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11話【見た目の問題を解決する、たった1つの冴えたやり方】

更新が滞っていて申し訳ありません。

 俺の安眠を遮ったのは、都中に響くけたたましい鐘の音だった。


 すわ、敵襲か!


 その音に叩き起こされた俺は、慌てて寝ぼけ眼で辺りを見回してから、ここが見慣れた俺の部屋でも、ましてや仮眠を取るのに使っていた、会社の固いソファーの上でも無い、4畳の狭い部屋、冒険者ギルドの宿舎だと言う事に気が付いた。


 そうだ。俺は……異世界に来たんだった。


 改めて、ここはもう自分の知っている世界では無いんだな、と、少ししんみりしてから、大きく伸びをして覚醒する。

 分厚いカーテンを引くと、室内に暖かな陽射しが差し込んだ。

 今日も雲1つ無い快晴である。


 さて、今は何時だろうか。

 如何せん、時計が無いから正確な時間が解らない。

 前の世界と違い、空の明るさで、大体の時間が予測出来ないと言うのは、思いの外不便だ。


 時計の必要性を感じながら、ベッドから立ち上がり、枕元に置いておいた黒い衣類を手に取った。

 これも何とかしないとなー、と考えながら身に付けていく。


 さて、今日はどうするかな。


 着替えを終えて1日の予定を考えていると、部屋の扉を叩く音がした。

 一瞬身構え、扉に眼を遣る。


「ゼロ・クロサキ、居るかい?」


 扉越しに聞こえてきたのは、昨日受付で対応してくれたおばさんの声だった。


「はい、何でしょう」


 返事をしながら扉の鍵を開けに行こうとしたところで、俺はふと思い至った。


 何気無く扉を開けても良いのか? ひょっとしたら、扉を開けたらトラブルがこんにちは、と言う事も有り得る。仮にそうで無くとも、いざとなった時に頼れる人間が居ないこの世界で、迂闊な行動は取れないんだ。ここは確認する必要がある。


「すみません、ちょっと待って下さい」


 今こそ能力の使いどころだ。


 俺は扉越しに会話を続けながら、与えられたチート能力の1つ、【広域探知】を発動させた。


 【広域探知】は、簡単に言ってしまえば、周囲の様子を知る事が出来る能力である訳だが、これが非常に便利な能力で、範囲を俺の意思次第で変化させる事が可能、かつ条件を頭の中で追加していく事で、それに合った存在の絞り込みも出来る。

 更に距離がある場合は、具体的な方角と距離が解ると言う、探知系の能力としてはかなりの水準を誇るものである。


 その【広域探知】で、扉の前におばさん以外の存在が居ないかを確認する。

 もし誰か居るようなら、【気配消失】を使って逃亡も考えたが、幸いにも扉の前から感じられる反応は、おばさん1人分だけだった。

 念の為、範囲を広げ、建物全体まで確認してみたが、おかしな様子も無い。


 うん、これなら問題無いだろ。


 そう判断した俺は、扉の鍵を開けた。


「おはようございます」


「おはよう、今日も暖かいってのに、随分しっかり着込んでるねぇ。

 見てるこっちが暑そうだよ」


 扉の前に居たのは、案の定おばさんだけで、おばさんは俺の格好を見て、眉を顰めた。


「ギルドからあんた宛てに言付けを受けたんで、伝えておくよ。

 本日の活動を始める前に、ギルド長室に出頭するように、だとさ」


「解りました、わざわざありがとうございます」


 了承の旨を伝えついでに、使い終わった盥の回収をお願いしてから、おばさんを見送った。

 完全にその後ろ姿を見送ってから、俺は考える。


 はて、何の用だろう。昨日は、2、3日してから来るように、と言っていたのに。


 考えてみたが埒が明かない。

 そもそもにして、情報が少な過ぎるから当然だ。


 迷っていても仕方無い、幸いにも準備は整っている。


 俺は部屋を後にして、冒険者ギルドに向かった。







 途中で大聖堂に見惚れたり、露店を覗きたい誘惑に駆られながらも、何とか冒険者ギルドに辿り着いた俺は、4階のギルド長室を目指す。

 転移装置は二度と使わないと心に決めていたので、こうして階段をえっちらおっちら昇っている訳だ。


 まさか、総合受付の辺りまで行き、ノーナさんの姿を探してみたものの、総合受付に立っていたのが別の女性であったので、諦めてさっさとギルド長室へと向かっているなんて事は無い。

