第29話 雇われ店長
薄暗い森で俺とレイン、ベリローゼの三人は、目の前の洞窟を疲れた表情で見つめていた。
「…………ようやく見つけたな。」
崖下の森の突き当たり。
切り立った崖に、明らかに人が使っていたであろう痕跡のある、洞窟を見つけた。
俺たちは慎重に近づくと、洞窟の入り口から中を窺う。
「行くぞ。」
そう後ろの二人に声をかけ、俺は洞窟に足を踏み入れた。
どうやら、山賊は全滅したらしい。
自分たちで退治しておいて何だが、元々が何人かも知らない。
山賊の首領の言葉を鵜呑みにはできないが、その後襲撃してくる様子もないので、一応は全滅させたと考えた。
勿論、奇襲の可能性は排除せず、警戒を続けはしたが。
そうして、俺たちはまず最初に、襲撃を受けたであろう人たちを探した。
朝方、悲鳴が聞こえてきた、あれだ。
周辺を調べていると、近くの森の中で二つの死体を見つけた。
前に崖の上で会った、剣使いと槍使いの二人の男だった。
それなりに手練れっぽかったが、さすがに気配を消した連中の奇襲は厳しかったようだ。
死体の横に転がる剣は鞘に収まったままであり、ロクに抵抗する間もなく倒されたことが分かった。
さすがに弔ってやるような余裕は、俺たちにもない。
山賊たちの死体の報告とともに、官所や傭兵ギルドにこの場所も報告してやることにした。
俺たちはそこから町に戻って…………とは行かなかった。
山賊の首領は倒したが、アジトをまだ発見していないからだ。
おそらく崖下に広がる森にあるだろうと見当はつくが、これでは山賊討伐の報酬は受け取れても、アジト発見の報酬がもらえない。
片手落ちと言わざるを得ないだろう。
「崖下の森に戻る。」
そう俺が方針を示した時の、レインとベリローゼの顔は実に見物だった。
こいつは何を言っているのだろう、とでもいうような、とても不思議そうな顔をしていた。
ちょっとだけ顔が引き攣っているようだったが、きっと疲労のせいだろうな、うん。
「これで百万シギングの権利も得た。首領の首と合わせて四百万シギングだな。」
俺は、洞窟の中をほくほく顔で歩く。
こうした場所に踏み込む時、罠の可能性を考えない訳にはいかないが、今回はそこまで気にする必要はなさそうだった。
洞窟内の地面は、どこにも足跡が付いている。
おそらく、森を突破されることはないだろう、と相当に油断をしていたようだ。
まあ、油断と言うか、実際に森を探られることはほとんどなかったようだが。
そしてその森だが、首領が死んだことで、付与されていた【加護】は解かれたのかもしれない。
前に通ってきた時は、常に「引き返そう」という考えが浮かんだが、今回は何ともなかった。ごく普通の森だ。
俺たちは、距離以外は何の問題もなく、森を踏破することができた。
何せ一昨日から、行って、戻って、また行ってである。
レインとベリローゼが、げんなりする気持ちも分からなくはない。
しかし、こんな場所を特定するだけで百万シギングだ。
行かない方がどうかしているだろう。
俺はこの洞窟が山賊たちのアジトであることを祈りつつ、慎重に足を進めた。
洞窟内の道幅は二メートル強といったところか。
壁にはランプが提げられ、薄暗いは薄暗いが、松明などは必要ない。
ランプには、あまり質の良くない夜光石を使っているようだ。
それでも、オイルを補充したりするよりは、石を交換するだけで済む夜光石の方が、面倒がないのだろう。
いくつかの支道に分かれている洞窟を、虱潰しに確認する。
洞窟内には食料庫や寝床などがあり、それなりに快適に過ごしていたらしい。
