第14話 ぶんぶん丸
ブウンッ!
豪快なフルスイングで、レインの剣が唸りを上げる。
「もっと力抜けって言ってんだよっ! 何度言えば分かんだ、ぶんぶん丸っ!」
「煩いわね! 気が散るでしょ!?」
フレイムロープと懸命に戦うレインに、俺はアドバイスを送る。
すでに三体ほどを一人で倒し、最初よりは動きがマシになったとは言え、とてもではないが採鉱場内に連れて行けるレベルではない。
周囲の警戒をバルアーゾと二人組に任せ、俺はレインの指導に専念していた。
いざとなればレインとフレイムロープの間に飛び込み、俺がフレイムロープを倒すつもりだ。
ある程度の安全を確保した上で、レインに徹底的に戦い方を叩き込んでいた。
「笑えって! ほら、笑ってみろ! 余計な力を抜くんだよ!」
「馬鹿言わないで! そんな余裕ないわよ!」
「いいから笑えっ!」
俺とレインのやり取りに、バルアーゾが顔をしかめる。
とんでもないのが入っちまったなあ、と後悔しているのだろう。
俺のしつこいアドバイスに、レインがぎこちない笑顔を作った。
うむ、実に不気味だ。
この笑顔の前には、どんな魔物も逃げ出すだろうと思ったが、意外にもフレイムロープは平然としていた。
本当に意外である。
レインは不気味な笑顔を張り付け、相変わらずぶんぶん剣を振り回す。
「いちいち剣をぶん回すな!」
「剣なんだから、振るに決まってるでしょ!?」
馬鹿なことを言うな、と言わんばかりにレインが反論する。
「フレイムロープの来る場所に置いてけ! 元々強度なんか大してないんだ! 当たれば勝手に切れる!」
「馬鹿言わないでよ! そんな訳ないでしょ!?」
「あるんだよ! いいからやってみろ!」
元々フレイムロープが攻撃するために、勢い良く突っ込んで来る。
極端なことを言えば、地面に剣を差しておき、そこに上手く誘導できれば本当に勝手に切れる。
フレイムロープの防御力など、その程度でしかない。
自分で力いっぱいに叩き斬る必要などないのだ。
眉間に皺を寄せ、ぴくぴくと引き攣りながら笑うという、一段と気色の悪い笑顔を作りつつ、レインは半信半疑に俺の指示に従う。
そうして突っ込んできたフレイムロープに、ただ当てるためだけに剣を置く。
簡単な位置合わせだけで、剣にぶつかって来たフレイムロープがあっさりと切れた。
「あ……っ。」
「だから言ったじゃねえか。」
ようやく理解したかと、思わず肩を落とす。
「そうやって短くしていって、体勢を変えようとしたら弱点を斬る。それが基本だ。領都で聞いてただろうが。」
傭兵ギルドで教わったことだ。
ようやくレインは、フレイムロープとの戦い方のコツを少しだけ掴んだのだった。
こうして時間を無駄にしつつも、俺たちは昼前には採鉱場の近くまで来た。
採鉱場にあまり近いと結構フレイムロープが出るらしく、拠点は少し離れた場所にある小屋を使うことにしたそうだ。
ログハウスのような建物で、そこそこの大きさがある。
「…………つ、着いたの……?」
一人だけ疲労困憊のレインが、しゃがみ込んだ。
結局、ここまでにレインが倒したフレイムロープは五体。
まだまだ危なっかしいが、まあ見れるようにはなってきていた。
項垂れ、もはや一歩も動けないといった感じのレインの頭に、俺は回復薬を置いた。
「とりあえず飲んでおきな。…………あんまりみっともない姿を見せるなよ?」
すでに、これ以上ない醜態を晒してはいるが、まだ顔を合わせていない面子もいる。
せめて見栄くらいは張っておこう。
いつ剥がれるか知らんが。
ログハウスの前には、二人の男が立っていた。
この男たちが、先行していた二人ということだろう。
「ようやく揃ったな。じゃあ、改めて今回のメンバーで名乗り合っておくか。」
バルアーゾの提案に全員が頷く。
「今回の隊長を務めるバルアーゾだ。頼むから、指示には従ってくれよ?」
バルアーゾがそう言うと、軽く笑いが起こる。
バルアーゾはそれなりに有名で、これまでに何度も隊長を務めてきたという、自信が見て取れる。
わざわざ逆らう奴は、おそらくいないだろう。
そうして、次に先行していた二人がそれぞれ名乗った。
「プライテスだ。」
「僕はチェラートン。よろしくね。」
プライテスは六十歳前後に見える、武僧っぽい男。
深く刻まれた眉間や額の皺が、何とも貫禄を醸す。
ぱっと見は細身だが、しっかりと筋肉もついている。
頭髪は剃り上げているのか、はたまた単なるハゲか。
スキンヘッドのちょっと気難しそうな男だった。
装備は特に身に着けていない。
胴着のような上下に革のブーツを履いている。
チェラートンはにこにこと笑顔を張り付けた、いかにも軽薄そうな男。
まだ三十歳にもなっていなそうな剣士だ。
エメラルドのような明るい髪色をしているが、瞳は黒に近い深緑をしていた。
俺は、そんなチェラートンのことをじっと見つめていた。
その一挙手一投足を、まじまじと観察する。
(…………そうだっ……これだよ!)
