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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第四章 沈む塔

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第32話 御神託




 山賊退治から戻って、一週間。

 俺たちは、同じ街に滞在を続けていた。


 まだ昼にもなっていないのに、気温がぐんぐん急上昇している。

 朝方まで雨が降っていたため、今日は湿度が高い。

 雑踏の中を歩くだけで、額から汗が噴き出した。


 俺は、前に情報屋ギルドの陰気な男に案内された食堂に入ると、奥の衝立(ついたて)に目をやる。

 衝立で奥の席は完全に隠され、手前のテーブル二つに、一人ずつ男が座っていた。


 俺が衝立の方に向かって歩くと、男のうちの一人が衝立を開ける。

 丁度、人が一人通れるくらいだ。

 俺は衝立の間に入ると、奥のテーブルに着いていた男に声をかけた。


「随分と早い呼び出しじゃないか。もう情報は揃ったのか?」


 この街の情報屋ギルドでまとめ役をやっている、陰気そうな男。

 名前をマシークと言うらしい。

 まとめ役というのは、俺の感覚では主任とか係長クラスといった感じのようだ。

 支部長ではなく、現場のリーダーと言ったところか。


 山賊退治から戻ってすぐに、俺は情報屋ギルドと接触した。

 …………が、その後またすぐにコンタクトを取っていた。


 マシークは俺の姿を確認すると、向かいの席を勧める。


「ほとんどが既存の情報のまとめ直しみたいなものだからな。もしかしたら、知ってる内容ばかりかもしれないが……。」

「ああ、それは承知している。早速教えてくれ。」


 俺はマシークの向かいに座り、報告を促した。

 マシークが軽く咳払いをすると、衝立が閉められる。

 それを確認してから、マシークは口を開いた。


「魔王関連で分かっていることだな?」

「ああ。」


 俺はまず、市井で流れている魔王関連の噂を集めてもらった。

 俺一人が耳にする噂など、たかが知れている。

 仮に、帝国の民の半分が知っているような周知の事実であろうと、残りの半分は知らないってことになる。

 そうした、知ってて当然のようなことも含めた噂だ。


 勿論、噂だけじゃない。

 単なる噂も含まれているが、今回は裏取りのされた事実を中心にまとめてもらった。


「魔王ラーナー。邪神ナーラーをアウズ教会が四百年前に魔王と認定した。」


 マシークの報告に、俺は頷く。

 これは、ティシヤの王城の文献にもあった。


「そもそもこの邪神ナーラーというのも、アウズ教会が認定したんだ。つまり、扱いを修正したってことだな。」

「…………。」


 俺は黙って、続きを促す。

 魔王ラーナーの前身である邪神ナーラーも、元々アウズ教会が言い出したことらしい。

 これは知らなかったな。


「この魔王ラーナーが、二十六年前に現れた。そして、大陸の北西部を瞬く間に征服した。……まあ、あの地域は元々ちょっと特殊だったらしいが。」

「……特殊?」

「あー……、何て言えばいいのか。分裂と併合を繰り返して、政情不安がお家芸みたいな地域だったんだ。」

「そうなのか?」


 現在魔王領とされている地域が、元々は四つの国だったことは知っていたが、その内情までは知らなかった。


 大条約が締結された五十八年前、あの地域には四つの国があった。

 しかし大条約締結後、魔王が現れるまでの三十二年間にも、分裂や併合は続いていたらしい。


 その話を聞き、俺は眉間に皺を寄せる。


「大条約はどうしたんだよ。国家間の戦争は禁じてたんじゃないのか?」

「大条約で禁止しているのは、あくまで()()()()()()()()()()()()()()だ。内戦で分裂したり、元の鞘に収まろうと関知はしないさ。」


 年がら年じゅう、内戦が起きていたらしい。

 そのため大条約が結ばれた時と、魔王が征服した時では、国の数は同じだがそれぞれの国の形は違ったようだ。

 要は、国境付近の小さな村単位であっちに帰属したり、こっちに併合されたりを続けていたと推測される。