粗末ながら、ベッドも備えていた。
そうして薄暗い洞窟を進むと、明るい場所に出た。
洞窟内の広い空間を、多目的の広間のように使っていたようだ。
部屋の広さは、横幅七~八メートル。
奥行きは十数メートルといったところか。
どうやって持ち込んだのか、十人が使えそうな大きなテーブルが中央に置かれている。
テーブルの向こうには、ドアが一つ見えた。
壁にいくつもランプが提げられ、こちらは質の良い夜光石を入れているらしい。
本を読むのにも不便がないくらいに、広間は明るかった。
「中々いいアジトだな。」
ざっと見回し、そんな感想を呟く。
テーブルの上には、酒や食べ物が散乱していた。
「山賊のアジトで間違いないかしら。」
レインはやや緊張した面持ちで部屋を見回す。
ベリローゼは黙って、部屋の中を物色していた。
そうしてしばらく、部屋の中をそれぞれで調べる。
「お二人とも。こちらを。」
部屋の隅に、筒状に丸めた紙がいくつも突っ込まれた箱があり、ベリローゼはそれを一つひとつ確認していた。
大きい紙で、高さが一メートルを超えている。
小さい紙だと、三~四十センチメートルくらいか。
まるで、丸めたポスターか何かが突っ込まれているような感じだ。
「どうした?」
「何かあった?」
俺とレインは、ベリローゼの持っている紙を覗き込む。
それは、地図だった。
大きい地図もあれば、小さい地図もある。
俺も適当に一つ手に取り、広げてみる。
幅が一メートルもある、かなり大きい地図だ。
「…………何でこんな物が。」
近隣の領地を含めた、地方の地図だった。
主要な街どころか、かなり小さな町や村まで書き込まれている。
そして、そんな小さな村に通じる、小さな街道まで。
この世界では、詳細な地図は重要な軍事情報だ。
買おうと思って買える物ではない。
これだけの地図になると、それこそ軍や行政機関でも厳重に取り扱うような代物だろう。
(って。…………おいおい、まさか。冗談だろ?)
俺はその地図をテーブルに広げた。
そうして、酒瓶を地図の四端に置き、重しにする。
他の地図も次々に広げ、中を確認していく。
「何してるの?」
俺が何をしているのか分からず、レインが尋ねる。
俺はそれには答えず、いくつもの地図を調べていった。
「あった!」
縦横が三十センチメートルと四十センチメートルくらいの、小さな地図だ。
俺は椅子の上に載って、テーブルに広げた地図と見比べる。
「…………やっぱり……!」
「何がやっぱりなのよ!」
俺が何をしているのかさっぱり分からないレインが、ぶんすかと怒り出す。
レインって、ちょっと怒りっぽくない?
カルシウムが足りてないんと違う?
俺はちらりとレインを見ると、簡単に説明してやる。
「多分、この地図は測量して描かれたものだ。」
「そくりょう……?」
言葉の意味が分からず、レインが首を傾げる。
俺が見比べている地図は、どちらも同じ地域を描いた部分があった。
その範囲に限って言えば、要は同じような内容が描かれている訳だが、位置関係が揃い過ぎている。
例えば、傭兵ギルド。
依頼が出された街がどこにあるか、非常に簡易な地図でルートを教えてもらうことができる。
ただし、その地図は縮尺などはめちゃくちゃだ。
どの街道を通り、どの町を中継するか。
ルートと凡その距離が分かれば良いだけなので、「二日も歩けば着きますよ」なんて感じの大変アバウトな案内だ。
地図なんて物は、大体の方向と、使う街道さえ分かればそれで十分という認識だった。
そして、それは何も傭兵ギルドに限った話ではない。
