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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第三章 流浪の戦闘冥土

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第29話 雇われ店長




 薄暗い森で俺とレイン、ベリローゼの三人は、目の前の洞窟を疲れた表情で見つめていた。


「…………ようやく見つけたな。」


 崖下の森の突き当たり。

 切り立った崖に、明らかに人が使っていたであろう痕跡のある、洞窟を見つけた。

 俺たちは慎重に近づくと、洞窟の入り口から中を窺う。


「行くぞ。」


 そう後ろの二人に声をかけ、俺は洞窟に足を踏み入れた。







 どうやら、山賊は全滅したらしい。

 自分たちで退治しておいて何だが、元々が何人かも知らない。

 山賊の首領(ボス)の言葉を鵜呑みにはできないが、その後襲撃してくる様子もないので、一応は全滅させたと考えた。

 勿論、奇襲の可能性は排除せず、警戒を続けはしたが。


 そうして、俺たちはまず最初に、襲撃を受けたであろう人たちを探した。

 朝方、悲鳴が聞こえてきた、あれだ。


 周辺を調べていると、近くの森の中で二つの死体を見つけた。

 前に崖の上で会った、(ソード)使いと(スピア)使いの二人の男だった。

 それなりに手練れっぽかったが、さすがに気配を消した連中の奇襲は厳しかったようだ。

 死体の横に転がる(ソード)は鞘に収まったままであり、ロクに抵抗する間もなく倒されたことが分かった。


 さすがに弔ってやるような余裕は、俺たちにもない。

 山賊たちの死体の報告とともに、官所や傭兵ギルドにこの場所も報告してやることにした。


 俺たちはそこから町に戻って…………とは行かなかった。

 山賊の首領(ボス)は倒したが、アジトをまだ発見していないからだ。

 おそらく崖下に広がる森にあるだろうと見当はつくが、これでは山賊討伐の報酬は受け取れても、アジト発見の報酬がもらえない。

 片手落ちと言わざるを得ないだろう。


「崖下の森に戻る。」


 そう俺が方針を示した時の、レインとベリローゼの顔は実に見物だった。

 こいつは何を言っているのだろう、とでもいうような、とても不思議そうな顔をしていた。


 ちょっとだけ顔が引き攣っているようだったが、きっと疲労のせいだろうな、うん。







「これで百万シギングの権利も得た。首領(ボス)の首と合わせて四百万シギングだな。」


 俺は、洞窟の中をほくほく顔で歩く。

 こうした場所に踏み込む時、罠の可能性を考えない訳にはいかないが、今回はそこまで気にする必要はなさそうだった。

 洞窟内の地面は、どこにも足跡が付いている。

 おそらく、森を突破されることはないだろう、と相当に油断をしていたようだ。

 まあ、油断と言うか、実際に森を探られることはほとんどなかったようだが。


 そしてその森だが、首領が死んだことで、付与されていた【加護】は解かれたのかもしれない。

 前に通ってきた時は、常に「引き返そう」という考えが浮かんだが、今回は何ともなかった。ごく普通の森だ。

 俺たちは、距離以外は何の問題もなく、森を踏破することができた。


 何せ一昨日から、行って、戻って、また行ってである。

 レインとベリローゼが、げんなりする気持ちも分からなくはない。