 無いったら無い。


 しかし、今日受付に居た女性も美人だったが、ノーナさんには敵わないな。いや、その人に華が無いとかと言う問題では無く、ノーナさんと比べるのは酷だったと言うだけの話だ。相手が悪かった。


 くだらない事を考えている内に、4階に辿り着く。

 建物の奥へと進むと、上等な造りの扉が見えてくる。

 昨日も訪れた、ギルド長室の扉である。


 扉の前に立ち止まり、扉を叩くと、


「誰かね?」


 と、直ぐに落ち着いた低い声が返って来た。

 ギルド長のものだ。


「ゼロ・クロサキです」


「君か、入りたまえ」


 許可を受け、扉の取っ手に手を掛ける。

 そのまま押し込んで扉を開けると、部屋の奥にある机には、相変わらず不敵な笑みを浮かべるご老人の姿があった。


 俺が扉を閉めるのを待ってから、ギルド長が口を開く。


「おはよう、先程連絡したばかりだが、もう来るとは殊勝な心掛けだな。

 良く寝れたか?」


「おはようございます、えぇ、お陰様で良く眠れました」


 気付いたら寝入ってたしな。あの鐘の音で起こされなかったら、もう暫くは寝てただろう。


 と、考えていると、ギルド長が、


「それは重畳だ。

 それと、あの鐘はここの名物でね、活動期と休息期が入れ替わる際に鳴るのだよ」


 と、言葉を投げ掛けてきた。

 そこで漸く、ギルド長には相手の考えを覚る能力、【万象看破】が有る事を思い出した。


 教えて貰えるのは助かるが、喋ってもいない事に先回りして答えられると言うのは、やはり慣れない。他の人は平気なんだろうか?


「あぁ、誰にでも使っている訳では無いよ、使う相手は選ぶさ」


 はぁ、さいですか、と心の中で適当に返しておく。

 使う相手に選ばれた時点で、俺に【万象看破】を防ぐ術は無いからお手上げだ。

 もうなるようになると諦めるしか無い。


「おっと、君をからかっている場合では無い。

 こう見えて私も忙しいのでな、用件を済ませてしまおうか」


 ギルド長は本題を思い出したようで、机の引き出しを開け、中を漁り始めた。

 少しして、何かを掴み上げ、俺へと掲げる。


「来て貰ったのは他でも無い、君に渡す物があってな。

 とりあえず、これを受け取ってくれ。

 話はそれからだ」


 渡す物? 何だ?


 言われるがまま、近くに寄り、差し出された物を受け取る。


「これは……」


 渡された物は、首飾りだった。

 親指程の大きさの丸い透明の石を金細工であしらった、中々に洒落た一品である。


「君のその目立つ見た目の問題を解決してくれる物だ。

 名は『変色の首飾り』、身に付けた者の髪と眼の色を変える効果がある」


 ギルド長の説明に、俺は眼を見開いた。


 ギルド長の言葉が真実なら、これがあれば、もう周りの眼を気にする必要が無くなる。

 もう黒軍に怯えなくて済む。 あの腫れ物を見るような視線から、いつ捕まるかも解らない恐怖から、解放される。


 そして何より、ノーナさんと気兼ね無く喋る事が出来るようになる。


 欲しい。どうしてもそれが欲しい。


「お願いします!