俺は、チェラートンを見つめながら、静かに感動していた。
(あの薄っぺらい笑顔! 軽薄そうな雰囲気! 真剣味の欠片もない! 完璧な気の抜けた笑顔だ!)
ブリキのぶんぶん丸、レインの手本とすべき存在が目の前にあった。
あの気の抜け具合は、いくら口で説明しても伝わるものではない。
百聞は一見にしかず。
後で、チェラートンを手本とするように、レインによく言い聞かせねば。
俺がそんなことを思っていると、
「あの……何かな?」
チェラートンがやや戸惑いながら、声をかけてきた。
ちょっと、じっと見過ぎたらしい。
俺は曖昧に笑って誤魔化した。
そうしている間にも、名乗り合いは進んでいく。
「俺はメッジス。」
「ウラコーだ。」
一緒に来た二人組は、やはり傭兵団を組んでいた。
というより、この二人は同郷だという。
二人とも三十代半ば。黒髪で、やや浅黒い肌をしている。
同郷どころか、二人は幼馴染の友人同士という感じなのではないだろうか。
装備はチェラートンと同様の剣士スタイル。
傭兵の中では、もっとも多いタイプだろう。
最後に俺たちの番になり、簡単に名乗っておく。
「俺はリコ。こっちはレインだ。暁の脳筋団という傭兵団を組んでる。」
慣れないレインのため、一緒に説明を済ませる。
隣で、あからさまにレインがほっとしているのが分かった。
もうちょっと堂々としてろよな。
「『暁の』ってのは分かるが、『脳筋団』? ……随分と珍しい名前だが。何か意味があるのか?」
聞き慣れない単語に、メッジスが尋ねてきた。
「脳筋ってのは、頭脳と筋肉。つまり知恵と力の象徴を表す言葉だ。」
「……へぇ。」
俺が自信まんまんに出まかせを言うと、納得したのかしないのか、ウラコーが微妙な表情で頷いた。
そうして一通り名乗り合い、軽くブリーフィング。
改めて依頼内容と達成条件、今後の方針が伝達される。
「依頼達成の条件は二つ。採鉱場からフレイムロープを駆逐する、若しくは俺たちの合計で百体を討伐することだ。成功報酬は一人五十万シギング。」
ざっと討伐数を確認すると、先行していた二人が十一体。
俺たちがここに来るまでに八体。
合計ですでに十九体を討伐していた。
「依頼を達成すれば、実績に応じて一体につき二万シギングのボーナスが出る。」
「……そんな情報、傭兵ギルドの依頼書には書かれていなかったぞ?」
俺がそう言うと、メッジスとウラコーも頷いた。
バルアーゾが補足で説明してくれる。
「俺が確認した一カ月前はそうでもなかったんだが、最近プライテスとチェラートンに偵察させたら、当初の見込みよりも数が多そうだってのが分かった。この依頼はほぼ確実に百体以上を駆逐することになる。そのことを依頼者にかけ合ったんだ。」
元々依頼者は、そこまでの数はいなそうだ、と思っていたらしい。
そのため、ギルドの提案で念のためにと上限を設けることにも同意した。
そんなにはいないだろう、と考えていたからだ。
だが、その見込みは甘かった。
上限の百体で『隊』を解散されてしまっては、改めて傭兵を集め直すことになる。
そうなれば再び成功報酬を設定し直し、出費が嵩む。
期間も、更にかかるだろう。
そこでバルアーゾが「ボーナスを出すなら百体で打ち切らず、可能な限り自分たちで討伐してもいい」と提案したそうだ。
百体を超えた分も、こうすれば喜んで討伐するだろう、と。
勿論限界はあるだろうが、可能な限り駆逐してみせよう、と交渉したらしい。
その話を聞き、メッジスがレインをちらりと見た。
おそらく、『練習』で譲ったことが頭を過ぎったのだろう。
単に駆逐して終わり、の話であれば誰が倒そうが関係ない。
しかし、討伐数という実績でボーナスが出るなら、話は別だ。
