第28話 【加護】持ち
「二時方向! 二!」
山道を堂々と歩き、ベリローゼが叫ぶ。
俺はその声に反応し、森の中を駆け出した。
ガキンッキーンッギンッガキンッ!
ベリローゼは両手に持ったナイフで、投げ両刃をすべて弾き返す。
ベリローゼのすぐ後ろにいるレインは、一応剣を手にしてはいるが、何が起きているのかさっぱり分からない状態だ。
響き渡る甲高い音に、時折身を竦めていた。
ベリローゼが防御に徹し、レインを護る。
そうして、気配を見つけた敵の方向を俺に伝える。
敵を叩くのは俺の役目だ。
これが、もっとも適した配置だと判断した。
俺は【加速】を発動し、スローモーションの世界を必死に駆ける。
(見つけたっ!)
如何にも山賊らしい、薄汚れた、みすぼらしい恰好。
木の陰に身を隠しながら、二人の男がベリローゼに向けて投げ両刃を投げようとしていた。
俺はもどかしい動きに舌打ちしつつ、短剣で首を斬り、肋骨の間から心臓に突き立てる。
そこで、【加速】が切れた。
「ぅがっ!?」
「ぎゃっ!?」
喉を裂かれた男が、目を剥いて俺に手を伸ばす。
「うぶっごぼごぼっ……!」
押さえた喉から血と空気が漏れ出す。
二人の男は倒れ、ぴくぴくと痙攣する。
「な、何だ!? このガキはっ!」
その時、少し離れた木の陰に、お仲間らしき男を見つけた。
嫌になるくらい気配を感じられなかったが、声を上げてくれたおかげで気づくことができた。
(【加速】ッ!)
ドクンッと心臓が跳ね、一息に距離を詰めると、短剣で喉を突いた。
俺は【加速】を発動したまま周囲を見回す。
相変わらず、気配を感じることができない。
呆れる話だが、今目の前にいる男にさえ、気配を感じないのだ。
声が上がったから気づいた。
だが、声がなければ、下手したら目の前にいても気づけないのではないか。
そう思ってしまうくらいに、山賊たちの気配は希薄だった。
(…………どうなってんだ、こいつらは?)
さすがに不自然過ぎる。
崖下の森が異常なのは確かだが、それとは別に山賊も異常。
どうやら、まともな山賊ではなかったようだ。
ビュッ!
俺は【加速】を解除して、短剣を引き抜き、血を払う。
「これで、七人。」
すでに、レインとベリローゼを囮にして山賊を叩く作戦で、七人ほどを片付けた。
レインを囮にすることに俺は反対したのだが、当の本人がやる気まんまんだ。
ベリローゼには、そうして護った実績もある。
二人に押し切られ、仕方なくこの案を承諾するしかなかった。
順調に山賊たちの数を減らせてはいるが、他にもまだいるかもしれない。
俺は、急いでレインたちの下に戻ることにした。
俺が森の中から山道を窺うと、ベリローゼがこちらを見た。
「気配は感じられません。」
どうやら、粗方片付いたらしい。
俺は森から出て、レインの下に行った。
「怪我は?」
「大丈夫。ベリーちゃんが護ってくれたから。」
「ちっ!」
満面の笑みでベリローゼを褒めるレインに、俺は思いっきり舌打ちした。
俺はベリローゼを睨みつける。
「こっちには三人いたぞ? ちゃんと数えろ。」
「左様でございますか。それで一人、まんまと逃がしてしまったのですね。申し訳ありません、坊ちゃま。私がもっとしっかりと把握していれば、坊ちゃまがポカをやらかす――――。」
「ポカなんかしてねーわっ! つーか、その『坊ちゃま』やめろっ!」
こいつ、二人じゃなくて三人だったって話を、一人取り逃がした言い訳と捉えやがった。
腹立つわぁ……。
イライラする俺と、涼しい顔のベリローゼ。
そんな俺たちを見て、レインが苦笑する。
バッ!
その時、いきなりベリローゼが俺に斬りかかった。
俺は地面を転がるようにし、寸でのところでベリローゼのナイフを躱す。
ガギンッッッ!!!