 俺にこれを下さい!」


 気付けば俺は、首飾りを握りしめたまま、その場に土下座していた。

 額を絨毯に擦りつけんばかりに頭を下げ、ギルド長に懇願する。


「悪いが、あげる事は出来ないな」


 頭上から、そう言葉が返ってきて、俺は一瞬、眼の前が暗くなるような錯覚を覚えた。


「だが、貸す事なら出来る」


 そして、直ぐにそう続けられ、俺は思わず顔を上げる。

 そこには、呆れたような表情を浮かべる、老人の姿があった。


「君は判断を急くところがあるな。

 どうしても欲しいと言う思いは痛い程解ったが、話は最後まで聞くものだぞ。

 そもそも私は、君にそれを貸す為に、ここに来て貰ったのだからな」


 余りにも冷静に諭され、俺は顔が真っ赤になるのを自覚した。

 確かに、ギルド長は俺の質問に答えただけだった。

 間違い無く、今のは俺の早とちりが悪かった。


 頬が熱い。穴があったら入りたい。情けなさ過ぎて涙が出そうだ。


「すみません、以後、気を付けます……」


 それだけの言葉を、何とか絞り出す。

 尻すぼみに小さくなる俺の声を、ギルド長は笑い飛ばした。


「ま、面白いものも見れたし私は一向に構わんよ。

 それでだ、貸すのは良いのだが、貸すにあたって幾つか約束をして貰いたいのだ。

 良いかな?」


 俺は首を縦に振った。

 そもそも、借りる立場の俺に拒否権は無い。

 どんな理不尽な内容でも、今なら全て受け入れる覚悟だ。


「よろしい、とは言っても、当たり前の事なんだが」


 ギルド長は指を1つずつ折りながら、条件を示し始めた。


「1つは絶対に壊さない事。

 『変色の首飾り』は貴重品でな、代わりを見付けるのが難しい。

 おまけに、買うとなるとそこそこ値が張る。

 故に、あまり言いたくはないが、現時点の君の支払い能力では、弁償は不可能であると考えているのが理由だ。

 これは良いか?」


 俺は頷く。

 ギルド長の懸念は最もで、事実その通りだ。

 今の俺は暫定冒険者、実質無職である。

 幾らかは不明だが、能力は勿論、装飾品としても完成度の高いこの首飾りが、俺の手持ちより安い訳が無い。


「よろしい、では2つ目。

 絶対に肌身から離さない事。

 行水や入浴時にも、絶対に手放してはならない、周りに人が居なくても、だ。

 君の髪と眼の色は目立つから、万が一使用していないところを目撃されると面倒だ。

 後は、窃盗の危険性を少しでも減らす為でもある。

 これも良いな?」


 ギルド長の確認の言葉に、再びの首肯。


 確かに、隠すなら最後まで隠し通す必要がある。

 正体がばれている状態で使用しても、何の意味も無いからだ。

 貴重品なら、盗難に気を配るのも当然だろう。


「そして最後の3つ目、悪用して犯罪を犯さない事。

 これに関しては特に説明しない。

 ただし、前の2つの場合はともかく、これを破った時は、私直々に処罰を与える。

 そう言う事態が永久に来ない事を祈っているよ」


 そう言ったギルド長の瞳には、本気の色が浮かんでいた為、恐怖した俺は、思わず首を何度も縦に振った。


「解りました、その約束、絶対に守ります」


 俺の返答に満足したのか、ギルド長は大きく頷いてから、


「うむ、なら早速装備してみると良い」


 と、勧めてきてくれた。


 促されるままに、俺は『変色の首飾り』を首に提げる。

 その際、一瞬身構えたが、少し待ってみても、何かが変わった感じはしない。

 試しに髪の毛を1本抜いてみたが、黒いままで困惑する。


「あぁ、少し語弊があったな。

 直接色を変えるのでは無く、周りから見た時の色を誤認させる、と言うのが正しい効果だ。

 それと、どう言う理屈かは解らんが、切られたり抜けた毛は、その効果の範囲外になるから、気を付けるようにな」


 俺の様子を見たギルド長から、そう追加の説明を受け、やっと納得するも、それでは実際に発動しているかどうか、自分では判らない事に気付く。


 すると、そこは流石のギルド長だった。

 いつ用意したのか、俺に薄く円い何かを差し出してきた。

 受け取って確認すると、どうやら鏡のようだ。


 と言っても、俺の知るそれとは随分異なり、ガラスでは無く、薄い銀板の表面を、磨き上げた物だったが、幸いにも性能は十分で、その表面には、薄い茶色の髪と眼をした俺の顔が映っている。

 驚きながら、様々な角度から眺めてみても、違和感は無い。

 まるで別人だ。

 これなら俺が、昨日問題を起こした黒髪黒眼の黒尽くめの男だと、気付かれる事は無いだろう。


 暫くの間鏡を眺めていると、ギルド長は笑いながら銀製の鏡を机の引き出しへと閉まってしまった。


「眼と髪の色が変わるだけで随分印象が変わるだろう?

