第27話 気配なき敵
「伏せてくださいっ!」
突然、鋭い声が上がった。
俺たちは相変わらず崖の下を歩いていただけなのだが、その声に思わず反応し、しゃがみ込む。
声の主はベリローゼだった。
咄嗟に後ろを振り返ると、ベリローゼのおみ足が丸見え状態。
ロングスカートが翻り、俺はその眩しい太ももに釘付けになった。
(【加速】ッ!)
ドクンッと心臓が跳ね、視界が水色に染まる。
翻ったスカートの動きが、ゆっくりとしたものになった。
スローモーションにして、太ももをじっくり観察…………ではない。
俺の目が釘付けになったものは、正確には太ももではない。
ベリローゼの太ももに、装着されていた物だ。
それは、ベルトで留められたナイフ。
大型のナイフだ。
所謂、コンバットナイフと呼ばれる物が二つ、両足の太ももに留められていたのだ。
ベリローゼは、森の奥を睨んでいた。
ゆっくりとした動きで、太もものナイフを両手で引き抜く。
崖側を背にし、レインを護るように一歩踏み出そうとしていた。
俺もベリローゼが睨む方向に視線を向ける。
しかし、何も見えない。
ただ森が広がっているだけだ。
(気配はない! どこだ!?)
俺もそれなりに気配には鋭いが、ベリローゼに声をかけられるまで、いや声をかけられた今でも何も感じるものがない。
注意深く森の奥を探すが、何一つ異変を見つけられなかった。
時間切れとなり、【加速】が解除される。
ガキンッギンッ!
ベリローゼはレインを庇って前に出ると、ナイフで飛んで来た何かを弾いた。
両手を胸の前で交差させるように構え、逆手に持ったナイフはまるでカマキリのようだ。
「レインッ! 隠れろっ!」
俺はレインのすぐ横にある木を指さす。
そうして、自分も横っ飛びで近くの木の陰に飛び込んだ。
前転をするように転がり、何者かから身を隠す。
短剣を抜き、木に背中を預ける。
ガキーンッ!
その時、再びベリローゼが何かを弾く。
レインは甲高く響く金属音に身を竦ませつつも、慌てて木の陰に入った。
ベリローゼは森の奥を睨んだまま、ゆっくりと後退る。
ギンッガキンッ! キーンッ!
再びベリローゼが何かを弾き、レインのいる木と同じ木に身を隠した。
ベリローゼの弾いた物が、俺の隠れた木の近くに落ちる。
(……投げ両刃!?)
地面に落ちた、十五センチメートルほどの小さなダガーに、俺は愕然とした。
歯を食いしばり、身を隠しながら森の奥を睨む。
投擲武器の射程に、敵が潜んでいる。
(クソッ……こんな距離まで詰められて、気配に気づかないなんて!)
不覚としか言いようがない。
何より腹が立つのは、敵の存在が明らかなのに、それでも捕捉できないことだ。
「ベリローゼッ! 敵は何人だっ!」
俺がそう聞くと、ベリローゼは何かを小声で呟く。
それを聞いていたレインが、指を二本立ててこちらに見せた。
(二人……。)
俺たちが木の陰に身を隠したことで、敵からの攻撃が止んだ。
俺は、じっと森の奥を窺い、敵の位置を探る。
気配がまったく感じられなかった。
【加速】を使えば、おそらく狙いを定められる前に、敵に近づくこともできるだろう。
そうして距離を詰めれば、敵を補足できる可能性はある。
だが、それはただの賭けだ。
【加速】が切れた時、敵に丸見えの位置だったら目も当てられない。
俺は焦る気持ちを抑え、身を隠しながら敵の気配を探した。
息の詰まるような緊張感の中、何も起きない時間が過ぎる。