 しかし、こんな場所を特定するだけで百万シギングだ。

 行かない方がどうかしているだろう。

 俺はこの洞窟が山賊たちのアジトであることを祈りつつ、慎重に足を進めた。







 洞窟内の道幅は二メートル強といったところか。

 壁にはランプが提げられ、薄暗いは薄暗いが、松明などは必要ない。

 ランプには、あまり質の良くない夜光石を使っているようだ。

 それでも、オイルを補充したりするよりは、石を交換するだけで済む夜光石の方が、面倒がないのだろう。


 いくつかの支道に分かれている洞窟を、虱潰しに確認する。

 洞窟内には食料庫や寝床などがあり、それなりに快適に過ごしていたらしい。

 粗末ながら、ベッドも備えていた。


 そうして薄暗い洞窟を進むと、明るい場所に出た。

 洞窟内の広い空間を、多目的の広間のように使っていたようだ。


 部屋の広さは、横幅七~八メートル。

 奥行きは十数メートルといったところか。


 どうやって持ち込んだのか、十人が使えそうな大きなテーブルが中央に置かれている。

 テーブルの向こうには、ドアが一つ見えた。


 壁にいくつもランプが提げられ、こちらは質の良い夜光石を入れているらしい。

 本を読むのにも不便がないくらいに、広間は明るかった。


「中々いいアジトだな。」


 ざっと見回し、そんな感想を呟く。

 テーブルの上には、酒や食べ物が散乱していた。


「山賊のアジトで間違いないかしら。」


 レインはやや緊張した面持ちで部屋を見回す。

 ベリローゼは黙って、部屋の中を物色していた。


 そうしてしばらく、部屋の中をそれぞれで調べる。


「お二人とも。こちらを。」


 部屋の隅に、筒状に丸めた紙がいくつも突っ込まれた箱があり、ベリローゼはそれを一つひとつ確認していた。

 大きい紙で、高さが一メートルを超えている。

 小さい紙だと、三~四十センチメートルくらいか。

 まるで、丸めたポスターか何かが突っ込まれているような感じだ。


「どうした?」

「何かあった?」


 俺とレインは、ベリローゼの持っている紙を覗き込む。

 それは、地図だった。


 大きい地図もあれば、小さい地図もある。

 俺も適当に一つ手に取り、広げてみる。

 幅が一メートルもある、かなり大きい地図だ。


「…………何でこんな物が。」


 近隣の領地を含めた、地方の地図だった。

 主要な街どころか、かなり小さな町や村まで書き込まれている。

 そして、そんな小さな村に通じる、小さな街道まで。


 この世界では、詳細な地図は重要な軍事情報だ。

 買おうと思って買える物ではない。

 これだけの地図になると、それこそ軍や行政機関でも厳重に取り扱うような代物だろう。


(って。…………おいおい、まさか。冗談だろ?)


 俺はその地図をテーブルに広げた。

 そうして、酒瓶を地図の四端に置き、重しにする。

 他の地図も次々に広げ、中を確認していく。


「何してるの?」


 俺が何をしているのか分からず、レインが尋ねる。

 俺はそれには答えず、いくつもの地図を調べていった。


「あった!」


 縦横が三十センチメートルと四十センチメートルくらいの、小さな地図だ。

 俺は椅子の上に載って、テーブルに広げた地図と見比べる。


「…………やっぱり……!」

「何がやっぱりなのよ!」


 俺が何をしているのかさっぱり分からないレインが、ぶんすかと怒り出す。

 レインって、ちょっと怒りっぽくない?

 カルシウムが足りてないんと違う?