すべてにおいて、それが標準の世界なのだ。
ところが、この二つの地図は違う。
縮尺は違えど、位置関係に狂いがあるようには見えなかった。
もしも、これが本当に測量をして描かれた地図なのだとしたら、軍の管理どころではない。
国家機密並みの代物だ。
ベリローゼも、俺の持っている地図とテーブルの上の地図を見比べる。
「とても正確に描かれた……地図? ということですか?」
ベリローゼの確認に、俺は頷く。
「この地図では一地方に限定されているが、ここまで精緻な地図を描くには測量が絶対に必要だ。下手したら、領主だってこれだけの地図は持っていないだろうな。」
「そう……なのですか?」
ベリローゼも、首を傾げた。
どうやら、レインもベリローゼも、地図の重要性をあまり認識できていないようだ。
精密な地図があってこそ、正確な軍の行軍計画を立て、補給計画を立てることができる。
しかも、そうして立てた計画でさえ、様々な理由で狂うのだ。
どんぶり勘定で立てられる軍の作戦がどれほど恐ろしいか、考えるまでもないだろう。
まあ、現地調達を認めているなら、補給の計画など適当でもいいとか思っていそうだけど。
(帝国にも、伊能忠敬みたいなのがいるんだな。)
言わずと知れた、日本地図を最初に作ったとされる偉人だ。
まあ、実はその四十年以上も前に、長久保赤水って人が日本地図を作っていたみたいだけど。
かの伊能忠敬も、この長久保赤水の地図を参考にして日本全国を歩いていた、らしい。
ただ、伊能氏と長久保氏の違いが何かと言うと、それが測量だ。
伊能忠敬が測量を用いて、かなり正確に測った上で地図を描いたのに対し、長久保赤水は情報収集と研究、解析で日本地図を描き上げた。
それはそれでとんでもない話だが、長久保赤水は非常に実用的な地図を描いてみせたようだ。
伊能忠敬の地図が幕府によって機密とされたのに対し、長久保赤水の地図は庶民に広く使われていたという。
ベリローゼは地図がいくつもあるので、「何か重要なことが描かれているかも」と思い、俺たちに声をかけた。
だが、まさか地図そのものが重要だとは思わなかった。
俺は椅子からぴょんと飛び降りると、地図の入った箱を指さす。
「ベリローゼ。お前の魔法具の袋に全部入れておいてくれ。テーブルのやつもな。」
残念ながら、俺の魔法具の袋は誰でも使える状態だ。
ベリローゼの袋なら使用者登録されているので、間違っても他人に見られることはない。
そう思って指示したのだが、レインとベリローゼがじとっとした目を向けてきた。
「…………ベリーちゃんの袋に、って。まさかとは思うけど……。」
「盗むのですか?」
二人の視線を受け止め、俺はにっこりと微笑んでみせる。
「まさか。今は精査する時間がないからな。ちょっと拝借するだけだよ。」
そう言って、持っていた地図をベリローゼに差し出す。
「山賊ごときが持っているには、不釣り合いな地図だ。然るべき場所に返すためにも、よくよく調べないと。」
俺は片眉を上げ、ずいっと地図を押しつける。
ベリローゼは渋々ながら、地図を受け取った。
魔法具の袋に仕舞うのを見届け、俺は頷く。
「返すべき場所を選定するのにも、検討のための時間は必要だろう? 少しの間、預かるだけだよ。」
まあ、いつまで検討を続けることになるかは知りませんけどね。
それだけ重要で、取り扱いに注意を要する代物ということだ。
慎重の上にも慎重を重ね、しっかりと返却すべき場所を検討する必要がある。
検討の時間が長く長~くなっちゃっても、それだけ慎重に扱ったってだけだよねえ?