「…………退いたようです。」
身を隠したまま、ベリローゼが声をかけてきた。
ベリローゼのその言葉に、レインが大きく息をついた。
「……チッ。」
俺は逆に、舌打ちをしてしまう。
結局、まったく敵の気配を捉えることができなかった。
えらくおちょくられた気分だった。
ベリローゼが木から出るのに合わせ、俺も盾にしていた木から離れる。
そうして、ベリローゼを睨んだ。
「…………どこから突っ込むべきかな。沢山ありすぎて、頭がどうにかなりそうだ。」
俺はゆっくりと短剣をベリローゼに向ける。
「何者だ? お前も、あいつらも。」
「リコッ!?」
襲撃してきた敵と、同列にベリローゼを挙げる俺に、レインが抗議の声を上げる。
だが、そんなレインを無視して、俺はベリローゼを睨み続けた。
出会ってからこっち、ベリローゼは不審な点をいくつも見せてきた。
ただのメイドというには、無理がある。
魔法具の袋を持ち、行き倒れるというのは、まあいい。
無計画にも程があると思わなくもないが、それは置いておこう。
空き地で話をした時、ベリローゼは俺から三メートルほどの距離を空けて立ち止まった。
あの距離は、俺が飛び込んで斬りつけてもギリギリ届かない距離だった。
無理をすればもう少し距離は伸びるが、そうした無理な姿勢での斬撃は動きが鈍る。太刀筋が鈍る。
俺の体格や手足の長さ、短剣の長さから有効な間合いを見切ったのだ。
…………もっとも、こんなのは単なる偶然の可能性もあるが。
だが、どうしても説明のつかない点が二つある。
一つは、体力があり過ぎることだ。
俺とレインが汗だくで登る山道を、涼しい顔をしてついて来た。
ただのメイドが、どんな鍛え方をすればそんなことができる?
そして、もう一つ。
出会った最初の最初から、俺はベリローゼのことを不審に思っていた。
それは、ベリローゼを捲いて宿屋に駆け込んだ時のことだ。
俺は、ベリローゼの尾行がないかを確認して宿屋に入った。
あの時、追跡者は『無い』と俺は判断したのだ。
ところが、すぐにベリローゼがやって来た。
警戒する俺に気づかれないように、潜伏してみせたのだ。
そして、すぐ後ろにいるベリローゼに、俺は気づかなかった。
宿屋の店主に言われ、初めてベリローゼがいることに気づいた。
気配を探れない敵、気配を消してみせたベリローゼ。
もしかしたら、俺たちはベリローゼに誘い込まれたのではないか?
問い詰めても答えないだろうと保留にしていたベリローゼの疑問を、いよいよ放置しておく訳にはいかなくなった。
俺がベリローゼに短剣を向け続けていると、レインが間に割って入る。
ベリローゼを庇うように。
「武器を下ろして、リコ。」
「……断る。」
俺はレインのことが見えていないかのように、ベリローゼを睨んだ。
そんな俺に、レインが唇を引き結び、真剣な目を向ける。
「助けてくれた人に、武器を向けるの? まずは『ありがとう』って言うんじゃないの?」
レインの言い分に、俺は眩暈を感じた。
頭がお花畑か、こいつ。
「どう考えても怪しいだろうが。ベリローゼも、あいつらも。」
「ベリーちゃんは怪しくなんてないわよ! 助けてくれたじゃない!」
だめだ、こいつ。
詐欺師にとっては、鴨がネギを背負ってるように見えることだろう。
と言うか、俺にもそうとしか見えない。
ちょっと助けただけでこれだ。
この襲撃が茶番ではない、と誰が言い切れる?