 俺はちらりとレインを見ると、簡単に説明してやる。


「多分、この地図は測量して描かれたものだ。」

「そくりょう……?」


 言葉の意味が分からず、レインが首を傾げる。


 俺が見比べている地図は、どちらも同じ地域を描いた部分があった。

 その範囲に限って言えば、要は同じような内容が描かれている訳だが、位置関係が揃い過ぎている。


 例えば、傭兵ギルド。

 依頼が出された街がどこにあるか、非常に簡易な地図でルートを教えてもらうことができる。

 ただし、その地図は縮尺などはめちゃくちゃだ。

 どの街道を通り、どの町を中継するか。

 ルートと(おおよ)その距離が分かれば良いだけなので、「二日も歩けば着きますよ」なんて感じの大変アバウトな案内だ。

 地図なんて物は、大体の方向と、使う街道さえ分かればそれで十分という認識だった。


 そして、それは何も傭兵ギルドに限った話ではない。

 すべてにおいて、それが標準の世界なのだ。


 ところが、この二つの地図は違う。

 縮尺は違えど、位置関係に狂いがあるようには見えなかった。

 もしも、これが本当に測量をして描かれた地図なのだとしたら、軍の管理どころではない。

 国家機密並みの代物だ。


 ベリローゼも、俺の持っている地図とテーブルの上の地図を見比べる。


「とても正確に描かれた……地図? ということですか?」


 ベリローゼの確認に、俺は頷く。


「この地図では一地方に限定されているが、ここまで精緻な地図を描くには測量が絶対に必要だ。下手したら、領主だってこれだけの地図は持っていないだろうな。」

「そう……なのですか?」


 ベリローゼも、首を傾げた。

 どうやら、レインもベリローゼも、地図の重要性をあまり認識できていないようだ。


 精密な地図があってこそ、正確な軍の行軍計画を立て、補給計画を立てることができる。

 しかも、そうして立てた計画でさえ、様々な理由で狂うのだ。

 どんぶり勘定で立てられる軍の作戦がどれほど恐ろしいか、考えるまでもないだろう。

 まあ、現地調達を認めているなら、補給の計画など適当でもいいとか思っていそうだけど。


(帝国にも、伊能忠敬みたいなのがいるんだな。)


 言わずと知れた、日本地図を最初に作ったとされる偉人だ。

 まあ、実はその四十年以上も前に、長久保赤水(せきすい)って人が日本地図を作っていたみたいだけど。

 かの伊能忠敬も、この長久保赤水の地図を参考にして日本全国を歩いていた、らしい。


 ただ、伊能氏と長久保氏の違いが何かと言うと、それが測量だ。

 伊能忠敬が測量を用いて、かなり正確に測った上で地図を描いたのに対し、長久保赤水は情報収集と研究、解析で日本地図を描き上げた。


 それはそれでとんでもない話だが、長久保赤水は非常に実用的な地図を描いてみせたようだ。

 伊能忠敬の地図が幕府によって機密とされたのに対し、長久保赤水の地図は庶民に広く使われていたという。


 ベリローゼは地図がいくつもあるので、「何か重要なことが描かれているかも」と思い、俺たちに声をかけた。

 だが、まさか地図そのものが重要だとは思わなかった。


 俺は椅子からぴょんと飛び降りると、地図の入った箱を指さす。


「ベリローゼ。お前の魔法具の袋に全部入れておいてくれ。テーブルのやつもな。」


 残念ながら、俺の魔法具の袋は誰でも使える状態だ。

 ベリローゼの袋なら使用者登録されているので、間違っても他人に見られることはない。


 そう思って指示したのだが、レインとベリローゼがじとっとした目を向けてきた。


「…………ベリーちゃんの袋に、って。まさかとは思うけど……。」

「盗むのですか?」


 二人の視線を受け止め、俺はにっこりと微笑んでみせる。


「まさか。今は精査する時間がないからな。ちょっと拝借するだけだよ。」


 そう言って、持っていた地図をベリローゼに差し出す。


「山賊ごときが持っているには、不釣り合いな地図だ。然るべき場所に返すためにも、よくよく調べないと。」


 俺は片眉を上げ、ずいっと地図を押しつける。

 ベリローゼは渋々ながら、地図を受け取った。

 魔法具の袋に仕舞うのを見届け、俺は頷く。


()()()()()()を選定するのにも、検討のための時間は必要だろう? 少しの間、預かるだけだよ。」


 まあ、いつまで検討を続けることになるかは知りませんけどね。

 それだけ重要で、取り扱いに注意を要する代物ということだ。

 慎重の上にも慎重を重ね、しっかりと返却すべき場所を検討する必要がある。

 ()()()()()()長く長~くなっちゃっても、それだけ慎重に扱ったってだけだよねえ?