ベリローゼの弾いた物が、ヒュンヒュンと音を立て、回転しながら宙に舞う。
ザクッ。
地面に落ち、突き刺さった物は手斧。
薪を割ったりするのに使われる物だが、人に向ければその殺傷力は言うまでもない。
「なっ!?」
俺は振り返り、手斧が飛んで来たと思われる方向を見る。
そこには、一人の男がいた。
がたいの大きい、如何にも山賊の首領っぽい男。
だが、その男は異常だった。
俺との距離は三十メートルほど。
山道に姿を晒している。
それなのに、俺は男の姿をはっきりとは認識できなかった。
「どう……なってんだ?」
俺は顔をしかめ、呻くように呟いた。
透けている、訳ではない。
陽炎をまとっている……訳でもない。
正面に、視界の真ん中に男の姿を収めながら、それでもはっきりと視認できない。
まるで、死角からちらちらと、こちらを窺っているような感覚。
その、存在のあやふやな男に、何とも言いようのない不気味さを感じた。
「ベリーちゃんっ!」
レインの悲鳴のような声が聞こえ、思わずそちらを見てしまう。
ベリローゼの左肩には、投げ両刃が深々と突き刺さっていた。
「中々いい勘しているようだが、ダガーの方は気づかなかったか? どうやら、努力だけでそこまで研ぎ澄ませたらしいな。」
男の声には、何となく気楽なものを感じた。
俺は、レインとベリローゼを庇うように立ち、短剣を構える。
「…………お前が、山賊の首領か。」
「ああ。と言っても、もう首領なんて言うのも空しいだけだがな。何せ、手下がすべて片付けられちまった。」
これまで片付けた七人で、手下が全滅?
いや、油断を誘う罠の可能性もある。
一人二人伏せておき、いざという時に不意打ちを狙ってくる可能性は大いにある。
「お前たち、俺の部下にならねえか?」
「あ……?」
山賊の首領が、突然スカウトを始めた。
「お前も【加護】持ちだろう? そっちのメイドは自力で身につけたらしいが、十分戦力になる。これまで使ってきた手下どもなんかより、余程役に立ちそうだ。」
どうやら男は、これまでの俺たちの戦いぶりを観察していたらしい。
そうして、俺の【加速】を知った。
手下に加えれば、使い勝手が良さそうだと考えたようだ。
だが、俺には一つ引っかかったことがある。
誘いには答えず、まずはそれを確認することにした。
「今…………『お前も』、って言ったか?」
俺を【加護】持ちと評し、『も』と言ったのだ。
それはつまり――――。
「ああ、そうだ。見れば分かるだろう? 俺も【加護】持ちだ。」
はっきりとは分からなかったが、声の雰囲気から男が笑っているように感じた。
「【隠蔽】。こんな稼業をやるには、持って来いの【加護】だろう?」
どうやら、この男の姿をはっきりと視認できないのは、【隠蔽】という【加護】の力らしい。
俺は目を細め、男を凝視した。
「かなり便利な【加護】だぞ? 自分だけじゃない。ちと面倒ではあるが、人や物にも付与させることができる。」
男の声から、自信に満ちたものを感じる。
おそらく、先程まで相手にしていた手下たちの気配が希薄だったのは、男の【加護】を付与させていたということのようだ。
「【加護】を、他人に分け与えるのか? そんなの聞いたことがない。」
俺が増々警戒を露わにすると、男は肩を竦める。
「お前が聞いたことがあるかどうかは、どうでもいいさ。実際に相手して、普通じゃないってことくらいは気づいただろう?」
悔しいが、その通りだ。
目の前にしながら、気配を感じられない。
それは、話をしている今この瞬間でもそうなのだ。
俺は内心で舌打ちをした。
(手下たちとは桁が違うな、こいつ……。)
手下たちは、気配は分からないが、視認さえすれば問題なかった。
ところが、この男は違う。
こうして面と向かって話をしているというのに、見失いそうなのだ。
俺は頻繁に男を凝視するようにして、何とか見失わないようにしている状態だった。
「お前の【加護】は【加速】だろ? 俺が【隠蔽】を付与してやったら、もう無敵だろう?」
「無敵になったら、わざわざあんたの下に就く意味もないな。」
俺は後ろの二人を気にしつつ、それを悟られないように話を続けた。
今、後ろではベリローゼが自分で投げ両刃を引き抜こうとしているところだ。
レインが手伝おうとしたが、ベリローゼが固辞した。
こうした物を引き抜くには、相当な覚悟がいるからだ。
例え自分に刺さった物でなくても、一思いに引き抜ける者などそうはいない。
躊躇えば、余計に痛みを増やすだけ。
そのためベリローゼは自分で抜くことを選択し、回復薬だけレインに準備してもらい、待機させていた。
俺が時間を稼いでいることは、おそらく男にはバレている。
それでも構わない。
引き延ばせるだけ引き延ばして、ベリローゼを戦線に復帰させることが今もっとも優先すべきことだ。