俺は纏わりつく視線を気にせず、奥のドアに向かった。
「ここは任せた。何かあれば呼んでくれ。俺は奥を調べる。」
いつまでも呆れたような顔をしているレインとベリローゼを放っておき、俺は奥の部屋に入った。
こちらはどうやら、首領の部屋のようだ。
机があり、ベッドもしっかりとした物が置かれていた。
部屋の中は意外に片付いている。
山賊の首領の部屋なら、もっと乱雑なイメージだが。
本棚が机の横に置かれ、そこにはガラクタのような物が並んでいた。
その中に、魔法具の袋が一つ置いてあった。
手を突っ込んでみるが、当然ながら入らない。
俺は、魔法具の袋を自分のベルトに付けて、ぶら提げた。
首領の首と一緒に、傭兵ギルドに引き渡そう。
持ち主がすでに亡くなっているので、もはや誰にも取り出せないとは思うが。
そうして俺は、机の物色に取り掛かる。
とは言っても、机の上には何も置かれていなかった。
ガタガタガタ……。
机の引き出しには、鍵がかかっていた。
(さすがに、ピッキングなんかできないしなあ。)
理屈は…………まあ、分かってはいる。
素養ですから。
ただ、さすがにやったことはないし、道具もない。
「おーい、ベリローゼ。」
俺は隣の部屋で物色中のベリローゼを呼んだ。
「何でしょうか?」
ベリローゼはすぐにやって来た。
「開けてくれ。」
俺が引き出しをコツコツ叩きながら、何でもないことのように言うと、ベリローゼがきょとんとした顔になる。
…………が、すぐに頷いた。
魔法具の袋に手を入れると、針金状の細い棒を数本取り出す。
鍵穴に躊躇いなく突っ込むと、すんなり開けてくれた。
「さんきゅー。」
「いえ……。」
軽く会釈し、部屋を出て行く。
俺は、そんなベリローゼの後ろ姿を見送った。
(…………あっさりと開けやがったな。)
何やら特殊な訓練を積んできたらしいので、もしかしたらと思ったのだが。
ただの戦闘を目的としたメイドに、ピッキング技術を教え込むのはおかしいだろう。
戦闘メイドとやらは、完全に諜報員として教育を受けていた。
(あとで、そっちも話を聞かないとな。)
ベリローゼの話が、半端なままになっている。
現在、何を目的に行動をしているのか。
なぜ、俺たちにターゲットを絞ったのか。
正直に話すとは思えないが、聞くだけは聞く必要があるだろう。
俺はベリローゼのことを頭から追い出し、とりあえず引き出しを開けることにした。
先にアジトの物色が終わらないと、町に帰ることもできやしない。
すでに一週間も野宿生活である。
依頼もほぼ完了しているのだから、さっさと片付けて町に帰りたい。
引き出しの中には、あまり物は入っていなかった。
インク、羽根ペン、そして……。
「手紙……?」
引き出しには、二通の手紙が入っていた。
一通は、封蝋が付いている。
ただし、すでに剥がされているので、これは誰かが首領宛に書いた物だろう。
そして、もう一通は書きかけだ。
おそらくだが、送られてきた手紙に返事を書いていたのではないだろうか。
(何で魔法具の袋に仕舞わなかったんだ?)
見られても、然程問題のない手紙だろうか。
もしかしたら、この魔法具の袋は、使用目的をきっちりと分けていた?
意外と几帳面な性格をしていたようなので、仮にこの魔法具の袋が『お宝』を仕舞う物だった場合、違う物を入れるのが嫌だった?
そんなことを考えつつ、まずは送られてきた手紙に目を通す。
読み始めてすぐに、俺は顔をしかめてしまう。
それは、襲撃の指示書だった。
いつ、どの街道で、どの商隊を襲撃するのか。
四件分ほどの指示が出されていた。
そして返信の手紙には、過去二件分の成果が書かれている。
つまり、返事の手紙は書きかけの手紙ではなく、書きかけの報告書だった。
「……………………。」
俺は黙って、二つの手紙を更に二度ほど目を通す。
(こいつら、ただの山賊じゃない……?)
俺たちが首領だと思っていた男は、実は首領じゃなかった?
本当の首領が別にいて、そいつが指示を飛ばしていた?
若しくは、首領は首領でも、雇われの首領だった?