「魔王は、随分と厄介な地域を征服したんだな。…………で、その後はどうだったんだ? 大人しく魔王領として収まっていたのか?」


 それだけ武闘派な連中たちが住んでいた地域なら、治める方もさぞ苦労することだろう。

 まあ、まともに統治していたのかは不明だが。

 だって、魔王だし。


 そう思って聞いてみたが、マシークは首を振った。


「以後は、まったく情報がない。周辺国の国境が封鎖されたし、魔王領に入って()()()()()()()()()()んでな。」


 国境の封鎖は、アウズ教会がネプストル帝国に働きかけたらしい。

 帝国も、教会の意見を受け入れ、速やかに国境を封鎖した。

 この封鎖は現在も継続していると言う。


「魔王が討伐されたのに、まだ国境を封じているのか?」

「魔王がいなくなったって、魔王領の魔物や魔獣まで消えて無くなった訳じゃない。」


 確かにそれはそうかも。

 しかし、マシークの今の話には、少し違和感が残る。


 帝国が魔王領との国境封鎖に動いた後、やや遅れてもう一つの大国、ロズテアーダ修王国も国境封鎖に踏み切る。

 だが……。


「魔王領に接していた国で、国境封鎖を行わなかった国が一つある。」


 マシークが人差し指を立て、そう聞いてきた。


「ティシヤ王国だな。」

「そうだ。」


 魔王領と接している国は三つ。

 帝国、修王国がすでに挙がっていたので、残りはティシヤ王国しかない。


 マシークが軽く肩を竦める。


「まあ、あの国は小さかったからな。国境封鎖するような余力もなかったんだろう。」


 マシークの評に、内心少しムッとする。

 確かにティシヤ王国は、大陸に残る国家の中ではもっとも小さかった。

 それでも、ティシヤ王国が素晴らしい国だったことを、俺は知っている。

 よく知りもしない奴に揶揄(やゆ)されたような気持ちになり、少しだけ心の中に波風が立った。


 城の中だけじゃない。

 父王と共に行った視察の時の、民衆の笑顔。歓声。

 たとえ魔王領との国境を封鎖なんてしなくても、ティシヤ王国は平和だったのだ。


(…………俺は……俺だけはっ……みんなの笑顔を憶えている……っ!)


 魔王領に接していようと、ティシヤに暮らす民は平和だった。


(……………………と、思う。多分。)


 熱くなってきた胸のうちを、少しだけ冷ます。

 当時のことを、ちょっとだけ客観的に、俯瞰的に見てみる。


 あの頃、さすがにリシャルドはまだ幼すぎた。

 王子としての英才教育を受けている最中で、厳しい現実は隠されていた可能性もある。

 宰相のスッサーニなどは、リシャルドの前ではただの好々爺だったが、内心は魔王領の問題に苦慮していたのかもしれない。


 俺が少し考え込んでしまったため、マシークは黙って待っていた。


「……悪い。続けてくれ。」

「続きと言っても、後は討伐隊のことになるが――――。」

「え!?」


 マシークがあんまりにも華麗にスルーするので、思わず声を上げてしまった。


「ちょっと待ってくれ。魔王領の情報は無い。それは、国境を封鎖されていたためだって話だったな。」

「ああ、そうだ。」

「ティシヤ王国は、国境の封鎖を行っていなかった。そう言ったな?」

「その通りだ。」


 それが前提であるなら、魔王領を知る方法があるではない。


「ティシヤからなら、魔王領に行けるじゃないか。」


 俺が当たり前のことを指摘するが、マシークはまったく表情を変えない。

 当たり前すぎる質問をぶつけられた、教師のような顔だ。


「…………魔王領から戻った者はいない。さっき言ったな?」

「っ!?」


 そうだ。

 確かに、先程マシークはそう言っていた。

 つまりは……。


「……ティシヤ経由で、情報を得ようとはしたのか。」

「ああ。」


 それはそうだろう。

 試さないはずがない。

 しかし、その試みは最悪の結果で終わった。


 俺は大きく息を吐き出し、背もたれに寄りかかった。

 以前から思っていた疑問を、マシークにぶつけてみる。


「なあ、そもそも魔王ってのは何なんだ? ある日誰かが魔王になって……いや、名乗り始めたのか? それとも、本当にどこからともなく現れた?」


 根本的な疑問。

 そもそも、魔王って何?