まだ一人あたり二万~四万シギング程度の差でしかないが、今後も譲っていると十数万~数十万の差が出かねない。
この特約をバルアーゾが引き出したことで、先行組の二人は喜んで威力偵察に応じたのだろう。
倒せば倒すだけ実入りが増える。
フレイムロープのような雑魚で、一体につき二万シギングはかなり美味しいからだ。
「採鉱場の周辺にも、そこそこいるようだ。今日はこれから、採鉱場周辺のフレイムロープを狩る。」
本命の採鉱場に入る前に、まずは周辺を少しでも安全にしておきたい。
この方針に異議を唱える者はいなかった。
どうせ狩り尽くすつもりなのだ。
外と中、どちらを先に片付けようが、結果は同じと言えた。
その後はログハウスでの部屋割りなんかも話し合うが、これもスムーズに決まる。
部屋数の問題で二人一組になるというので、俺とレイン、メッジスとウラコー、先行組のプライテスとチェラートンで一部屋ずつ。
バルアーゾは一人で一部屋ということになった。
「ログハウスの警備はどうする?」
全員が出払うと、その間にログハウスを襲撃されると困った事態になる。
フレイムロープは燃えているし、ログハウスは木でできている。
どうなるかなど、考えるまでもないだろう。
そう思って聞いてみたのだが、バルアーゾは首を振る。
「これまでたまたま襲撃が無かっただけだが、わざわざここを守るために人を割く気はない。燃えたら燃えたで、野営に切り替えるだけだ。」
こんなログハウス、どうなろうが構わない。
さすがに夜間は交代で見張るが、不在の間に燃えてもどうでもいいという考えのようだ。
まあ、仕事の間ずっと野営なんてのは普通にある。
しっかりとした拠点がある方が珍しい。
この方針にはレインだけが不満を持ったようだが、それを口に出したりしなかった。
そういうものか、と諦めたようだ。
それぞれが持参した昼食、要は糧食を摂って、採鉱場へ。
そこで三組に分かれ、採鉱場の周辺を狩ることにした。
組分けは、部屋で分けた通り。
バルアーゾは念のために、俺たちの組に付くことになった。
やはり、一番のネックはレインだ。
俺たちの組をよく見ておこうと考えたのだろう。
採鉱場の入り口に着くと、俺はその周りをよく見回した。
採鉱場の入り口は広く、トロッコのレールが中まで続いていた。
入り口の前は拓けており、そこにもレールが何本か敷かれている。
採鉱場の入り口付近には、二体のフレイムロープがいた。
その手前の拓けた場所にも、四体ほどがいる。
俺は拓けた場所の四体をメッジス、ウラコー組に譲った。
どうせレインでは四体も同時に相手はできない。
それならば、今後も気持ちよくお仕事するために借りを精算しておくことにした。
プライテス、チェラートン組とはさっさと別れた。
彼らは先行していただけあって、周辺の地形も把握しているようだ。
自由に行動し、どんどん狩っていく腹積もりらしい。
メッジス、ウラコー組が四体を片付けると、俺は入り口付近にいるフレイムロープに石を投げて、誘い出す。
そうして、一体が戦闘体勢を取る前に、さくっと弱点である結び目を斬った。
「じゃあ、思う存分に戦ってくれ。」
俺は、にこやかにレインと交代する。
ちなみに、フレイムロープはお仲間がやられてちょっとおこらしい。
鎌首をもたげ、左右に揺れる動きが少々荒ぶっていた。
「はい、スマイルスマイル。チェラートン先生の真似するのを忘れないようにな。」
レインには、すでにチェラートンの笑顔を参考にすることは伝えてあった。
が、無駄だった。
まあ、そう簡単に自然な笑顔などできる訳がない。
何より、未だに緊張なのか、身体に力が入り過ぎている。
