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09

「その笛は、「青葉の笛」であろう。」


 源氏方総大将。源義経はそういった。


 熊谷直実(くまがいなおざね)は、合戦後の夜、義経の本陣で、先刻のあらましを報告した。

 そして現場に残された、兜と笛の入った白い絹袋を義経に見せたのだ。


 義経は笛に施された装飾を触りながらこう続けた。


「都にいた時誰ぞに聞いた。清盛入道の父忠盛(ただもり)が、鳥羽上皇から賜ったという名笛である。」


「そのような笛でございましたか。」


「今の持ち主は経盛(つねもり)の息子、平敦盛。都でも評判の笛の名手で、おなごのような美しい顔立ちだそうじゃ。」


 直実は思わずドキリとした。敦盛が女性であるかもしれないことは、報告していない。なぜか、言ってはならないことのように、直実は感じたからだ。


 それにしても義経公は、情報収集の達人と聞いたが、ようもそんな些事までご存じだ。


「平家方より昨晩、美しい笛の調べが聞こえてきたと報告されています。おそらくは敦盛公によるものかと」


「笛の腕を惜しんで神隠しにでもあったのであろうか。面妖なことじゃが戦場ではまれに変異があるもの」


 土肥実平(どいさねひら)、梶原景時(かじわらかげとき)らがうなずきあう。


「いずれにしろ熊谷殿の功績として記録する。苦労であった。下がってよい。」


 直実は、組み敷いた武者がおなごであったかもしれないことは黙っていた。見間違いだったかもしれない。


 だが、直実は、もう一度あの美しい公達(きんだち)、平敦盛公に会ってみたいと思った。


 そして、なぜそう思うのか彼自身もわからないが、彼女は生きていて、また会うことになるだろうとも思った。

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