 しかし、そんな俺の疑問はマシークには通じなかったようだ。


「何と言われてもな…………魔王は魔王だろう?」


 マシークは片眉を上げ、訝し気な顔になる。

 まあ、そういう答えになるか。


(情報の無いことをあーだこーだ言い合っているくらいなら、まずは集まった情報を聞いていくか……。)


 俺はマシークの返答に頷き、話の続きを聞くことにした。


「話を遮って悪かったな。…………確か、討伐隊の話だったか。」

「いや、構わない。…………討伐隊は帝国の中から、腕に覚えのある者を選りすぐって結成された。これが中心メンバーだ。」

「中心メンバー?」

「それ以外にも、各国が人を出してな。最終的には三十人を超える所帯だったって話だ。」


 二十人以上が帝国の騎士団所属だったり、傭兵だったり。

 中には、アウズ教会の主教なんてのもいたらしい。


「この構成メンバーの全員が【加護】持ちだ。」

「わおっ、全員が【加護】持ち!?」

「ああ。何でも選抜の条件が【加護】持ちであること、だったらしい。…………まあ、普通の奴じゃ足手まといにしかならないだろうからな。」


 貴重な【加護】持ちを、そこまで投入したのか。

 魔王との戦いを考えれば、それも納得ではあるが。


「そこまで【加護】持ちを突っ込んで、生還者はゼロ?」

「そう言われているな。」

「もしかして、大陸中の【加護】持ちが絶えたんじゃね?」

「さすがにそこまでじゃないが…………この結果は、各国にとっても相当に厳しかったのは事実だ。」


 魔王との戦いだ。

 生きて帰らない可能性は、勿論考えていただろう。

 それでも、全滅というのは各国の首脳部にとっては、かなり頭の痛い結果だったのではないだろうか。

 下手をすれば、各国の戦力比(パワーバランス)にも大きく影響したかもしれない。

 特に、二十人以上も投じたという帝国の痛手は、相当なものだろう。


 しかし、ここでもまた、一つの疑問が持ち上がってくる。

 俺は、その疑問をマシークに尋ねた。


「なあ、何で討伐隊が全滅したのに、魔王が倒されたことが分かったんだ? いや、そもそもの話、どうして魔王が現れたことを知ることができたんだ?」


 生きて帰った者のいない魔王領。

 では、魔王が現れたことや、魔王討伐の事実をどうやって知った?

 まさか、魔王領の報道官(スポークスマン)が記者会見を開き、公式声明を発表したとかじゃないよな。


 そんな、馬鹿げたことを妄想してしまう。

 ところが、マシークの答えはとてもシンプルなものだった。


「教会が発表したからだ。」

「だから、その教会はどうやって知ったんだよ。」

「総大主教聖下が、御神託を受けられたんだ。」

「………………………………………………神託ぅぅ……?」


 途端に胡散臭い話になってきた。

 俺があまりにも変な顔をしたため、マシークが苦笑する。


「魔王の出現や、魔王を倒すために討伐隊を結成するなど、御神託を受けられたのは総大主教聖下だ。帝国に働きかけ、御神託の通りに隊を結成し、魔王領に送り込んだ。その結果を御神託で受けられても、不思議はないだろう?」


 不思議はないどころか、不思議()()ないんだが……。

 魔王という存在といい、神託といい、何なんだこれは?


 俺は背もたれに寄りかかっていた姿勢を、そのまま伸ばす。

 手も足も延ばし、背筋も伸ばして天井を仰いだ。


(ほぼ、ゼロ回答……。)


 ぐぐ……と身体を伸ばしながら、そんなことを思う。

 不思議に思っていたことを尋ねてみたら、もっと不思議な答えが返ってきた。

 こんな話を聞いたところで、状況の理解に一ミリメートルも役に立たない。


 もっとも、【加護】なんて不思議な力がある世界だ。

 目を背けても仕方がない。

 俺は伸ばしていた身体を戻し、マシークを見た。


「また、一つ情報を集めてくれ。」

「何だ?」

「アウズ教会。」


 俺がそう言うと、マシークの目がすっと冷えた。


「…………やめておけ。」


 マシークは底冷えする低い声で、そう忠告する。


「なぜ?」

「お前の手に負える相手じゃない。」


 帝国にも強い影響力を持ち、国教にも指定されている。

 国民のほぼすべてが信仰する組織、アウズ教会。

 その教会に手を突っ込むのは、帝国では禁忌(タブー)なのだろう。


 マシークは一度目を閉じ、軽く息をつく。


噛みつき(スナッピング)子狐(カブ)。何を知りたいのか知らないが、教会に牙を剥くのはやめておいた方がいい。…………第一、そんな金ないだろ。」

「やっぱり、お高い?」

「当たり障りのない内容なら、安く済むけどな。この話の流れじゃ、そういう訳にもいかないだろう?」


 そう言って、マシークが表情を和らげる。

 どうやら、これは親切からの忠告のようだ。


 俺は顔をしかめ、困ったように首を後ろを掻く。


「でもさぁ、なーんかありそうじゃねえ? 魔王の出現、国境の封鎖、討伐隊の結成、討伐の公表。魔王ラーナーの認定からして、そうだ。すべてに教会が関わってるんだけど?」