こればっかりは、もう少し慣れるのを待つしかないだろう。
「…………本当に連れて行くのか?」
レインとフレイムロープの戦いを、少し距離を空けて見ていると、バルアーゾが聞いてくる。
その表情は、やや真剣だ。
俺の真意を確認しよう、というのだろう。
「ああ。どうせいつかは実戦を経験することになるから。……巻き込むバルアーゾたちには悪いけど。」
俺がそう言うと、バルアーゾが難しい顔でレインを見る。
レインは、再びぶんぶん丸に戻っていた。
「置けって言ってんだろ! あと笑え!」
俺が怒号を上げると、レインが足元の砂を俺に向けて蹴った。
届く訳ないんだが。
そんな俺たちのやり取りを見て、バルアーゾが複雑な表情で頭を掻く。
「何か、事情があるのか? …………見捨てることのできない。」
俺が一人で活動していたことを知っているバルアーゾが、そんなことを聞いてきた。
その目は、とても現場に出張っている傭兵とは思えない、優しさに満ちたものだった。
もう一年半くらい前になるが、山賊狩りの仕事に参加したことがあった。
その時に隊長を務めていたのが、今回と同じくバルアーゾだ。
幼い外見で周囲に馬鹿にされ、ガキだからと舐められた俺は、そこでもちょっかいをかけられた。
その頃は、ようやくタコ部屋じゃない仕事にありつけるようになったばかりで、俺も必死だ。
そして、舐められないためには、噛みつき返してやるのが一番だと実感し始めた頃でもあった。
結果、ちょっかい出して来た二人を返り討ち。
ガキだからと、舐めてかかっていた二人の指を折ってやった。
隊を結成したその日のうちに、俺は営倉みたいな所にぶち込まれた。
多少の怪我くらいは回復薬ですぐ治るが、さすがに骨折までは治らなかったためだ。
おかげで、隊の戦力が二人分ダウンした。
だが、俺が暴れた理由も、先にちょっかいかけられたからやり返しただけ。
すぐに放免となったが、バルアーゾ付きのような立場に置かれ、雑用までやらされることになった。
放っておくと、どんなトラブルを起こすか分からないってことで、近くに置いておくことにしたのだと思う。
油断していたとはいえ、二対一を跳ね返した実績と目を離すと何をしでかすか分からない、加減の分からない奴という評判が『隊』の中で共有された。
おかげで余計なことをしてくる奴は、その隊の中ではいなくなった。
それから、その時の評判が伝わっていったのか、他の仕事でも変に絡まれることが明らかに減った。
ちょっかいをかけられても、俺がやり返すことで「あの噂はお前のことかよ」と言われることが多くなった。
どんな噂が流れているのかは知らないが、バルアーゾとの仕事をきっかけに、随分と楽になったのは確かだった。
俺はちらりとバルアーゾを見て、すぐに視線をレインに戻す。
そうして、鼻を鳴らした。
「負債分、働かせてるだけだよ。だから簡単に死なれちゃ困る。それだけだ。」
「負債!?」
理由が意外だったのか、バルアーゾが驚いたような声を出した。
「自分で『剣で返す』って言ったんだ。なら、きっちり稼いでもらわないと。」
俺が口の端を歪めると、バルアーゾがドン引きしたような顔になる。
「コーチ料ぐらいはサービスしてやるさ。俺は優しいからな。…………そんなはした金よりも、元金を返してもらう方が重要なんで。」
「どんだけ背負わせてんだよ……。」
バルアーゾの呆れた声に、俺は笑顔だけで応える。
実際、自分でも何をやっているのだろうと、思うことがある。
生きる目的を見つけるまでと言って、傭兵業界に引きずり込んで。
それでも、レインが剣の道を選ぶというのなら、俺にはこれくらいしか方法がない。
俺自身が、この業界しか知らないから。