俺とレインが睨み合っていると、ベリローゼがレインの横に並んだ。
「私は、先程の賊とは無関係です。」
そう訴えるベリローゼだが、俺の中の疑心は晴れない。
当たり前だ。
言葉一つでころっと騙されるのは、レイン一人で十分。
そんな俺の心を見透かすように、ベリローゼが頭を下げる。
「すべて、お話します。証明できるような物はありませんので、信じてもらうしかないのですが……。」
そうして、ベリローゼは自らのことを話し始めた。
話は、数百年前に遡る。
メイドという職業は、いくつもの種別に細分化されている。
主人の身の回りの世話を担当する侍女、来客や給仕を担当する客間女中、洗濯を担当する洗濯女中、台所で料理を担当する台所女中などだ。
実際は更に細かな分類がある上に、屋敷の使用人全体で見れば、本当に多くの専門の業務に分かれているらしい。
その中に、主人や屋敷の警護を担当するメイドというのもいたと言う。
戦闘女中。
セキュリティメイドやバトルメイド、戦闘メイドなどとも呼ばれる、あらゆる脅威から家人を護る暴力装置だ。
この戦闘メイドは、今から六十年くらい前には、そこそこいたメイドの種類らしい。
特殊な訓練を受け、騎士や兵士とも正面から渡り合える戦闘力を持っていたそうだ。
だが、現在ではこの戦闘メイドはほぼいない。
戦闘メイドが廃れていったのには、明確な理由があった。
大陸のすべての国家で締結された平和条約。
大条約によるものだ。
長く続く戦乱に、大陸中で厭戦の空気が蔓延していた。
そんな時にやり玉に挙げられたものの一つが、この戦闘メイドである。
侍女や台所女中の振りをさせて、政敵や敵国の要人に送り込む。
戦闘メイドは諜報活動どころか、暗殺を担うようになっていたのだ。
本来、主人や家人を警護するために置かれた戦闘メイドが、大陸中で猛威を振るった。
血で血を洗う報復合戦。
戦場だけではない。
社交場にさえ、地の雨が降った。
そうした、暗殺に暗殺で応じる連鎖を断ち切ることを目的の一つとして、大条約は結ばれたのだ。
国家間の戦闘を禁じ、侵略行為などにも言及したこの大条約に、『戦闘メイドの廃止』も明文化されているという。
育成、保有、行使、すべてが禁じられた。
「……ですが、これですべての戦闘メイドがいなくなった訳ではありませんでした。」
ベリローゼが、感情のない表情で言った。
それはそうだろう。
大条約の締結は五十八年前。
それで、すべての戦闘メイドがいなくなったのなら、今ベリローゼという戦闘メイドが存在する訳がなかった。
ベリローゼが少しだけ苦し気に、話を続ける。
どうやら、謎の組織があるらしい。
孤児を集め、戦闘メイドを育成する機関だ。
ベリローゼも幼少の頃に組織に連れて行かれ、そこで戦闘メイドとして鍛えられた。
その話を聞き、俺は顔をしかめた。
「謎の組織? 何なんだ、そいつらは。」
「分かりません。」
ベリローゼも、その組織のことは分からないらしい。
ある山奥に、戦闘メイドを育成する寂れた村が存在すると言う。
その訓練は非常に厳しく、多くの孤児たちが命を落とした。
ベリローゼは、そのごく僅かな生き残りの一人だと言う。
俺はベリローゼの話を聞き、頭をがりがりと掻いた。
(…………突飛すぎる。)
孤児を集め、戦闘メイドを育成する、謎の組織?
どこの虎の穴だ、それは。
あまりに馬鹿馬鹿しい話に、俺は話を打ち切ろうかと考えた。
だが……。
(騙す気なら、もう少しマシなストーリーを用意するか……?)
例えば、どこかの国に所属しているエージェント。
その事実から目を逸らすために、あえて突飛な話をしている?
いや、それならもっと信憑性のある話をするか?
疑い出せばキリがない。
元々、本人も言っていたように『証拠はない』のだ。
あとは、ベリローゼを信じるか信じないか、だった。
俺は、レインにちらりと視線を向けた。
確認するまでもなく、レインは全肯定だ。
ベリローゼに大変同情的なのが、その悲し気な表情を見ればよく分かる。
俺はそっと溜息をついた。
俺の中で、すでに結論は出ていた。
君子危うきに近寄らず。
ただ、それをここで言うのはリスクが大きい。
(絶対、脳筋は反発するだろうからな。)
ここは敵の領域だ。
少なくとも安全圏まで撤退し、ベリローゼと決別するのはそれからにしないと不味い。
今ここでレインを説得など、とてもやっていられない。
いつまた連中が襲撃してくるか分からないのだから。
俺は短剣を鞘に戻した。
それを見て、レインが少しだけ表情の緊張を解く。
「撤退する。敵の気配が掴めないんじゃ、対抗するのは難しい。」
俺はあえてベリローゼのことは言わず、撤退する旨を伝えた。
こんな所で、こんな問答をしていては、狙ってくださいと言っているようなものだ。
先程まではベリローゼの危険度を無視できなかったため、この場で話を聞いたが、一旦は危険度を少し下げる。
ベリローゼが無害を取り繕うなら、今すぐ何かしてくることはない。
先の襲撃が『ベリローゼの仲間である可能性』を排除する訳ではないが、今は少しでも早く安全圏まで行きたかった。
俺がベリローゼのことを何も言わないのを、『受け入れた』と勘違いしたレインが、表情を和らげて頷く。
だが、ベリローゼは正確に俺の考えを読み取っているようだ。
その表情は厳しかったが、それでも何かを言っては来なかった。
■■■■■■
来た時よりも足早に移動し、昨日野営した場所まで戻った。
これまでのところ、再襲撃はない。
俺たちは崖の上に登り、一息つく。
「何とか今日中には、この森から離れたいな。」
どうにも、この森の近くにいると落ち着かない。
さっさと遠ざかりたいところではあるのだが、残念ながら今度は崖の上から、崖沿いに移動する必要がある。
すでに陽は傾いている。
もう少しで空は赤くなり始め、夜の帳が降りる。
(…………夜通し移動すべきか?)