「だから何だ? 教会はそれだけ力のある組織だ。脅威が持ち上がれば、対抗するにしても何にしても、教会という組織が無関係でいられるはずがない。」

「んー……、そういうことじゃなくってさ……。」


 マッチポンプ。

 誰も、存在を確認したことのない魔王。

 でっち上げて、倒しましたと茶番を演じることもできなくはない。

 そこまでではないにしろ、ここまでどっぷり関わっていると、どうにも「教会も一枚噛んでんじゃね?」とか邪推したくなる。


 実のところ、存在しない魔王で一芝居、とまでは俺も思ってはいなかった。

 というか、もし魔王が存在しなかった場合、ティシヤ王国の人たちが消えたことの手掛かりが無くなってしまう。

 現在、魔王だけが唯一の手掛かりと信じて、必死に足掻いているのに。


 俺はテーブルに頬杖をつき、指先でコツコツとテーブルを叩く。

 マシークは、そんな俺を黙って見ていた。


 少しの間、コツコツと指先で叩きながら考える。

 俺が頬杖をやめて姿勢を正し、マシークを真っ直ぐに見ると、マシークも姿勢を正した。


「じゃあ、引き続き魔王関連の情報を集めてくれ。」

「分かった。」

「それと、あっちの方はどうなんだ?」


 俺がそう言うと、マシークが軽く首を振った。


「そっちは、今のところ動きはない。情報の拡散だけはもう終わったがな。」


 山賊の裏にいた者。

 山賊に指示を出していた者がいたことを広く流布するのは、すでに完了したという。

 ただ、その指示を出していた者が誰なのかは、まだ探れていないようだ。


「本当に、気をつけた方がいい。こう言っちゃなんだが、情報屋ギルド(うち)の網にかかる前に、動き出すことだってありえるんだからな。」

「分かってる。気をつけておくよ。…………一応は。」


 どんなに気をつけようと、だめな時はだめなもんだ。

 命のやり取りが日常になってしまったため、常に気をつけているし、それでもだめな時もあると達観してしまっていた。


 俺は席を立つと、衝立の前に立つ。

 そうして、マシークの方を振り向いた。


「近いうちに、どこかで仕事をしてくるつもりだ。そのうち戻るが、いつになるかは分からない。」

「戻ったら、この店で酒の仕入れ先を聞いてくれ。」

「酒の仕入れ先?」

「ああ。それが符丁になっているんだが…………いや、お前の場合はいいだろう。顔を出せばすぐに分かるしな。」


 どうやら、決まったやり取りをしなくてもいいらしい。

 ある意味、顔パスか?


「この店に顔だけ出してくれれば、こっちから接触する。」

「分かった。じゃあな。」


 そうして、俺は食堂を出た。







■■■■■■







 食堂を出ると、俺は傭兵ギルドに向かった。

 歩きながら、先程の話を考える。


 まずは、魔王。

 思っていた以上に、あやふやな存在だった。


(……何だよ神託って。まじかよ。)


 まさか、そんなものが根拠になっているとは思わなかった。

 それでも、アウズ教会という組織の信用力で、すべてが動いている。

 大陸でもっとも力があると思われる帝国さえも、神託を根拠に動いたのだ。

 神託の信憑性はともかく、その影響力は決して軽く見て良いものではないだろう。


 そして、魔王領。

 誰も戻ってきた者のいない領域。

 【加護】持ちだけで構成された討伐隊でさえ、戻ってくることができなかったと言う。

 しかし……。


(…………危険は危険だけど。自分の足で行くことも視野に入れるべきか?)


 実を言うと、俺は魔王領の国境にまで行ったことが、一度だけあった。

 ティシヤ王国のみんなが消えた後、王国内を調査していた時だ。


 その時はまだ、みんなが消えた原因の手掛かりを、魔王だと定める前だった。

 国境付近は湿地帯となっていて、そのまま進むのは困難。

 そう判断し、深追いはせずに引き返したのだ。


 もしも、あの時そのまま進んでいたら?

