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魔王の権能 ~災厄を振りまく呪い子だけど、何でも使い方次第でしょ?~  作者: リウト銃士
第三章 流浪の戦闘冥土

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第23話 押しかけメイド




 宿屋のロビーに、俺とレインの悲鳴が響く。


「ななななっ、なんっ、何なんだよ、お前っ!?」


 俺は突如現れたメイドさんを指さし、何とか声を絞り出す。

 だが、当のメイドさんは至って涼しい顔だ。

 静かな所作で、軽く一礼する。


「坊ちゃま。勝手をされては困ります。」


 ぼっちゃま!?

 メイドさんから飛び出した、とんでもワードに俺とレインが絶句した。


 愁いを帯びた表情で窘めるメイドさんに、店主が()()()()()()()()


「ははぁーん、そういうことか。あんたも大変だな。」

「いえ、そのようなことは……。」


 店主の言葉に恐縮するように、メイドさんは店主にも軽く会釈する。

 そのやり取りを聞き、俺はこのメイドさんの狙いに思い至った。


(なし崩しで雇わせる気かっ!)


 俺とレイン。

 武装した二人の子供。

 如何にも訳ありっぽいではないか。

 そこで、俺を上流階級(いいとこ)令息(ボンボン)に仕立て上げ、潜り込む作戦だ。


(これは、とんでもないのに目をつけられたぞ……。)


 さらっと人を欺く算段を打ち立て、実行してみせる機転と度胸。

 尾行を捲いたと思ったら、裏をかかれた。

 何が目的なのか見当もつかないが、このメイドさんを追い払うのは、相当に厄介そうだ。


 俺は気を取り直し、店主に説明する。


「店主、メイド(そいつ)は無関係だ。ツインを一つでいい。」


 しかし、俺がそう言っても店主が受け入れない。


「こらこら、どんな事情があるかは知らないが、そんなこと言うもんじゃない。あんまり我が儘を言って心配をかけ――――。」

「そうじゃなくて、本当に知らないんだよ。赤の他人だ。」


 だが、店主は腕を組むと首を振り、真剣な顔で俺を叱り始めた。


「そんなこと言うもんじゃない! こんなにも心配をして、付いて来てくれる人を――――!」

「いいのです。どうか、坊ちゃまのお部屋をお願いします。」


 店主の説教を遮り、メイドが頭を下げた。

 やはり、こいつ!


「私は一晩でも二晩でも、外でお待ちしますので。どうか、坊ちゃまのお部屋をご用意くださいませんか。」


 そう言って、ハンカチで涙を拭う振りをする。

 メイドは、完全に俺を悪役に仕立て上げ、自分は健気な使用人ポジションを演じていた。

 これこそが、このメイドの狙い。

 これで、俺たちだけに部屋を用意するような、薄情な店主はそうそういないだろう。


 きっとこのメイドは、俺たちがこの宿を諦めても、次も同じことをするに違いない。

 どこまでついてくる気か知らないが、とんでもない疫病神だった。


「リコ…………どうしよう。」


 こそっと、レインが聞いてくる。

 レインには何が起きているのかさっぱり分からず、困惑顔だ。


 俺はメイドの正面に立ち、睨みつけた。


「つまらねえ芝居はやめろ。何が目的だ?」

「…………坊ちゃま。」


 だが、メイドはそのまま演技を続けた。

 この程度で怯むくらいなら、始めっから三文芝居を打ったりはしないだろう。


 これは、本気でかからないと追い払うのは無理そうだ。

 俺は溜息をつき、レインに視線で促す。

 そうして、宿屋を出た。


(こんな所じゃ、話もできやしない。)


 勘違いした店主にしゃしゃり出て来られては、話が進まない。


 レインは慌てて俺の後をついてくる。

 そして、当然のようにメイドもそれに続く。

 俺、レイン、メイドという組み合わせは、嫌でも周囲から注目を集めてしまう。


 大通りに面した空き地を見つけ、そこに入った。

 まずは、メイド(こいつ)の狙いを探る必要がある。


 俺が空き地の中心で立ち止まると、レインが横に並ぶ。

 メイドは、俺から三メートルほど離れた所で止まった。


(…………こいつ。)


 たまたまだろうか?