男が楽しそうに肩を震わせた。
「おいおい、手下じゃなくなった奴に、そのまま付与させておくと思ってんのか?」
「何だよ、与えておいて取り上げるのか?」
「当たり前だろうが。図々しい奴だな。」
そう言いながら、男は笑った。
どうやら、付け外しが自在らしい。
本当に便利な力だな。
つまり、ここの山賊たちは首領の【加護】の力を付与され、極端に気配を希薄にすることができた。
それでも姿は見えるので、ある程度は追跡することができたのだろう。
だから、この山までは特定することができた。
しかし、追えたのはそこまでだった。
森に入り込まれれば、追跡は困難。
気配がないのでは、並みの傭兵ではそれ以上を探ることはできなかったという訳だ。
男の話には、もう一つ気になる点があった。
「物に、付与できるって言ったよな。」
「ああ。できるぜ。」
「もしかして、あの森もか?」
俺がそう聞くと、男は本当に楽しそうに笑い声をあげた。
「はっはっはっ……やはり気づいていたか。まさか、あの森の中まで侵入してくる奴がいるとは思わなかったから、報告を聞いた時は驚いたぜ。」
崖の下に広がる森の、どこまでに付与が施されているのか分からないが、あの森の不可解な感じは【隠蔽】によるものだった。
どうやらこの【加護】は、単純に姿を隠すという以上の力があるようだ。
「そこまで気づかれていたら、生かして帰す訳にはいかないんだ。手下になるか、ここで死ぬか、好きな方を選べ。」
それまでの軽い口調から変わり、その声に冷えを感じた。
男は腰に差していた山刀を抜くと、こちらに向ける。
俺が答えずにいると、男の姿がふわっと消えた。
瞬間、ベリローゼが叫ぶ。
「十時っ!」
その声に、俺は咄嗟に身体を屈めながら、左斜め前に踏み込み短剣を突き出した。
頭の上を何かが掠め、数本の髪が舞う。
だが、俺の突き出した短剣にも、僅かながら手応えがあった。
ベリローゼの指示は、敵の方向を示していた。
回避するための指示じゃない。
攻撃のための指示だ。
そして、俺は男が山刀を手にするところを見ていた。
振り下ろしだったら残念無念な結果だが、俺は薙ぎと読んだ。
だから、身を屈めながらの突きを、咄嗟に繰り出したのだ。
すかさず俺は、見えない男に向かって短剣を斬り返す。
しかし、こちらは手応えを得ることはできなかった。
「くっ……!? まさか、これでも反撃が来るとはな……!」
前方から声が聞こえた。
だが俺には、男が一メートル先にいるのか、十メートル先にいるのか、その見当さえつかない。
ゆっくりと後退り、ベリローゼとレインの下に戻る。
どうやらベリローゼは治療が終わり、戦う体制が整ったようだ。
ベリローゼが俺の前に立ち、ナイフを構える。
腹立たしいが、男の位置を捉えることができるのは、今のところベリローゼしかいない。
俺がどうするかを考えていると、また男の声が聞こえた。
「増々欲しくなったぜ。……なあ、本当にこっちに来ないか。」
再度のスカウト。
それでも俺たちは、黙って戦闘体勢を崩さなかった。
「そうか。」
男の呟きが聞こえた途端、ベリローゼが動く。
キィーンッ!
どうやら、再び投げ両刃が投げられたようだ。
俺はベリローゼの後ろに隠れながら、見えない男がいるであろう方向を、射殺さんばかりに睨んでいた。
(ベリローゼの後ろに隠れてるとか、屈辱でしかないんだが!?)
俺は、この非常に腹立たしいシチュエーションを打開する方法を、必死に考える。
ベリローゼに小声で話しかけた。
「男がどこにいるのか、見当がつくか。」
だが、ベリローゼは答えない。
必死に男の気配を探っているようだ。
「どこにいるか教えろ。俺が仕留め――――。」
「お静かに。今は坊ちゃまのお相手をする暇はありません。大人しくしていてください。」
かっちーーん!
一瞬で、俺の額に青筋が浮かぶ。
文句を言ってやろうと息を吸い込んだ瞬間、ベリローゼが動いた。
(かかったっ!)
ドクンッと心臓が跳ね、水色に視界が染まる。
俺は【加速】を発動し、動き出したベリローゼの脇をすり抜けた。
ベリローゼが動いたのは、姿の見えない男の気配を察知してのものだ。
姿は見えない。
気配は分からない。
だが、そこに男は存在する。
物理的に存在しなくなった訳ではないのだ。
男の立っている場所には、当然ながら男の質量分の重量がかかり、摩擦もあれば運動エネルギーも発生する。
俺は突進しながら注意深く地面を観察した。
ほんの僅か。
ほんの僅かにだが、地面の砂が動く。
【隠蔽】で姿と気配を消そうとも、踏んだ地面の砂は男の動きに連動する。
男は十メートルほど先で、右に動こうとしている。
俺は左にやや大回りに動き、地を這うように姿勢を落として、男のいるであろう空を斬り上げた。
バシュッ!