 俺も、戻って来れないような目に遭っていたのだろうか。


(一度入ると、戻って来れない……か。)


 俺は考え事をしながら、地面の水溜まりを避ける。

 水面に反射した空は、嫌になるくらい晴れていた。


「ぅおっとぉ!?」


 俺が水溜まりを避けたことで、他の通行人の邪魔をしてしまったようだ。

 俺は目の前の男を避けるために、更に道の端に寄った。


「あ…………んん? お前は……。」


 目の前の男がそんなことを呟き、訝し気な顔になる。

 五十過ぎの、体格のいい男だった。

 そんな男を見て、俺も訝し気な顔になる。


「…………あんたは、確か。」


 目の前の男には、見覚えがあった。


「モルマバって言ったか。砦に出入りしてた商人の。」

「あ、そうか! あの時のガキか!」


 眠る赤狼の砦攻略で、俺が単独潜入する手引きをした商人だった。

 男も俺のことを思い出し、表情を和らげた。


「こんな所で会うとは偶然だな。相変わらず、一丁前の恰好してやがんな。」

「…………何だ、それは?」


 一丁前も何も、ごく普通の傭兵のスタイルだが。

 モルマバは道の端に寄り、更に話を続けた。


「何やってんだ、お前。こんな所で。」

「何と言われてもな。相変わらず、としか……。」


 仕事であちこちに行き、仕事を求めてあちこちに行く。

 つまり、ごくごく普通の傭兵の生活だ。

 拠点を定めて、一カ所で仕事をする者もいるが、特に拠点を定めず放浪するのも、傭兵としては一般的なスタイルだった。


「そっちはどうなんだ? 帝国で商売するらしいって話は聞いているが。」


 俺たちが落とした砦は、ヨッテンソーム王国という国にあった。

 ヨッテンソーム王国はネプストル帝国の南に隣接した、中規模の国家だ。

 大陸の南東部に位置し、大体同じくらいの大きさの国が沿岸部に、南北に並んでいる。


 帝国は国土が広いので、いくつもの国と隣接していた。

 その、もっとも東にある国が、ヨッテンソーム王国だ。




※アウズ大陸、南東部略図


                       □

                      □

       A国            □

             □□□□□□□□□

            □        □

            □☆       □

            □        □

            □        □

 □□□□□□□□□□□□   B国   □

            □        □

            □        □

            □        □

             □□□□    □

     D国     □    □□□□

            □        □

            □        □

            □        □

            □   C国   □

            □        □

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       □□  □         □

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                 □□  □

                   □ □

                   □□□


 A国 ネプストル帝国

 B国 ヨッテンソーム王国

 C国 オランジェス王国

 D国 ホルスカイト共和国

 ☆  眠る赤狼と攻略した砦




 俺は、昔習った大陸の南東部を頭に思い浮かべた。

 ざっと、位置関係だけを思い出す。


 アウズ大陸で、ネプストル帝国がもっとも大きいが、二番目に大きいのがロズテアーダ修王国。

 そして、三番目に大きいのが、D国であるホルスカイト共和国だ。


 ホルスカイト共和国はかなり大きい国で、国土面積でいえば帝国の半分くらいはある。

 ちなみに、そんなホルスカイト共和国の六分の一か、七分の一くらいがティシヤ王国だ。


 面積の大きい順に国を並べると、

   1.ネプストル帝国

   2.ロズテアーダ修王国

   3.ホルスカイト共和国

   4.オランジェス王国

   5.ヨッテンソーム王国

   6.ティシヤ王国

 となる。

 魔王領の面積は、三番目のホルスカイト共和国とほぼ同じだった。


 四番目のオランジェス王国や五番目のヨッテンソーム王国にさえ、ティシヤ王国は国土面積で倍の差をつけられていた。

 ティシヤって、本当に小さい……。


(あれ…………思い出してたら、涙が……。)


 そんな俺を見て、モルマバが不思議そうな顔をする。


「どうしたんだ、お前?」

「……いや、何でもない。」


 俺は目尻を軽く拭い、表情を引き締めた。


「この辺りで商売してんのか?」

「いや、店は帝都にあるんだけどな。この街には商談で来たんだ。」


 何でもモルマバは、帝都に店を構えているらしい。

 傭兵団、眠る赤狼が提示した条件が、そうなっていたと言う。


「帝都って、店を構えるだけでもえらい金がかかるんじゃないのか?」

「ああ、普通ならな。だけど、その辺は全部傭兵団の奴が用意したんだ。場所も悪くねえ。三年間は土地代無し。大口の取引先もいくつか紹介してくれてよ。破格どころじゃねえ好条件で、逆に疑っちまったぜ。」