 これなら黒軍の件も問題有るまいよ。 

 さて、自分の顔に見惚れるのも結構だが、話を進めても良いか?」


 そう茶化されると、俺が自惚れ屋みたいで恥ずかしいんですが。


 俺の心中の抗議をギルド長はわざと無視し、俺の返事を待つ事無く、用件を語り出した。


「では、その『変色の首飾り』は暫く君に預ける。

 期日は特に定めないが、そうだな。

 君が別の解決策を見付けるまで、とでもしておくか」


 余りにも豪気な提案に、思わず頭が下がる。


 何から何まで本当にすみません。


「そう思うなら、私が暇な時にでも君の居た世界の話を聞かせてくれ。

 それで十分だ」


 そう言うギルド長は実に良い笑顔である。

 どれだけ喋れば良いのかと、今から不安になる程だ。


 あぁ、着々と借りが増えていく。


 俺は一旦首飾りを外し、改めて眺める。

 こんな小さな物なのに、凄い効果を持っている。

 勿論、前の世界にはこんな物は無かった。

 特殊メイクや変装等とは次元が違う、この世界独自の物。

 昨日の転移装置と言い、この世界には俺の想像を遥かに超えた物がまだまだ有るのだろうか。


 そう思い、それらについて尋ねようと、俺が口を開こうとした寸前に、背後から扉を叩く音がした。


「ギルド長、ヤーミットです。

 只今視察より戻りました」


 続けて落ち着きのある男性の声が室内に響く。


 ギルド長はその声を聞くと、


「もう戻ってきたか」


 と、呟いてから、


「うむ、ご苦労。

 今、来客が帰るところだ。

 少しだけ待っていてくれ」


 と、今度は扉の向こうに居る人物にまで届く大きさで言葉を発した。


 そうしてから、俺に向き直り、申し訳無さそうな表情を浮かべる。


「すまんな、まだ聞きたい事も有るだろうが、今日はこれで引き取って欲しい。

 代わりに明日の活動期になったら、またここに来て貰いたい。

 改めて今日出来なかった説明をしよう。

 勿論、冒険者資格の準備も終わらせておくと約束する。

 あぁ、それと、後は服さえ変えれば問題無く街中を歩く事が出来るはずだから、可能であれば買い物等準備を済ませておいてくれ。

 ではまた明日」


 矢継ぎ早に繰り出されたギルド長の言葉に、俺は喉元まで出掛かっていた質問を飲み込み、軽く頷いた。


 どうやらこれ以上この場に留まるのは良くなさそうだ。

 明日改めて、質問と『変色の首飾り』のお礼を言おうと心に決め、頭を下げる。


「解りました、それでは失礼します」


 俺が踵を返して、扉へと向かい始めたところで、ギルド長は、扉の向こうに居る人物を、中に招き入れた。


「ヤーミット、待たせたな。

 入ってくれ」


 その声を合図に、入り口の扉が開き、男が1人中に入って来た。


「失礼します」


 その男の姿を見て、俺は少し驚く。

 男の見た目が、予想以上に若かったからである。

 声からもっと年上を想像していたのに、見たところ、歳は俺と同じか僅かに上と言ったところだ。


 そのまま歩を進めていくと、青年との距離が縮まっていく。


 眼鏡を掛けた理知的な美青年だった。

 眼鏡の奥では切れ長の青い瞳が鋭く光っており、歩きながら金色に光るやや長めの前髪を掻き揚げる姿も、実に様になっている。


 そうして擦れ違う距離になったところで、俺は軽く会釈をし、男の隣を通り過ぎようとした。


 その瞬間、俺は激しく動揺した。

 自分自身、良くその場に足を止めなかったと褒めてやりたい。


 原因ははっきりとしていた。

 青年が、俺との擦れ違い際に、品定めするような、それでいて何の温度も感じられない視線を、俺に投げ掛けてきたからだ。


 俺はかつての社畜時代の経験で、その視線がどう言う意味かを知っていた。

 あれは、自分が特別な人間である事を信じ、他人の事を道具としか思っていない人のそれだった。

 かつて働いていた会社の社長が、同じ眼をしていたのを覚えている。


 いきなりそんな視線を向けられ、怒りよりも、何故初対面の俺をそんな眼で見てきたのか、と言う疑念が勝り、一瞬で苦手意識を刷り込まれてしまう。

 俺は意図的にその男性から視線を外し、急いで部屋を後にした。

 部屋の外に出ると、扉が俺を拒絶するように音を立てて閉まる。


 俺は大きく息を吐き、


「訳解んねぇ……」


 と、思わず愚痴を漏らした。


 まさか、この世界に来て、ああ言う視線を向けられる事になるなんて思わなかった。出来れば、あの人とは関わり合いになりたくないな。あんな人とも付き合っていかなきゃならないんだから、ギルド長は大変だ。


 そう心の中で考えてから、とりあえず俺は、ギルド長室を後にする事にしたのだった。

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