俺は、横で呆れているバルアーゾの腰をバンと叩いた。
「なるべくでいい。レインが生き残れるように協力してくれ。…………踏み倒されないようにな。」
俺が最後に付け足すと、バルアーゾがげんなりとした表情になった。
そんなバルアーゾの顔を見て、俺は声を出して笑うのだった。
■■■■■■
夕方まで狩りをし、ログハウスに戻る。
夜間の見張りは、今夜は三交代ということになった。
レインが夜警に慣れていないということで、一番目にしてもらった。
何番目でもつらいものはつらいが、それでもちょっと夜更かしする感覚で務められる一番目が、もっとも負担は少ないだろう。
中途半端な時間で起こされる二番目。
早いうちから起きて、翌日も一日活動しなくてはならない三番目は、もう少し慣れてからにしたい。
バルアーゾは今晩は夜警なし。
それでも時々は起きてきて、見張りが眠り込んでいないかチェックするらしい。
何気に、一番休めないのはバルアーゾだろう。
レインもこれまで散々野宿をしてきているので、夜間の見張り自体ができないという訳ではない。
それでも、今日は初の実戦でへとへとになっていた。
うつらうつらしているレインをリビングに残し、俺は外の見回りに出掛けた。
松明に火をつけ、軽く玄関付近から周囲を見回す。
フレイムロープなら火をまとっている。
よく見るまでもなく、暗闇の中で「ここにいまっせ」と主張してくれるだろうが、いないと真っ暗闇だ。
何より、他の魔物や魔獣、獣だって絶対いない訳ではない。
俺は松明を掲げ、暗闇に目を凝らして周囲を確認する。
息が白くなるほどではないが、夜間はまだ冷え込む日がある。
俺はぶるっと一つ身震いし、ログハウスの周囲をぐるっと一周することにした。
そうしてログハウスの右側を通り、背後を回り、左側に来た時、満天の空を見上げる。
この世界の夜空は、星の数が圧倒的だ。
現代では排気ガスその他で空気が淀み、届かない光が、この世界では素通りだった。
プラネタリウムさえも超えるほどの星々の瞬きは、何度見ても感動を覚える。
俺は、我を忘れて見入っていた。
カタン……。
その時、微かな音が耳に届いた。
俺は一瞬で我に返り、ダッシュで音の方へ向かう。
(【戦意高揚】!)
咄嗟に【戦意高揚】も発動し、急いで建物正面に戻る。
「あ、リコ。いた。」
ザザァーーーーーーーー……ッ!
レインだった。
玄関から顔を出し、俺を探していたらしい。
俺は思わず転びそうになりながら、何とか地面を滑りつつ踏ん張った。
「もうっ! 急に姿が見えなくなったから心配したじゃない。」
「…………………………。」
ぷんぷんと頬を膨らませてレインが文句を言うが、すべては貴女が夜警中に居眠りしてたことが原因ではないでしょうか。
別に、瞬間移動した訳ではないのだ。
堂々と前を横切る俺に気づかなかったのは、誰のせいでしょうねえ?
そう思わなくもないが、まあ言うまい。
みんなが寝ている時に騒いでは、迷惑になる。
俺はレインの文句を聞き流し、中に戻ることにした。
「はいはい、悪ぅござんした。」
そう言って松明を消し、レインの横を通って中に入る。
「…………何だか、誠意を感じられないのだけど?」
そりゃそうだろう。
そんなもの籠めてないからな。
「一周してきた。特に異常はないよ。」
俺はレインの戯言を聞き流し、見回りの報告する。
「外、ちょっと寒かったね。何か飲む?」
レインが眠気覚ましと身体を温めるために勧めるが、俺は首を振った。
「もうすぐ交代だ。あんまり目が冴えても困る。」
「あ、そっか。」
眠気を覚ますためのお茶を入れようとしていた、レインの手が止まった。
採鉱場の魔物討伐の一日目は、こうして無事に終わるのだった。