 俺の中で、メイドに対する警戒レベルが最高値(マックス)まで引き上げられた。


「何が目的だ?」


 俺がストレートに尋ねると、メイドはにっこりと微笑んだ。


「雇ってください。」

「…………何が目的だ?」


 メイドの返答に、俺はもう一度同じ質問を繰り返した。


「あんな真似されて、雇うと思ってるのか? それに、見れば分かるだろう? 俺たちは根無し草の身空だ。使用人を雇う意味がない。」


 屋敷を構えている訳でも、大店をやっている訳でもない。

 使用人なんか雇う訳がない。

 そんなのは、一目瞭然だろう。


 だが、それでもメイドは微笑みを崩さない。


「雇ってください。」


 そして、同じ言葉を繰り返した。


「断る。」

「雇ってください。」


 きっぱりと断っても、メイドは微笑んだまま食い下がる。

 本当に、何なんだこいつは。


「雇う訳がないだろう? 使用人を必要としてないってのもあるが……。」


 そこで、俺の目がすっと冷える。


「腹に一物ある奴を、傍に置く訳がない。……寝首を掻かれたくないんでな。」


 どこかの屋敷に仕えようと言うならともかく、俺たちをターゲットにしている時点で怪しさ以外の何物もない。

 子供(ガキ)二人なんて、良からぬことを企む者には『美味そうな獲物』にしか見えないだろう。

 そういう意味で、このメイドの()()()()()()()


 メイドは黙って、微笑んだまま立っていた。

 このまま押し通せるとでも思っているのか?


(舐めやがって。)


 一般人に対して武器を向けたくはないが、最終手段として排除している訳ではない。

 何より、メイド(こいつ)は本当に一般人か?

 手癖の悪さでどこかの屋敷を解雇されたとか、叩けば埃が出るんじゃないのか?


 とは言え、さすがにいきなり斬りかかるのは不味い。

 こんな街中で短剣(ショートソード)を振り回せば、お縄を頂戴するのはこっちだ。


(一旦、官所に戻るか?)


 怪しいメイドに付きまとわれている。

 最近どこかの屋敷を解雇された、手癖の悪いメイドなんて記録が残っていないだろうか。


 そんなことを考えていると、不意にメイドの身体が揺れた。

 俺は咄嗟に腰を落とし、短剣(ショートソード)に手をかける。


 ぱたん。


 メイドは、直立不動の姿勢のまま後ろに倒れた。


「は?」

「…………へ?」


 俺とレインは、ぽかんとしてしまう。

 メイドは、微動だにせず倒れたままだ。


「……………………。」


 俺は警戒したまま、少しだけ後退(あとずさ)る。

 メイドのこの行動には、一体何の意味があるのか?