(……雇われ店長じゃないんだから。)
指示役と実行役に分かれた犯罪組織。
何だか、元の世界でもよく耳にした構図に、軽い頭痛を感じる。
まるで、違法店舗の雇われ店長。
振り込め詐欺の受け子のようではないか。
危険な役目は使い捨てにやらせ、本当の悪人は裏に隠れたまま。
おそらくだが、封蝋の印も大した手掛かりにはならないだろう。
「…………。」
俺は、何者かが書いた指示書を、じっと見つめた。
これは、非常に不味いことを知ってしまったのではないだろうか。
明らかに、ここの山賊たちよりも上の立場の存在がいる。
そいつは複数の商会の、商隊の計画を事前に入手し得る立場にある。
合法か非合法かは別にして。
何者なのか見当もつかないが、もしもそんな企てを行った者が、この『山賊による襲撃計画』を知られたら?
何をどうするかなんて、考えるまでもないだろう。
俺がそいつの立場だったら、まず真っ先に考えるのは口封じ。
余計な秘密を知った者には、口を噤んでもらう。
俺は二通の手紙を自分の魔法具の袋に入れると、引き出しを閉じ、すぐに部屋を出た。
「レイン、ベリローゼ。どうだ、何かあったか?」
「ううん。特には無いみたい。」
「これと言って、めぼしい物は見つかりませんでした。」
テーブルの下に潜り込んでいたレインに、俺はすんとした顔になってしまう。
まあ、そういう所に何か隠している可能性も無くはないが……。
「……なら、もういいだろう。ここを出よう。」
そう言いながら、俺は椅子を使って、壁にかけられたランプをいくつかかっぱらう。
広間に提げられたランプには、中々良い夜光石が入っている。
ランプの中から夜光石を抜き取ったりして、すべてを回収した。
「…………。」
「…………。」
レインとベリローゼが、何とも言えない顔をして、そんな俺を見つめていた。
ぼけっと見てないで、手伝ってくれても良くね?
まあ、それはいい。
俺はベリローゼの方に顔を向け、真剣な顔で指示を出す。
「最大限に、周囲の警戒を続けてくれ。帰り道に山賊どものお仲間に会ったら、目も当てられないからな。」
その指示に、ベリローゼも真剣な顔で頷くのだった。
山賊のアジトを離れ、俺たちは来た道を戻った。
つまり、再び山を登り、山の反対側に下山して町に戻るルートだ。
本当にもう、今週はずっとこんな登ったり下りたりで嫌になる。
だが、これでお仕事は済んだ。
後は町に帰るだけだと思えば、そこまで面倒では…………いや、そんなことはないな。
十分に面倒くさい。
しかし、アジトで見つけた地図を見ても、この周辺でもっとも近いのは、元々俺たちが仕事を受けた町だった。
ならば、文句を言っても仕方ない。
口を動かしてる暇があれば、足を動かせ、だ。
そうして、山の頂上近くまで黙々と登り、夕方になって野営する。
明日の朝早くに出発すれば、おそらく明日中には下山できるのではないだろうか。
まあ、そこからまた町までは二日ほど歩かないといけない訳だが、山道を歩くよりは遥かにマシである。
俺は野営の準備中に、いただいてきたランプを早速使ってみる。
洞窟の通路に使われていた夜光石は、あまり質は良くない。
だが、野営にはむしろ、これくらいが丁度よいのではないだろうか。
そう思って、通路の夜光石もかっぱらってきていた。
「おお、いい感じだな。」
俺が戦利品に満足していると、レインとベリローゼから冷たい視線を向けられた。
何なんだ?
「何だよ、何か言いたいことがあるなら言えよ。」
俺がそう言うと、レインとベリローゼが顔を見合わせる。
そうして、ベリローゼが言いにくそうに口を開いた。
「他人の物を勝手に持ってくるのは、その……如何なものかと……。」
そんな、歯に物が挟まったようなことを言う。
「使う人がいない物を貰って、何が悪い。」
今まさに誰かが使っています、なんて物を持って行くような真似は、さすがに俺もしない。
すでに持ち主がいないのが明らかな時だけ、必要に応じていただくことがあるというだけだ。
こんな殺伐とした世界で生きていながら、レインやベリローゼは随分としっかりとした倫理観を持っているらしい。
レインは騎士の父の背中を見て育ち、自身も騎士を目指していたのだから『範たれ』というのは分からなくもない。
だが、なぜベリローゼまでそんなことを気にする?