そこまでの強行軍をしたことは、これまでなかった。
夜通し進めば当然ながら距離は稼げるが、その分思考力、判断力は低下する。
疲労によって、まともに考えることは難しくなるだろう。
(そんな状態で再び襲撃されれば、抵抗するのは無理か。)
ただでさえ気配を探れない連中なのだ。
せめて、万全に近い状態で迎え撃たなくては、一方的にやられるだけだろう。
俺は回復薬をレインとベリローゼに渡し、自分も一本飲み干した。
疲労は抜けないが、体力は回復する。
とにかく今は、少しでも移動をするべきだろう。
俺たちは、再び歩き出した。
襲撃者の正体は分からないが、おそらくあれがアジトを見つけられなかった山賊だと思う。
気配を消すことが異常に上手く、また森にも何か細工をしているのだろう。
もしかしたら、山狩りをした傭兵団たちもあの森の付近はロクに探していないのかもしれない。
理由の分からない、「ここにはいない」という確信によって。
俺は歩きながら、崖の下に広がる森を見下ろした。
この森は、完全に山賊たちの領域なのだろう。
(これだけの情報で、懸賞金は貰えるかな。)
さすがに無理があるか。
実際のアジトが、この広い森のどこにあるかは不明だ。
おそらく、山頂方面に進んでいたあの方向にありそうだとは思うが、実際に見た訳ではない。
そんなことを考えながら、急いで移動する。
空は赤くなり、いつもなら野営の準備を始めるところだ。
「もう少し移動する。」
俺は後ろの二人に声をかけ、移動を続けた。
昨日、二人の傭兵に会った場所も越え、山頂を目指す。
さすがに、そろそろどこで野営をするか決めないと不味い。
薄暗くなってきており、これ以上の移動には松明が必要になる。
松明を持ってうろうろしていれば、「ここにいます」と教えているようなものだ。
それならば、夜の間はじっと休んでいた方がいいだろう。
…………休めるならば、だが。
俺は山頂へのルートを外れ、茂みに入った。
「……今夜は火を使わずに夜を越そう。」
俺がそう提案すると、レインとベリローゼが頷く。
俺たちを襲った連中が、あのまま見逃してくれるとは考えにくい。
絶対に、追跡してきてるはずだ。
今夜は、月明かりだけで夜を過ごす。
気配を探れない連中が、もしかしたら今もこちらを窺っているかもしれない。
そんな、疑心暗鬼との戦いになる。
何より、俺にとってはベリローゼも警戒すべき対象なのだ。
とてもじゃないが、気が休まらない。
今夜は眠れそうになかった。
■■■■■■
うつらうつらとするだけの、眠れぬ夜が明けた。
いつ、気配をさせない連中が襲撃してくるか。
いつ、ベリローゼが牙を剥いてくるか。
そんなことばかりを考え、とても休めなかった。
白み始めた空の下、茂みの中でもそもそと糧食を齧る。
水で胃の中に落とし、疲労の抜けない身体にエネルギーを送る。
「リコ、大丈夫?」
レインが心配そうに声をかけてきた。
「……何がだ?」
俺は横目でレインを見ると、干し肉を噛み千切る。
「顔色。……あんまり良くないよ。」
そりゃ寝てないからな。
横になりはしたが、警戒していたためにまったく休めなかった。
ベリローゼも気遣わしげに、こちらを見ていた。
俺は干し肉を飲み込むと、詰まらなそうに答える。
「いつものことだ。」
実際、傭兵を始めたばかりの頃は、いつもこんな感じだった。
タコ部屋では、十人以上が一つの部屋で寝るのが当たり前。
そうなれば、中には良からぬことを考える馬鹿もいる。
救いなのは、そういう馬鹿は、その考えを隠すこともできない馬鹿だったことだ。
寝ている間に何かしてくる気なのが丸分かりだった。
おかげで、そういう奴らは全員ぶちのめしてやれたが。
身体の芯にこびりついたような疲労感に、ある種の懐かしさを覚える。
俺は水袋からごくごくと水を飲むと、口元を乱暴に拭った。
「そろそろ行くぞ。」
俺が、立ち上がろうと腰を浮かしかけた時、
…………ャ……ー……ッ……!