「………………ぉ……ぃ……。」


 メイドが何事か呟く。

 だが、よく聞こえなかった。


「レイン。不用意に近づくなよ。」

「え、ええ……。」


 俺とレインは、メイドを中心にぐるりと大回りして、慎重に移動する。


 ぐぅ~~~~~~~~~~~……。


 その時、盛大に何かが鳴った。

 俺とレインは、思わず顔を見合わせる。


 俺は視線を下げ、レインのお腹を見た。


「私じゃないわよ!」

「俺だって、そこまで腹減ってない。」


 そうして、二人揃ってメイドを見た。


 ぐぅ~~~~~~~~~~~……。


 また聞こえた。


「はぁーー……。」


 あほらしい。

 俺は溜息をつくと、短剣(ショートソード)にかけていた手を下ろした。


「行くぞ、レイン。」

「う、うん……。」


 俺は動かなくなったメイドを放置し、空き地の入り口に歩き出す。

 だが、レインはメイドが気になるのか、ちらちらと振り返った。


「放っておけ。行き倒れのすべてを助ける気か。」


 スラム街に行けば、食い詰めたガキなんていくらでもいる。

 いちいち助けていたら、こっちが破産だ。

 そういうのは、為政者や行政の役目だろう。


 俺は空き地を出ると、どちらに向かうかきょろきょろと見回す。

 だが、レインは空き地の入り口で立ち止まっていた。

 その表情は、まるで自身の痛みを堪えるようだった。


「あのな、よく考えろよ? どう考えても、ろくでもないぞ、そいつ。」


 堂々と宿屋の店主を騙し、なし崩しで押しかけようとした奴だ。

 さすがに強引すぎるが、反発されてもどうにかする算段があったのだろう。


 若しくは、あのまま宿屋で揉めれば、強引に自分だけ別部屋を確保するつもりだったとか。

 店主の同情を引く演技は、そのプランBのための撒き餌の可能性もある。


(…………どう考えても、腹真っ黒だろうが。)


 と、俺は思うのだが、レインはそうじゃないらしい。


 悲しそうな目で、空き地のど真ん中で仰向けに倒れるメイドを見ていた。

 そうして、レインは躊躇(ためら)いながらも、メイドの方に引き返す。


「はぁ~~~~~~……っ。」


 それを見て、俺は盛大に溜息をついた。

 お人好しにもほどがある。

 レイン(あいつ)の未来、絶対に詐欺に引っ掛かって路頭に迷う。

 間違いなくそうなる。


「いい加減にしろよな、お前。」


 ぶちぶち文句を言いながら、それでも俺も空き地に戻った。


 ぐぅ~~~~~~~~~~~……。


 メイドに近づくと、また腹の音が聞こえて来た。

 どんだけ空腹なんだよ。


 メイドはレインに抱き起されるが、腕の中でぐったりとしていた。

 意地の悪い俺には、それすら演技に見えてしまうのだけれど?