 俺は纏わりつく視線を気にせず、奥のドアに向かった。


「ここは任せた。何かあれば呼んでくれ。俺は奥を調べる。」


 いつまでも呆れたような顔をしているレインとベリローゼを放っておき、俺は奥の部屋に入った。

 こちらはどうやら、首領(ボス)の部屋のようだ。

 机があり、ベッドもしっかりとした物が置かれていた。


 部屋の中は意外に片付いている。

 山賊の首領(ボス)の部屋なら、もっと乱雑なイメージだが。


 本棚が机の横に置かれ、そこにはガラクタのような物が並んでいた。

 その中に、魔法具の袋が一つ置いてあった。

 手を突っ込んでみるが、当然ながら入らない。

 俺は、魔法具の袋を自分のベルトに付けて、ぶら提げた。


 首領(ボス)の首と一緒に、傭兵ギルドに引き渡そう。

 持ち主がすでに亡くなっているので、もはや誰にも取り出せないとは思うが。


 そうして俺は、机の物色に取り掛かる。

 とは言っても、机の上には何も置かれていなかった。


 ガタガタガタ……。


 机の引き出しには、鍵がかかっていた。


(さすがに、ピッキングなんかできないしなあ。)


 理屈は…………まあ、分かってはいる。

 ()()()()()()

 ただ、さすがにやったことはないし、道具もない。


「おーい、ベリローゼ。」


 俺は隣の部屋で物色中のベリローゼを呼んだ。


「何でしょうか?」


 ベリローゼはすぐにやって来た。


「開けてくれ。」


 俺が引き出しをコツコツ叩きながら、何でもないことのように言うと、ベリローゼがきょとんとした顔になる。

 …………が、すぐに頷いた。


 魔法具の袋に手を入れると、針金状の細い棒を数本取り出す。

 鍵穴に躊躇いなく突っ込むと、すんなり開けてくれた。


「さんきゅー。」

「いえ……。」


 軽く会釈し、部屋を出て行く。

 俺は、そんなベリローゼの後ろ姿を見送った。


(…………あっさりと開けやがったな。)


 何やら特殊な訓練を積んできたらしいので、もしかしたらと思ったのだが。

 ただの戦闘を目的としたメイドに、ピッキング技術を教え込むのはおかしいだろう。

 戦闘メイドとやらは、完全に諜報員として教育を受けていた。


(あとで、そっちも話を聞かないとな。)


 ベリローゼの話が、半端なままになっている。

 現在、何を目的に行動をしているのか。

 なぜ、俺たちにターゲットを絞ったのか。

 正直に話すとは思えないが、聞くだけは聞く必要があるだろう。


 俺はベリローゼのことを頭から追い出し、とりあえず引き出しを開けることにした。

 先にアジトの物色が終わらないと、町に帰ることもできやしない。

 すでに一週間も野宿生活である。

 依頼もほぼ完了しているのだから、さっさと片付けて町に帰りたい。


 引き出しの中には、あまり物は入っていなかった。

 インク、羽根ペン、そして……。


「手紙……?」


 引き出しには、二通の手紙が入っていた。

 一通は、封蝋が付いている。

 ただし、すでに剥がされているので、これは誰かが首領(ボス)宛に書いた物だろう。

 そして、もう一通は書きかけだ。

 おそらくだが、送られてきた手紙に返事を書いていたのではないだろうか。


(何で魔法具の袋に仕舞わなかったんだ?)


 見られても、然程問題のない手紙だろうか。

 もしかしたら、この魔法具の袋は、使用目的をきっちりと分けていた?

 意外と几帳面な性格をしていたようなので、仮にこの魔法具の袋が『お宝』を仕舞う物だった場合、違う物を入れるのが嫌だった?


 そんなことを考えつつ、まずは送られてきた手紙に目を通す。

 読み始めてすぐに、俺は顔をしかめてしまう。

 それは、襲撃の指示書だった。


 いつ、どの街道で、どの商隊を襲撃するのか。

 四件分ほどの指示が出されていた。


 そして返信の手紙には、過去二件分の成果が書かれている。

 つまり、返事の手紙は書きかけの手紙ではなく、()()()()()()()()だった。


「……………………。」


 俺は黙って、二つの手紙を更に二度ほど目を通す。


(こいつら、ただの山賊じゃない……?)


 俺たちが首領(ボス)だと思っていた男は、実は首領(ボス)じゃなかった?

 本当の首領(ボス)が別にいて、そいつが指示を飛ばしていた?

 若しくは、首領は首領でも、雇われの首領だった?