遠くから、微かに何かが聞こえた。
俺はしゃがんだまま周囲を見回し、それから声の聞こえてきた方を睨む。
「……聞こえたか?」
「う、うん……。」
「はい。」
俺たちが進もうとしている山頂方面から、悲鳴のような声が聞こえてきた。
(どうする? このままやり過ごすか?)
おそらく何者かが戦っているのだろう。
そして、その一方は気配をさせない連中…………山賊である可能性が高い。
予想通り、山賊は俺たちを追って来ていたのだ。
あの森の情報を持ち帰らせない。
今襲われている者たちは、きっと俺たちを追って来た山賊にたまたま見つかり、奇襲を受けたのではないだろうか。
俺の目がすっと冷える。
久々に、ひどく追い詰められている気分だった。
死地に追い詰められたのではなく、精神的に追い込まれていた。
(…………ぶっ殺してやる……。)
俺の中で、むくむくと鎌首をもたげる、強い感情。
自らにかかるすべての圧力に、反発する意思。
震えるほどに力を込め、握り締めた拳がコキッと鳴った。
「片付けてくる。ここで待ってろ。」
「リコ!? 無茶よ!」
頭に血が上った俺を、レインが声を潜めながら止めた。
「リコ様。気配を探れないのに、どうされるのですか。」
ベリローゼが冷静に指摘する。
普通なら、気配も探れないで飛び出すのは自殺行為だろう。
「余計なお世話だ。何とかするさ。」
だが、俺はそんなベリローゼに冷えた視線を向けると、警告する。
「俺が連中を片付けている間、レインを護れ。…………もしレインに何かしてみろ、連中の次はお前だ。」
「リコッ!」
未だにベリローゼを疑っていることを知り、レインが驚いたように声を上げる。
ベリローゼは、俺の殺気の籠った視線を正面から受け止めた。
そうして、大きく溜息をつく。
「そんなにお疑いなら、二人きりにするべきではないですね。…………私も行きます。」
「ベリーちゃんっ!?」
レインが、素っ頓狂な声を出す。
俺を止めると思っていたベリローゼが、まさかの同行を申し出た。
レインはただ、目を丸くして俺とベリローゼを交互に見る。
俺はフン……と鼻を鳴らし、ベリローゼを横目で見た。
「来られても足手まといなんだが?」
「大口を叩くのは、連中の気配を探れるようなってからにしてください。坊ちゃま。」
ぴきぴきと額の血管を浮かび上がらせる俺と、涼しい顔で使用人然とするベリローゼ。
レインは口元に手をやり「あわわわ……」と呻く。
「いい子で待ってろよ? あと、非常時以外には動くな。迷子になられても困る。」
「すぐに戻ります。こちらで少々お待ちください、レイン様。」
俺とベリローゼが、揃ってレインに声をかけた。
俺たちに共通するのは「レインはお留守番」ということだ。
それを聞き、レインが「むぅーっ……」と頬を膨らませる。
「私も行くわよ!」
「アホ抜かせ。」
「レイン様、それは危険過ぎます。」
「行くったら行くの!」
俺とベリローゼが止めると、それが却って油を注ぐことになった。
レインは余計に燃え上がり、意地になって「ついて行く」と言い出す。
(もう、どうなっても知らんぞ?)
単独での行動なら、自力で山賊たちを何とかする気だった。
ところが、ベリローゼが同行すると言い、レインまで行くと言い出す始末。
俺は、ただでさえ重い頭に、痺れるような感覚まで感じ始めたのだった。




