1話:学園の王子様
6月のとある日、俺は授業中にも関わらず大きく欠伸をしながら窓の外をぼーっと眺めていた。
外のグラウンドでは1年生が体育の授業を受けていた。 どうやら体力測定をしているようで、1年生達は交代交代でグラウンドを走らされていた。
(暑いのに大変そうだな)
俺は他人事のようにそう思いながらもう一度欠伸をした。 そのまましばらくの間、ぼーっと窓の外を眺め続けていると、突然グラウンドの方から黄色い歓声が上がった。
「きゃああ! 葵くーん!」
「カッコイイーーー!」
「七瀬君素敵ーーー! 頑張ってーーー!」
グラウンドを走る生徒がちょうど交代したところで、次に走る生徒に注目が集まっているようだった……主に女子達から。
その注目を浴びている生徒の見た目は黒髪のショートヘアで、体型はスラっと細長い感じの生徒だった。 顔はここからじゃ見えないけど、女子達から黄色い声援を貰ってる時点でイケメンだという事はわかる。 そしてその生徒が走りだすと、女子達の歓声はさらに大きくなっていった。
(あぁ、アイツも大変だな)
俺はそんな事を思いながら、心の中でその後輩に頑張れとエールを送っておいた。
◇◇◇◇
俺の名前は穂積君尋、高校二年の男子生徒だ。 成績普通、見た目そこそこ、友人関係それなりと言った感じの普通の男子生徒だ。 趣味は本を読んだり書いたりする事が大好きなので、部活は文芸部に所属し、委員会は図書委員に参加していた。
その日の放課後は、いつものように文芸部の部室で1人読書を楽しんでいた。 この文芸部は俺以外は全員幽霊部員なので、いつ来ても部員は俺しかいないという悲しい部室だった。
ただ……最近は部員ではない生徒が時々この部室に来るようになっていた。
「先輩、お疲れさまです」
「ん? おう、お疲れ」
俺が1人で読書を楽しんでいると、突然部室のドアが開いた。
開いたドアの方に顔を向けると、そこには先ほど体育の授業で女子達から黄色い声援を貰っていたあのイケメン後輩が立っていた。
「今日も本を読みに来ました」
「あぁ、あまり良い本は置いてないけど、まぁゆっくりしてってくれ」
「はい、ありがとうございます」
そう言って後輩は部室の机に荷物を置いて、近くの本棚から読みたい本を探し始めた。 俺はそんな後輩の様子を少しだけ見てから、自分の読んでいた本に目を戻した。
「あ、そういえば先輩。 今日の体育の授業中、私の事見てましたか?」
「っ!?」
読書を再開しようとしたら後輩から恐ろしい質問が飛んできた。 どうやら覗いてたのはバレていたらしい。
「……良く気づいたな。 いや眠気覚ましに外をたまたま見てみたら、見知った後輩を見かけたもんだからついな」
「そうだったんですね。 いえ、私もたまたまです。 たまたま授業中に教室の方を見てみたら、見た事ある人がとても眠たそうな目でこちらを見てたので、もしかしたらと思って聞いてみただけです」
どうやら欠伸をしながら見てたのもバレているようだ。
「そ、そうか。 それは恥ずかしい所を見られてしまったな。 いやでも、覗いてたわけじゃないんだ。 純粋に七瀬の事を応援しようと思って――」
「ふふ、大丈夫ですよ。 わかってますから、先輩」
そう言ってその後輩は優しく微笑んできてくれた。 とりあえず俺が覗き見野郎という最低なレッテルを貼られずに済んだようでホッとした。
「あ、あぁ。 でもやっぱり七瀬は足が早いんだな、あまりにも早くてビックリしたよ」
「ふふ、伊達にバスケ部で毎日しごかれてませんからね」
そう言いながらその後輩は誇らしげな顔をしていた。
紹介が遅れたが、この後輩の名前は七瀬葵という。 高校1年でバスケ部に所属しており、スポーツ万能でとても礼儀正しい後輩だ。 身長は170センチくらいで、体型はスラっとして足の長いスタイルが特徴的だった。 髪は部活のためにショートヘアにしているが、自身の切れ長の目と組み合わさってとてもカッコ良く映えているのだと、周りの女子達はそう言っている。 ただしこのイケメンな後輩は……
「あ、おい七瀬、スカートに糸くずついてるぞ」
「え? あ、本当だ」
そう、このイケメン後輩の性別は女子なのである。 ただ、そのカッコいい容姿と、礼儀正しく常に周囲に気を配るとても優しいその性格のおかげで、七瀬は周りの女子達から憧れの存在となっていた。 そしていつの間にか七瀬は、その外見・中身共にとても素敵な人だという事で、女子達からは『イケメン王子様』と呼ばれるようになっていた。
「先輩、教えてくれてありがとうございます。 気が付きませんでした」
「おう」
そんなイケメン王子こと七瀬葵と知り合ったのは4月の初め頃だった。 今でこそ落ち着いたが、七瀬が高校に入学した当初は女の子からの追っかけが凄まじかった。 それで七瀬はその追っかけから逃げていた時、偶然にも逃げ込んだ部屋がこの文芸部の部室だった。
その時は偶然この部室にやって来た七瀬だったが、どうやら彼女は元から本を読む事が大好きだったようで、今でも時々こうやって文芸部に遊びに来るようになっていた。 ちなみに七瀬も俺と同じで図書委員の一員でもある。
まぁ文芸部員の俺としては、本が好きな後輩には優しくしてあげるべきだと思い、七瀬には気軽にいつでも遊びに来ていいぞ、と言ってあげておいたのだ。
それにこの部室には俺以外の部員は誰も来ない。 だからここに七瀬が来ている事が誰かにバレる心配もないだろうし、七瀬にとっては都合の良い休憩所になっていると思う。
「最近は大丈夫か?」
「はい、昔に比べたら声をかけられる事もだいぶ減りましたし大丈夫ですよ」
「そうか、それならいいけど」
「はい、いつも気にかけて貰ってありがとうございます、先輩」
そう言って七瀬は再び俺に向かって優しく微笑んできてくれた。 何というか、七瀬がイケメン王子様だと言われてる理由がよくわかる気がした。
その後は特に喋る事もなく、お互いに読みたい本を黙々と読んでその日は解散した。