(……雇われ店長じゃないんだから。)


 指示役と実行役に分かれた犯罪組織。

 何だか、元の世界でもよく耳にした構図に、軽い頭痛を感じる。


 まるで、違法店舗の雇われ店長。

 振り込め詐欺の受け子のようではないか。

 危険な役目は使い捨てにやらせ、本当の悪人は裏に隠れたまま。

 おそらくだが、封蝋の印も大した手掛かりにはならないだろう。


「…………。」


 俺は、何者かが書いた指示書を、じっと見つめた。

 これは、非常に不味いことを知ってしまったのではないだろうか。

 明らかに、ここの山賊たちよりも上の立場の存在がいる。


 そいつは複数の商会の、商隊の計画を事前に入手し得る立場にある。

 合法か非合法かは別にして。


 何者なのか見当もつかないが、もしもそんな企てを行った者が、この『山賊による襲撃計画』を知られたら?

 何をどうするかなんて、考えるまでもないだろう。


 俺がそいつの立場だったら、まず真っ先に考えるのは口封じ。

 余計な秘密を知った者には、口を(つぐ)んでもらう。


 俺は二通の手紙を自分の魔法具の袋に入れると、引き出しを閉じ、すぐに部屋を出た。


「レイン、ベリローゼ。どうだ、何かあったか?」

「ううん。特には無いみたい。」

「これと言って、めぼしい物は見つかりませんでした。」


 テーブルの下に潜り込んでいたレインに、俺は()()とした顔になってしまう。

 まあ、そういう所に何か隠している可能性も無くはないが……。


「……なら、もういいだろう。ここを出よう。」


 そう言いながら、俺は椅子を使って、壁にかけられたランプをいくつかかっぱらう。

 広間に提げられたランプには、中々良い夜光石が入っている。

 ランプの中から夜光石を抜き取ったりして、すべてを回収した。


「…………。」

「…………。」


 レインとベリローゼが、何とも言えない顔をして、そんな俺を見つめていた。

 ぼけっと見てないで、手伝ってくれても良くね?


 まあ、それはいい。

 俺はベリローゼの方に顔を向け、真剣な顔で指示を出す。


「最大限に、周囲の警戒を続けてくれ。帰り道に山賊どものお仲間に会ったら、目も当てられないからな。」


 その指示に、ベリローゼも真剣な顔で頷くのだった。







 山賊のアジトを離れ、俺たちは来た道を戻った。

 つまり、再び山を登り、山の反対側に下山して町に戻るルートだ。

 本当にもう、今週はずっとこんな登ったり下りたりで嫌になる。


 だが、これでお仕事は済んだ。

 後は町に帰るだけだと思えば、そこまで面倒では…………いや、そんなことはないな。

 十分に面倒くさい。


 しかし、アジトで見つけた地図を見ても、この周辺でもっとも近いのは、元々俺たちが仕事を受けた町だった。

 ならば、文句を言っても仕方ない。


 口を動かしてる暇があれば、足を動かせ、だ。







 そうして、山の頂上近くまで黙々と登り、夕方になって野営する。

 明日の朝早くに出発すれば、おそらく明日中には下山できるのではないだろうか。

 まあ、そこからまた町までは二日ほど歩かないといけない訳だが、山道を歩くよりは遥かにマシである。


 俺は野営の準備中に、いただいてきたランプを早速使ってみる。

 洞窟の通路に使われていた夜光石は、あまり質は良くない。

 だが、野営にはむしろ、これくらいが丁度よいのではないだろうか。

 そう思って、通路の夜光石もかっぱらってきていた。


「おお、いい感じだな。」


 俺が戦利品に満足していると、レインとベリローゼから冷たい視線を向けられた。

 何なんだ?