「…………おなか……すいた…………うう……おなか……すいたよぉ……。」


 うわ言のように、メイドが呟く。


「リコ。」


 レインが俺を見上げ、目で訴える。

 だが、俺はそれを無視した。


「リコ。」

「はいはい…………分かったよ。」


 もう一度呼ばれ、俺は仕方なく魔法具の袋に手を突っ込み、糧食を一つ取り出す。

 途端に、メイドの鼻がひくひくと動いた。

 匂いの元を探るように、微かに顔も動く。


 俺は黙って、魔法具の袋に糧食を戻す。

 すると、再びメイドがぐったりする。


「……うう……おなか……すいたぁ……。」


 糧食を取り出す。

 ひくひく鼻が動く。


「はは、ちょっと面白いかも。」

「リコ! 意地悪しないで!」


 レインが、怒り出した。

 俺は肩を竦めて、糧食の包みを解く。

 そうして包みに乗せたまま、パンと干し肉をレインに差し出した。


 レインはパンを取ると、メイドの口元に軽く当てる。


「どうぞ。糧食のパンですけど。」


 メイドは鼻をひくひくさせていたかと思うと、少しだけパンを(かじ)る。

 もそもそと咀嚼を始めた。

 何度かそうしてパンを食べると、急に腕を伸ばす。

 メイドはレインの手からパンを奪うと、大きくかぶりついた。


 もっしゃもっしゃもっしゃもっしゃもっしゃ……。


 ぼそぼそのパンでは、いくら咀嚼したって飲み込めるもんじゃない。

 そう思いながら見ていたが、メイドは構わず飲み込んだ。

 残りのパンも口に放り込み、もっしゃもっしゃと咀嚼する。

 よくそんなぼそぼそのパンを、水なしで飲み込めるもんだ。


 呆れるように見ていると、メイドの目がカッと開く。

 そうして、引っ手繰るように俺の手から、残りの干し肉を奪った。

 すでにメイドは、レインの支えがなくても、起き上がれるようになっていた。


「リコ、お水出して。」


 言われるまま、俺は木樽を取り出した。

 コップも取り出すと、並々と注ぐ。

 レインはそのコップを、メイドに差し出した。


「喉乾いちゃうよね。どうぞ。」


 メイドは差し出されたコップを引っ手繰ると、一息に呷った。


 ごっきゅ、ごく、ごきゅっ。


 喉を鳴らし、コップの水を飲み干す。

 そうして、再び干し肉に齧りついた。

 メイドは、硬い干し肉を物ともせず、あっという間に平らげた。


 心配そうに見ていたレインが、笑顔になる。


「良かった。元気になったみ……。」


 ぐぅ~~~~~~~~~~~……。


 レインが言いかけた言葉を遮るように、再び腹が鳴った。


「……………………。」

「……………………。」


 レインの困ったような視線と、メイドの子犬のような視線が俺に向けられる。

 俺はがっくりと肩を落とし、再び糧食を取り出した。







「お屋敷をクビになってしまって、どこにも雇ってもらえなくて……。」


 結局、メイドは糧食を三個も平らげた。

 そして、今はなぜかメイドの身の上相談が始まっていた。

 宿屋を早く決めたいのだが……。


 レインは、空き地の真ん中でメイドと向かい合って座り、親身になって話を聞いていた。

 俺は、立ったまま空き地の前を行き交う人を眺める。

 あー……、どんどん日が暮れていく……。


「どうして、お屋敷をクビになってしまったのですか?」


 よせばいいのに、レインはメイドの言うことにいちいち相槌を打ったり、質問したりした。

 体育座りをしたメイドが、地面に『のの字』を書きながら詳細を説明する。


「メイドという仕事は、主人のやろうとすることを察する必要があるんです。」


 言われたことをやるだけでは半人前。

 一人前のメイドは、言われる前に主人の考えを察し、先回りして準備することが必要だと言う。


「大変なお仕事なんですね。」

「いえ、そうでもないです。察したりすることは昔から得意でしたので……。」


 このメイドは、主人の考えを察して、先回りするくらいは簡単だと言う。


(…………だったら、何でクビになってんだよ。)


 つい、そんなことを思ってしまう。


 必要なことを先回りしていたなら、主人からの評価は上がるだろう。

 しかし、結果はクビ。

 ということは……?


 俺には、このメイドがクビになった理由が分かった気がした。

 おそらくは、先回りし過ぎたのだろう。

 相手が求める以上に先回りすれば、不快感を与えることもある。

 若しくは、メイドは適切に先回りしたつもりで、本当は不要なことまで先回りしていたのではないか。


『余計なことをするな。』


 そう、相手に思わせていたのではないだろうか。


 俺にとっては至極当たり前の結論であるが、目の前の二人にとっては謎らしい。

 しきりに首を捻り、


「どうしてでしょう?」

「不思議です。」


 などと零す。


 俺は「はぁーーーーーーっ」と特大の溜息をつき、レインに声をかけた。


「おい、レイン。もう行くぞ。」

「でも……。」


 レインは、どうしても目の前で困り果てているメイドが、気になってしまうらしい。

 メイドは子犬のようなつぶらな瞳で、レインをじぃ~……と見つめていた。

 宿屋の店主に対してもそうだったが、こいつは情に訴えるのが上手いらしい。

 だが……。


(それでもクビにされてんだから、相当なポカをやらかしてんだろ。)


 しかも無自覚。

 自覚していないから、反省もない。

 もっとも性質(たち)が悪い部類の奴だ。


 とは言え、そんなことを指摘してやるほど、俺は優しくない。

 他人がどうなろうと、知ったことではない。


「あんたの事情は分かった。だけど、雇えと言われても、俺たちは使用人を必要としていない。根無し草って意味じゃ、俺もあんたも同じだ。それは分かるだろ?」


 俺がそう言うと、メイドは力なく頷く。

 ご理解いただけたようで何より。

 そもそも、何で俺たちに的を絞ったのかすら謎ではあるが。

 その理由も、別にどうでもいい。

 俺は早く宿屋で休みたかった。


「それじゃ、頑張れよ。どこかの屋敷に採用されることを祈ってるよ。」


 俺はお祈りメールのようなことを言い、空き地の入り口に向かう。

 だが、レインがついて来ない。

 俺はそれに気づきつつ、そのまま空き地を出た。


(付き合ってられるか。)