そう思いはするが、さすがにストレートにそれを言う気はない。
人を害する技術を叩き込まれ、あっさりと鍵を開けてみせた戦闘メイドが「窃盗ごときをなんで気にするんだ?」などとは。
とりあえず二人の抗議の視線を受け流し、腹ごしらえを済ませ、俺は二通の手紙を魔法具の袋から取り出した。
「リコ、それは何?」
薄暗いため、何かよく分からないのだろう。
俺は両手に持った手紙を軽く挙げ、見えやすいようした。
さすがに内容までは読めないだろうが、何を持っているかは分かったようだ。
「……手紙、ですか?」
「そうだ。」
俺は魔法具の袋に手紙を仕舞い、簡単に説明してやる。
「要点だけ伝えておく。山賊は誰かの指示で襲撃を行っていた。その証拠が、今の手紙だ。」
「誰かの、指示? 誰の?」
レインの疑問に、俺は首を振る。
「そこまでは分からない。だが、手紙の一通は襲撃の指示書で、もう一通は過去の襲撃の報告書だ。何者かの指示で、あいつらは山賊をやってたんだよ。」
こうなってくると、そもそも山賊は本当に山賊だったのか?
そんな疑問すらも持ち上がってくる。
手下たちはどうでもいいが、あの山賊の首領は少々毛色が違った。
身なりは山賊ぽかったが、本人の気質が山賊っぽくない。
「どういうことですか?」
ベリローゼが聞いてくるが、それにも俺は首を振る。
「どうもこうも、言ったままだ。二つの手紙には『襲撃の指示』と『結果報告書』が書かれていた。その事実から分かることは?」
そう聞き返すと、ベリローゼは難しい顔になった。
レインが更に疑問を聞いてくる。
「誰かの指示で山賊をやっていたとして、何のために襲わせていたの?」
「さすがに理由までは分からないな。そこまでは書かれていなかったし。でも……」
「でも?」
俺は一つ区切ると、軽く周囲を見回す。
「こんな秘密がバレて、その指示していた奴はどうすると思う?」
俺がそう聞くと、レインが表情を強張らせた。
ベリローゼは、感情を消したような表情を俺に向ける。
「…………我々は、もしかしたらとんでもないことを知ってしまった可能性がある、と?」
「少なくとも、山賊どもを使ってた奴からすれば、知られたくない話だろうな。」
俺は冷えた目でレインとベリローゼを見る。
「知らないまま、背中から刺されたくはないだろう? だから教えた。俺たちが山賊討伐を傭兵ギルドに報告すれば、俺たちのことはそいつにバレるからな。」
「じゃあ、報告しなければ!」
レインは、自分のナイスなアイディアにほっとした表情になる。
「おいおい、四百万シギングを捨てる気か?」
「お金と命、どっちが大事なのよ!」
レインが、まるで怒ったように声を荒げる。
その判断は、確かに間違ってはいない。
捨てるには惜しい金額だが、そんなのは生きていればこそだ。
金欲しさに命を落としては、元も子もない。
だが、そんなのは常人の判断だ。
頭のネジがぶっ飛んだ、傭兵の判断ではなかった。
「命が惜しくて、こんな稼業に足を突っ込めるか。俺は報告するぞ。」
「あの…………正気ですか?」
ベリローゼに、正気を疑われた。
まったく、ひどい扱いだ。
しかし、思い詰めた表情の二人に、俺はニッと笑って見せた。
「秘密を洩らされちゃたまんねえ。だから消す。それが心配なんだろう?」
「そ、そうよ!」
レインが相槌を打ち、ベリローゼも黙って頷いた。
俺は一層、口の端を上げる。
「なら、秘密じゃなくしちまえばいい。」
「…………………………はい?」
俺の言っていることを一ミリメートルも理解できず、レインが呆けたような顔になる。
「どういうことですか?」
そう聞いてくるベリローゼに、俺は自分の考えを説明してやる。
「どうせ傭兵ギルドに報告すれば、秘密は漏れたも同然だ。だけど、そんなのは一部に知られるだけだろ? もしかしたら、それすら口を噤ませることができるかもしれない。」
傭兵ギルドは、買収が効かないようなクリーンな組織だろうか?