「何だよ、何か言いたいことがあるなら言えよ。」


 俺がそう言うと、レインとベリローゼが顔を見合わせる。

 そうして、ベリローゼが言いにくそうに口を開いた。


「他人の物を勝手に持ってくるのは、その……如何なものかと……。」


 そんな、歯に物が挟まったようなことを言う。


「使う人がいない物を貰って、何が悪い。」


 今まさに誰かが使っています、なんて物を持って行くような真似は、さすがに俺もしない。

 すでに持ち主がいないのが明らかな時だけ、必要に応じていただくことがあるというだけだ。


 こんな殺伐とした世界で生きていながら、レインやベリローゼは随分としっかりとした倫理観を持っているらしい。

 レインは騎士の父の背中を見て育ち、自身も騎士を目指していたのだから『範たれ』というのは分からなくもない。

 だが、なぜベリローゼまでそんなことを気にする?


 そう思いはするが、さすがにストレートにそれを言う気はない。

 人を害する技術を叩き込まれ、あっさりと鍵を開けてみせた戦闘メイドが「窃盗ごときをなんで気にするんだ?」などとは。


 とりあえず二人の抗議の視線を受け流し、腹ごしらえを済ませ、俺は二通の手紙を魔法具の袋から取り出した。


「リコ、それは何?」


 薄暗いため、何かよく分からないのだろう。

 俺は両手に持った手紙を軽く挙げ、見えやすいようした。

 さすがに内容までは読めないだろうが、何を持っているかは分かったようだ。


「……手紙、ですか?」

「そうだ。」


 俺は魔法具の袋に手紙を仕舞い、簡単に説明してやる。


「要点だけ伝えておく。山賊は誰かの指示で襲撃を行っていた。その証拠が、今の手紙だ。」

「誰かの、指示? 誰の?」


 レインの疑問に、俺は首を振る。


「そこまでは分からない。だが、手紙の一通は襲撃の指示書で、もう一通は過去の襲撃の報告書だ。何者かの指示で、あいつらは山賊をやってたんだよ。」


 こうなってくると、そもそも山賊は本当に山賊だったのか?