 こっちも疲れているのだ。

 日が落ちかけた町で、俺は宿屋を探すのだった。







■■■■■■







 宿屋でツインの部屋を取り、湯場で一日の汗を流す。

 他の泊り客で騒がしい食堂で夕食も済ませ、部屋に入った。


 結局レインは、後を追いかけて来なかった。

 一応店主には「連れが後から尋ねてくるかもしれない」と伝えておいたので、宿屋を虱潰しに探せば見つけられるだろう。

 空き地から、そう離れた宿屋でもないし。


 俺はベッドで横になり、窓の外を見る。

 すでに日は落ち、真っ暗になっていた。


「あのバカ……。」


 ここにいないレインに対し、呟く。


 自分のことだって面倒を見きれていないのに、他人のことを心配している場合ではないではないか。

 人への施しなど、自分の余裕の範囲で行うべきだ。

 そうでなければ共倒れするだけ。

 そんな、俺にとっては自明なことも、レインには分かっていない。


 俺は、レインが自立できるまでは支えてやるか、と思っていた。

 それは、レイン一人くらいなら面倒も見れる、と考えたからだ。

 十四歳の少女が背負うには、少々酷な身の上に同情してしまったからではあるが、俺自身が「一人くらいなら」と思えたことが大きい。

 もしも俺に余裕がなければ、レインのことだって見捨てただろう。


「余裕、ね……。」


 正直言えば、余裕はある。

 砦攻略に魔物(フレイムロープ)討伐と、稼ぎのいい仕事を続けて行ったおかげで、資金に不安はなかった。

 ただ、それだって「今は」という条件が付く。


 元々が不安定な傭兵稼業。

 稼げたからと散財していれば、次に路頭に迷うのは自分だ。

 実際、結構稼いでいるはずの、名前のそこそこ通った傭兵ですら、金に困窮しているらしい噂話は耳にする。


 大きく稼げた時ほど、財布の紐は緩めるべきではない。

 一度生活水準を上げてしまうと、そこから下げるのは容易ではないからだ。

 しばらく間を置き、冷静に要不要を見極めていくことが肝要だろう。


 俺はベッドの上で身体を起こし、考える。

 あのメイドのことはどうでもいいが、レインをこのまま放っておいていいだろうか。


 脳筋(バカ)でお人好しの、あのレインを「支える」と決めたのは自分だ。

 このまま一晩放っておくのも、いい薬だと思う反面、無責任ではないか、とも思う。

 こうしている間に何かあったとして、俺はそれを「本人(レイン)の自業自得」と割り切ることができるか?


 いろいろな考えが、脳裏に浮かんでは消える。


「…………くそ、世話の焼ける。」


 溜息交じりに呟き、俺はベッドを下りた。







 俺は宿屋でランプを借り、薄暗い通りを歩く。

 そうして空き地に戻ると、レインとメイドはまだ座り込んでいた。

 真っ暗な空き地のど真ん中。

 通りからの微かな明かりに浮かぶ、二つの影。


「馬鹿だろう、本当に……。」


 何をするでもない。

 ただただ、俺が戻ってくることを待っていた。


 俺は空き地に入り、ランプで二人を照らす。


「リコ……。」


 泣きそうな表情で、レインが俺を見上げる。

 メイドもまた、情けない表情で俺を見上げていた。

 二人揃って、どうしようもなかった。


「行くぞ、レイン。」


 俺がそう言うと、レインは増々泣きそうな顔になった。

 俺はメイドを見て、一方的に宣言する。


「給金なんか出ねえぞ。飯と宿があるだけ有難いと思え。」


 その言葉に、レインが驚いたように目を見開く。


「いいの!?」

「良かねえよ! 仕方なくに決まってんだろ!」


 俺がくわっと表情を険しくすると、レインがしゅんとなった。


 飯と宿代だけでこき使うなど、待遇はほぼ奴隷みたいなものである。

 普通なら…………と言うか、まともな奴ならこんな話は受けないだろう。


 レインがメイドの方を見ると、メイドはゆっくりと立ち上がった。

 そうして、恭しく頭を下げる。


「よろしく、お願いします。」


 こうして俺は、明らかに駄目そうなメイドを養うことになったのだった。





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