正直言えば、そんな期待は欠片もしていない。
だったら、傭兵ギルドの上層部が買収され、情報が止められても問題ないようにしてしまえばいい。
「情報屋ギルドに情報を流す。この手紙と、地図があれば信憑性は増すだろ? ちと勿体ないが、金を払えば情報の拡散を頼むこともできる。俺たちの口を塞いだところで、意味を無くしちまえばいいってことさ。」
この世界には、ギルドというのがいくつもあり、生活に密接に関わっている。
俺たちが登録している傭兵ギルドもそのうちの一つだが、情報を売買する情報屋ギルドというのもある。
中には一般の方々には関りの薄いギルドもあり、奴隷商のギルドや盗品を売り捌くようなギルドまで存在するのだ。
そういった表立って看板を掲げられないギルドもありはするが、基本的にはそこまでやばいギルドばかりではない。
今回の山賊の問題も、最初はいくつかの商会が資金を出し合って依頼を出していた。
だが、被害が拡大、長期化していくにつれて、個々の商会の問題ではなく『商業ギルド』という大きな組織が問題視するようになった。
報酬が数百万にもなるような依頼は、こうしたギルドからの依頼であることも多い。
そして今回の山賊については、商業ギルドが動いた依頼だった。
ならば、情報屋ギルドを通じて商業ギルドにも情報を流してやればいい。
商人たちにとっては憎き山賊が、何者かの指示によるものだった。
きっと商人仲間たちに、どんどん話を広げてくれるだろう。
何者かの隠したがっている秘密を、情報屋ギルドと商業ギルドという二つの巨大組織を使い、帝国全土に広げる勢いでばら撒いてやる。
そんな俺の案に、レインが目を丸くした。
「そんなことしたら、恨まれちゃうじゃない!」
「だから何だ? つーか、騎士目指してた奴が、悪人に恨まれることをビビるんじゃないっての。どっちにしろ、俺たちが山賊を退治したことは、放っておいたってバレるさ。」
「ですが、大丈夫なのですか? 何か、報復があるのでは……。」
秘密を暴露された報復の可能性を、ベリローゼが懸念する。
「勿論その可能性はあるだろうな。だが、今回はおそらく大丈夫だ。」
「なぜですか?」
重ねて尋ねられるが、俺は肩を竦める。
「根拠なんかないよ。だけど、下手に動けば『何者かは自分です』って言っているようなものだからな。」
そう言って、俺は自分の胸をトントンと指でつつく。
「山賊の首領は【加護】持ち。その【加護】持ちを倒した奴に、手を出すんだぜ? 生半可な覚悟じゃ、自分の尻尾を掴まれるのがオチだ。そんなリスクを負うか?」
【隠蔽】という、非常に厄介な【加護】を持っていた山賊。
山賊に指示していた奴が、【隠蔽】の有用性を知らない訳がない。
そんな山賊さえも倒した傭兵に、ただ報復したいってだけで手を出すだろうか?
「情報を撒くのは、報復の動きを封じる意味もある。名前も売れるし、一石二鳥だな!」
俺がニカッと笑うと、レインとベリローゼが複雑な表情をして、大きく溜息をついた。