 砦攻略の肝は、出入りの商人を味方につけられるかにかかっていた。

 団長のイールナフは、商人を引き入れる条件を、相当に奮発したらしい。


(眠る赤狼の報酬も相当に多かったんだろうけど、商人(モルマバ)にまで、そこまで用意したとはね。)


 金の出所は、眠る赤狼か。

 それとも、依頼者(クライアント)の方か。


 帝都の好立地に店を用意するなんて、相当だ。

 あの団長(イールナフ)が、自分の持ち出しでそこまでするとは思えない。

 おそらくだが、依頼者(クライアント)の方が用意したのではないだろうか。


(…………あの砦を欲しがったのは、やっぱり帝国か……?)


 あくまで俺の印象ではあるが、無頼に偽装した帝国兵たち。

 作戦遂行の準備として、帝都の土地も気前良く提供してみせた。

 皇帝なのか、その下にいる者なのか知らないが、本気でヨッテンソーム王国の攻略を進めているのだろう。


(しかし……そうなると。)


 俺はちらりモルマバを見た。


モルマバ(こいつ)は、ある意味広告塔か?)


 協力してくれた者は、厚遇する。

 そうした実績を見せれば、今後も同じように寝返りを誘う時に役立つかもしれない。

 モルマバの厚遇は、帝国の野心がどこまでか、によるということだろう。


 ヨッテンソーム王国を攻略するだけなら、ヨッテンソーム王国が落ちたら、モルマバは用なしだ。

 しかし、その先のオランジェス王国、ホルスカイト共和国まで見据えているなら、モルマバが生きている間くらいは、まあ安泰だろう。

 そんなに早く、それらの国々が落ちるとは思えないからだ。


 そうしてモルマバが放り出された所で、俺には関係のない話ではある。

 だが、それでも忠告くらいはしておいてやろう。

 モルマバのおかげで、俺も砦攻略では稼がせてもらったからな。


 俺は意識して難しい顔を作った。


「好立地とはいえ、三年の時限付きか? その後の契約はどうなっているんだ?」

「どうって、普通に土地代を払って更新するつもりだが?」


 俺は肩を竦め、首を振った。


「あんたの言う通り、いくら何でも破格過ぎだ。三年後が()()、なんてつもりでいない方がいいんじゃないか?」


 俺がそう言うと、モルマバも少し表情を引き締めた。


「…………やっぱり、そう思うか?」


 どうやら、モルマバも心の中では思っていたらしい。

 この話はうますぎる、と。


「まあ、更新できたら()()()()()。そのくらいに考えたおいた方がいいんじゃないのか。ていうか、土地代をどれだけ吹っ掛けてくるか分かんねーだろ。」

「そうだよなぁ……。」

「あんまり急いで事業拡大とかはせずに、三年ぐらいは様子見がいいんじゃないか。その間に、稼げるだけ稼いでさ。」

「ああ。あとは、帝都以外にも店を作る、とかな。」


 帝都の店が取り上げられても、別の店があれば商売を続けることはできる。

 あまり帝都の店に依存した形だと、結局は行き詰まることになるだろうけど。


「紹介された大口の取引先以外にも、ちゃんと得意先を作っておきな。そっちも、三年後にはどうなるか。」

「それは、かなり厳しいなぁ。」


 モルマバが顔をしかめた。

 紹介された取引先は、相当に美味しかったらしい。


「まあ、すぐにすぐ、手のひらを返すこともないだろ。一年二年、じっくり考えながら手堅くやっておきな。」


 俺がそう言うと、モルマバは少し驚いた顔になった。


「お前…………傭兵なんかやってる割には、しっかり考えてんだな。」

「俺のこと、何だと思ってんだよ。」


 仕事で、少しばかり顔を合わせただけの仲だ。

 どう思われていようと、別に構わないことではあるが。


 俺が顔をしかめると、モルマバは大笑いした。


「傭兵なんてのは、みんなその日暮らしの奴ばっかだと思ってたぜ。」

「それも、あながち間違いじゃないけどな。」


 モルマバの、傭兵に対するイメージは決して間違ってはいない。

 基本的にはそんな奴ばっかりなのは確かだ。


 モルマバの意見に、俺は肩を竦めた。





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