スローモーションの動きで、その手応えを噛みしめる。
振り抜いた短剣の、切っ先十五センチメートル以上が血を帯びた。
男の【隠蔽】が揺らぐ。
それまでまったく姿の見えなかった男が、僅かに姿を現した。
男は、右脇腹を斬り裂かれ、完全に姿勢を崩していた。
俺は更に追撃を浴びせる。
山刀を持っていた手を、前腕の中ほどで斬り落とす。
そうして、短剣を背中から突き上げた。
「ぐっはあぁああっ!?」
【加速】が切れると、男がビクンと身体を仰け反らせた。
断末魔の声を上げると、そのまま横倒しになる。
俺は引き抜いた短剣を払うと、油断なく男に向けた。
(…………伏兵は……?)
倒れた男に警戒しつつ、周囲を見回す。
どうやら、他に山賊はいないようだった。
「リコッ!?」
レインの驚く声が聞こえた。
レインからすると、一瞬のうちに勝負が決していたという状況だろう。
先程まで自分の目の前にいた俺が、いつの間にか山賊の首領を斬り伏せていた。
一体、何が起こった?
レインからすれば、そんなところだ。
もう何度も【加速】を見ているだろうに。
ドクンッッッ!!!
その時、身体が強張った。
視界に映る物すべてがモノクロになり、ブラーでもかかったように残像を残す。
(何だ、これ……?)
金縛りにでもなったように、身体が動かなかった。
だが、不思議なことに視点だけは動いている。
まるでゆっくりと歩くように、地面に倒れた男に近づく。
男の傍らに、しゃがむ。
ビクッと身体を震わせ、視界が元に戻る。
俺は思わず両手を見つめ、ゆっくりと握り締めた。
(何だ、今のは?)
特に、何も変わったことはなさそうだ。
俺は先程と同じ場所に立っている。
男も、同じように地面に倒れている。
(白昼夢……?)
そんなものが本当にあるとは思っていなかったが、そうとしか表現のしようがない。
いや、白昼夢とでも呼ぶべきものは、俺はすでに体験している。
リシャルドの誘拐からこっち、九年間もそんな感じでいたのだから。
あの頃と同じなのか、まったく違う現象なのか。
先程の一瞬だけでは判断がつかないが、これは留意しておくべき現象だろう。
「何ですか、今のは?」
ベリローゼが倒れた男に警戒しながら、俺の方に歩いて来る。
その後ろに、レインもくっついていた。
「何がだ?」
「とぼけないでください。どうして男の位置が分かったのですか? それに、一瞬で…………まるで消えて移動したかのような。」
どうやら、【加速】のことを言っているようだ。
「山賊の首領が言っていただろ? 【加速】だよ。」
俺がそう言っても、ベリローゼは納得していないようだ。
「山賊たちを倒している時、確かに異様に速い動きをしていたのは気づいていました。ですが、こんな……。」
どうやら、俺の【加速】が速過ぎると言いたいようだ。
そんなん知らんがな。
「んなこたーどうでもいい。それよりも……。」
俺はベリローゼを見上げ、睨みつけた。
「【加速】のことを漏らしてみろ。お前もそうなるぞ?」
そう言って俺は、すでに息絶えた男を顎で示す。
この力は切り札だ。
知られた以上は、相応の覚悟をしてもらう必要がある。
本当なら、この場で口を封じたいくらいだった。
俺が本気で言っていることが伝わったのか、ベリローゼはごくりと喉を鳴らす。
そうして、頭を下げた。
「秘密を軽々に漏らすようでは、使用人は務まりませんので。」
「どうだか……。」
信じる信じないで言えば、俺はまだベリローゼを信じてはいない。
だが、だからと言って切り捨てる判断をすれば、レインは決して受け入れないだろう。
ならば、せめてチャンスは与えることにした。
この秘密を守っている間は、判断を保留にしてやる。
俺は山賊の首領を見下ろし、呟く。
「ベリローゼ。男の首を切り落とせ。」
「はい? 何でですか?」
俺が何を言っているのか分かららず、ベリローゼが困惑する。
「アジトを探すだけのつもりだったが、退治まですることになっちまったからな。その分の報酬はきっちりいただかないと、割に合わん。」
そう言って、俺はにっこりとベリローゼを見上げた。
「憶えておけ。退治した証拠は基本的には死体だ。だが、山の中を死体抱えてうろうろしたくないんでな。そういう場合は首だけでいいんだ。」
俺が笑顔で首をかき切る仕草をすると、ベリローゼは顔を引き攣らせた。
レインも、うんざりしたような、青褪めたような、複雑な表情をしていた。




