エピローグ
数日後。
田中刑事は再び、伊藤家を訪れていた。
空は晴天だった。
春先の冷たい風が、住宅街を静かに抜けていく。
インターホンを押すと、しばらくして由美が姿を見せた。
「どうぞ」
由美は以前より痩せていた。
だが、不思議と落ち着いて見えた。
リビングへ通された田中は、静かに部屋を見回す。
ステンドグラスから差し込む淡い光。
整えられた家具。
柔らかな色使い。
「……事件の時は気づきませんでしたが」
田中がぽつりと言う。
「なかなか洒落た家ですな」
由美は小さく微笑み、会釈を返した。
田中はグラスを持ち上げる。
「遺体は……」
「伊藤タケルは、まだ見つかっていません」
由美は静かに目を伏せる。
「……そうですか」
悲しそうな表情だった。
だが。
あの夜のような取り乱し方は、もうしていない。
ここ数日で。
何かが整理されたのかもしれなかった。
田中はグラスを置く。
「由美さん」
「一つ、お伺いしたい事があります」
「はい」
「あなたは、何故あの時」
「真島アキラではなく」
「伊藤タケルを選んだのですか?」
由美は黙って聞いている。
「DNA検査では」
「伊藤タケルとお子さんに血縁関係は無かったはずです」
長い沈黙。
由美は静かに春人を見る。
そして、小さく笑った。
「……DNAの結果がどうであれ」
「この子の本当の父親は、タケルしかいません」
田中は黙って聞いている。
「それに」
由美の目に涙が浮かぶ。
「もし、私がアキラさんを殺していたら」
「タケルは春人を抱いたまま飛び降りていたでしょう」
「だから」
田中はゆっくり頷く。
「……なるほど」
そして、少し迷うように続けた。
「実は」
「気になって、DNA検査会社へ問い合わせたんです」
由美が顔を上げる。
「そしたら」
「伊藤タケルからの依頼は無かった」
由美の呼吸が止まる。
「つまり」
「あの検査結果は、偽物です。タケルのでっちあげでしょう。」
部屋が静まり返る。
由美はしばらく何も言わなかった。
やがて。
小さく微笑む。
「……そうでしたか」
涙は流れていなかった。
「私が」
「あの人を、追い詰めたんですね」
由美はステンドグラスを見つめる。
「タケルには」
「私なんかよりもっと、相応しい人がいたのかもしれない」
「それは違うと思います」
田中が静かに言った。
由美が振り向く。
「タケルが壊れたのは」
「人を信じられなくなったのは」
「前職の法律事務所で働いていた頃でしょう」
「だから彼は」
「自分の命を懸けてでも、あなたの本当の気持ちを確かめたかった」
由美は何も言わなかった。
ただ、小さく頷いた。
しばらくして。
田中は立ち上がる。
「では、この辺で」
玄関へ向かう途中。
田中はベビーベッドを見る。
春人が静かに眠っていた。
田中は小さく手を振る。
そして家を出た。
駐車場。
田中は無言で車へ近づく。
ゆっくり。
トランクを開けた。
ギィ……。
その中には。
黒いビニールに包まれた、人型の何かが入っていた。
モゾリ。
微かに動く。
ゴッ!!
田中は無言で、それを二、三発殴りつけた。
そして勢いよくトランクを閉める。
バタンッ!!
田中はスマホを取り出した。
数秒後。
電話が繋がる。
「……もしもし」
田中の声は掠れていた。
「言われた通り」
「これから真島アキラを連れていく」
田中は歯を食いしばる。
「だから……」
「優子に……」
「絶対に娘に手を出すな」
通話を終えた後も。
田中はしばらく、そのまま動かなかった。
[ 見破る男 完 ]




