろうか?
俺が壁に手をついたまま考え込んでしまうと、小太りが声をかけてくる。
「どうかしましたか?」
俺はパンパンと手を払い、にっこり微笑む。
「いえ。」
そう、笑って誤魔化す。
ホーマーは曖昧に頷き、隊長たちの方に行った。
(とにかく……入った以上は手ぶらでは帰れないな。負ったリスクに見合うだけの成果はいただかないと。)
金銭なんかでは釣り合わない。
もっとも俺が欲している『情報』という対価を、是非ともいただきたい。
……クェェェエエエッッッ!!!
「来るぞ!」
そうして三十三階層を歩いていると、どこからともなく鳴き声が聞こえてきた。
ばたばたと臨戦態勢を取る。
(さて、ようやくご対面か。)
どんな魔物が現れるか、ちょっとだけ興味がある。
俺は【戦意高揚】が発動していることを、改めて確認した。
塔内部の通路は、幅五メートルほど。
天井も四メートル以上の高さがある。
一対一での戦闘なら、それほど狭さに苦しまずに済むが、集団戦では結構厳しい広さだ。
俺も短剣を抜いて、前後を警戒する。
前衛のケベロム、カンザロスが前方を警戒し、後衛のメッジス、ウラコーが後方を警戒する。
ホーマーは中央に陣取り、なぜか神に祈り始めた。
つまりは、戦闘には加わらないらしい。
(まあ、予想はしてたけどな。)
小太りのホーマーが果敢に魔物に立ち向かう姿は、ちょっと想像がつかなかった。
俺はホーマーの隣で、前後に気を配る。
とりあえずは、少し見学させてもらおう。
前衛や後衛が抜かれたり、劣勢になった時にはフォローに入るつもりだ。
それまでは、初めて見る魔物の実際のところを少し知っておきたい。
やはり、話を聞くだけでは分からないことも多いし。
そうして前後を注意していると、大剣を構えたカンザロスが声を上げた。
「来たぞ!」
「こっちもだ!」
カンザロスの声に続き、ウラコーも声を上げる。
前衛と後衛で、同時に魔物が姿を現した。
通路の曲がり角に、まずは手がかけられた。
その、鳥独特の皮膚感。
黒っぽい、長い鉤爪が目に入る。
ぬっ、と頭部が姿を現す。
それは、鷲の頭部を思わせた。
白い顔、オレンジの嘴。
まん丸い目が、忙しなく動く。
ピュィィイイイイイイイイイイイイッ!!!
俺たちの姿を捉えた魔物が、鳴き声を上げた。
ビリビリビリ……と、壁が震えそうなほどの声量が、狭い通路に響く。
魔物たちは次々に姿を現し、合計で七体。
前に三体、後ろに四体。
同じ種族なのか別の種族なのか不明だが、内訳は鷲が二体、鷹が一体、梟が四体だ。
俺は前方と後方の両方に気を配るが、やや後方寄りに移動する。
単純に、後方の方が一体多い。
劣勢になるとしたら、可能性としては後ろの方が高い、と考えたからだ。
メッジスとウラコーは、戦闘をするにはやや窮屈な通路でも、苦にせず戦う。
というのも、この二人の息はぴったり合っていた。
「うらぁ!」
「くたばれっ!」
メッジスが退くと、ウラコーが前に出る。
ウラコーが場所を空ければ、メッジスがそこに滑り込む。
見事な連携で、魔物の襲撃を跳ね返していた。
むしろ、魔物の方が二人の動きについていけず、ただ闇雲に突っ込み、剛腕を振るうだけ。
いとも容易くメッジスとウラコーはそれを捌き、魔物を倒していった。
(さすが、やるね。)
鉱山での仕事でも、二人はコンビを組んで戦っていた。
二人だけの傭兵団として、長く活動しているメッジスとウラコー。
二人の息の合ったコンビネーションは、手本にすべきレベルの高さだった。
(それに引き換え、前衛のKKコンビは……。)
おそらくだが、この二人はお互いにソロの傭兵なのではないだろうか。
ケベロムが、両手に持った鎚矛で魔物の頭をかち割る。
カンザロスが、大剣で魔物をぶった切る。
しかし、その動きにはぎこちなさが拭えなかった。
お互いが、お互いに気を遣い合っている。
そんな印象の戦いぶりだ。
「どうやら、問題はなさそうですね。」
俺が前衛の戦いぶりを見ていると、ホーマーが話しかけてきた。
戦いを日常としていないホーマーから見れば、どちらも十分に戦えているように見えるらしい。
「…………油断はしないように。」
俺はそれだけをホーマーに忠告し、再び前後の状況把握に努めた。
(これは、綻びが先に出るのは前衛からかな。)
まだ一回の戦闘しか見ていないが、危なっかしいのは前衛だ。
おそらくソロでの戦いなら、ケベロムやカンザロスは、メッジスとウラコーよりも強い。
しかし、この塔内という空間で、しかもコンビを組む状況では、前衛の二人は後衛の二人に及ばない。
それが俺の感想だった。
そして、問題の魔物だ。
背丈は、人間とほぼ変わりがない。
百八十~百九十センチメートル。
大きくても二メートルを超える程度という話だったので、本当に人間と同じようなサイズだ。
しかし、いくら似ているとは言っても、その姿は異様としか言いようがない。
その体躯は、非常にアンバランスだった。
まず、上半身が異様にでかい。
そして、むきむきマッチョである。
胸と上腕の筋肉が凄まじかった。
また、腕は長い。
この魔物の重量がどのくらいか想像はつかないが、おそらく胸と上腕の筋肉で体重の五割は超える。
そんな、アンバランスな筋肉量だった。
そして、肘から先は筋肉量が減り、その代わりやたらと固そうだ。
鳥類の足の、あのゴツゴツ感。
それをグレードアップさせたような感じだ。
下半身は、足が短い。
しかし、腿の筋肉はパンパンだった。
そして膝から下にいくと筋肉量が減り、脛あたりから前腕と同様にゴツゴツ感がすごい。
(胸肉、もも肉……。手羽先は、なさそうだな。残念。)
いや、食べないけどな。
なんか、筋肉の発達の仕方は、確かに鳥類を彷彿とさせる魔物だった。
(弱点は、普通に胸の中心だな。心臓か? 首を刎ねないと、喉の突いたくらいじゃ普通に暴れるのな。)
どういった攻撃で倒れ、どんな怪我では動きが止まらないかも観察する。
頭を殴ると動きが止まるのは、脳震盪を起こしているからだろう。
俺が戦うとしたら、心臓を突くか、頭をかち割るのが良さそうだ。
ただ、頭を攻撃するには飛び跳ねないと届かない。
できれば、それは避けた方がいいので、メインは心臓への攻撃か。
魔物の攻撃は、その発達した腕で殴る、だ。
殴る、と言うよりは、引っ掻く、と言った方が正確かもしれない。
魔物に引っ掻かれた壁が、思いっきり抉れていた。
あれを顔面に受ければ、一発でスイカが破裂するように、俺の頭も破裂するだろう。
しかし、攻撃を行うと、魔物はその勢いでバランスを崩したりしていた。
足が硬質で、爪が長い。
重量を支えることはできても、横方向の運動エネルギーを支えることができていなかった。
(…………ほんと、何でこいつらは、この塔に棲みついてるんだ?)
