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「その笛は、「青葉の笛」であろう。」
源氏方総大将。源義経はそういった。
熊谷直実は、合戦後の夜、義経の本陣で、先刻のあらましを報告した。
そして現場に残された、兜と笛の入った白い絹袋を義経に見せたのだ。
義経は笛に施された装飾を触りながらこう続けた。
「都にいた時誰ぞに聞いた。清盛入道の父忠盛が、鳥羽上皇から賜ったという名笛である。」
「そのような笛でございましたか。」
「今の持ち主は経盛の息子、平敦盛。都でも評判の笛の名手で、おなごのような美しい顔立ちだそうじゃ。」
直実は思わずドキリとした。敦盛が女性であるかもしれないことは、報告していない。なぜか、言ってはならないことのように、直実は感じたからだ。
それにしても義経公は、情報収集の達人と聞いたが、ようもそんな些事までご存じだ。
「平家方より昨晩、美しい笛の調べが聞こえてきたと報告されています。おそらくは敦盛公によるものかと」
「笛の腕を惜しんで神隠しにでもあったのであろうか。面妖なことじゃが戦場ではまれに変異があるもの」
土肥実平、梶原景時らがうなずきあう。
「いずれにしろ熊谷殿の功績として記録する。苦労であった。下がってよい。」
直実は、組み敷いた武者がおなごであったかもしれないことは黙っていた。見間違いだったかもしれない。
だが、直実は、もう一度あの美しい公達、平敦盛公に会ってみたいと思った。
そして、なぜそう思うのか彼自身もわからないが、彼女は生きていて、また会うことになるだろうとも思った。