 そんな疑問すらも持ち上がってくる。

 手下たちはどうでもいいが、あの山賊の首領(ボス)は少々毛色が違った。

 身なりは山賊ぽかったが、本人の気質が山賊っぽくない。


「どういうことですか?」


 ベリローゼが聞いてくるが、それにも俺は首を振る。


「どうもこうも、言ったままだ。二つの手紙には『襲撃の指示』と『結果報告書』が書かれていた。その事実から分かることは?」


 そう聞き返すと、ベリローゼは難しい顔になった。

 レインが更に疑問を聞いてくる。


「誰かの指示で山賊をやっていたとして、何のために襲わせていたの?」

「さすがに理由までは分からないな。そこまでは書かれていなかったし。でも……」

「でも?」


 俺は一つ区切ると、軽く周囲を見回す。


「こんな秘密がバレて、その指示していた奴はどうすると思う?」


 俺がそう聞くと、レインが表情を強張らせた。

 ベリローゼは、感情を消したような表情を俺に向ける。


「…………我々は、もしかしたらとんでもないことを知ってしまった可能性がある、と?」

「少なくとも、山賊どもを使ってた奴からすれば、知られたくない話だろうな。」


 俺は冷えた目でレインとベリローゼを見る。


「知らないまま、背中から刺されたくはないだろう? だから教えた。俺たちが山賊討伐を傭兵ギルドに報告すれば、俺たちのことはそいつにバレるからな。」

「じゃあ、報告しなければ!」


 レインは、自分のナイスなアイディアにほっとした表情になる。


「おいおい、四百万シギングを捨てる気か?」

「お金と命、どっちが大事なのよ!」


 レインが、まるで怒ったように声を荒げる。

 その判断は、確かに間違ってはいない。

 捨てるには惜しい金額だが、そんなのは生きていればこそだ。

 金欲しさに命を落としては、元も子もない。


 だが、そんなのは常人の判断だ。

 頭のネジがぶっ飛んだ、傭兵の判断ではなかった。


「命が惜しくて、こんな稼業に足を突っ込めるか。俺は報告するぞ。」

「あの…………正気ですか?」


 ベリローゼに、正気を疑われた。

 まったく、ひどい扱いだ。


 しかし、思い詰めた表情の二人に、俺はニッと笑って見せた。


「秘密を洩らされちゃたまんねえ。だから消す。それが心配なんだろう?」

「そ、そうよ!」


 レインが相槌を打ち、ベリローゼも黙って頷いた。

 俺は一層、口の端を上げる。


「なら、秘密じゃなくしちまえばいい。」

「…………………………はい?」


 俺の言っていることを一ミリメートルも理解できず、レインが呆けたような顔になる。


「どういうことですか?」


 そう聞いてくるベリローゼに、俺は自分の考えを説明してやる。


「どうせ傭兵ギルドに報告すれば、秘密は漏れたも同然だ。だけど、そんなのは一部に知られるだけだろ? もしかしたら、それすら口を噤ませることができるかもしれない。」


 傭兵ギルドは、買収が効かないようなクリーンな組織だろうか?

 正直言えば、そんな期待は欠片もしていない。

 だったら、傭兵ギルドの上層部が買収され、情報が止められても問題ないようにしてしまえばいい。


「情報屋ギルドに情報を流す。この手紙と、地図があれば信憑性は増すだろ? ちと勿体ないが、金を払えば情報の拡散を頼むこともできる。俺たちの口を塞いだところで、意味を無くしちまえばいいってことさ。」


 この世界には、ギルドというのがいくつもあり、生活に密接に関わっている。

 俺たちが登録している傭兵ギルドもそのうちの一つだが、情報を売買する情報屋ギルドというのもある。

 中には一般の方々には関りの薄いギルドもあり、奴隷商のギルドや盗品を売り捌くようなギルドまで存在するのだ。

 そういった表立って看板を掲げられないギルドもありはするが、基本的にはそこまでやばいギルドばかりではない。


 今回の山賊の問題も、最初はいくつかの商会が資金を出し合って依頼を出していた。

 だが、被害が拡大、長期化していくにつれて、個々の商会の問題ではなく『商業ギルド』という大きな組織が問題視するようになった。

 報酬が数百万にもなるような依頼は、こうしたギルドからの依頼であることも多い。


 そして今回の山賊については、商業ギルドが動いた依頼だった。

 ならば、情報屋ギルドを通じて商業ギルドにも情報を流してやればいい。

 商人たちにとっては(にっく)き山賊が、何者かの指示によるものだった。

 きっと商人仲間たちに、どんどん話を広げてくれるだろう。

 何者かの隠したがっている秘密を、情報屋ギルドと商業ギルドという二つの巨大組織を使い、帝国全土に広げる勢いでばら撒いてやる。


 そんな俺の案に、レインが目を丸くした。


「そんなことしたら、恨まれちゃうじゃない!」

「だから何だ? つーか、騎士目指してた奴が、悪人に恨まれることをビビるんじゃないっての。どっちにしろ、俺たちが山賊を退治したことは、放っておいたってバレるさ。」

「ですが、大丈夫なのですか? 何か、報復があるのでは……。」


 秘密を暴露された報復の可能性を、ベリローゼが懸念する。


「勿論その可能性はあるだろうな。だが、今回はおそらく大丈夫だ。」

「なぜですか?」


 重ねて尋ねられるが、俺は肩を竦める。


「根拠なんかないよ。だけど、下手に動けば『何者かは自分です』って言っているようなものだからな。」


 そう言って、俺は自分の胸をトントンと指でつつく。


「山賊の首領(ボス)は【加護】持ち。その【加護】持ちを倒した奴に、手を出すんだぜ? 生半可な覚悟じゃ、自分の尻尾を掴まれるのがオチだ。そんなリスクを負うか?」


 【隠蔽(ハイディング)】という、非常に厄介な【加護】を持っていた山賊。

 山賊に指示していた奴が、【隠蔽(ハイディング)】の有用性を知らない訳がない。

 そんな山賊さえも倒した傭兵に、ただ報復したいってだけで手を出すだろうか?


「情報を撒くのは、報復の動きを封じる意味もある。名前も売れるし、一石二鳥だな!」


 俺がニカッと笑うと、レインとベリローゼが複雑な表情をして、大きく溜息をついた。





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