38 信太朗「以前とはボタンを押す意味が違うのだ」
3か月はあっという間に過ぎた。
日本に戻った俺は、敦ちゃん、姉ちゃん、蛭尾教授と準備を整えた。
「それでは行ってきます。」
夜。晴れ、空には満月。
大学の駐車場。
見送りは蛭尾教授一人。
運転席には俺。助手席には姉ちゃん。
後部座席には敦ちゃんと荷物。
・キャンプ用具一式×3セット
・俺用の武器、スコープ付きクロスボウと戦闘兼用スコップ
・敦ちゃんの武器。和弓と日本刀
・その他もろもろ
重火器と電子機器はタイムスリップ時に使えなくなるらしい。
理由を聞いたが、教授の説明は毎度のごとく長く難しくて、よくわからなかった。
「では、弘子君頼むよ。現地滞在時間は約5分。その間に信太朗君と敦盛君と荷物一式を降ろし、運転席に戻りたまえ。」
「了解です、所長。すぐに戻ってきますよ。」
「信太朗君、次のタイムスリップの日にちをもう一度おさらいしよう」
「だ、大丈夫です。もうさすがに覚えました。今日が11月20日24時。迎えに行くのはちょうど60日後の1月19日24時。場所は、特異点である【青葉の笛】を持っている熊谷直実屋敷の近く。」
「そうだ。間違えにくいよう満月の日にした。夜に着くようにしたのは車を見られて怪しまれないため。人にぶつかりにくいためでもある。」
「了解しました。」
「準備は万全だ。あとはスイッチを押すだけだ。」
信太朗は目の前に青く光るボタンを見つめた。
前にこのボタンを押したときは、自分の運命を変えたいという想いを込めて押した。
それから8か月、敦ちゃんと出会い、一緒に過ごした。渡米しアンダーソン少佐のもとで地獄を経験した。
今の自分は、物理学の夢を絶たれて絶望した自分ではない。
以前とはボタンを押す意味が違うのだ。
「じゃあみんな、押すよ」
車内に緊張感が流れる。
姉ちゃんは小刻みに震えている。
バックミラ越しに敦ちゃんと目が合う。
8か月ぶりの武士装束姿だ。
見慣れた普段着もいいが今夜は無茶苦茶カッコいい。凛とした美しさを感じる。
敦ちゃんは俺の目線に気いた。微笑もうとしたが失敗してらしく顔をひきつらせた。
無理もない。
俺だって緊張している。
「シンタロー。戦場で死の恐怖で緊張したらこう思うんだ。心が整理された者にとって、死は次なる大いなる冒険にすぎない、ってね。」
どこかで聞いたような、アンダーソン少佐の言葉がよぎる。
そうだ、心を整理して冒険に行くんだ。
俺は深呼吸し、静かにボタンを押した。
車からウィーンという機械音がして、車体全体がグラグラと揺れはじめた。
揺れは激しいが、みんなしっかりシートベルトを着けている。
次の瞬間、視界が揺れた。
青白い光。
数秒後、振動と光が同時に収まった。
目を開き、車内から前方を見渡す。
夜。雨は降っていない。
竹林のようだ。
俺はこうして、またこの時代に戻ってきた。