何とも不思議な生態である。
そんなことを考えながら戦いを見ていると、すでに前衛も後衛も、それぞれ一体の魔物を残すのみになっていた。
「おーい、ケベロム、カンザロス。そいつ、俺にくれ。」
「き、君! リコ君!」
俺が前衛の方に歩いて行くと、ホーマーが慌てて声をかけてくる。
「ああ!?」
カンザロスが大剣で魔物の攻撃を受けながら、声を上げた。
ケベロムが魔物と距離をとり、こちらにやって来る。
「本当にやれんのか?」
「それを確認するんだよ。練習、させてくれ。」
俺が『練習』と言うと、ケベロムが頷いた。
「カンザロス。そいつを押し返して、後ろに下がれ。」
「分ったよ! …………フンッ!」
カンザロスは一歩を踏み込み、そのまま大剣で魔物を押し飛ばす。
そうして、素早く後ろに下がった。
カンザロスに押された魔物は、バランスを崩し、背中から転がった。
それから、素早く起き上がる。
(本当に、踏ん張りが利かないのな。)
だから、簡単に転がる。
獣のような足をしていれば、転ばないように踏ん張ることもできるだろうに。
進化の仕方を間違えたのか、そもそも生息地がこの塔ではないのか。
まあ、どちらでも構わない。
俺は魔物の正面に立ち、軽く膝を曲げる。
両腕を下げ、所謂ぼっ立ちスタイルだ。
相手を舐めているように見えるスタイルだが、実は回避に徹する時には、そう悪い姿勢ではない。
半身になれば、背後側に死角ができるし、動きに制限がかかる。
背後を隊のメンバーに固められていると考えれば、正面の一体にだけ気を配れば良い。
正面の敵に攻撃をさせ、それを「徹底して躱すぞ」という考えの場合、両手を下げたスタイルは意外と理に適った姿勢だ。
ブンッ!
発達した上腕を振り回し、魔物が大振りの攻撃を繰り出す。
俺は、その攻撃を大きく躱した。
やはり、離れて見ている時よりも、腕の長さが脅威に感じた。
ブンッ! ブンッ!
膂力に任せた、ひどい大振りだ。
だが、動きが遅いという話だったが、攻撃の速さそのものはそこそこ速い。
【加速】までは必要ないが、【戦意高揚】は発動しておかないと、完全に回避するにはやや不安を感じた。
動きの遅さというのは、足を使った動きの話で、攻撃自体は普通に速い。
そうして、徹底して攻撃を躱すと、魔物が自分の腕の振りでバランスを崩した。
なんだかこいつを見ていると、レインを見ている気分になるのは俺だけか?
魔物界のぶんぶん丸と呼ぶべきか、レインの魔物バージョンとでも言うべきか。
こんなことを本人に言ったら、あとでレインにシバかれそうだけど。
(しっかし、やはりこの膂力は脅威だな。)
短剣で攻撃を受けても、多分受けきれない。
俺の体重では、簡単に吹き飛ばされるだろう。
そう方針を定め、今度は短剣を魔物に向けた。
しかし、そんなことお構いなしに魔物は突っ込んで来る。
ブウンッッッ!!!
これまで以上に力いっぱい振り回された右腕を掻い潜り、魔物の胸の中心に短剣を突き入れた。
微かな抵抗を感じるが、すんなりと短剣は背中まで貫通する。
さすがは、ドワーフの剣。いい切れ味をしている。
グゥェェェエエエエエエエエエッ……!
素早く引き抜き、距離を空ける。
魔物は断末魔の叫びを上げ、その場に崩れ落ちた。
「まあ、こんなもんか。」
俺は短剣を払うと、鞘に収める。
俺の戦いぶりを見ていた隊長が、関心したように嘆息した。
「なるほどな……。確かにこいつは、ノスケーオなんかより役に立つな。」
「だろう?」
「だから言ったじゃねえか。」
俺を推薦した、メッジスとウラコーが胸を張った。
「少し、前衛の組み方をいじってみるか。後衛はこれまで通り、メッジスとウラコーに任せる。」
俺を戦力として換算した隊列を考える。
ケベロムの方針に、全員が頷くのだった。




